ミッション2『ショッピングデート』
第四回


 トリガーに手をやり、指に力を込めてそれを勢い良く引く。すると、銃を抑えている両手に軽い衝撃が起きる。それと共に、銃口から発射された弾丸は一直線に的に向って宙を走る。弾丸は、見事に的に命中して、真新しい的に一つの穴を開ける――はずだった。少なくても、射撃した本人はそう思っただろう。だが、残念なことに銃口から発射された弾丸は、白い的を僅かにかすめるに留める。
「あっれー、おっしーな! 今のは絶対に当たったと思ったんだけどなー」
 言いながら、射撃した本人――リスティは呆けたような声で自分の射撃に溜息をつく。ショウの親切すぎるぐらいの指導により、先程よりもかなり上手くなり、一人でもとりあえず前に射撃出来るまでにはなっていた。このことに関してはショウ自身も驚いていることであり、彼の想像以上にリスティの腕は上達していた。
「でも初めて的にかすったじゃねぇかい。もう少しでまともに当たるようになるんじゃねぇか?」
 軽くリスティを褒めながら、ショウは軽い笑みを浮かべる。まともに当たるようになるにはまだまだ練習が必要だろうが、上達してきていることは間違いない。何日かここに通っていれば、すぐに的に当たるようになるだろう。正直リスティにここまで射撃の素質があるとは思わなかったが、これはショウにとっても嬉しいことである。なぜならば、練習を理由にまたリスティと共にここへ訪れることが出来るのだから。
「そーだね。もっと練習して、今度こそ的に当てるように頑張るよ!」
 ショウの言葉に、リスティは顔を輝かせながら喜んでみせる。今日何度目になるか分からない彼女の笑みに、ショウはこれまた何度目になるか分からない至福の時を味わっていた。
「そ、そうだな。その調子で頑張れや」
 微妙にリスティから視線を外しながら、ドモるように返事を返すショウが可愛らしい。普段は女好きで周りから色々言われるショウだが、女好きだからと言って必ずしも遊びまくっているとは限らない。このショウ、確かにそれなりに遊びには出ているのだが、それは女好きとしての宿命のようなもので、本当に大事にしたいと思う女性の前ではこうして可愛らしい姿を見せるのかもしれない。本人にそれを言ったならば、必ず否定するだろうが。
「そうと決まれば、練習再開だ。もう一回姿勢を確認してやろうじゃねぇかい。当たらねぇってことは、どっか悪いところがあるはずだぜ」
 言いながら、ショウは新しいマガジンをリスティに手渡す。だが、そのマガジンがリスティの手に渡る前にそれは起きた。
「おい、向こうにすげー二人組がいるって話だぜ!」
「今時珍しくバイオガンを使わない二人組らしいじゃないか! これは中々見物だぞ!」
「あんな腕してて初級クラスの射撃場使ってるなんて、信じられないよ」
 突然射撃場が騒がしくなり、口々にそんなことを言いながら客たちが一箇所に集まっているようだ。ショウにとってはどうでもいいことであったが、残念なことにリスティの興味はすっかりそちらに行ってしまったようである。差し出されたマガジンを受け取るでもなく、リスティは小さい身体を大きく伸ばしながら人の集まる方へと視線を向けていた。
「ねーねー、なんか気になるから、あたしたちも行ってみようよー」
 隣ではしゃぐリスティに視線を向けながら、ショウは溜息混じりに肩をすくめる。
「ったく、しょうがねぇな・・・。こうなったら、俺のデートの邪魔する野郎の顔を拝んでやろうじゃねぇかい」
 握りこぶしを掌に当てながらショウはドスの効いた声で怒りを露にする。それもそのはずである。折角これから楽しいデートになるはずだったのに、それをどこの馬の骨だか分からない輩に邪魔されてしまったのだから。ショウでなくても怒るのは当然のことと言えようか。
「あ、あそこ、あそこに人がいっぱいいるよー」
