ミッション2『ショッピングデート』
第五回


 通常、絶体絶命の大ピンチと言うのは、どんな時に訪れるのであろう。少なくても、自分たちに不利な状況でなければそう言った状態になることは、まずない。読んで字の如く、命が絶える寸前のことを指し示すのが一番適切な表現ではないだろうか?
「ったく・・・んで、あいつがここにいんだよ」
 心底呆れたように肩をすくめたのは、言うまでもないアドである。目の前で、強盗の人質にされてもがいているリスティに向って、トゲのある視線を向けている。
「カツ、あなたはアンちゃんを一人で置いてけぼりにしてたんですか? 全く、信じられない」
 すぐ隣にいる自分の相棒に向って、ギュゼフは鋭い目つきで睨みつける。もともと切れのいい細い目をしているギュゼフだが、こうして睨みを利かせてくると、その目つきに磨きが掛かっているように感じる。言葉遣いこそ冷静に装っているのだが、内心はハラハラしているのだ。何しろ、目の前に自分の大事な人が人質として強盗に捕まっており、生命の危機にさらされているのだから。
「けっ・・・俺のデートの邪魔をするお前たちが悪いんだぜ? お前たちがここにさえ来なけりゃ、リスティが人質にされることはなかったんだ」
 まるで自分には非がないとでも言わんばかりなショウの態度は、ギュゼフにとっては許されないことであった。そもそも、ショウたちがここにいることの方が余程不自然と言えるのではないだろうか。デートをするのならば、もっとロマンチックな場所でするのが相場だ。それが、射撃場などと言う、女性を連れてくるには場違いなところにいるショウの方に非があると言われても、文句は言えないはずだ。
「なにこそこそと話してやがるんだ! 下手な抵抗なんて考えてるんじゃねぇだろうな! 残念だが、この状況でお前たちに勝ち目はねぇぞ!」
 この状態で、一体どのように勝ち目がないのかは分からなかったが、下手な抵抗を出来ないことだけは間違いない。こう言ったチンピラに近いような強盗が、実際に人に向ってトリガーを引けるのかどうかは分からないが、引かないという保障がない。保障がないのだから、無理に抵抗しないのが一番の得策と言えるだろう。
「大人しく、手に持っている銃をこっちに投げろ! 3−1だからって、いい気になるなよ。少しでも怪しい素振りを見せたら本当に撃ち殺すからな!」
 リスティの米神にバイオガンの銃口を向けながら、強盗は不細工な顔をさらに歪ませる。口だけならば何とでも出来るのだが、実際に人質に銃口を向けられてしまっては、素直に指示に従う他ない。
「指示に従えってのかい。どうするよ?」
 目の前でリスティが生命の危機に晒されていると言うのに、ショウは冷静なものだった。
「どうするも何も、アンちゃんの身の安全が最優先に決まっているでしょ?」
 さも当たり前のように反応したのは、言うまでもなくギュゼフだった。強盗に言われるままに、二挺の拳銃を指示通りの場所に投げ捨てる。
「そうかいそうかい。そうだよな。こんなザコ相手でも、守るべき人に傷をつけるワケにゃ、いかねぇよな」
 ギュゼフの態度に不貞腐れたように呟くショウだったが、相棒の潔い判断に仕方がなさそうに同意する。わざわざ格好をつけながら愛用の銃を、床を滑らせて強盗の方へ渡してやる。投げ捨てなかったのは、大事な銃に傷をつけないようにするための処置と言えようか。
「二人とも、上司の命令よか素直に聞いてんじゃねーのか?」
 強盗と対面している3人のうち、2人が潔く銃を投げたからには、残り1人――アドもそれに逆らうワケにはいかないだろう。アドは大きく肩をすくませながら、手にした黒光りする大型銃をショウと同じように床を滑らせて強盗の方へと投げる。予想外に抵抗せずに素直に言う事を聞いたことに満足したのか、強盗は笑みを漏らしながら、再び顔を歪ませる。
「意外と素直じゃないか。お前ら、長生きするタイプだぜ?」
 笑み、と言うよりは含み笑いと言った方が適切な表現だろうか。強盗は、リスティを抱えたままアゴに手を当てながらガマ蛙のような表情を浮かべる。
「みんな、あたしのためにゴメンねー」
