ミッション2『ショッピングデート』
第三回


「ショウのおかげで色んなのが買えたよ。ありがとー」
 手にした袋をかざしながら、リスティは満面の笑みを浮かべる。中には、ショウ行きつけの店で購入した様々な仕事道具――グラブやホルスター、その他の必要なアイテムがギッシリと入っている。
「気にするなって。それより、気に入った物がたくさん買えて良かったじゃねぇか」
 リスティの笑みに視線をクギ付けにされながらも、ショウは何とか冷静を保ちつつ簡単な言葉を返した。本当ならば、今にでも目の前の少女を自分の方に手繰り寄せたい気持ちでいっぱいなのだが、いくら何でもこんな商店街でそんなことを出来るワケもなく。自分の気持ちを紛らせるつもりで再びリスティに言葉を投げるが、それが逆効果になってしまったことに気づいた時には、すでに遅かった。
「うん。カッコイイのがたくさん買えて良かったよ。さすがショウだねー。どっかの誰かとは大違い」
 リスティの言うどこかの誰かと言うのは、紛れもなくアドのことを差しているワケであって。ショウにとっては、今は二人きりでショッピングをしているので、他の男の名前など口にして欲しくないと思うのが正直な気持ちである。とは言え、リスティに悪気があるとは思えなかったので、ショウもこれ以上そのことを考えるのはやめることにした。
「いや・・・こいつぁ、使える、か」
「んー、なんか言ったー?」
 ショウは胸中で考えを巡らせていたが、突然思い出したように何かをつぶやく。そんなつぶやきにリスティが可愛らしい疑問符を浮かべてくるが、ショウはそれに構うことなく自分の考えを口にする。
「どっかの誰かとは違うのは、こんなことだけじゃねぇってことを教えてやるよ。あいつも腕には覚えがあるみてぇだけど、俺だって銃の腕には自身があるんだ。リスティの射撃練習も兼ねて、これから射撃場にでもいかねぇかい?」
 まるで作戦を練るようなセリフを口にするショウの言葉は、まさにこれから起きることに対しての期待が込められているようにしか思えなかった。

