ミッション2『ショッピングデート』
第二回


 L地区の繁華街は、昼時ともなるとかなり大勢の人たちで賑わっている。L地区が他と比べて大きな地区と言うこともあるのだろうが、それ以外にもいくつかの理由があると言えるのだろうか。駅前に広がっている商店街は『流通の玄関』と呼ばれる程、様々な地区のものが流通しているし、店の数と品揃えも豊富だ。
 そして、その商店街を一直線に抜けると、正面には大きな球場が見えてくる。『ヘッダースタジアム』と呼ばれたこの球場は、多目的競技場であるために、野球やサッカーを始めとした様々な競技を行うことが出来る。そのために、試合がある日などはこの一体は熱狂的なファンたちの溜まり場となっていた。他にも、地区を取り囲むように伸びている高速道路もあるし、L地区と隣のK地区、それにK地区海岸までが見渡せる大きな丘までもが存在しており、まさに人が集まるには打ってつけの場所と言うワケだ。
「それにしても、まぁさかリスティと一緒に買い物を出来るなんて夢なんじゃねぇかい?」
 この暑さだと言うのに、いつもと変わらぬ黒い長袖のシャツを着ている男――ショウは、隣にいる小さな女性――リスティを嬉しそうに見下ろした。以前の事件の時はズボンを履いていたリスティだったが、今はお気に入りのピンクのフレアスカートを着用している。肩が大きく開いた薄い赤のキャミソールの胸元には、いつものように大きなリボンを象ったアクセサリーをつけているところがとても可愛らしい。そして、茶色い髪の毛をポニーテイルにして、真っ赤な大きいリボンがさらにそれを際立たせているようである。
「あ、もしかしてイヤだった? あたしなんかに付き合わせちゃってゴメンねー」
 ポニーテイルを揺らしながら上目遣いでショウの方を見上げるリスティの姿は、ショウの目には天使のように写ったことであろう。リスティも相当高いヒールを履いているのだが、それでも身長差は10センチ以上はあるので、どうしても見上げるような視線を送ってしまうのは仕方がないことである。決して、リスティは意識してそう言った視線を送っているワケではないのだが、ショウにはそんなことはどうでもいいことだった。
「誰がイヤだなんて言うかって。なんなら、このまんまずっと付き合ってもいいんだぜぃ?」
 ショウは妙に格好つけたポーズをしながらリスティに誘いを掛けるが、当のリスティはすでにショウの方に視線を向けてはいなかった。
「ねーねー、あったよ、ほら、あそこー。こんな風に普通に売ってるんだねー」
 言いながらリスティは、少し裏路地に位置する場所に見えたガンショップに目を輝かせる。今にも飛び跳ねそうな勢いで喜ぶリスティの視線は、ガンショップに釘付けのようである。リスティへアピールしているショウの姿など、欠片も目には入っていないようだった。ショウは、リスティに視線を送りながら小さく舌打ちをするが、すぐに気持ちを切り替えてショッピングを楽しむことにする。
「おぅよ。何だかんだ言っても、まだまだ表には出回ってるのが現状だからよ。こんな商店街にも、当たり前に店が並んでるってワケさ」
 言いながら、ショウはリスティの左肩に軽く自分の右手を置いてみせる。そして、そのまま右肩に手を回そうとするが、その一瞬前にリスティは前に駆け出していた。
「早く早くぅ〜。お店の中に入ってみようよー」
 数メートル先まで行ってから立ち止まり、振り向きざまにリスティが手を振ってくる。ウサギのようにピョンピョン飛び跳ねる仕草は、まるで子供のようだ。どうにも上手くリスティとの距離を縮められない自分がもどかしく思うが、こんなことぐらいで諦めるショウではない。まだまだ、一日は長いのだからいくらでも機会があると言うもの。最終的に距離が縮まっていればいいのだから、焦らずじっくり行くことを決心したショウであった。