 人質にとられていると言うのに、この娘はいつもと変わらぬノンキな口調でそんな言葉を漏らす。緊張感がないと言っても差し支えのないほど、リスティは平常心でいるようだった。こんな時は、うるさいほど騒ぐ方がそれらしい場面なのだが、リスティの天然さが不幸中の幸いとなってくれたようで何よりだ。
「誰がお前のためにやってるかっての。お前の所為で面倒なことになってんの、もうちっとは理解しろ!」
 だが、そんなリスティの態度が気に食わなかったのか、アドは物凄い剣幕でリスティを睨みつける。
「おっと、変なこと考えてるんじゃないだろうな。無駄な抵抗はしない方が長生き出来るんだぜ?」
 アドの剣幕が自分に向けられているものだと勘違いした強盗は、リスティの米神に当てていたバイオガンの銃口をアドの方へと向ける。そして、牽制のつもりなのだろう、強盗はわざとらしく照準を外すようにしてからトリガーを引いて見せた。それと同時に、強盗の手にしたバイオガンから見えない弾丸が発射され、しばらくしてから近くの地面にそれが命中する。その一部始終をしっかりと確認していたアドは、不意に口の端を吊り上げながら不敵な笑みを浮かべる。
「やめたやめた。もう人質を助けんのはやめだ。なんか、意味のねーことに気付いまったぜ」
 わざとらしく大きく肩をすくませながら、強盗に背を向けるアド。そんなアドの態度が気に食わなかったのか、強盗は腹を立てたように銃口をアドの方へと向ける。
「どう言うことだ! 抵抗しても無駄死にするだけだって言うのが分からないのか!」
 強盗が怒声を上げたのとほぼ同時だった。アドの両端にいた二人――ショウとギュゼフが地面を蹴ったのは。だが、強盗の反応もそれ以上に早かった。二人が地面を蹴ったと同時ぐらいに、手にしたバイオガンで地面に転がっている銃を狙い撃ちしたのだ。ターゲットが左右に散らばっているために、1人だけを狙えばどちらかが攻撃を仕掛けてくる。だが、肝心な銃を狙ってしまえば双方の攻撃を封じることが出来る。ガマ蛙のクセに良い判断と言えよう。
「ターゲットは2つだけじゃねーんだぜ!」
 言いながら、アドは手にしたもう一つの愛用の銃――ルガーP08を強盗へ向けて放っていた。ショウとギュゼフの攻撃を封じたことで隙が出来た強盗へ、先程うしろを向いたアドが振り向き様に手痛い一撃をお見舞いしたのである。卑怯と思われガチだが、手に持っている銃を投げろと言われたのであって、服の下に隠してあるもう一つの銃を投げろとは言われてはいない。アドの銃が一つだと思った強盗の負けである。
アドの放った弾丸は見事に強盗の腕に命中し、手にしたバイオガンを地面に落とすことに成功する。それを追いかけるように、ショウが懐から取り出した弾丸を強盗の顔面に向って投げつける。弾丸は鉛で出来ているために、投げるだけでもそれなりの威力があると言うワケだ。
「くそっ、こいつら何てコンビネーションなんだ!」
 アドとショウらの絶妙なコンビネーションに、強盗は顔を庇いながら思わず声を上げてしまう。完全に取り乱し、抱えているリスティを手放して放り投げる。
「きゃっ!」
「っと、危ない危ない」
 放り投げられたリスティの身体を、地面を滑り込むようにギュゼフが受け止める辺り、彼の全力で彼女を守ろうと言う気持ちが表れているようだ。
「だが、まだ終わっちゃいねぇぞ!」
 言いながら、強盗は懐からもう一つのバイオガンを取り出して、近くにいるギュゼフに銃口を向けようとする。だが――。
「終わりはそっちだっての」
「残念だが、チェックメイトってヤツじゃねぇかい?」
 いつの間にか銃を手にしたアドとショウが、強盗の真横で銃口を向けて待ち構えていたのである。



「にしても、んであそこにショウとリスティがいんだよ」
 テーブルに運ばれてきた軽食――サンドイッチを手に取り、アドはうんざりしたような表情で正面の二人組に問い掛ける。
「けっ。ホントなら、お前たちが邪魔してなけりゃ、この次のコースが俺を待ってたんだけどな」
 不満そうな顔でサンドイッチに食い付いているアドに冷たい視線を送りながら、ショウも同じぐらい不満そうな表情をしてみせる。
「次のコース?」
 ギュゼフが最後の一言にだけ反応してくる。正直、それ以外の会話にはあまり興味がないのだろうか。既に運ばれてきているハンバーグステーキ、野菜サラダ付きを無言で口に運んでいたが、突然会話に口を挟んできた。
