ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第十七回


 夕方の高速道路を不機嫌そうな顔で走らせていると、突然助手席から話し掛けてくる人物がいた。
「それにしても狭っちぃから窮屈な車よねー。もっとおっきな車にすればいいのに」
 行きと同じようなことを口走ったのは、言うまでもなくリスティである。行きと同じようにさも当たり前に座っている態度が妙に気に食わなかったが、仕事なのだから仕方がない。それに、今はこの騒がしい娘の相手をしてやれる気分にはなれないのが正直なところである。
「せめて5人乗りのにしたら? そうすれば、みんな一緒にお出掛け出来るしねー」
 アドの車は二人乗りのために中は狭く、天井も心なしか低く感じる。さらに言うならば、シートも微妙に座りづらいと言うオマケ付きである。身体の小さなリスティですらそう感じるのだから、アド本人はそれ以上に狭く感じるのではないだろうか。
「別にヤツらと一緒に出掛けるつもりなんてねーっての」
 ずっと無視しても良かったのだが、アドとてずっと黙っていられるほど気が長くはない。一番最後の能天気な言葉にだけ反応すると、つぶやくように言い返してやる。とは言え、別にリスティに聞こえるように言ったつもりはなかったので、当然の如く助手席の少女の耳には明確に届かなかったようである。何かを口走ったアドに対して疑問符を投げかけてくる。
「え、なにー? 買い換える気にでもなった?」
 素っ頓狂な声で聞き返してくるリスティだったが、それに答えてやる義理はないので、何も言わずに無視するアド。
「あー、でもアドのことだから、そんなお金ないわよねー?」
  いちいちシャクに触ることばかり言う少女に相も変わらず腹を立てていると、留めと言わんばかりにリスティが口を開いた。
「そう言えば、あのじーぴーえす何とかって言うのも壊れちゃったしねー」
 リスティ自身は悪気があるワケではないのだが、アドにしてみればワザと言っているようにしか聞こえなかった。 そんなリスティの言葉に、アドは嫌なことを頭の中で思い出していた――。


