ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第十六回


 増援部隊がやってきたことによって、頭領を含めた数人の強盗たちは何の抵抗をすることなく拘束された。増援と言っても、それほど複数の人数が来たワケではなかったが、それでもオートカー3台分の人間をここまで廻してくれたのは感謝すべきことだと言えようか。中に、1台だけB−Fogの所属ではないものが混じっていたが、見たところ地区警察隊と言ったところだろうか。いざ事件になると身を隠すように姿を現さないくせに、こんな時に限ってヒョコヒョコと顔を見せるのは都合が良すぎる話である。
「貴女方組織のご協力により、無事に強盗を捕まえる事が出来た。心より感謝したい」
 B−Fogの所属ではないオートカーから降りてきた妙に紳士的な警察隊の男は、社交辞令のような言葉を口にしながらアサカに握手を求めてきた。だが、そんな警察隊の態度が気に食わなかったのか、アサカは腕を差し出すことはなく、代わりに溜息混じりに言葉を返してやる。
「貴殿の到着がもう少し遅かったら、危うく強盗に逃げられるところでした。我々は足止めをしていたに過ぎません。こちらこそ、貴殿の協力を感謝する」
 思い切り皮肉を込めながら、アサカは紳士的な警察隊の男の前から立ち去る。途中、I地区支部所属の女性部下を発見したので軽く会話を交わし、あとのことは警察隊に任せるように指示を下した。本来ならば、最後まで自分達B−Fogが事件の面倒を見るべきなのだろうが、あえて警察隊にそれを任せてしまう辺り、アサカの性格が現れているのかもしれない。
「さて、肝心な主役たちは無事に脱出したのだろうか?」
  再びビルの方へと足を向けながらそんなことを口にする。正直、あの状況で助かったとは言いがたかったが、それだけで片付けられるほど簡単な部下たちではないことは自分でも分かっている。そもそも、このI地区支部に自分がいる原因を考えてみれば、むしろ彼らが全員無事に帰島してくれなければ面子が立たなくなってしまうのが正直な気持ちでもある。だが、ビルの目の前までやってきて、実際にその状況を見てしまえばそんな気持ちも儚く砕け散ってしまうような気がしてならなかった。今まで雄大にそびえていた建設中のビルは半分以上の高さまで崩れ去り、組みつけてあった足場とともに壁は焼失し、見るも哀れな姿に成り果てていた。そんな光景を目にして、軽い溜息を吐くアサカ。
だが、不意に、ビルの脇の方からこちらに手を振っている人間がいることに気付いたのは、アサカがビルを眺めていてしばらく経ってからのことである。にわかに信じがたい光景を目にしながらも、やはりそれは紛れもない事実であって。
「おーい。あたしたちは無事だよー」
 アサカの気持ちなど知らずにノンキそうな笑顔を浮かべている少女は、確かリスティと言う名のL地区支部所属の特殊機動班の女性だった。彼女の周囲には、見覚えのある切れのいい目をした青年ギュゼフと、見慣れた自分の地区の部下であるウインドの合計3名の姿だった。他の人物も目で追って辺りを確認してみるが、やはりどこにも姿を発見することは出来なかった。
「良く無事で戻って来てくれた。強盗の頭領は無事に拘束し、既に事件は解決している。ご苦労だったな」
  リスティたちがアサカの前までたどり着くと、アサカは表情を緩めて優しい笑みを浮かべる。普段では滅多に見せることのないアサカの笑顔は、素直に自分の気持ちを伝えていることは間違いない。簡単に事件解決の報告も口にしてしまう辺りはさすがと言ったところだろうか。
「それは良かった。でも、拘束と言うのも妙な話ですね。強盗たちは、ビルの中にいたんでしょ?」
 散々な思いをして相当応えたギュゼフは一息つきたい気分だったが、それでも何とか表情をつくろってアサカの報告に疑問符を投げかける。それは最もな疑問であって、最上階へ向ったアドたちが自分たちよりも早くビルを脱出したことを意味する以外に考えられない。とは言え、あの状況から自分たちよりも先に脱出することなど到底考えられないことである。
「頭領を合わせた数名の部下たちは、空から迎えに来たヘリによって屋上から脱出を試みたのだが、その際に私が狙撃で打ち落としたのだ。その後、増援部隊の協力により無事に拘束した」
 ギュゼフの疑問に分かりやすくアサカが説明すると、話に割って入ってくるようにリスティが耳を傾けてきた。
「すっごーい。アサカさんって銃の腕も凄いんだね。あたし憧れちゃうなー」
