ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第十四回


「でも、勝手に動いちゃって良かったのかな?」
 4階の通路を歩いていたリスティは、後ろを振り返るように今更ながらつぶやいていた。アドに動くなと言われて別れた場所が5階の踊り場。現在いる場所が4階の通路である。
「そんなこと言っても、しょうがないだろ。GPSナビ壊しちゃったんだからさ」
 言いながら、ウインドが他人事のようにケラケラと笑う。あのあとアドに言われた通りアサカにGPSデータを転送しようとしたのだが、当然リスティはそれの使い方を知らなかった。ウインドならば使い方を知っているだろうと、気が落ち着いたのを見計らってデータ転送を任せたのだ。だが、そのウインドでもアドのGPSナビを操作することは出来なかったのである。ウインドとて自分専用のGPSナビがあるぐらいなのだから、その使い方を知らないはずもないのだが、そんなウインドですらアドのGPSナビの使い勝手が分からないと言うのは可笑しな話である。だが、こう言う理由ならばどうだろうか。アドの所持していたGPSナビはかなり初期のもので、使い勝手が今のそれとはかなり違っていたために、操作方法が理解出来なかった、と。要するに、貧乏性なアドは新型のGPSナビを購入出来るはずもなく、未だに初期の頃のものを使っていると言うことだった。
「あとでアドに怒られるよ、きっと」
 リスティはノンキにそんなことを言うが、アドがどれだけ怒るのかが想像出来るのだろうか。
「そうだよな。オレのも尻餅ついた拍子に故障しちゃったから直さないといけないし、流石に弁償するお金持ってないもんなー」
 そんなノンキなリスティに頷くように、ウインドもかなりノンキな声を口にする。一体今の状況が分かっているのか分かっていないのか、この二人に焦りと言うものはないのだろうか。元々所持しているウインドのGPSナビが故障して動かなくなり、アドから借りたGPSナビも壊れてしまった。当然リスティはGPSナビを持っていない。要するに、今この場には使用出来るGPSナビがないと言うことになる。こちらから連絡する手段がなくなってしまったので移動したために、こんな場所にいる、と言うのが現状だった。いくらアドやショウたちが強盗を倒しているとは言え、どこかにまだ潜んでいないとも限らないと言うのに、全くノンキな二人である。ちなみに、フィックを背負っての移動は辛いために、やむなくそのまま踊り場に置いてきている。
「ま、今はそんなことよりも、ダダダッっとビルを脱出しようぜ。アサカ特佐官に報告しないといけないしな」
 ウインドがニヤニヤしながらリスティに微笑み掛けた時だった。通路の向こうからこちらに向かって何かが走ってくる足音が聞こえる。既にこの階に仲間たちはいるはずもなく、強盗とてそれは同じことである。
「アドか誰かが戻ってきたのかな?」
 リスティは呆けた顔のままそんなことを言うが、それにしても可笑しな話である。近づいてくる方向も去ることながら、無意味に走る意味はないし、あのアドがこんなにも気配を露にして近づいてくるはずがないからだ。さすがのウインドにもそれぐらいのことは分かっているようで、いつにない真剣な眼差しで近づく気配に注意を注いでいた。こう言うところをアドが見れば少しはこの男のことを信用出来るのだろうが、いつものあの姿を見てしまっては想像ですら出来ないだろう。
「いや、それにしてはおかしい・・・。リスティちゃん、気をつけて」
 言いながら、ウインドは愛用の銃を手にする。さすがのリスティもウインドの真剣な表情を見て状況をそれなりに把握したのか、真剣な顔をしながらアドから借りたルガーP08を手にする。きちんと、アドに言われた通りにセーフティを外すことも忘れない。
 そして、足音はすぐ近くまでやってきて、目の前の曲がり角から勢い良くリスティたちの前に姿を現した。その瞬間に、ウインドは手にした銃を真っ直ぐに構えていつでも射撃出来る格好になっていた。とは言え、相手が不確定人物なので問答無用で射撃するワケにはいかないために、即座に撃つようなことはしない。最悪の場合、この時点で相手に射撃されてこちらがやられる可能性もあったが、良くも悪くもそうなることはなかった。