 銃口から発射された弾丸は、的のど真ん中に命中する。だが、一見すると的には真ん中に一つだけしか穴が開いておらず、1発しか撃たなかったか、あるいは一発しか的に命中しなかったようにしか見えなかった。
「あれー、1発しか当たってないみたいだよー」
 横では、呆けたような顔をした少女――リスティの姿がある。彼女の目には、的には1発しか弾が当たっていないようにしか写っていないらしい。穴が一つしかないのだから、当然と言えば当然なリスティの反応に、射撃を行った本人――ショウはわざとらしくキザっぽい格好をしてみせる。
「こいつを良く見てくれや。パイソンに入ってた弾丸は全部撃っちまったって証拠だぜ」
 言いながら、手にした銃のルーレットを外して薬莢を地面に捨てる。カランカランと言う音を立てながら6発の薬莢は地面に落ちる。それを見たリスティは、さらに呆けたような表情になりながら口を開く。
「弾って撃ったらなくなっちゃうんじゃないの? ショウったら、あたしをカラかってるんでしょー」
 リスティの無知には心底泣かされるショウである。だがそんな行動も、ショウにとっては彼女の魅力の一つに過ぎない。殻になったルーレットに弾丸を1発だけ込めると、ルーレットを廻しながらそれを銃に装填する。ロシアンルーレットさながらの下準備を済ませたショウは、再びそれを的に向って発射させる。ショウがトリガーを引くと、1発しか込められていない銃の銃口から火が吹いて的に向って弾丸が発射された。だが、発射された弾丸は的に新しい穴を空けることはなかった。
「こんな風に、全弾同じ穴をぶち抜いたってワケだ。いわゆる、ワンホールショットってやつさ」
 銃を撃ち終わったショウは、先程とまったく同じ原理で1発しかない薬莢を地面に捨てる。そして今度は、6箇所全部に弾を込めるとキザっぽく銃を廻しながら懐にあるホルスターにそれを仕舞い込む。
「すっごーい。穴が一つしか空いてないから、てっきり全然当たってないのかと思っちゃったよー。あたしとおんなじだと思ったのになー」
 妙に格好つけたショウの解説だったが、リスティには何も気にした様子は見られない。それどころか、信じられない事実を知った少女は驚きに満ちていた。上目遣いでショウの方を見つめながら、目を輝かせて喜んでいる。そんなリスティを見下ろしながら、ショウは思わず少女から目をそらしてしまう。だが、気を取り直したように小さな咳払いをする。
「よし、今度はリスティがやってみろよ。俺が銃の撃ち方見てやろうじゃねぇかい」
 言って、ショウは射撃センターから借りた銃をリスティに手渡す。残念ながら専用の銃を購入することは出来なかったので、レンタルしたと言うワケだ。型式は、身体の小さいリスティでもそれなりに扱うことの出来る『グロッグ17』である。プラスチック製の銃のため、軽量のためにリスティでも問題なく扱える。優れた安全設計になっているために、初心者のリスティにも容易に使いこなすことが出来るはずである。
「うん。あたしもやってみるよ! でも、全然当たらないけど、笑わないでねん」
 ショウから銃を受け取ると、リスティは小さく舌を出してショウに愛嬌を振りまく。タダでさえ気持ちが動転していると言うのに、これ以上何かをされたらショウの気が可笑しくなってしまいそうである。だが、当のリスティには何も悪気もなければ、その気もないのだが。
「えっと・・・確かこうやって、ここを・・・んー、んーっ!」
 前にアドに教えてもらったセーフティのことを思い出しながら、それを解除しようとするが思うように作動してくれないようである。思い切り力を込めてそれを動かすと、ようやくそれを作動することに成功する。その光景を見ながら、ショウは内心不安になっていた。セーフティを解除するだでこんな苦労をしていて、実際に銃を撃てるのだろうか。しかし、一人で頑張っているリスティの姿を見ていると、何だか声を掛けるのが悪い気がしてしまい、取り合えずしばらく様子を見ることにした。
「えっと、それからそれから・・・」
 まるで全く初めて銃を手にしたかのようなリスティの行動は、いちいち不安にさせてしまう。苦戦しながらも、ようやく銃を撃てる状態までたどり着いたリスティは、穴の空いてない新しい的に向って銃口を向ける。そう言えば、実際にこう言ったターゲットに向って銃を撃つのは初めてのような気がした。とりあえずアドに教えてもらったことを思い出しながら、トリガーに手を掛ける。だが、狙いを定めようとすると妙に手が震えて銃口がぶれてしまう。短いスカートを履いていることも忘れるぐらいに、大きく足を開いた格好で足を踏ん張り何とか状態を保とうと努力する。足を開いて踏ん張ったことによって、ある程度身体が安定してくれたお陰で、先程よりも狙いやすくなったことに喜びを感じながら、リスティはトリガーを力強く引く。
「きゃぅっ!」
 だが、リスティはトリガーを引いた瞬間に、力を入れすぎていたために足を滑られてそのまま床に倒れこんでしまった。銃口から放たれた弾丸がどこに命中したかも確認出来ないまま倒れたリスティは、強く尻餅をついてしまい床に座り込んでしまう。
「おい、リスティ大丈夫かよ・・・!?」
 物凄い勢いで尻餅をついたリスティに驚いて、ショウが声を掛けてくる。そして、屈みながら覗き込むようにリスティの方へと視線を向けてくるショウ。
「痛たたぁ・・・。びっくりして転んじゃったよー」
 言いながら、リスティは痛む尻を手でさすりながら小さく舌を出してみせる。
「まったく、しっかりしてくれよ・・・って、パパパパ・・・っ!?」
 未だに座り込んでいるリスティに手を差し伸べようとしたショウだったが、少女を見下ろして突然ワケの分からない言葉を口にしながらそっぽを向いてしまった。ショウの行動の意味が良く理解出来ないリスティだったが、しばらく尻をさすってからゆっくりとその場に立ち上がる。転んで少し汚れたスカートを手で払いながら、今自分が撃った弾丸がどこに命中したかを確認しようと的に視線を向けるリスティ。だが、的には穴は空いておらず先程と同じ新しいままである。
「あっれー、やっぱり的に当たってないやー」
 半場予想していたこととは言え、リスティは実際に的には命中しなかった銃弾に溜息をつく。
「・・・・・・ったく、しっかりしてくれよ。銃撃った後も、きちんと的を見てなきゃ当たるものも当たらねぇって」
 リスティからは視線を外したままでショウが話し掛けてくる。顔が少し赤面していることを自覚していたが、リスティには気付かれていないはずである。自分でも焦っていることに気付いていながらも、何とか平静を装ったままで話を続ける。
「そもそも、お前は構えがなっていねぇな。俺が教えてやるから、しっかり覚えろよ」
「そう言えば、ちゃんとした構えは教えてもらってないよ。映画とかでは何となく見たことあるんだけどねん」
 再び小さく舌を出して茶目っ気を込めた表情を浮かべるリスティ。そんなリスティに向って、ショウは一つ深呼吸をして、さらに小さな咳払いをしてからゆっくりと近づく。
「まずは構えてみろよ。俺が悪いところを指摘してやろうじゃねぇかい」
 リスティはショウに言われるままに、手にした銃を的に向って構えて見せる。先程とほとんど同じような格好で、妙に足が開いていることを自覚する。
「まずはその足。開きすぎだな。身体のバランスをとるために、もう少し足を閉じろ」
 ショウの指摘通りに軽く足を閉じるリスティ。すると、先程よりも身体の状態が安定したような気がする。
「次に・・・肩に力が入りすぎだ。腕も伸ばしすぎ。もっと力を抜いて・・・」
 再びショウに言われるがまま力を抜いてみるが、どうも状態が安定してくれない。それは横から見ているショウにとっても同じことだったようで、イライラしたような表情を浮かべながら肩をすくめている。
「けっ・・・そうじゃねぇって。しょうがねぇな。見ていられねぇ」
 どうも言葉だけではリスティには理解出来ていないようだったので、ショウは仕方なさそうに直接身体を密着させる。それと同時に、リスティのつけている香水の良い香りが鼻を刺激する。その時になって初めて、ショウはリスティとの距離がわずか数センチになっていたことに気付いたのである。