 必死の思いで爆発するビルを脱出したアドたちは、前方にある作戦本部の近くに見慣れた人物たちが集まっていることに気付き、そちらに視線を向ける。すると、向こうもこちらに気付いたらしく、華奢な身体の少女が飛び跳ねながら大きく両手を振っていた。ギュゼフが無事に合流してリスティたちと一緒に脱出したことに安心しながら、アドは一緒に歩いている二人と視線を合わせて無言でそちらに向って歩き出した。
「よっ。待たせちまったな。これでミッション完了だ」
 特佐官の顔を見るなり、アドは一言そう言うと軽く捻くれたようにそっぽを向いてみせる。これはアドなりの小さな抵抗なのだが、当の本人はそのことには気付いていないようである。B−Fog基幹職専用のジャンパーに身を包んだ女性は、表情を緩めながらこちらに向って握手を求めてきた。だが、アドとしては素直にそれに応えたくない理由が多々あったために、そのまま無視をして握手には応えない。代わりと言っては何だが、そんな握手に応えようとした人物がいた。
「女性から握手を求めてくるって言うのは、誘ってる証拠だな。よし、俺が代わりに応えてやろうじゃねぇかい」
 勝手に決め込みながら、アドを押し退けるようにショウが二人の間に割って入る。それに抵抗する理由もなかったので、アドは素直にショウに権利を渡すと二人から間合いを取った。
「仕事が終わったら茶ぁ飲むって約束だったよな?」
 そう言いながら、ショウはアサカとがっしり握手を交わすのであった。そのニコニコした表情は、今の今まで危険と背中合わせの場所にいた人物の出来る表情ではない。アサカはそんなショウを見つめながら彼の強さに関心するが、不意に握手する手を離すと突き放すような言葉を口にした。
「約束した覚えはない。私は、そのような話は仕事が終わってからにしてもらいたいと言っただけに過ぎん」
 これまた、なんとも曖昧な表現を使ってのショウの誘いを断るアサカ。正確に言えば、この時点では断られているワケではなく、そもそも交渉自体に応じてもらえていないに過ぎないのだが。
「今はそんな話をしている時じゃないだろ? どいてろ。アサカ特佐官への報告は、オレがする」
 アサカとショウのそんなやり取りに横入りしてくる人物がいた。それは文字通り横から二人の間に入り込むように身体で押し退けてくる。まさに、ショウがアドにしたと同じ方法でアサカの前に立ち塞がった人物とは、ディリー班長に他ならない。
  ディリーは今回のビル突入のリーダーとなっていたために、報告と言う意味では彼の言っていることが正しいのだが、何もムキになって身体を挟むことはないように思えてならない。あくまでも、ショウからの見解に過ぎないが。
折角の誘いに上手い具合に乗ってくれないアサカに不満を抱きつつも、ショウはもう一人のある人物に目をつけたのである。アサカの横に立っている見知らぬ女性――金髪の丸眼鏡をかけた美人な女性に目が釘付けになってしまう。
「お嬢さん・・・良かったら、このあと茶ぁでも飲みに行きませんかい?」
 目にも留まらぬ早い動きで一気にその女性までの距離を縮めると、ショウは女性の手をとってすかさずいつもの女性を誘う時の行動へと移っていた。突然目の前に変な人物が現れたかと思った瞬間に、馴れ馴れしくも手を握ってきたショウに向って、女性――ハウトは丸眼鏡の下の二重まぶたを鋭くつりあがらせて睨みを利かせる。だがそんなハウトの視線も、丸眼鏡の所為で幼く見えてしまうためにショウにとっては絶好の表情となってしまったようである。ハウトの身体を押し倒さんばかりに身体を擦り付けながらショウが迫りくる。しかし、次の瞬間にはショウ一人が地面とデートをしていたのである。迫り来るショウを、ハウトはことごとくやり過ごして狼を押し倒してやったと言うワケだ。
「随分と馴れ馴れしいわね。初対面の女性を誘うにしては、随分と乱暴なやり方じゃないかしら?」
 地面と抱き合っているショウを見下ろしながら、ハウトは醜いものでも見るかのような目で睨みを利かせる。もちろん、これもショウにとっては魅力的な表情でしかないワケなのだが、ハウトがそれを理解出来るはずもない。
「・・・おっと。俺としたことが先走り過ぎたってか。俺の名前はショウ・カッツ。L地区支部の特殊機動班所属のもんだ。見たところ、お嬢さんは現場の所属じゃないみたいだが、名前と所属なんかを教えてくれないかい?」
 腹筋を使いながら身体を起き上がらせて、地面に座り込んだままで妙に格好をつけて言うショウだったが、傍からみればあまり格好がいい口説き方ではないことは間違いない。
「I地区支部の現場補助班所属のシャーリー・ハウトよ。L地区と言うのは、立場をわきまえない人たちばかりなのね?」
 所属はともかく、名前を素直に教えてくれるとは思っていなかったショウは、虚をつかれたような表情を浮かべるが、素直に応えてくれたことを嬉しく思っていた。反応こそ厳しいものであるが、満更ではないのではないか、などと勝手に想像してしまう辺り、ショウの自信過剰な性格の表れと言ったところか。
「嬉しいねぇ。シャーリーさんよ、どうだい、茶ぁでも飲まねぇかい?」
 ショウにとっては、自分の地区のことをあまりいい評価されていないことよりも、目の前の女性とのお茶の時間の方が重要なのだろう。ハウト――シャーリーが言った後半の言葉など聞こえていなかったかのように自分の望みだけを口にする。
「悪いけど、私はあなたみたいな男は好みじゃないの。他を当たってもらえないかしらね?」
 シャーリーはショウに背中を向けて、アサカに簡単な事件の報告をしているディリーの言葉を、懐から取り出したメモで書き記す。ショウは舌打ちをしながら仕方がなさそうな表情を浮かべて立ち上がり、そっぽを向いてしまったようだった。
アドはそんなやり取りを見ながら、苦笑をしつつも我知らずと言った表情でリスティたちの方へと足を向ける。リスティの近くには、もともと一緒にいたウインドの他に無事に彼女と合流したギュゼフの姿もあった。
「さすが言うだけのことはあんな。無事に合流出来たみてーだしな」
  言いながら、ギュゼフに向って握手を求める。それに従ってギュゼフも右手を差し出すと、ガッシリと握手を交わすのであった。
