ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第十五回


 二挺の拳銃を腰のホルスターに納めてから、ギュゼフはゆっくりとした足取りでリスティに近づく。リスティは未だに銃を持って固まっているようだったが、見たところ外傷などはないようである。リスティをかばうように立ちすくんでいるウインドの方も、身体自体は無事のようだった。たった今、銃で射抜かれるかもしれない状態であったためか、多少の心の動揺があるようであるが、特に問題はないと言えよう。
「踊り場にいなかった時には、ホントに焦っちゃいましたよ・・・」
 肩をすくませながら溜息をつくギュゼフ。そのまま、リスティの前まで来てから頭の上に軽く手を乗せて、リスティの無事を改めて確認する。
「あ・・・ギュゼフ」
 何とも気のない返事をしながら、リスティがようやく我に返ったようである。手にした銃を仕舞い込み、自分の身が無事であったことを実感しているようだ。
「全く、人の言う事はちゃんと聞くものですよ。アンちゃん、聞いてる?」
 ギュゼフが説教じみたことを言うが、当のリスティはあまり聞いていないようであった。ピンチに駆けつけたヒーローのはずなのに、あまり歓迎されていないようなので、微妙に寂しさを感じるギュゼフである。別にこんな場面を期待していたワケでもなければ、リスティにお礼を言われることを期待していたワケでもないのだが、それでも何か一言ぐらいくれてもいいのではないかと思ってしまう自分は欲が深いのだろうか。
「えっとね、あたしたち・・・」
 そんなギュゼフの気も知らずに、リスティは未だに呆けているようである。とりあえずはリスティの無事を確認出来たことでギュゼフも安心しながら、半場どうでもいい人物ではあったがウインドも仲間と言うことには違わないので、とりあえずそちらに視線を向けてみる。すると、真っ直ぐと強盗がいた方向を向きながら固まっているウインドがそこにいた。頼りになるのかならないのか、この男はリスティをかばう格好のまま気絶してしまっているようである。当然、立ったままの状態で。
「まぁ、何事もなく無事だったからよしとしましょうか・・・。それにしても、あの強盗がこんなところまで逃げていたなんて」
 開き直るようにつぶやきながら、ギュゼフは床に倒れている強盗の方へと歩みを進める。咄嗟だったとは言え、急所は僅かに外しているはずなので、死んではいなはずである。あまりの痛撃に気絶をしているようではあったが。
「大型だけあって、やっぱり重いんだ・・・」
 床に落ちている黒光りする大型の銃――デザートイーグルを手にしながら、ずっしりとした重みにそんな感想を漏らす。倒れている強盗に視線を送りながら、細い目をさらに細くするギュゼフ。この場にディリーがいたならば、恐らくこの強盗をタダで済ませることはなかっただろう。あのダニエルと言う男を殺ったのは、間違いなく目の前に倒れている強盗なのだから。そのワリにはあまり手応えのない相手のように思えたのだが、バイオガンを所持していないところを見ると、もしかしたらダニエルとの銃撃戦でそれを失ったのかもしれない。そして、何らかの形でダニエルの所持していたデザートイーグルを奪った、そんなところだろうか。
「ともあれ、無事に合流したことだし・・・ビルから出ますよ」
 踊り場にいなかったことや、GPSの反応がなかったことなど、色々と問い詰めたいこともあったのだが、いつかリスティに聞いてみれば済むことだったので、この場では問い詰めるようなことはしなかった。
「えー、ビルを出るって、アドたちはどうしたの?」
 そんなギュゼフの言葉に、リスティがいかにもとぼけたような声で疑問符を投げてきた。そんなリスティの仕草が妙に可愛らしく感じたギュゼフだったが、彼女から目をそらしながら簡単に状況を説明することにした。
「レオンは、カツたちと合流して最上階に向ってます。多分・・・今頃は頭領をとっ捕まえている頃でしょう・・・」
 合流したところまでは正しい話なのだが、頭領を捕まえたと言うのは想像に過ぎない。とは言え、間違いなく今頃は頭領を捕まえていると信じて疑わないギュゼフである。言いながら、ゆっくりとリスティの表情を伺おうとそちらを向くギュゼフの視界に入った彼女の格好は、流石のギュゼフでも頭に血がのぼらざるを得ない格好であった。
「って、聞いてないでしょ、アンちゃん!」
「・・・この臭い、火薬の臭いだよ?」
 全くそっぽを向いて、ギュゼフの話などには耳も傾けていないリスティは、あろうことかそんな意味不明な言葉を口にしたのである。
「いや、そんな意味不明なこと言ってないで、人の話を聞きなさい!」
「ウソじゃないもん。あたし、実家が花火屋さんだからこの臭いには敏感なんだよ?」
 叫ぶギュゼフに対して、珍しくリスティが熱弁するように訴えてくる。確かに、いつもとぼけているリスティがこれほど熱弁するのだから、満更冗談ではないのだろうか。そう思い、ギュゼフは辺りに鼻を利かせてみるが、たった今リスティの口から漏れた言葉が冗談ではなかったと言うことに気付く。そう、リスティの言う通り、どこからともなく火薬の――しかも大量な火薬の臭いが漂ってくるのだ。
「妙だな・・・。今までこんな臭いなんてしてなかったはずなのに・・・気のせいか、ガス漏れっぽい臭いも?」
 ギュゼフがそれを言い終えた瞬間だった。ゴォウン、と言う音とともに突然ビルが大きく揺れたのである。そして、その揺れはさらに激しさを増して、最悪な事態へと発展していった。
「何だか知らないけど、早く逃げた方が良さそうですね!」
 言いながらギュゼフは、未だに気絶しているウインドの頬を数回引っぱたいて手荒な目覚ましを行う。気が付いてしまえば、あとは自分の判断で行動することが出来るだろうと勝手に決め付けたギュゼフは、今度はリスティの方へと駆け寄る。
「ほら二人とも、とっとと逃げますよ!」
 何があっても離さぬように、リスティの手を力強く握ったギュゼフは、アタフタするウインドを後ろ目に全速力で階段へと走り出したのだった。


