ミッション2『ショッピングデート』
第六回

「全く、隙があったものじゃないですよ」
 B−Fog、L地区支部の借りビルの入り口をくぐりながら、すぐ横を歩いている触覚の生えた男を睨みつけるギュゼフ。その触覚の生えた男を挟み込むように歩いているのは、髪の毛が上に逆立った男――ショウがいる。こちらは、ギュゼフとは違って口を開く様子は窺えない。
「逃げるが勝ちってヤツだ。奢ってもらえるって前提で、オレは勝負を受けたんだ。何が悲しくて自腹で昼飯食わなきゃなんねーんだっての」
 ギュゼフに睨まれた、触覚の生えた男――アドは、あっさりと言い返してくる。冷静、と言うよりは開き直っていると言った感じか。
「いいえ。あの勝負は私が有利でしたよ。どう考えても、奢ってもらうのは私でした」
 アドと同じように自分の勝利を主張するギュゼフは、なんだか必死になっているようだ。自腹で食事をしたワリには、ギュゼフ自信はハンバーグステーキを食していたことを思い出してみると、それほど金銭的に厳しい生活をしているようには思えない。余程、トーストを食べていたアドの方が深刻な話に聞こえてしまう。
「もー、そんなこともうどうでもいいじゃない。皆で楽しくご飯を食べられたんだからさー」
 まるで他人事のように二人をなだめるリスティが小悪魔のように感じてしまうのは、気のせいなのだろうか。リスティ本人にも原因があるなどと言うことは、欠片も自覚していないことは間違いなかった。
「けっ。この際どっちでもいいじゃねぇかい。そもそも、俺にはその勝負は関係ねぇし。よっぽど俺の方が被害者だと思わねぇかい?」
 先程からずっと無言で横を歩いていたショウが突然口を挟んでくる。射撃場を出てからと言うもの、ショウが口にする言葉はこればかりだった。リスティとの射撃練習の邪魔をされたことが気に食わないのだろうが、ショウにとってはそれだけを邪魔されたとは思っていない。
「抜け駆けするから天罰を喰らったんですよ。いい気味です」
 単独でリスティと外に出掛けたことを未だに根に持っているギュゼフは、いつもの友人に話し掛ける口調ではなくなっている。それほどまでに、抜け駆けされたことが悔しかったのだろうか。
「どーでもいいけど、なんか埃っぽくねーか? いくら古い借りビルだってここまで埃にはなんねーだろ?」
 既に勝負の話はどうでもよくなったのか、アドが突然話題を変えてくる。しばらくの間ショウとギュゼフは睨みあっていたのだが、不意にアドの言ったことに気がついて話題に触れてきた。
「アドの部屋の方がよっぽど埃っぽいんじゃねぇのかい?」
 冗談交じりに言うショウの部屋は、お世辞にも片付いている部屋とは言いがたい部屋だったりする。ギュゼフと相部屋と言うこともあって、散らかり放題と言うワケではないのだが、自分の事を棚に上げているのは間違いない。だが、ショウの意見も最もなことで、どう考えてもアドが自分の部屋の整理整頓をしているとは思えない。
「なんかさ、すっごい散らかってるイメージだよね。足の踏み場もないって言うのは、まさにこのこと、みたいな感じでさー」
 妙に嬉しそうな顔でリスティまでもが噛み付いてくる。その横で、ギュゼフがリスティの意見に深く首を縦に振っている。そんな3人の冷たい眼差しを受けても、アドは平然とした態度だった。それどころか、自信に満ちた表情をしているように思えるのは気のせいだろうか。
「あんな、オレを誰だと思ってんだ。その昔、整理整頓の王子さまって・・・呼ばれたことはねーけど、片付けることに関しては結構自信があんぜ?」
 かなり意外な発言である。いや、意外と言うより、信じられないと言った方が適切だろうか。まるで犬に羽が生えて飛んで行くぐらいにありえない話・・・と言うのは言いすぎなのかもしれないが、だがそれほどまでに信じられない話である。
「まぁ、言うだけなら誰でも言えるんじゃねぇかい? 現実は妄想のように美しいものじゃねぇよ」
 鼻で笑うようにあざけるショウの反応は適切なものと言えようか。人は見かけによらないとはよく言ったものだが、それにしてもアドが整理整頓を成しているなどと言う話を信じろという方がムリな話だ。
「そうなんだよねー。あたしもいっつもお部屋が散らかっちゃって大変なのよ。お掃除って、結構力仕事だから苦労するのよねー」
 神妙な顔つきで言うリスティはの発言は本音であり事実なのだろう。深く頷いていることがそれを物語っている。
「言ってろ。オレの部屋はいっつも綺麗だって、管理人のねーちゃんに良く言われてんだ」
 その言葉を聞いた瞬間に、同時に3人が顔を見合わせていた。いつも綺麗と言うことは、それはつまり――。
「いやはや、私たちが悪かったですよ。そうですよね、アドの部屋はいつも何もない・・・じゃなくて、整理しやすい状況になっていそうですよね」
 3人を代表するようにギュゼフが言葉を選びながら口を開く。だが、その言葉の意味を深く追求すれば、少なくてもアドが整理整頓を出来るのだと言う事を信用してはいないと言うことになるだろう。
「別に、オレはお前たちに何て思われようと関係ねーよ。勝手に思い込んでやがれってんだ」
 何だかんだ言っても、それなりにいじけているアドが可愛らしかった。
「ねーねー。こっちの部屋がドア開けっ放しになってるよー?」
 いつの間にやら会話から遠退いて、階段の横にある部屋の前まで足を運んでいたリスティがなにやら訴えてくる。どうやら、階段の横にある部屋の扉が開いていることが気になるらしい。ショウとギュゼフに馬鹿にされたアドは頭にきていた上に、リスティのわがままがまた始まったかと思うと、無性に腹が立ってきた。
「その部屋は確か・・・」
 ギュゼフはきちんとリスティの声に反応すると、アゴに手を当てながら考えるような仕草をしてみせる。だが、すぐさまその答えは紡ぎだされた。