 店の中に入ってみると、思ったほど品揃えは良くないようである。裏路地にあるとは言え、一般人でも簡単に出入り可能な場所なのだから、品揃えが良くてもそれはそれで困ってしまうのだが。何であれ、随分と廃れたガンショップに入ったショウとリスティは、とりあえず目ぼしい銃を探してみることにした。
「あたし銃のことなんて良くわかんないから、ショウに任せるよ。出来ればちっちゃいのがいいなー。じゃなきゃ、あたしの手に入んないだもん」
 この前の仕事ではあまり使う機会がなかったとは言え、自分の銃を持っていなかったのでアドの銃を借りたリスティ。無事・・・かどうかは分からないが、事件が解決した後に入った給料のお陰でそれなりに財布は重たくなった。そこで、リスティは自分専用の銃を手に入れるべくショウを誘ったと言うワケだ。本来ならばアドを誘っても良いように思えるのだが、リスティはあえてショウを誘ったのである。もちろん、ショウの気持ち云々は全く考えていない――いや、そもそもその気持ちにですら気付いていないのが実際のところなのだが。
「そうは言っても、小型だからって扱いやすいとは限らねぇ。銃の知識がないリスティでもある程度扱える代物・・・なんて俺の記憶にはねぇよ」
 そもそも、あくまでもショウは『弾丸マニア』なワケであって、銃自体にはそれほど詳しいワケではない。ショウの相棒は『コルトパイソン』ただ一つなので、他の銃の知識など覚える必要はないのだから。
「あ、見て見て! これちっちゃいよー。アドの貸してくれた銃に似てる感じがするし。どうかな?」
 リスティは膝を何度も曲げて子供のようにはしゃぎながら、壁に飾ってあるいくつかの中から一挺の銃を指差す。リスティがはしゃいで動くたびに、彼女がつけている香水がショウの鼻を刺激する。その色香にやられそうになりながらも、ショウはリスティに――いや、壁に掛けてある銃に目をやる。
「こいつぁ、ワルサーP38じゃねぇかい。その昔、有名な泥棒が愛用してた代物だな」
 銃にあまり詳しくないとは言え、有名な銃は雑誌などで目にすることがあるのである程度なら頭に入っていた。今リスティが指差している銃もその有名な銃の一つで、旧時代のある泥棒が愛用していた名銃である。たしかに、アドの愛銃であるルガーP08とはそのフォルムが似ていた。何か特別な経緯があるのかもしれないが、残念ながらショウにはそこまでの知識は持ち合わせていなかった。だが、一つだけ言えることがある。
「その銃はやめておけ。リスティには似合わねぇ。アドと似た銃を持つなんてセンスが疑われちまうんじゃねぇかい?」
 さも当たり前のようにさらりと言うショウの表情は輝いていた。何かこう、物凄く自信に溢れているような、そんな表情である。しかし、残念ながらリスティはショウの表情など気にもしていないようで、銃を差していた指を下ろして軽く首を傾げる。
「うーん。そっか。そうだよねー。アドに借りた銃、結構使いやすかったからさ。似てるから使いやすいかなーって思ったんだけど、何かヤダよね、似てるのって」
 アドに借りたルガーP08の握り具合を思い出しながら、リスティは呆けた表情を浮かべる。細身の銃のために、リスティのような小さな手をしていてもある程度扱いやすいのは確かである。だからこそ、アドもそれをリスティに貸したのではないだろうか。いや、そもそもアドが所持している銃は2挺しかなかたのだから、それは考え過ぎか。
「使いやすいねぇ。確かP08はジャムりやすいって話だったような気がするんだけどな」
 リスティの言葉を聞いて、ショウは自分の中の知識を少しだけ引き出して、ルガーP08の扱いは難しかったことを頭に浮かべる。
「ま、そんなこたぁどうでもいいか」
 だが、すぐにそんな考えを頭から離して、今は目の前にいる魅惑の女性に視線を移すショウ。とうのリスティは、既に違う銃を選ぶことに夢中になっていた。しばらく、スカートをヒラヒラさせながら屈むリスティを見つめていたショウだったが、思い出したように視線を店内の銃へと移す。店に入った時も思ったことなのだが、どうもこの店は品揃えが悪いように感じてしまうのはショウの思い過ごしではない。軽く見渡した限り、リスティが扱うに相応しそうな目ぼしい銃は置かれていない。マニアならばある程度喜ぶかもしれないが、扱いが難しい銃やあまり大したことのない貧弱な銃など、見るに乏しいものばかりが並べてあるようだ。
「おやっさんよ、こんなこと言って悪いが、あんまり品揃え良くないんじゃねぇかい?」
 店内をある程度見渡したショウは、店の奥のカウンターに座っている店主に声を掛けてみた。探るような態度は見せずに、ストレートに思ったことをぶつけてしまう辺り、ショウの性格が表れているのだろうか。
「お、お兄さん中々の目利きじゃないか。そうなんだよ、ここ最近急に銃が手に入り難くなってね。そりゃ、バイオガンに比べると裏取引をする分なかなか入手出来ないと言うのは分かっているんだがね・・・それにしてもサッパリだよ」
 老眼鏡なのだろうか、眼鏡を外して天上を見つめながら素直に話をしてくれる店主。ショウの目に狂いはなかったようである。実際に銃が手に入り難くなっているようで、手に入らなければ当然店に並ぶ銃も限定されてしまうことになる。
「そうかい。ありがとよ、おやっさん」
 キザっぽく指で合図をするように礼を言いながら、ショウはリスティの方へと歩みを進めた。未だに色々と物色をしているリスティの横顔に視線を奪われそうになりながら、ショウは咳払い一つしてリスティに声を掛ける。
「あんまり良い銃がねぇからよ、他あたってみようぜ? なに、店はここだけじゃねぇんだ。そのうち気に入ったヤツが見つかるさ」