 見事に狙撃ライフルでヘリを打ち落としたアサカは、軽く息を吐き出してから気持ちを落ち着かせる。いくら性能のいい銃とて、ロックオンさせるのは自分自身の目と腕なのである。小さい的に当てるためには、それなりの集中力が必要だと言うことは言うまでもないことだ。
「全く、こんなにもてこずるとは思わなかったな」
 狙撃ライフルを専用のガンケースに納めた後に、ヘリが落下した方へと駆け出そうとした時だった。
ゴォウンッ!
と言う大きな音と共に、目の前のビルが揺れだしたのである。まるで何かの爆薬で下の階から爆発したような揺れに、アサカはヘリの方へと向う足を止めて立ち止まる。何の前触れもなく、突然ビルが爆発しだしたのだからそれも仕方のないことと言えるのだろうが、早くヘリの方へ行って強盗の安否を確認することも重要な任務と言えよう。
「一体、何が起きたと言うのだ・・・。この爆発具合からすると、複数の爆弾を仕掛けてあったと推測されるが、いつそれを仕掛けたと言うのだ?」
 自分に疑問符を投げかけてみるが、もちろん答えが出てくるはずもなく。当然、この場には自分しかいないので他から助言があるワケでもない。そんな事を考えているうちにも、目の前のビルは揺れを増して崩れて行く。これでは、ビルの中にいる者たちの脱出は不可能と言えよう。
「・・・サナダ班長たちは、どう考えても最上階から脱出することは出来ない、か。他の者たちも一緒なのか?」
 リスティやギュゼフたちがアドと別れて行動していることを知らないアサカは、余計な心配までしなければいけない。こんなところで冷静を装っても何も意味がないのだが、慌てても解決策がないと言うこともまた然りである。
「くそっ・・・私はまた部下を失う上司になると言うのか・・・!」
 苦虫を噛み殺したような顔をしながら、アサカは右手で力拳を作る。だが、この状況で何が出来るワケでもなく、無事を祈る以外に方法はない。
「そんなことよりも、強盗の安否を確認しなければ」
 みるみるうちに黒煙を舞い上がらせているビルを目の前に、アサカは冷静に事を判断して、今の自分に出来る唯一の行動をとることにする。落下したとは言え、爆発音は聞こえなかったので炎に巻き込まれているようなことはないと思いたいところである。アサカがそんなことを考えながら駆け出そうとした時、遠くから複数のオートカーがこちらに向ってくる音が聞こえてきた。
「今更増援部隊が到着しても、やることはないだろうに・・・」
 遅い増援部隊に舌打ちするアサカだったが、その気持ちは分からないでもない。どうせならば、もう少し迅速な対応で増援を送り込んで来て欲しいものである。事件が全て解決した後にやってきたのでは、ただの手柄お裾分けにしかならないではないか。
「・・・来ないよりはマシと考えるしかないのだろうが、な」
 アサカはそんなことをポツリとつぶやいた後に、遅れを取らぬよう早々と駆け出したのだった。