「武器保管庫じゃねぇのかい?」
 だがしかし、答えたのはギュゼフではなくショウだった。ギュゼフが口を開くよりも一瞬早くショウが答えを出してしまったのである。わざわざ考える仕草などしなければ、ギュゼフが普通に答えていただろうに、変なところでもったいぶったがために友人に先を越されてしまったようだ。ギュゼフは細い目をさらに細く、鋭くするとショウの方へと視線を向ける。だが、それ以上は何も言わずにすぐさま視線をリスティに――リスティの視線の先にある部屋へと向ける。
「朝方、フェイズが武器庫の整理をすると言っていたので、恐らくドアの締め忘れでしょう。全く、彼らしいと言うかなんと言うのか・・・」
 ギュゼフはもう一人の友人の顔を思い浮かべながら苦笑を漏らす。
「えー、そうなの? でもね、中に人がいるみたいだよー。あれって、ウエストなんじゃないかなー?」
 部屋の中を指差しながら、リスティは呆けたような表情になる。だが、いくらなんでも朝方に武器保管庫の整理をしていた人物が、昼過ぎになっても尚そこにいるはずがない。一体、何時間整理をすれば気が済むのかと言うぐらいの時間が経っているはずだ。たまにリスティの言うことに疑問符を浮かべることがあるが、今回もそれに当たるようだ。
「そんなはずはないでしょう。いくらフェイズだってこんな時間まで整理をしているはずが・・・」
 ギュゼフの言葉はそこで止まっていた。まさに開いた口が塞がらないとはこのことである。ギュゼフの後をついてきたショウも、長身の彼を押し退けるように部屋を覗き込み、同じように絶句する。3人揃って漫才をやっていることに呆れながらも、アドも多少気になったようで登りかけた階段をわざわざ下りて部屋の前まで歩み寄ってみた。そして、アドが見たものは――。
「こいつは笑えねー冗談だな。マジでまだ整理してるってか? ってか、オレにはパソコンをやってるようにしか見えねーんだけど?」
 そう。こともあろうにウエストは、武器保管庫の中でパソコンをやっていたのである。しかも、机などの上でやっているのではなく、当たり前のように床に座り込んでキーボードを操作しているのだ。周りを見てみると、ある程度の整理をしたようでいくつかの武器が床に散乱していた。だが、誰の目から見ても、整理を終了させていないことは明らかだった。
「フ、フェイズ・・・? こんなところで何やってるんだ?」
 何とか声を絞り出したギュゼフがウエストに話し掛けるが、当の本人はディスプレイから視線を外す様子はない。それどころか、ギュゼフの言葉に反応することでさえないようだ。
「けっ。人様の問い掛けに無視かい。随分と偉い身分なことだな」
 ギュゼフとウエストは親友同士であり、ギュゼフとショウはルームメイトであり良いパートナーである。しかし、ショウとウエストとは親しい関係どころか、普段はあまり話すことはない。要するに、ただの仕事仲間のレベルでしかないワケである。
ギュゼフの問い掛けに、全く反応する様子を見せないウエストを見て、ショウは舌打ちをして毒を吐くが、無理もない反応なのかもしれない。
「やっぱり、これぐらいで反応するはずがないか・・・。いえね、フェイズはパソコンに熱中している時は、何が起きても反応しないんですよ。たとえ大地震が来ても反応することはないと思います。まぁ、その前にパソコンの電源が落ちて気付くでしょうが」
「それでもパソコンやってそうだけどな。バッテリーがなくなるまで、気付かねーような気がすんぜ?」
 ギュゼフの説明的な口調に、冗談のように反応するアドだったが、満更実際にそうなりそうなところが怖いところだ。肩をすくめているアドを横目で見ながらギュゼフは胸中で苦笑を浮かべていた。
「で、どーすりゃいーんだ? 何か方法があんだろ?」
 いつの間にか興味津々になってしまっているアドだったが、今のアドは完全にウエストのことに釘付けになっている。先程までの不機嫌はすっかり忘れてしまったようだ。それはアドだけではなく、ショウやギュゼフにも言えることのようだが。
「いえ・・・・・・ないですね。残念ながら、パソコンに集中している彼をこちらの世界に呼び戻すことは不可能です。少なくても、この場所では、ね」
 意味深なことを言うギュゼフは、何かをもったいぶっているようにしか見えない。そんなギュゼフに苛立ちを覚えるアドだったが、冷静さを保ちながらゆっくりとした口調で問い返してみる。
「んじゃ、どーしろってんだ?」
 アドは必要最低限のことだけを口にすると、それに大して口早にギュゼフが応えてくる。
「方法は一つしかありませんよ。このまま無視して待つだけです。そのうち彼からこっちの世界に戻ってくるまで、ね」
 さらりと当たり前のように言うギュゼフの表情は得意気だった。まるで、何か勝ち誇ったような達成感ですら伝わってくる。そんなギュゼフの態度に、どうしようもなくやるせなくなったアドは肩をすくませて部屋から立ち去ることにした。
「オレは付き合わねーぜ。第一、待つ意味が見つかんねー」
「けっ、アドの言う通りかもしれねぇな。こんなところで待つ意味がねぇような気がするぜ」
 背中を向けて部屋から立ち去るアドに視線を向けながら、ショウも同じようなことを口にする。だが、それは言葉だけであり決してこの場から立ち去るつもりはないらしい。理由はいくつかあるのだろうが、一番の理由はリスティをこの部屋に残して自分が立ち去るワケにはいかないからだ。先程からリスティは、彼らの話には耳も傾けずに辺りに散らばっているガラクタを物色しているようだ。どうせ見ても物の価値が分かるはずもないクセに、一体何をしているのだろうか。そんなことをしていると、不意にギュゼフとショウに向って声が掛けられた。