 先程のガンショップを後にして、適当に裏路地を歩く二人だったが、どこの店も同じような品揃えだった。中にはそれなりの銃もあったのだが、いかんせん値が張るのでB-Fogの給料では到底手が届かない。それに、リスティにそんな代物を持たせること自体間違っていることだと言うのは、ショウとて認識している。
「全然いいのないねー」
 流石のリスティも、いくつもの店をハシゴしたとあってか、あまり元気がないようである。歩くテンポも先程よりも悪くなっていることは間違いない。
「しょうがねぇな。銃は諦めて他のグッズ買うことにしようかい?」
 いくらリスティと一緒にいられるとは言え、目的が達成されないことはショウにとっても苦痛と言わざるを得ない。いつまでも探していても仕方がないし、そもそもこの商店街には他にガンショップがないのだ。折角買い物に来たのだから、ここで帰るのはショウの気持ちが収まらなかったので――タダ単に、リスティと少しでも長い間一緒にいたいだけなのかもしれないが――目的を変えるよう促してみる。すると、リスティもそのことには賛成のようで、元気良く挙手して反応する。
「じゃーあたし、グローブとかが欲しいな♪ 他にも色々、仕事の時に使うものが買いたいなー」
 ご機嫌そうな表情になったリスティを見て元気になったショウは、妙に嬉しそうに表情を輝かせながら小さな天使を導いてみせる。
「よし。そうと決まれば、俺の行きつけの店につれてってやろうじゃねぇかい。品揃えはこの商店街一だ。この俺が保障するぜ」
 言いながら、ショウはリスティの左横まで歩み寄ると、自分の右腕をリスティの肩に回そうとする。だが、そんなショウの行動に疑問を持ったリスティは、無意識にショウを見上げてみる。腕を肩に回そうとしていたショウだったが、リスティの上を見上げる仕草が妙に可愛らしかったために、思わずその腕を止めてリスティの表情に見惚れてしまったのである。
「どうしたの、ショウ? あたしの顔に何かついてるー?」
「あ、いや、何でもねぇんだ。何でも・・・ねぇ」
 頭を数回振って、天を仰いでフラフラした足取りで前に歩き出すショウに疑問符を浮かべながらも、リスティは小走りになってショウの後を付いて行くことにした。