「そりゃぁ、あれに決まってるじゃねぇかい。デートの一番最後って言ったらなぁ?」
 言いながら隣でチョコレートパフェを嬉しそうな表情で口に運んでいるリスティに同意を求めるショウ。だが、リスティは顔をほころばせながらショウの質問はさも当たり前のように流してしまう。
「あ、だって、ショウがあたしのお買い物に付き合ってくれたんだけど、良い銃が売ってなかったから、代わりに射撃の練習をしようって、あそこに連れて来てくれたんだよー」
 なんの捻りもなく、正直な話をするリスティ。ショウの期待も儚く、的にはかすりもしなかった。そんなショウは、スネたようにちょうど運ばれてきたパスタの方へと視線を落とす。
「んなことかと思ったぜ。でなきゃ、お前があんなとこにいる理由が見つかんねーもんな。ってかな、そもそもお前が銃を扱うなんて100年はえーんだよ。扱えもしねーもんをムリして練習すんな。お前には銃なんて似合わねー・・・んだ、よ」
 物凄い勢いでリスティに食いつくアドだったが、不意に声のトーンを落として、終いにはそのまま無言になってしまった。普通ならば、なんだか様子がおかしいように感じるのだろうが、当のリスティはアドにボロクソに言われたことが気に食わなかったらしい。
「あー、そこまで言うことないじゃなーい。あたしだって、練習すれば的に当てるぐらい出来るんだよー。ね、ショウ?」
 頬を膨らませながら怒るリスティの表情は、お世辞にも怒っているようには見えなかった。野菜サラダを口に運ぼうとしたギュゼフなど、思わずそれを口に運ぶのを忘れてしまったぐらいである。そして、突然話を振られたショウはショウで愉快なリアクションを取る。
「ん、あぁん?」
 今まで不貞腐れてパスタをつついていたショウは、まるでガンを飛ばすかのような表情でリスティを睨みつけるが、即座に我に返り慌てたように表情に笑みを浮かべる。しかし、傍から見れば、顔が引きつってムリに笑みを浮かべているようにしか見えない。
「誰だって最初は何も出来ねぇもんじゃねぇのかい? 練習してこそ、上達するってもんだ。リスティだって・・・そのうちちゃんと的に当たるようになるさ。俺が特訓をし続けてやれば、間違いねぇ」
 こっそりと、今後もリスティを誘う理由になることを口にすることを忘れないところはチャッカリしていた。数十分ぐらいの特訓しかしなかったのだが、確かに始めは全くかすりもしなかったものが、稀にかするようにはなった。とは言え、リスティがこのまま特訓を重ねたとしても、常人並みに銃を扱えるようになるとは、さすがのショウとて思っていない。だが、この特訓を理由に、いつまでもずっとリスティと射撃の練習が出来ると言うことは間違いないと確信している。
「とんだ自信家だな。イッソのこと、ずっとリスティを指導してやったらどーだ? なんてな」
 さらりと流すようにそんなことを口にするアドだが、すぐさま残りのサンドイッチを口に運びこむ。何事もなかったかのようにサンドイッチを口に運んだアドの言葉を、だがその場にいた二人の男は聞き逃さなかった。
「おいおい。そんなこと言っていいのかい? こいつぁ、アド公認ってことかい? そんなこと言われたら、マジでそうさせてもらっちまうぜ?」
「その言葉、聞き捨てなりません。アンちゃんをショウみたいな輩に任せるワケにはいきませんね。アドが認めても、私が許さないんだから!」
 身を乗り出すように食い掛かってくる二人の男を目の前に、アドは涼しい顔をしている。当事者であるリスティなどは、まるで他人事のような顔をして三人のやりとりを傍観しているようだった。
「冗談が通じねーな。第一、んでオレが公認とかそう言う話になんだよ。オレはこいつの保護者じゃねーっての」
 最もなことを言うアドの表情は全く動きが感じられない。感情を動かすことなく言うのだから、これが彼の本音なのだろう。空になった皿を恨めしそうに見つめながら、仕方なさそうな顔をしながら一番始めに運ばれてきた氷入りの水を一気に飲み干した。
「むしろ、んなことは本人が決めることだろ」
 一気に飲み干した水をテーブルの上に置くと、相も変わらず涼しい顔でそんなことを言うアド。とは言え、先程からアドが言っていることは正しいことであって。これ以上反論は出来ないことは言うまでもない。アドの言った通りに、そのままリスティに問い掛ければ事は済むのだろうが、この二人にそれは出来ないようである。そもそも、自分だけ蚊帳の外だと思っている当事者に問い掛けるだけムダなのかもしれないが。