 言われなくても見れば分かることなのだが、リスティは群がる野次馬たちを指で差してショウにそれを報せようとする。だが、今のショウにはそんなリスティの行動も目には入っていなかった。何よりも、デートの邪魔をされたことが頭から離れずにいた。デートの邪魔をした張本人たちの顔を見たら、間違いなく殴り飛ばす勢いで、大股歩きをするショウ。隣を歩いているリスティが小走りになりながら付いてくることなど、この際どうでもいいことである。
野次馬たちの前までたどり着いたショウは、不機嫌そうな顔をしながら人間の壁を掻き分けていく。その掻き分けていく途中、射撃をしている者が素晴らしい腕前を見せたのか、野次馬たちが総立ち状態で大騒ぎをする。いちいち自分を邪魔する者たちがウザったかったが、それでもめげずにそれを掻き分けて前に進むショウ瞳には、執念の色が滲んでいるとしか思えなかった。そして、ようやく人ごみを掻き分けて射撃をしている張本人たちと対面した時、ショウの口元はこれ以上とないほど釣り上がっていた。
「へぇ・・・こいつぁ奇遇じゃねぇかい。こんなところでお前たちに出会えるとは、女神さまも親切なこったなぁ」
 ある意味、前回の仕事で戦った強盗よりも凶悪な表情になる。極めつけには、懐から愛用のコルトパイソンまでもを取り出してみせる。そして、大股歩きで未だに射撃をしている二人組みの間へ割って入ってみせる。
「お二方さんよぉ、俺も一緒に混ぜてもらおうじゃねぇかい!」
 右手にはコルトパイソン、左手にはなんと弾丸を直接指で挟みながら握りこぶしを作っていた。それを射撃をしている二人組みに突きつけているのだが、その表情はこれ以上とないほど引きつっていた。
「ん・・・? 何だ、ショウじゃねーか。こんなとこで会うとは奇遇だな?」
「あ、カッツ。何でこんなところにいるんですか。探す手間が省けたってもんですよ、ホントに」
 射撃をしている二人組み――アドとギュゼフは、銃と弾丸を突きつけられていると言うのに、平然とした顔でそんなことを言ってのける。ショウの表情がヤケに引きつって険悪になっているのが妙に気になったのだが、二人ともそれ以上の反応はしないようである。
「けっ・・・そいつぁ、俺のセリフってもんだぜ。今ムシャクシャしてるんだ。ここでお前たちと勝負といこうじゃねぇかい!」
 言いながら、ショウはアドに突きつけていた銃口を正面に向けると、先程の射撃の的よりもはるかに安物っぽい本当のただの的に向って射撃をする。1発、2発と撃ち、最後の6発目まで撃ち終わったショウはニヤケながら的に向ってあごをシャクってみせる。アドとギュゼフはそれに従い視線を的へと向ける。
「お、ワンホールショットとは、まぐれもあるもんじゃねーか」
「私だって調子いい時じゃないとワンホールショットなんて出来やしないのに」
 アドとギュゼフは、共にあまり気のない反応をするだけである。今のショウのショットは決して実力ではなく、偶然とでも思っているらしい。確かに、ワンホールショットとなれば相当の腕がなければ簡単に成せる業ではないだろう。それを、ショウはこんなにも怒りを露にしているにも関わらず、意識を集中させてそれを成し遂げたのである。にわかに信じられるようなことではない。
「今のが偶然に見えるってのかい! お前たちの目は節穴かよ!」
 自分の業に驚きすら覚えると思ったショウだったのだが、二人の気のない反応に対してさらに怒りを覚える。スロットを開けて薬莢を捨てると、懐から新しい弾丸を取り出して一つ一つそれを装填させる。
「今度はお前たちの番だぜ。俺のこのショットに敵うもんなら、やってもらおうじゃねぇかい!」
 弾丸を6発仕込み終わり、わざわざ格好をつけてスロットを廻しながら銃に装着するショウ。どこに格好つける意味があるのかは分からなかったが、アドとギュゼフは共に肩をすくませながら各々が射撃の準備に入った。