 先程までは必死にビルを脱出することしか考えていなかったくせにそんなことは既に頭にはないようで、リスティは目の前にいる頼もしい女性特佐官の武勇伝に感動しているようだ。アサカとしては決して自分の腕云々の話をしているつもりはないのだろうが、今の説明を聞くからにはそう聞こえてしまうのはムリのないことである。
「アサカ特佐官、その者たちが例の応援部隊の者ですか?」
 アサカたちがそんな会話を交わしていると、不意に横からアサカに声を掛けるものがいた。それは、先程アサカと会話したI地区支部所属の女性で、増援部隊としてここにやってきた者の一人である。アサカほどではないにしろ、見た感じはとても頼もしそうな風貌だったが、大きな丸メガネが彼女を子供っぽく見せる原因と言えるのだろうか。それでも、くっきりとした二重まぶたは魅力的だし、緑色の双眸も宝石のように輝いて見える。長い金髪を、邪魔にならないようにヘアバンドとピン留めでしばっており、髪型はアサカを思わせる風貌と言えようか。
「ハウトか・・・。ああ、そうだ。他にも二名いるのだが、現在、サナダ班長を含め三人ともビルの中で消息を絶っている」
 アサカは金髪のI地区支部所属の女性――ハウトにそう答えると、促すようにギュゼフの方へ視線を向ける。そもそも、ビルに突入した時にはギュゼフはこの二人と一緒の組ではなかったはずなのに、今この場にいるのはアドと一緒に突入したリスティとウインドの二人である。このことを含め、ビルの中で起きた出来事の説明をギュゼフにさせようと言うワケである。そのことはギュゼフも重々承知のようで、ハウトが現れたことによってさらに瞳に星を浮かべて感激しているリスティを横目に口を開いた。
「報告もしなきゃいけないんでしょうけど、その前にカツたちが消息を絶っていると言うのは、一体どう言うことですか? 彼らはまだこのビルの中にいるってことなんでしょうか?」
 先程のアサカの言葉が気になったので、ギュゼフは疑問符をそのままぶつけてみることにした。報告などその後にいくらでも出来るワケで、今は目の前にある疑問点を打破しない限りギュゼフも正確な報告をしようがない。
「ヘリを狙撃したほぼ直後にビルが揺れて爆発が起きたのだ。サナダ班長たちはその時にはまだ屋上にいた。その後に全力で下まで降りたとしても、到底脱出できたとは思えん。そうなると、未だにビルの中にいたことが予測される。それと、その時屋上には君たちの姿を確認出来ていない。無事にこの場にいることを考えると、違う場所にいたことが考えられるが、その報告をしてもらいたい」
 簡潔に経緯を説明すると、今度こそアサカはギュゼフに報告をするように視線を向けて促す。いかにも自分が悪い事をしたかのように睨んでくる脅迫じみたアサカの視線が気に食わなかったが、ギュゼフは鼻の頭をかきながら簡単に報告をする。
「どうせあとから報告書を提出するんでしょうけど・・・。まぁ、簡単に言うとレオンが勝手に一人行動をしちゃったんですよ。私たちは三人で最上階目指して進んでいたんですが、途中で一人のレオンと遭遇して。残されたこの二人が気になった私は、班長の許可を得て3階にいた彼女たちと合流した。その時に突然ビルが爆発したから急いで脱出した、ってワケです。ね、私は別に悪いことなんてしてないでしょ?」
「特佐官に向って、失礼な態度ね。もう少し分を弁えたらどうなの?」
 不貞腐れたようなギュゼフの報告に、先程アサカにハウトと呼ばれた金髪の女性が指摘するように即答してきた。眼鏡越しにギュゼフを睨みつけてくるが、その丸眼鏡で睨まれても、あまり雰囲気が出ないのが正直な気持ちだった。本人にそんなことを言ったらさらにどやされるのだろうが、この女性には強気な態度が似合わないような気がする。
「気にするな、ハウト。そう言うことだったのか。これでメンバーがバラバラな理由が理解出来た。だが、今の報告でより班長たちが無事に脱出出来る可能性はなくなったと言うことだな。見たところ、君たちが脱出するのもかなり困難だったのだろう?」
 ハウトと呼ばれた金髪の女性をなだめる様に言い聞かせ黙らせると、アサカなりに現状の
分析をする。ギュゼフの口からは直接報告されていないが、彼らが脱出するのも困難な状態だったと言うことは、彼を見れば一目瞭然だった。その疲れた表情とくすんだ衣服、それに先程よりも悪化しているビルの爆発状態。これらの要因から考えるに、下の方にいたギュゼフたちですらやっとの思いで脱出したのだ。最上階にいたアドたちがそれよりも早く脱出することは考えられないし、無事に脱出すると言うこともほぼ不可能と言うことになる。
「そんな、班長がこんなところでやられてたまるかよ。きっとバビュってどっかから飛び降りたりしてるに違いない」