「あ、二人とも揃いも揃って、お帰りなさい。意外と早かったですね」
 まるで他人事のように声を掛けきたのは、意外にも意外なことに目の前でパソコンを操作していたウエストだった。ギュゼフなどは、一瞬誰が話し掛けてきたのか理解出来ず、辺りを警戒しながら確認してしまったぐらいである。
「いきなり声を掛けるなよ。そもそも、何でお前がいきなりこっちの世界に戻ってくるんだよ」
 マニュアル通りの行動をしない友人に毒を吐くギュゼフの肩は、激しく上下に揺れていた。一体何にこれほどまでムキになっているのか分からなかったが、ギュゼフの食いつき方は尋常ではない。
「一段落したから休憩しようと思っただけですよ。いきなりこっちの世界に戻ってきたワケじゃないですよ?」
 そんなギュゼフに対して、ウエストは穏やかなものだった。何も疑問に思うでもなく、ごく当たり前のようにこちらを見上げている。
「これだから分からねぇんだよな。化学者の家系って言うのはよ」
 ショウが呆れたように溜息をついて見せるが、ウエストは差して気にした様子を見せない。そもそも、その行為自体目に入っていないのかもしれないのだが。
「あー、これいい! ちっちゃくて、あたし好み〜」
 と、再び部屋の中に突然声が響いた。何事かと思ったショウとギュゼフは、声のした方へと視線を向けると、案の定視線の先には先程から何やら物色していた少女の姿があった。ショウとギュゼフはほぼ同時ぐらいに、少女が手にしている鉄の塊のことに触れようと思い一歩を踏み出そうとする。だが、それよりも先に動く人物がいたのである。
「ああ、それはさっき整理していたら発見したワルサーPPK。多分使えるだろうけど、使うような人がいないからあげますよ。リスティちゃんにならちょうどいい大きさかもしれませんよ」
 言わずと知れたウエストである。ショウとギュゼフの気持ちなどお構いなしに、当たり前のようにリスティに説明をしてしまう。
「ホントにー。やったぁ。じゃあ、あたしこれ貰うね。今日買ってきた足に付けるヤツがぴったりかもしれないから、あとで付けてみよっと」
 武器庫管理係になっているウエストの承諾を得れば、基本的にはこの部屋の中のものは自由に扱うことが出来る。なぜこんな場所にワルサーPPKがあったのかは謎だが、何にしても半日見つけて買えなかった銃が、ほんの数分のうちにリスティのものとなっていた。この銃ならば、手の小さいリスティにも容易に扱える代物であろう。手の中にすっぽりと納まる大きさのため、携帯機能に優れていることが特徴的な銃である。
「これで自分の銃でじっくり射撃の練習が出来る! 嬉しいなん」
 リスティは自分の手に納まっている小型拳銃に頬ずりしながら、ウキウキした気持ちで部屋を後にする。
「あ、ちょっと待てよ。良かったら、明日俺と一緒に射撃場に行こうじゃねぇかい?」
「今度こそ抜け駆けは許しませんよ。アンちゃんとは私が一緒に行くんです!」
 そんなリスティを追いかけるように、ショウとギュゼフが部屋から去っていった。
「何だったんだろう? まぁ、いいか、別に。さて・・・さっきの続きでもしようかな。これからがウエストアワーの始まりなんだから」
 嵐が過ぎ去ったように静けさを取り戻したこの部屋に一人残ったウエストは、再び先程の作業へと取り掛かるのだった――。

ミッション2 コンプリート

☆用語集☆
『銃関係』・・・ワルサーPPK

  

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