「も〜ぅ、ショウったら一人で行っちゃったよ・・・そんなに気になったのかな」
 野次馬を掻き分けて一人で行ってしまったショウに置き去りにされて、呆けたような表情をするリスティ。だが、リスティにはそんなショウの行動の真の意味を理解出来るはずもなく。凄腕の射撃を目の前で見たいがために、野次馬を掻き分けて行ってしまったのだと思い込んでいるようだった。
「おらおらおらぁっ! この場にいるヤツら全員手を上に上げろ! この場所は、俺たち強盗団が占拠した!」
 と、唐突に射撃場の入り口の方からそんな声が耳に入ってきた。何事かと思い、リスティはそちらに視線を送ってみる。すると、耳に届いてきた通り、射撃場の入り口に数人の怪しい男たちが銃を片手に店員を脅しているところだった。
「え、あ、た、大変っ!」
 そんな場面に直面したリスティは、アタフタしながら周囲を見回してみる。だが、近くにいる野次馬たちはそんな強盗たちの存在には気づいていないらしく、未だにその中で繰り広げられている射撃バトルに釘付けだった。
「おい、そこのヤツら、声が聞こえないのか! 言う事を聞かないと、命がないぞ!」
 入り口付近から、各々の射撃場の方まで展開し、ほとんどの人間たちを自分たちの言う通りにさせた強盗たち。だが、ある一角に集まった野次馬たちが全く反応しないことを発見し、一番下っ端ぽい男が一人リスティの方へと近づいてきた。
「ねぇちゃん、中々可愛いじゃねぇか。その顔に傷つきたくなかったら、大人しく手をあげな!」
 リスティの目の前までやってきたその強盗は、少女に向って銃口を向けながらドスの効かせた声で脅迫する。だが、強盗がリスティに近づいてきた瞬間に、彼女から奇怪音が発生する。その音は、耳障りとしか言いいようのない音であり、誰もがその音の意味を知っている音でもあった。
「こいつ、センサー持ってやがんのか! そいつをこっちによこしな!」
 一番下っ端の男だけでは頼りなく感じたのか、もう一人の男が近寄りながらリスティに迫ってくる。手が身体に触れるのではないかと思うぐらいの距離まで近づいてきたその男は、わざとらしくイヤらしい手つきでリスティに手を近づけた。
「いや、触らないでよ! これ渡すんだから、あっち行ってよ!」
 男の手がリスティの身体に触れるその一瞬前に、彼女はバッグから取り出したバイオガン感知器をその男に向かって投げつける。普段は大人しいリスティだが、こんな時ぐらいは強い気持ちを外に出すようだった。だが、そんな彼女の行動が強盗の怒りを買ってしまい、バイオガン感知器を投げつけられた男は、怒りのあまりに手にしたバイオガンをリスティに向けて発砲したのである。
「きゃーっ!」
 射撃場内に女性の悲鳴が響くが、リスティの悲鳴ではなかった。近くにいた女性が、バイオガンを発砲した強盗を見て悲鳴をあげたのである。当のリスティは、何事もなかったかのようにその場に立ち尽くしていた。幸い、強盗が放ったバイオガンはリスティには命中せずに、彼女のはるか横を通り過ぎて、近くの柱に命中したのである。だが、流石のリスティも、自分に向って実際にバイオガンが放たれたために、恐怖のため足がすくんでその場から動けないでいた。
「女のクセにたてつくのがいけないんだ。今度反抗したら、本当にぶっ殺すぞ! 大人しく手を上げてりゃいいんだよ!」
 それと同時に、たった今射撃されたバイオガンと、女性の悲鳴とに野次馬たちが事の次第に気付いてそちらに視線を向ける。その瞬間に、各々が驚愕の表情を浮かべて強盗の言う通りに手を上にあげたのである。
「おい、貴様ら! 死にたくなけりゃ、そのまま手を上にあげていろ!」
 先程リスティに発砲した男が、威嚇のつもりで上に向けてバイオガンを発砲する。すると、天井に命中した見えない弾丸が弾けて大きな音を響かせる。
「な、なんなんだ!」