「ねーねー、話は終わった? えっとね、あたし聞きたいことがあるんだけど、いーい?」
 これである。男三人だけで話しているものだから、専門なことなのだろうと思い込んだリスティは、チョコレートパフェを食べることに集中していたようだった。そのために、完全に今の話を聞いていなかったのである。
「なんですか、アンちゃん。何が聞きたいの?」
「お前に聞いてんじゃねぇよ。リスティは俺に聞いてるんだぜ?」
 先に反応したギュゼフに対し、ショウが割って入るように口を挟んできた。仲の良いルームメイトは、互いに目線に火花を散らす。そんな二人には全くお構いなしと言った感じに、リスティは相変わらずマイペースに意見を言ってくる。
「えっとね、あの強盗さんたちって、一体何しに来たのかなーって思って」
 強盗なのだから何かを盗みに来たのだろうが、あの場所を狙う理由としては一つしか考えられない。リスティが意外なところに気付いたことに珍しく感心しながら、アドはアゴに手を当てて小さく頷いた。
「普通に考えりゃ、バイオガン、若しくは銃を狙って来たんだろーな。それ以外に、あそこを狙う理由が見つかんねー。でもよ、あんだけの広さで、ましてやあんだけの人ごみの中に飛び込んでくる辺り、素人なんじゃねーのか。もしオレだったら、よっぽどどっかのガンショップを狙うけどな」
 マジメに応えるアドを見つめるリスティの表情は真剣なものだった。アドの話に魅入っているようだったが、果たしてどこまで理解しているかどうかは定かではない。
「けっ・・・。そいつなら俺が理由を知っているぜ。朝一でリスティとガンショップを周ったんだけどよ。どこもかしこも品切ればっかりだったぜ。まるでどこかの誰かが大量に買い占めたかのように、裏ルートにも流れていねぇらしい」
 行きつけのガンショップのオヤジから聞いた情報を思い出しながら説明するショウ。事実、ショウもそれは実感していた。たとえオヤジに情報を貰っていなかったとしても、出回る銃の数の少なさに気付いていただろう。いつもならば簡単に手に入る銃が、こんなにも見つからなかったことは珍しいことだからだ。その所為で、リスティに銃を買ってやることが出来なかったのだから尚のこと。
「フェイズも言ってましたけど、ネットの裏オークションでもあまり出回っていないらしいですよ。銃はもちろんのこと、バイオガンですらあまり手に入らなくなって来ているとか。最近のバイオガンテロなどで、警備が強化されていることとは別に何かが起きているのかもしれませんよ」
 ショウの意見にさらに補足するように、ギュゼフが知っている限りの情報を口にする。常にパソコンの前に座っているウエストからは、様々な情報を得ることが出来る。ギュゼフの情報源の7割は彼からの情報であるぐらいだ。
「どっかの銃マニアがオレの邪魔しようとしてんじゃねーだろうな。こんなんじゃ、オレが銃を手に入れらんねーぜ」
「え、だって、アドはお金がないから銃も買えないって、前に言ってたじゃない」
 二人の情報を耳にしたアドは冗談交じりにそんなことを口にするが、それを本気と受け止めたリスティはキツイ一言を口にする。
「ほっとけ。どーせオレは昼飯食べる金も持ってねーっての」
 そんなリスティの言葉がシャクに触ったのか、そっぽを向きながらアドは席を立つ。
「誰かさんの邪魔の所為で、勝負もチャラになっちまったかんな。お陰で自腹になるなんて、今日は厄日だぜ」
 大袈裟に肩をすくめながら、アドは一人テーブルから離れていく。そんな彼の背中を見つめながら、リスティは小さく舌を出してアカンベの格好をする。そんな可愛らしいリスティの仕草を見つめていたショウとギュゼフの二人は、不意に思い出したようにその場を立ち上がり声を上げる。
「アド、食い逃げする気かい!」
「レオン、 勝負がつかなかったんだから、奢りませんよ!」
 だがしかし、既にアドは店内から姿を消していたのだった――。

     

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