「お前は誰だ・・・! ん?」
 勢い良く姿を見せた人物を観察するなり、ウインドは力強い声で相手の確認をする。目の前の人物も、ほとんど自分と同じような格好でトリガーに手を掛けて、いつでも射撃出来るような体勢になっていた。そして、その手にしている銃は・・・。
「あれ、バイオガンじゃない。ってことは、味方じゃん」
 そう。目の前の人物が手にしているのはバイオガンではなくて、黒光りする大型の旧式銃である。バイオガンを所持していないことを確認して、目の前の人物は先に突入したU地区支部の人間だと判断したウインドは、安心したように構える腕を下ろそうとした。だが、ウインドが完全に腕を下ろした後でも、目の前の人物は先程の格好をしたままずっと銃を構えていた。それどころか、目の前の人物の顔はみるみるうちに凶悪な顔へと変化していくのがはっきりとわかる。
「残念だったな、味方じゃなくて!」
 男は口の端を吊り上げながらボソりとそんなことを口走る。ウインドはその時になって初めて目の前の相手が味方ではないと言うことに気付くが、時すでに遅し。男の銃口は間違いなく自分に向けられていて、いつでも自分を射抜く準備は出来ている状態であった。絶対絶命の危機に、ウインドは覚悟を決めた時だった。
バァーン、バァーン
と言う銃声が聞こえたかと思うと、目の前の男が一瞬にして床に倒れこんだのである。驚いて銃声がした方へと振り向いてみると、そこには一人の青年が二挺の銃を構えて立ちすくんでいた。
「間に合って良かったですよ、ホントに」
 言いながら安堵の溜息を吐いたのは、言うまでもないギュゼフ・バーンその人だったのである。



 9階から最上階までの階段を一気にかけ上ると、再び先程と同じような広い部屋へとたどり着いた。この部屋には人の気配は全くなく、全てが屋上へと移動したことを物語っていた。
「けっ。用意周到って言うのはこう言う時に使うんだろうな」
  ショウはグチりながらも、さらに加速して階段を登る。屋上へと続く階段を上がるにつれて、ヘリのプロペラが空気を裂く音が大きくなっていくのが分かった。それは、今まさにヘリで逃走しようとしている強盗がそこにいることを報せてくれているようだった。
「邪魔するんじゃねぇよ!」
 屋上へと続く階段の前に頑丈な鉄の扉が設置してありショウたちの行く手を阻んでいたが、そんな扉も物ともせずにショウは鉄板が仕込められている厚手のブーツで扉を蹴破る。鉄の扉が吹き飛ぶ音と共に、ショウたちに向かって物凄い勢いで突風が吹きつけてきた。何とか腕で視界がやられないように目をかばいながら屋上へと身を躍らせる。
「冗談じゃねぇぞ、おい!」
 屋上の光景を目にするや否、ショウは顔を強張らせながらそんなグチをもらす。先程からずっと文句ばかり言っているショウに溜息をついているディリーからも、驚きの表情が見て取れる。一番最後に屋上へと躍り出たアドでさえ、思わず絶句してしまったぐらいである。そう、屋上では今まさにヘリでビルから逃亡しようとしている強盗たちの姿が確認出来た。強盗の人数こそ4、5人ぐらいしかいないものの、それを運ぶには十分過ぎるヘリがアドたちの前にあるのだ。何ともタイミングよく全員がヘリへ乗り込んだらしく、離陸をしようとしているヘリに向かって、アドが銃口を向ける。

「・・・って、んなことさせっかよ!」
 いつの間にかサイレンサーを外してあるSOCOMの銃口は、真っ直ぐにヘリに向けられるが、プロペラによって煽られる強風で照準が上手く合いそうにない。何でもない場所でならば問題なく命中せることが出来るのだが、こうもバランスが悪くては上手く的に当てるのは困難であることは言うまでもない。
「なろ、オレを誰だと思ってんだ!」
 アドは何とか照準を合わせて、離陸が完全に終わる前にヘリに向かって射撃をする。1発、2発と続けざまに出来る限りの連射をするが、ヘリのボディに当たるだけで離陸を抑えることは敵わないようである。その間、ヘリは離陸を完了して空へと飛び立とうとしているところだった。