「もしかして、強盗・・・とか!」
「いや、むしろ撮影の方が自然だろ」
 各々が目の前の出来事に驚きの声をあげる。つい今まで凄腕の3人組の射撃に見惚れていたことなど、頭の中から消え去ってしまっているようである。中には、見当違いな反応を見せるものもいたが、それもごく一部のこと。その場のほとんどのものが恐怖に震えながら、潔く手を上にあげる。
「人の言葉を理解出来ないサルじゃないんだ。素直に言うこと聞けばいいんだよ」
 妙に偉そうな男の態度は、そう長くは続かないようであった。なぜならば、男の怒鳴り声を耳障りだと感じた3人組がそこに存在したからである。
「今の俺の気持ちをそのままあんたにぶつけて欲しいのかい? そうかい。俺はこの気持ちがおさまれば、相手は誰だっていいんだぜぃ?」
「今、機嫌が悪いんだから、あんまり邪魔しないでくれませんか? でなければ、どうなっても知りませんよ?」
「オレの昼飯の邪魔をするヤツはどこのどいつだ! 勝つと負けるとじゃ大違いなんだかんな。これはオレにとって、幸せな生活をするための戦争なんだ!」
 ほぼ3人同時に口を開く。それぞれが違うことを口にしているのだが、その最終決断は全員一致のようであった。
そう。目の前にいるうるさいハエどもを黙らせることである。その後の行動は素早いものだった。3人がほぼ同時に各々の銃を構え、目の前の男を黙らせる。
「き、貴様ら、我々にたてつこうと言うのか!」
 先程の妙に偉そうな男がやられたことに対し、一番近くにいた男が声を張り上げる。だが、次の瞬間にはその男も地面に倒れていたのである。
「下手な射撃勝負よか、こっちのが面白いってか。こんなゲームならいつでも歓迎してやんぜ?」
 言いながら、アドは手にしたSOCOM MK-23を構えなおす。先程から数人の強盗を倒している彼らだったが、決して殺してはいない。流石に仕事以外の場所で相手を死に至らしめてしまっては、殺人になってしまうことは言うまでもない。それに、元々彼らは殺人をするつもりもなければ好んでもいない。ただ、この実戦の緊迫感が好きなだけなのである。
「ただ一言言わせてもらえねぇかい? こいつらじゃ、俺たちには役不足だぜ」
 6発の弾丸を撃ち終わったショウは、ルーレットを外しながら薬莢を地面に落とし、即座に新しい弾丸を詰め込む作業を行う。その間に狙い撃ちされないように、物陰に隠れながら作業していることは言うまでもない。そんなショウをフォローするかのように、ギュゼフが二挺の銃を手に次々と強盗を倒していく。もともと人数もそれほど多くなかった強盗たちの数は、あっと言う間にいなくなっていた。
「全く、頭数だけ揃えれば何が出来ると言うものじゃないでしょうに。もっと自分の力量を認知しておいた方がいいんじゃない?」
 呆れたように呟くギュゼフだったが、次の瞬間にはその行動はピタリと止まっていた。なぜならば・・・。
「おい、その3人組、動くんじゃねぇ! それ以上動いてみろ、この女の命はねぇぞ!」
 仲間たちが次々に倒され、自分たちに完全に不利だと思った強盗のリーダーらしき男は、全滅する前に強攻策に出たのである。近くにいた女性を捕まえて、人質にとったのだ。なんとも三流悪役のやりそうなことだったが、このまま何も抵抗出来ずにやられてしまうよりは最後に死に花を咲かせたと言えるのだろうか。
「って、アンちゃん!」
 強盗の声にそちらを振り向いたギュゼフの口からはそんな言葉が発せられていた。最後の一人を倒して終えて、アドとショウもそちらに視線を向ける。すると、紛れもなく人質はアドたちの見知った顔だったのである。
アンちゃんことリスティは、無抵抗のまま強盗に人質として捕らえられてしまったのであった――。

     

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送