 店内は思った以上に広く、内装も綺麗で中々シャレた店だった。このままオシャレな洋服などが店内に並んでいても、何ら不自然ではない雰囲気の店だったが、残念ながらそこは洋服屋でも宝石店でもない。ましてや、リスティの好む香水専門店でもない。いくつかに仕切られた空間に、気持ちが良いとさえ感じるほど整理されて並べられている品物は、皮製のグラブやホルスター、バンダナなど、言わば射撃に必要な小物たちばかりである。そこは、ショウも大のお気に入りな、行き付けの小物専用店なのである。
「すっごーい。何かオシャレなお店で、こんなのが売ってる場所じゃないみたいだよ」
 リスティは、今まで以上にはしゃぎながら店内を見回していた。広さこそ、それほどバカでかいワケではないのだが、整頓されている所為か見た目以上に広く感じさせるのは、モノを売る者としての基礎と言えようか。
「ここは俺のお気に入りの店なんだ。欲しい物は大抵この店で手に入るし、種類も豊富だから言うことなしだと思うぜ」
 自慢気に語るショウの表情は、今まで以上に輝いていた。リスティが今まで以上に喜んでいるために、その反応がそのままショウの糧となっているのだろう。普段何気なく通っている店がこんな時に役に立つとは思ってもいなかったので、なんだか得した気分になってしまう。
「適当に店の中を見ててくれ。俺は店長と少し話し付けてサービスしてもらうようにしてやるからよ」
 言いながら、ショウはリスティに向ってキザなポーズを見せるが、リスティの視線は違うところに行っていた。妙に寂しさを感じたのだが、店のことを気に入って小物に魅入ってくれているのだから良しとするしかない。
「気にしねぇさ。こんなことぐらいで落ち込んでいられるかい」
 様々並ぶグラブを手にとって見定めているリスティを遠目に、ショウは一人つぶやきながら店の奥へと歩みを進める。普段から来ているためにそれほど珍しく感じないのだが、なんとなくいつもとは違った雰囲気で店内を歩いている自分に気付く。何と言うか、まるでデートをしているような気分になっている自分がそこにいるのだ。そんなことを考えていると、てっきり奥にいると思っていた店長はすぐそこのホルスター売り場の陰に隠れていたらしく、突然ショウの前に姿を現した。鼻の下だけにヒゲを蓄えた、40代半ばぐらいの人の良さそうな男の顔は、いつ見てもご機嫌そうな笑みに包まれていた。
「おはよう、ショウちゃん。珍しいね、こんな朝からここに来るなんて・・・ん?」
 いつもならば必ず昼過ぎから夕方に掛けてここを訪れるショウに疑問符を投げかける店長だったが、不意にショウの少し後ろにいる女性の姿を捉えて、口の端をニヤケさせた。
「お、彼女と一緒なのか? なかなか可愛い子じゃないか、ショウちゃんも結構憎いところあるじゃないか?」
 言いながら店長は、ショウを小さく小突くような仕草をして背後にいる女性――リスティに視線を送っているようだった。
「ん、あ? まぁ、そんなところだ・・・。ところで、今日は小物を揃えに来たんだが、いいのあるかい?」
 店長の視線に表情を緩めそうになったショウだったが、何とか気持ちを緩めないように保ちながら流すように返事をする。本当ならばガッツポーズの一つぐらいしたい気持ちなのだろうが、あえてクールを装うところはショウらしいと言えようか。
「そう言えばちょうど昨日良いものが入荷してね。ショウちゃんには似合わないと思うけど、彼女になら似合いそうな代物だよ」
 店長はわざとらしくショウの彼女のことに触れるような会話を口にしながら、今いる場所のすぐ近くへと視線を送ってみせる。そこはホルスター専用売り場であり、当然のように色々な種類のホルスターが並べられている・・・はずだった。だが、いつもとは違って品揃えが薄いように思えてならない。一般的である、ショルダータイプとウエストタイプの2種類が数点並んでおり、その中に一つだけ違う種類のものが置かれていることに気づくショウ。店長は、そんなショウの期待を裏切ることなく、一つだけ違う種類のホルスターを手にしてショウに差し出してきた。
「最近ではあんまり手に入らないし、そもそも需要が少ないからね。ただ、物珍しさに並べておいたんだが、ショウちゃんになら安く譲ってあげるよ」
 言いながら店長が差し出してきたホルスターは、レッグタイプのものだった。基本的には女性専用のホルスターであり、さらに言うならばスカートを好んで着用する女性が使用する代物。それ故に、使用者が限定されてしまうためあまり需要がないと言うワケである。だが、店長はショウの連れている彼女――リスティのスカート姿を見て、それに目をつけたと言うことなのだろう。
「って言っても、そいつぁ小型専用のホルスターだろ? まだ銃も持ってないのに、ホルスターなんて順番が逆なんじゃねぇかい?」
 口ではそんなことを言いながらも、ショウは素直に店長からそれを受け取っていた。このレッグホルスターを、リスティにつけて欲しいと言うのが素直な気持ちなのだろうが、店長の好意を無駄にするワケにはいかないと言う気持ちがあってこそである。
「リスティ、こんなのはどうだい? 銃をスカートの中に隠しておける優れもんだ。リスティになら似合うんじゃねぇかい?」
 未だにグラブを手にとって見定めているリスティに向かって、レッグホルスターを手渡してみる。リスティは無言でそれを受け取ると、不思議そうに品定めをする。
「ん〜っと・・・。これって足につけるんだね? あたしこれ映画とかで見たことあるよ。女スパイなんかがつけててね、ピンチになったらスカートの下から銃を取り出して悪いヤツをやっつけちゃうの。カッコイイよねー」
「お、彼女も気に入ってくれたみたいだね。店に並べておくだけじゃ勿体無いから、譲ってあげるよ。もちろん、お金は払ってもらうけどね。他にも欲しいものがあったら、安くしておくよ。何しろ、ショウちゃんの大事な彼女なんだからね」
 リスティの反応を見た店長は、満面の笑みを浮かべながら店に並べてあるオススメ品の紹介をし始めたのである。

☆用語集☆
『銃関係』・・・ジャム
『銃名称』・・・ワルサーP38

     

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