「いえ。言われた場所に行ったらいなくて、危うく騙されたのかと思っちゃいましたよ」
 苦笑を浮かべながら言うギュゼフの表情には余裕があるように思えた。言われた場所――5階の踊り場にいなかったのは間違いないようだが、後半の言葉は冗談で言っているのだろう。アドたちも相当な苦労をしてビルを脱出したのだが、彼らは彼らなりに苦労したので皮肉の一つでも言いたいと言うのが正直な気持ちと言ったところか。
「ま、我がまま娘がいたんだから苦労も計算の上での行動だったんじゃねーのか?」
 アドはわざとらしく笑いながらギュゼフの言葉を流す。だが、ギュゼフは差して気にした様子もなく、話題を変えてきた。
「それにしても、良く生きて帰って来ましたね。正直驚きましたよ・・・」
 さらりと言っているのだが、正直な話かなり気になっていることであることは間違いない。あの爆発で、しかもほぼ最上階にいたアドたちがほぼ無傷で戻ってきた事は奇跡に近いことだろう。
「あれぐれーはなんともねーって。オレを誰だと思ってんだ・・・なんてな。正直、あの状態で無事で戻れるとは思わなかったぜ。ントに偶然だったんだろーな。強盗たちがたむろってただろう場所に、小型重力制御板があってな。それを使って窓から飛び降りてな。んで、その後はたまたまそこにあった非常階段に着地したワケだ」
 わざとらしく肩をすくませながら、最新鋭の機械である小型重力制御板――最新鋭の技術を要した代物で、スイッチ一つである程度重力を制御して、物質の重量を操ることが出来る高性能な機械のことである。アドたちが発見したのは、その小型の板状のもので、ちょうど人間を3人ほどまでなら制御出来る代物であったようだ――の事を口にするアドの表情は、至って平然としていた。死をも恐れぬからこそ、こうも簡単にそのことを笑い話のように話せるのかもしれないが、それこそ普通の精神力では耐え切れないに違いない。
「非常階段に着地したオレたちを待ってたのは、まさにアクション映画さながらのスタントだったな。爆発と共に非常階段が壁からひっぺがれてな。それに必死で引っ付いてたオレたちは面白いように宙を浮いてたぜ。いや、そのあとはホントに映画の中だけの話にしといて欲しいもんだったぜ」
 表情一つ変えずに言うアドを見つめながら、ギュゼフは彼らの命がけの脱出劇を頭の中で思い浮かべる。少し前まで自分が考えていた、アドたち側にいたらリスティに手を振ってもらえたなどと言う甘い考えは頭から消え去っていた。
「いや、私はそんな体験したくないですよ。危険な思いはコリゴリです。たとえアンちゃんがいてもイヤだな・・・」
 しみじみとギュゼフがそんなことを口にするが、ギュゼフの気持ちが分からないでもないアドであった。正直、彼自身も何度もこんな体験をしたくないと思うのが正直な話であった。
 そんな話をしていると、横からウインドが近づいてきてアドに何か言いたそうな顔をしている。ウインドにも一言声を掛けておこうと思い、アドが視線を向けた瞬間に心なしかソワソワした態度になるウインド。その態度が妙に気になったが、すぐに忘れて身体ごと彼に向ける。
「あんたも無事で何よりだ。腰抜かしちまって、一時はどうなるかと思ったけどな。リスティも無事みてーだし。感謝すんぜ」
 目の前で仲間が倒れている場面に遭遇したのだから、当然と言えばそれまでのことなのだが、場慣れしていなそうなウインドを考えてしまえば仕方のない反応だったのだろう。リスティのような能天気な性格ならば扱いやすいのだが、その反面常識がないのでそれはそれで困ってしまう。
「あ、いや。ききき、気にしないでくれよ。オオオ、オレに掛かればこんなもんよ。リスティちゃんのピンチに、オレがビビャって逃げ出したってワケよ」
 妙にドモるウインドが可笑しかったが、まだ気持ちが収まっていないのだろう。突然起きた爆発のこともあるので気が動転してしまっているのだと思い、アドは特に気にせずにリスティへと身体を向ける。
「二人の話を聞くからして、おとなしくしてなかったんだろ? あんだけ動くなって言ったのに。この様子だと、特佐官にも連絡してねーだろ? オレのGPSナビ、返せよな」
  言いながら、アドはリスティに渡したGPSナビを返してもらうように右手を差し出す。上着は爆発の中ボロボロになったので脱いでいるために、Tシャツ一枚の姿だったアドの、鍛えあげた太い右手に筋が隆々と流れているのが見て取れる。リスティはそんなアドのたくましい腕を見ながら半場顔をしかめつつ、思い出したように口を開いた。
「あ、えっとね。あの時計みたいなの・・・ウインドさんに渡しちゃったんだけど、えっとね・・・」
 ウインドといいリスティといいはっきりしない口調に、アドはイライラする気持ちを隠しきれなかった。だが、怒鳴る気力もないし、そもそもリスティにそんなことをする意味はないので思いとどまる。
「ったく、何でもいいからとっとと返せっての」
 イライラしつつも何とかそれを抑えてリスティに迫り寄るアドだったが、途中でウインドが口を挟んできたので立ち止まるアド。
「リスティちゃんは悪くないんだよ。謝るからさ、勘弁してくれないか?」
 両手のひらを頭の上で合わせて、拝むように懇願してくるウインドの行動がどうにも理解出来ないアドである。疑問符を頭に浮かべながらそれを聞き返そうと口を開きかけた時だった。ウインドが懐から腕時計を取り出して、それをアドへと差し出してきた。もちろん、それは腕時計などではなく、腕時計型のGPSナビであることは言うまでもない。そして、そのGPSナビはどこかで見覚えのある代物だと言うこともまた、言うまでもないことである。
「っておい! こいつはオレのGPSナビじゃねーか! んで壊れてんだよ!」
 流石のアドも、自分の所持品が壊れているのを目撃してしまっては怒鳴らざるを得なかった。周りに響き渡るほどの大声で叫びながら、ウインドからそれを引っ手繰るように奪い取る。奪い取った、もとい、取り戻したGPSナビの成れの果てをマジマジと見つめながら、アドは信じられないものでも見たかのように目を見開いて放心していた。