 ウインドの気持ちは分からないでもなかったが、流石に上の方から飛び降りたとは考えにくい。いくら足場がある建設工事中のビルと言えども、この高さに対してこの揺れである。足場伝いに下に降りようものならば、振り落とされてそのまま落下する恐れもある。他に手段がないとは言え、そんな危険な行動をするのだろうか。
「・・・まさか、飛び降りるなんてことはしないでしょうけど、カツがこのままで終わるとは思えませんけどね。きっと、当たり前のような顔をしてビルから出てくるに違いないですよ」
 ギュゼフは言いながら、下層の爆発により上層が傾いてきているビルに視線を移す。見ると、唯一の助け舟である足場もそのほとんどが崩れ落ちてしまっているようだった。下層の方は爆発により完全に炎上してしまっているために、通常の出入り口からの脱出は不可能と言えよう。だが、ショウとの付き合いの長いギュゼフは、彼がこんな場所で朽ち果てるなどとは微塵も思っていない。いや、考えたくないだけなのかもしれないが。
「あれじゃぁ、アドたちも無事じゃない・・・よね? 一体どうなっちゃうのかしら・・・」
 さすがのリスティもこれだけのものを見てしまっては呆けているワケにはいかない。珍しく驚いたような表情をしながら、すでに建設工事中ではなくなってしまったビルを眺めている。
「この状況では、奇跡が起きない限りは生還など不可能と言っても過言ではないだろう・・・。何とも犠牲の多すぎる事件だったな・・・・・・」
 奇跡が起きて欲しいと言う気持ちは、恐らくアサカの中にもあるのだろう。だが、そんな奇跡に頼っていられるほど世の中は甘くはないのだ。I地区の班長であるディリーがよく言っていた言葉を思い出しながら、アサカは事件の終わりを告げ、部下たちを撤退させるように命令する。
「いつまでも現場に残っていても仕方があるまい。あとのことは現場処理班に任せて、我々は退散するぞ」
 揺れるビルを未だに眺めている部下たちを尻目に、アサカは言葉通りに現場から退散するべくビルに背中を向ける。あとで嫌な報告を受けなければいけないことが悔しかったが、ここは素直に退散するのがアサカに出来る唯一の行動と言えるのではないだろうか。結果的には盗まれたバイオガンは奪われることなく強盗を拘束することが出来たので、事件自体は無事に解決と言う事になるのだが、多数の部下を失ったと言うことは自分の地位に汚名を塗ったことには違いない。この若さで、しかも女性で特佐官と言うことは正直異例中の異例のことなのだが、これでアサカの特佐官と言う地位は揺らいでしまうのではなかろうか。自分が特佐官になった経緯と言うのは他の者達には一切話したことがないのだが、このまま誰にも話さないで済みそうなことは光栄なことと言えるのだろうが。
「ねぇ、あれぇっ・・・!」
 アサカが胸中で様々な考えをめぐらせていると、ビルが大きな音を立てて爆発し、炎上したかと思ったと同時に背後から少女の歓喜の声が聞こえてくる。少女のその喜びの声は、アサカに希望の光を差す声だった。
「アドたちじゃない・・・?」
「まさか・・・でも、あのカッコつけた歩き方はカツの歩き方ですね・・・」
 リスティとギュゼフがそれぞれの声を上げる。リスティは、嬉しそうに両手を頭の上に掲げて大きく振ってみせる。小さな身体で大きく嬉しさを表現しながら飛び跳ねる仕草は、可愛らしいと表現するのが最もなのだろうか。そんな姿を横目で見ていたギュゼフは、ほんの少しだけショウたちのことが羨ましくなってしまう。自分があちら側にいたならば、リスティの手厚い歓迎を受けられたのかもしれない。とは言え、相当危険な思いをしたに違いなかったので、それだけはゴメンであることもまた本心である。
「・・・・・・奇跡、か。たまには信じてみるのもいいのかもしれないな」
 アサカは二人の声に恐る恐る振り返り、たった今起きた奇跡をその目に焼き付けた。綺麗な黒い双眸には、三人の男たちが炎上するビルをバックにゆっくりとこちらに向って歩いて来る姿が写っていた。一人はいつもしているはずのサングラスをしていない見慣れた顔の男。一人は、妙に髪の毛を上に逆立てた目つきの悪い格好つけた男。そしてもう一人は、こげた上着を左肩にかけてゆっくりとした足取りで地面を踏みしめている男。迷彩色のTシャツを腕まくりしており、左腕に巻いてある不釣合いなピンク色の布が気になったが、それ以外は突入前と変わらぬ姿をしている。
三人の男はアサカたちの前までたどり着くと、代表して迷彩色のTシャツの男――アドが手にした銃の銃口を向けながら口を開いた。
「よっ。待たせちまったな。これでミッション完了だ」

      


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