「どこ狙ってるんだ、アド。射撃って言うのは、こうするもんだぜぃ!」
 アドが下手な射撃をしている姿を見て、ショウは逃げるヘリに近づきながらコルトパイソンを構える。その銃口は、ヘリのプロペラに向けられているようだった。確かに、プロペラを狙って回転しないようにすればヘリを止められるかもしれない。そして、コルトパイソンの威力ならばその確実性は増すというもの。風に煽られながらも、ショウは完全な狙いをつけてトリガーに手を掛ける。
「そうは問屋が卸さねぇ!」
 口の悪い言葉はショウそのものだったが、その声はショウのものではなかった。その声は、風を薙ぐ音と共にヘリの方から聞こえてきたものだった。自分の顔とは不釣合いなぐらい大きな葉巻を口にくわえているその男は、どうやら強盗たちのボスなのだろう。器用にもヘリから身体を半分躍らせて、市販のものより大きなバイオガンをショウへ照準を合わせている。だが、そんな状況にも関わらずショウは構わず銃のトリガーに掛ける手を離さなかった。確かにバイオガンの威力は脅威と言えるのだが、あの状態から上手い具合にこちらをロックオン出来るとは思えない。それに、先にこちらがヘリを撃沈してしまえば、バランスを崩してさらにロックオンさせることを困難に出来るだろう。ショウのこれ以上とない自信があってこそ出来る一種の駆け引きなのだが、ショウにとってはこれぐらにスリルがなければ楽しくないのだろう。銃口を向けられた今でも、表情は笑みを浮かべていることからそれが読み取れる。
「最後は、映画の主人公がキメるのが筋ってもんなんだぜ!」
 自分なりに格好をつけた決め言葉とともに、ショウはトリガーを引いた。ショウが射撃した数秒後に、葉巻をくわえた男はバイオガンのトリガーを引いた――いや、正確に言うならば引こうとした。だが、ショウの思った通りバランスの悪い場所からの射撃は困難のようで、葉巻をくわえた男は上手い具合にショウをロックオン出来ないようだった。その間にも、ショウの放ったマグナム弾がヘリのプロペラに一直線に向かっていく。そして、絶妙な命中率とともにマグナム弾がヘリのプロペラに着弾したようだった。その瞬間、鈍い音を立ててヘリが横に揺れる。
「くそぅ! バカ野郎、ちゃんと運転しやがれってんだ!」
 ボスがバランスを崩して、今にもヘリから落下しそうになったが、何とか堪えて落下するのだけは避けたようだった。だが、ショウへの射撃は愚か、射撃自体が出来なくなってしまう。そう、葉巻をくわえた男はヘリにしがみついた時に、大型のバイオガンを手放してしまったのである。男の手から離れたバイオガンは、重力に反することなくそのまま数十メートル下へと落下していく。
「オレさまのバイオガンがっ!」
 落下したあとに気付くが、時既に遅し。葉巻をくわえた男が持っていた大型のバイオガンは、無残にも地面へと落下して大破したのである。しかし、不幸中の幸いと言えるのだろうか、ショウのマグナム弾が直撃したプロペラは何の問題もなく回転を続けていた。途中でバランスこそ崩したものの、そのまま逃亡するのには問題はなさそうである。
「結果オーライってヤツだな。あばよ、マヌケな組織の連中共よ!」
 バランスを崩してバイオガンは手から離したくせに、器用にも未だに葉巻をくわえている男は捨て台詞とともにヘリの中へと消えてしまった。その男を乗せたヘリも、多少バランスを崩しているものの順調にアドたちのいるビルから離れていく。
「くそっ、逃げられちまうじゃねーか!」
 ビルの屋上の手すりまで駆けつけながら、アドが吐き捨てるように言い放つ。手にした銃で射撃をしようと思ったが、ここからでは届かないだろう。仮に届いたとしても、その威力は落ちていてあまり効果がないだろう。無駄な弾は撃ちたくないアドは、ただただヘリを見送るしかない。横ではショウが銃を構えているが、流石のショウでもこの距離を命中させるのは難しいだろう。当然、ディリーの銃も同じことが言えるので、これで完全に目の前のヘリを見送るしかなくなったワケだ。
「ここまで来て総大将に逃げられるとは、詰めが甘かったか」