 屋上からビルの中に入るなり、その揺れはさらに激しいものへと変わって行った。どう考えても、今から下の階まで無事に降りられるとは思えなかった。10階まであるこのビルの最上階にいるのだから、下から脱出するよりも上から脱出する方が遥かに賢いと言えようか。とは言え、残念ながら今のアドたちには上から脱出する手段はなく、何とかして下に降りるしか方法はない。
「とは言ったものの、どー考えてもオレたちの脱出よか早くこのビルが崩壊すんぜ?」
 自分でビルの中に仲間たちを促しておきながら、無責任な言葉を口にするアドであったが、そんなアドの言葉を批難する者はいない。あの状況から考えれば、屋上から脱出する手段がないめにビルの中に入るのが一番の得策と考える以外になかったのだから。
「そうは言っても、我々はなんとしてでもここから脱出しなければいけないことには変わりない。何か方法を考えるしかあるまい」
  アドのつぶやきに、ディリーは冷静に反論してくる。
「そう言うこった。この後、特佐官殿と茶ぁしなきゃいけねぇんだからよ」
 ディリーの意見に大きく頷きながら、ショウがケラケラと余裕そうな笑みを浮かべる。こんな非常時によくもそんなことを言える余裕があると思ってしまうが、前向きに考えているのだから悪いこととは言わない。正直、アドとしてもこんなところでビルの下敷きになるつもりは全くないワケなのだから、前向きな仲間たちが一緒だったことを感謝したいところだ。そんなことを考えていると、不意に別行動をしている人物たちのことを思い出してしまった。
「そう言えや、ギュゼフは無事にアイツらと合流してんだろな」
 少なくても、既にビルから出ている可能性はかなり低いワケなので、どこかでこの揺れに対応すべく方法をとっているはずである。ギュゼフが合流していればそれほど問題はないのだろうが、まだ合流していなかったとしたら、リスティとウインドの二人が上手く脱出出来るとは到底思えない。
「俺と約束したんだから、大丈夫じゃねぇか? そんなにリスティが気になるってのかい?」
  アドのつぶやきに反応したショウは、わざとらしくそんなことを口にしてアドを刺激する。だが、こんな状況であるためか、アドは当たり前のような表情をしながら返答を口にする。
「当然だろ。合流してくんねーと困るのはオレたちの方だかんな。こんなんで死なれちゃー、夢見が悪くてしょうがねー」
 そんなアドのもっともな意見に対し、ショウは短くグチの言葉を漏らすだけだった。恐らく、アドとリスティの関係について色々と気になることがあるのでわざとカマを掛けたのだろうが、簡単に退けられてしまったようである。
「他人の心配をするヒマがあったら、自分達が生き残る方法を考える方が余程賢いと思うんだがな」
 アドとショウのやり取りを無言で見ていたディリーだったが、10階の広場にたどり着くなりそんな指摘を投げてくる。一度はそのままやり過ごした階だったし、それほど意味のあるものはないと分かっているとは言え、長時間強盗たちが過ごした場所なので、何か脱出の手掛かりになるものがあるかもしれない。そんな小さな希望を持って再びやってきたのだが、残念ながらそんな手掛かりは全くないようである。そもそも、始めからヘリで脱出しようと思っていた者たちがそんな手掛かりを始めから用意しているとは思えなかったが。
「ってか、そもそもヤツらは全員で脱出するつもりはなかったんだろな」
 迎えに来たヘリは一機だけであり、それも複数の人間が乗れるような代物ではなかったことを考えるとまず間違いないだろう。そう考えると、残った者は一体どうやってここから脱出するつもりだったのだろうか。そもそも、突然ビルが爆発した理由は強盗たちと何かの関連があるのだろうか。様々な疑問がアドの頭の中に生まれてくるが、肝心な自分達の脱出方法は生まれては来なかった。
「ボスだけオサラバって作戦だったんじゃねぇのかい? 見たところ、他の強盗たちはホントのザコみてぇだったしな」
 先程よりもさらに揺れが激しくなる中、ショウはアドの言葉に耳を傾ける。この会話が、自分達の脱出方法を見つける糸口になる可能性は極めて低いと自覚しつつも、興味のない話ではなかったので話に乗ったのだが、ビルの揺れは激しくなる一方だった。
「始めからビルを爆破するつもりだったとでも言いたそうだが、そんなことをして何の意味があると言うんだ。そもそも、盗んだバイオガンのほとんどは強盗たちが所持していたんだぞ」
 そんな中、アドとショウの会話にディリーまでもが耳を傾けてきた。二人からは少し離れた場所にいるディリーの表情には、苦悩の文字が刻まれているようだった。恐らく、サングラスを割られた時のダメージが今になって出てきたのだろう。身体がしびれる効果があるようなことをショウが言っていたことを思い出し、ディリーは精神力だけでこの場にいると言うのが実際のところなのだろうか。
そんな会話を交わしているうちに、10階には何もないことを確認したアドたちはその場から早々と立ち去ろうとした。だが、その立ち去ろうとする前に、アドの瞳にある物が映っていた。
ゴゥーン
アドがそれを見つけたのとほぼ同時ぐらいに再び爆音がしたかと思うと、ビルが急激に下に向って崩れたようだった。まるでエレベータに乗っているような感覚に見舞われながら、アドたちは体制を崩して床に倒れこんでしまった。
「けっ・・・・・・どうやら、死神さまが迎えに来たみたいだぜ? どうせなら女神さまの方が嬉しかったんだけどよ」
 ショウがそんな冗談を言う中、急降下感覚を味わったアドたちにさらなる落下感覚が訪れてきた。突然ビルが横にスライドするように横に移動したのである。恐らく、もろくなった下の階が崩れ、残った上の階だけが倒れて来ているのだろう。外から見れば何とも迫力のある風景なのだろうが、実際に中にいるとなるとこれ以上とないスリリングな出来事と言えようか。
「へへへっ。オレを誰だと思ってんだ。んなとこで死んでたまっかよ。こいつに全てを賭けて見るっきゃねーな」
 アドは
言いながら、表情だけは余裕そうな笑みを浮かべていた。そして、今しがた発見したそれを手に、人生最大とも言える賭けをする決意をしたのである。

      


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