 いつもの同じ時間よりは幾分か車の通りの少ない道路に上機嫌になりながら、アドは左にハンドルを切った。すると、道路の上の方に、このL地区の名物でもある『ヘッダースタジアム』がこの先にあることを示す看板が目に入った。
「もう少しで到着すんぜ」
 今アドたちが目指している『ヘッダースタジアム』には、色々なことが出来る施設が揃っていた。アドたちの目的である『射撃場』もそこにはあり、実弾からバイオガンまで幅広いものを取り扱っていることで有名だった。基本的に旧式の銃は裏ルートでしか手に入らないのだが、この射撃場に限っては例外だった。中にはバイオガンではなくて、実際に撃った時の弾道を確認したいために旧式の銃を好むものもいる。そんなマニアのために、特別にここでは旧式の銃を扱うことが地区で許可されているのである。
「そうですか。それにしても、この暑さの中、エアコンがないって言うのも辛いんじゃない?」
 妙に狭い車内の助手席に座りながら、ギュゼフがポツリとそんなことをつぶやく。この夏の暑さだと言うのに、アドの車の中はエアコンの一つも効かせていないのである。そもそも、本来エアコンがあるべき場所には何も設置されておらず、空洞になっているのが妙に気になるところでもある。
「うっせー。この前の事件の時に壊れちまったんだよ。修理する金がねーかんな、そのまんまってワケだ」
 捻くれたように口を尖らせるアドを余所に、ギュゼフは感心したように数回小さく頭を上下に振る。
「今度ジャンク屋を紹介してあげましょうか? あそこの親父なら、低価格で修理やってくれますよ」
 ギュゼフの口から漏れてきた思わぬ言葉に、アドは顔を輝かせるように視線を助手席に向ける。
「んなとこあんのか? わりぃな。出来れば紹介してくんねーか?」
「紹介しますから、前向いて運転して下さい!」
 アドの興味が自分に向くことは半場予想していたことだったが、まさか視線までもこちらに向けてくるとは思わなかったのか、ギュゼフは慌てたように声を荒らげる。ギュゼフの慌てように多少苦笑を浮かべつつも、アドは即座に視線を正面へと戻る。そして、ニンマリとした表情をしてから一気にアクセルを踏みこんだ。