 ディリーが悔しそうにそんなことをつぶやいているが、突然アドが何かに気付いたらしく声をあげる。
「おい、あれは・・・特佐官殿じゃねーか?」
 言いながら、アドは数十メートル眼下――ビルの前に設置してある本部のテントの前に視線を向けていた。遠目からなのであまり良く見えなかったが
、何やら銃を構えている姿が確認できた。
「確かに、あの凛々しさはあの特佐官殿みてぇだな。持ってるのは狙撃用のライフルじゃねぇかい?」
  いつの間にかにショウまでもが気付いた様で、数十メートルも下にいるアサカの持っている銃を特定していた。アドも中々の視力を持っているのだが、ショウはそれ以上の視力を持っているのだろうか。いや、もしかしたら、女性相手だからこそ脅威の視力を発揮しているだけなのかもしれない。それだけ、ショウの女性への執着心は凄まじいと言えようか。もちろん、これはアドの推測でしかないワケなのだが・・・。
 何にせよ、アサカは構えた狙撃ライフルでターゲットをロックオンする。もちろん、ターゲットは飛来するヘリである。狙撃ライフルならば遠距離への射撃が可能なので、恐らく命中させることが出来るだろう。下から上に打つために多少レンジは短くなってしまうが、銃の性能次第では問題なく届くはずだ。アサカがどんな銃を所持しているのかは知らないが、お手並み拝見と言ったところか。
 アドがそんなことを考えていると、アサカはライフルのトリガーを引く。そして、アサカの放った弾丸は真っ直ぐにヘリへと飛んでいく。数発の射撃をしたようだったが、全てがヘリのプロペラに命中したようだった。複数の弾丸がプロペラに着弾した所為でプロペラの回転が鈍り、ヘリを支える力が失われていく。そして、完全にプロペラの回転が止まり、浮力を失ったヘリは弧を描きながら地面へと落下していく。
「驚きだな、全段命中したみてぇじゃねぇかい。美しいのは顔だけじゃねぇってことかい」
「って、おい! あの方向はオレの車がとめてある方向じゃねーか!」
 ショウが感心したようにアサカの射撃の腕に見惚れているが、何やら横ではアドが大きな声で叫んでいるようだった。確かに、ヘリが落下した方向はアドのマニュアルカーが止めてある方向である。遠目なので正確にはわからないが、アドの車が無事かどうかは微妙なところだった。
「上手く強盗を逃走させずに済んだんだ。何も問題はなかろう」
 ビル下のアサカに視線を送りながら、ディリーがつぶやくように言葉を漏らす。その視線は、心から信頼している者を見る視線。そして、漏れた言葉は安堵の溜息とも取れる言葉のように聞こえる。
「けっ、そう言うこった。何となく良いところだけ持って行かれたような気がするけど、後で茶ぁしてもらうってことでよしとしようかい」
 ショウはケラケラと笑いながら手にした銃を懐へと仕舞い込む。撃つ相手がいなくなったので、もう銃は必要ないと判断したからであろう。
「・・・ともかく、オレたちも下に降りてアサカ特佐官と合流するぞ。恐らく、増援の部隊もそろそろ到着する頃だろうからな」
 ディリーがそう言って、一行がビルを脱出しようと屋上の扉の方に移動を始めた時だった。
ゴゥンッ!!
と言う大きな音とともに、ビル全体が揺れ出したのである。
「なんだってんだ、この揺れは!」
 しばらくの間ヘリの落下した方を見つめていたアドが、叫びながら突然起きたビルの異変に反応する。ビルの揺れは一瞬のものではなくて、それどころかその揺れが増していくようだった。心なしか、下の階の方では爆音も聞こえてくる気がする。
「まさかとは思うが・・・このビルは崩れているようだな?」
 こんな時だと言うのに妙に冷静なディリーだったが、不思議とアドも冷静になっていた。
「まるでTVでよくやってる、ビルを解体する時の爆発みてーだな」
 冗談交じりに言いながらも、さらに揺れが激しくなったのを感じたアドたちは、全速力で扉の方に駆け出したのだった――。


☆用語集☆
『銃関係』・・・レンジ

      


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