「あー、くそっ! 思い出すだけで腹立つぜ!」
 嫌なことを思い出しながら、一人で勝手に不機嫌になるアド。隣にいるリスティは差して気にした様子はなく、手をパタパタ仰ぎながら呻くように口を開く。
「ウインドさん、ちゃんと弁償するって言ってたからいいじゃないのよー。また新しいの買えば済むんじゃないの? あ、その時はあたしのも一緒に買ってよ。あたしもそれ、欲しいなー」
 アドを宥めているのか煽っているのか分からないリスティの行動は、相変わらずのんびりしたものであった。
「知るか。オレはオレで買うから、お前は勝手に買えっての」
 リスティの言葉を適当に流しながら、嫌なことは忘れることにしたアドはアクセルを一気に踏んでスピードを増した。とんだ災難でビルを脱出するハメになってしまったので、余計な疲労を覚えてしまったのだが、アドにとってはビルを脱出した時の疲労よりも、大事なものを失ったことの疲労の方が余程大きかった。今回の仕事で多少の給料は入るのだろうが、それでも大した金額が入らないように思えてならない。援軍と言う立場もそうなのだが、結果的に強盗を捕まえられたとは言え、犠牲者が数名出てしまったこと。建設工事中のビルを大破させてしまったことなどを踏まえると、金額に期待することは出来ない。今回自分が失ったものを全て買いなおすとしたら、全然足りない金額であることは間違いない。
「それにしても、あっついねー。エアコンかけてるの?」
 アドがそんなことを考えていると、助手席の我がまま娘が口を挟んできた。先程から手をうちわ代わりにして暑さをしのごうとしているが、当然その程度で暑さを和らげられるはずもなく。7月下旬と言うこともあって、車の中でエアコンをかけないと言うことは自殺行為と言っても差し支えないのではなかろうか。
「んなわけねーだろ。さっきからエアコンはつけてるはずだ・・・にしても、確かに暑いな・・・?」
 リスティの我がままなど無視しても良かったのだが、言われてみれば実際に車内は暑いように感じてしまったので、まんまとリスティの我がままに乗ってしまうアド。右手でハンドルを操作しながら、左手でカーエアコンを操作してみる。風量を最大にしてみても、設定温度を低くしてみても涼しい風が送られてくる気配が全くなかった。流石に温風が出てくるなどと言うことは有り得なかったが、風が出てこないのだから蒸した車内では同じようなことである。
「壊れてるんじゃないの? アドの持ってるモノって、不良品ばっかりなんだねー」
 いちいちシャクに触ることばかり言う娘のことは無視して、アドはおぼつかないハンドル操作でカーエアコンを操るが、一向に風が出てくる気配はしなかった。それどころか、何か奇妙な音が聞こえてきたように感じるのは気のせいなのだろうか。
「くっそっ! んで動かねーんだよ!」
 怒りが頂点に達したアドは、言いながら左手でカーエアコンを思い切り殴ってしまった。それと同時に、カーエアコンが鈍い音を立てて煙を発してしまう。みるみるうちにそれは車内に充満したが、むせるほどになる前にアドは急いで窓を開けようとする。だが、手動回転式の窓開閉レバーはそうやすやすとは窓を開いてはくれなかった。
「くっそっ、んでオレがこんな苦労しなきゃなんねーんだっての!」
 言いながら、一気にレバーを回転させると窓を目一杯に開くことに成功する。それなりのスピードで高速を走っているために、車内に充満していた煙はみるみるうちに外へと逃げて行ってくれた。だが、アドのマニュアルカーはスピードを上げると物凄い騒音を発するために、窓を開けた状態で運転するには少々耐え難い騒音である。そんな、耳をつんざくような騒音がさらにアドに追い討ちを掛ける。
「なろ、こうなったらこのまま爆走してやんぜ。うらーっ!」
 ついにヤケになったアドは、そのままの状態で問答無用にアクセルを踏み込み、最大速度で夕方の高速を突っ走ったのであった。
このカーエアコンの故障は、アサカが落とした強盗たちのヘリが爆発した時の衝撃の所為だと分かったのは、それから数日後のことである。そしてこの後、規定速度以上で暴走したアドの車がスピード違反で捕まったことは言うまでもない。

ミッション1 コンプリート

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『基礎知識関係』・・・小型重力制御板

   


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