 『ヘッダースタジアム』に到着し、駐車場代が掛かることに不満を抱きつつもアドとギュゼフは目的の場所に足を向ける。射撃場はスタジアムの外に設けられており、入場チケットを購入しなくても利用することが出来たことは不幸中の幸いと言ったところか。
「中々広くていい射撃場じゃねーか。うちのビルにもこんぐらいの射撃場があれば便利なんだけどな」
 射撃場に到着するなり、中々の広さと設備が整っていることを確認したアドは歓喜の言葉を口にする。
「それはムリですね。地下もないのに射撃場は作れませんって。そもそも、あのビルは借りビルだし、勝手にそんなの作れないでしょ?」
 アドのどうでもいい言葉にわざとらしく反応しながら、ギュゼフは苦笑を浮かべる。だが、そんなギュゼフの言葉はアドにとっては衝撃的な事実だった。
「って、その話ホントかよ? オレはてっきり専用のビルだと思ってたんだが・・・。組織がこんなんじゃ、オレたちの給料も少ねーのは頷ける話ってか」
 頭を下げながらうなだれるアドの後姿が、妙に哀愁漂っているように感じてしまったのはギュゼフの気のせいだったのだろうか。冗談に聞こえるアドの言葉も、実のところ本音と言えるのかもしれない。
「でも、仕事さえ入ればそれなりの額を貰えるんだから、悪い仕事じゃないと思いますけどね。ただ、やるせない気持ちも分かりますが」
 アドの言う事は最もだったが、それでもある程度組織について弁明する。アドはどうだか知らないが、少なくてもギュゼフやショウは好きでこの組織に参加しているのである。それを悪いように言われれば、それは弁明ぐらいはしておきたいと言うのが正直な気持ちである。
何にしろ、受付を済ませた二人は、広い射撃場の中でも上級クラスの射撃場を選ぶ――と言いたい気持ちは山々だったが、それでは料金も上級クラスになってしまうために、やむを得ず一番クラスの低い初心者が使用する射撃場を選んでいた。
「選んだは良いが、流石にこんなんじゃ思う存分射撃も出来ねーな」
「ま、料金に見合った良心的なコースだとは思いますけどね」
 アドとギュゼフはそれぞれのグチを漏らしながら、ほぼ即席で作ったとしか思えない安っぽい射撃場の中でうなだれる。射撃場にも色々な種類があるのだが、今アドたちが使用する場所は仮設と言っても過言ではないほど手抜きな射撃場だった。辛うじて、隣の客との壁がある程度で、あとはただ何もない直線のコースの先に、白い的がつる下がっている程度の場所である。
「しゃーねーか。実戦と同じで、勝負の場所に選択肢はいらねーってことだな」
 大袈裟に肩をすくませながら言うアドだが、言っていることは間違ってはいない。勝負をするためのコースさえあれば、施設が良かろうが悪かろうが、実力が変わるワケではないのだから。
「さて・・・レオンは、練習とかするタイプ?」
「いや、練習なんざ弾のムダ使いなだけだろ。とっとと本番に行っちまおうぜ」
 ギュゼフの問いかけに、アドはさも当たり前のようにそんな回答を漏らす。だが、これはギュゼフも半場予想していたことらしく、何の疑問も持たずに頷くだけである。実戦ですら弾丸が勿体無いと言っているぐらいである。こんな勝負でムダ弾を撃つようなアドではないことは、誰にでも分かることである。
「で、どっちから撃ちますか? 特に希望とかなければ、これで決めませんか?」
 言いながら、ギュゼフは懐から一枚の硬貨を取り出す。要するに、硬貨の裏表で順番を決める、そう言っているのだ。硬貨に何かトリックが仕掛けてある可能性も考えられたが、先に撃とうが後に撃とうが勝負に何か影響が起きるワケではない。そう判断したアドは、そっけなく頷いてみせる。
「好きにしてくれ」
 アドの言葉を肯定と判断したギュゼフは、念のために硬貨の裏表をアドに見えるように見せてからそれを指で上に弾く。ギュゼフは、宙で何回転かした硬貨を左手の甲で受け止めると、即座に右手でそれを隠す。
「・・・表、だな」
「じゃあ、私は裏ですね」
 二人の意見が決定したところで、ギュゼフはゆっくりと右手をどける。そして、ギュゼフの左手の甲にある硬貨は裏を示していた。
「私が先行ですね。では、私はこのM92Fカスタムを使用させてもらいます。異論はないですよね?」
 ギュゼフは、腰のホルスターから愛用の黒い銃を取り出すと、先程の硬貨の確認の時と同じように銃をアドに見えるように差し出す。これと言って仕掛けなどしているとは思えなかったし、例え仕掛けがしてあったとしても大して気にすることはないアドである。軽く頷くと、正面にある的に視線を向けた。
「では、いきますよ・・・」
 それと同時に、ギュゼフは銃を構えて射撃の準備をする。今まさに、アドとギュゼフの昼食を賭けての射撃勝負が始まろうとしていたのである――。

☆用語集☆
『銃関係』・・・ワンホールショット
『銃名称』・・・グロッグ17

     

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