プロローグ3

「横の席、いいかな?」
 そう言って話し掛けて来たのは、どう考えても二十歳未満の少女だった。姿こそ綺麗な洋服で着飾り、大人のように振舞っているものの男からしてみれば、ただの子供にしか見えない。恐らく、まだ18歳ぐらいの、本来ならば学生をやっていても可笑しくはないぐらいの年齢だろうか。そうは言っても、男自身も二十歳になってからそれほど長い年月が経った訳でもない。年の差は3歳離れていればいい方だろうか。
「奢ってやんねーぞ」
 男はテーブルに置いてあるグラスに口を付け、それを一口二口飲み込んでから、吐き出すように口を開いた。男の飲んだものは、いわゆるアルコール入りの飲料であり、基本的には二十歳を越えなければ飲んではいけないと、法律で定められている代物である。当然男は二十歳を過ぎているために、堂々とそれを飲めるのだが、目の前の少女はどう考えても二十歳前の少女である。本来ならば、こんな酒場にいてはいけないはずの存在。だが、男にとってそんなことはどうでもいい事である。肝心なのは、目の前の少女が自分に何を求めているか、なのである。
「あれ、あたしそんな風に見える? そうだなぁ、ねぇ、あたしが奢ってあげるって言うのはどうかな?」
 正直、少女の言葉はでまかせにしか聞こえなかった。第一、こんな少女が他人に奢れるほど財布に余裕があるとは思えない。同じ年頃の少女ならば、逆にアルバイトで小遣いを稼ぐような年である。はっきり言って、男にとっては煙たい以外の何者でもない。
「あんな、オレがんな貧乏に見えるってか? 確かに、金持ちじゃねーってのは保証すっけどな」
「あ、良くあたしの名前がわかったね。なんだ、お兄さん、あたしのこと知ってるんじゃん。あたしの名前はアンナ。こう見えても、フリーのハンターなんだよ?」
 男が適当にあしらおうとするが、逆効果になってしまったようである。少女の名前はアンナと言うらしく、たまたま男の口癖と名前が一致してしまったようだった。男が自分の事を知っていると勘違いしてしまった少女――アンナは、男の返事も待たずに勝手に隣の席に座り込んでしまう。それだけならまだしも、酒場のマスターを呼び付けて、勝手にドリンクの注文をする。
「あん……おい、オレは奢るなんて一言も言ってねーぞ。あと、未成年者のアルコールは法律で罰せられんぜ」
 別に真面目ぶるつもりはなかったが、一応指摘だけはしておく。
「平気だもん。あたしお酒なんて飲まないから。今頼んだのは、お兄さんの分だよん。あたしはオレンジジュースしか飲まない主義なんだから」
 アンナは手をパタパタと振りながらそんな事を言ってくるが、正直男には興味のないことである。
「わりーけど、オレそろそろ帰るわ。自分の頼んだもんは自分で勘定しとけよ」
 アンナの態度が気に食わなかった男は、とっととその場を立ち去ろうと立ち上がる。勝手に追加で注文された酒は、男が支払う必要はないのだから、このまま逃げてしまうのが賢いと判断したのだ。しかし、男が立ち上がった瞬間に、隣に座っているアンナが突然椅子から倒れ落ちた。流石の男も、いくら気に食わない赤の他人と言えど、突然椅子から倒れ落ちる少女を放ってはおけない。面倒だと思いつつも、少女に近寄り何事かと理由を尋ねてみようとする。だが男は、少女に理由を尋ねる前に、少女に起きた異変に気付く。
「おい、思いっきりケガしてんじゃねーか。腹から血が……こいつぁ、冗談じゃ済まねーぞ。おい、誰か、救急車を呼んでくれ!」
 突然倒れた少女の脇腹からは、大量の血液が流出しており、どう考えても正気の沙汰ではない。よくもこれで平気で男に話し掛けてきたものである。
「フリーのハンター、だと? こいつ、何か隠してんな……」
 先程少女が言っていたことを思い出しながら、小さな溜息を零す。少女が履いているミニスカートの下に、僅かだがレッグホルスターが見えてしまっては、そう思わざるを得なかった。


「やっと目を覚ましたか。ったく、んで、あんな状態で酒場なんかに入ったんだ。危うく出血多量で死ぬとこだったんだぞ」
 ベッドの傍らに座っていた男は、眠っていた少女が目を覚ましたことで、あてつけのように呟いてみせる。だが少女はまだ意識が朦朧としているようで、男の言葉が完全に耳に入っていないようである。
「心配すんな。ここは病室だ。さっき無事に手術も済ませたから、生命に別状はねーだろうよ」
 あの後、男が呼んだ救急車によって運び出されたアンナは、近くの病院へと運ばれた。病院についても尚出血が止まらなかったために、緊急で手術を行ったのだ。医者の的確な手術によって一命をとりとめ、この病室で眠っていたと言う訳である。
「ところでよ、あんたに確認してーことがある。フリーのハンターってのはウソだな? この銃は扱いが難しい事で有名なんだ。簡単に女が扱える代物じゃねー。それに、この銃でハンターをすんのは無謀だ。弾詰まりで有名なルガーだぜ?」
 言いながら、男は手に銃をちらつかせる。取り扱いが難しい事で有名なこの銃は、使用する事はあまり好まれない。しかも、ハンターをするような仕事には向いていないことこの上ないのだ。独特なそのドグルの動きは、まるでミノムシが這いずるような動きをするために、女性からは特に嫌がられることが多いのも有名である。
「あんた、この銃を一回も撃ったことねーだろ? 素人は騙せても、オレは騙せねーぜ?」
 決して寝起きの少女に話すような会話ではないことは承知の上である。自分と関わってしまった以上、もう他人として放っておけない。その為に、この少女からは本当の話を聞きだす必要があるのだ。
「あのね……」
 今までずっと無言で男の話を聞いていたアンナだったが、ゆっくりと口を開く。まだ腹部が痛むのか、表情が苦痛に歪むのが見て分かる。そんなことも気にせずに、男は無言で言葉の続きを待つことにする。
「あたしが倒れちゃった時、人口呼吸とかしなかった?」
「はぁ?」
 何を話すのかと思えば、突然訳の分からない事を口にする少女。男は思わず間抜けな声を発してしまったほどである。
「お前は腹部の出血で気絶したんだ。人工呼吸なんてするわけねーだろ。それに、例えそれが必要だとしても、オレは異性に人工呼吸なんてしねーよ」
 人工呼吸とは、いわゆるマウストゥーマウスのことであり、本来は呼吸困難の時に行うものである。少女の容態を考えれば、それを行う人間などいるはずがない。全く見当違いの事を口にする少女に、男は呆れざるを得なかった。この少女からは、何を言っても本当の事を聞き出せない気がしてならない。
「そっか。あたしのファーストキス、奪われちゃったかな、って思ってさ。でも……お兄さんにならいいかな、あげても」
 まるで夢見る少女のような事をいうアンナに、ただ呆れるしかなかった。手術が完了したとは言え、すぐに退院する訳でもないし、しばらくの間少女はこの病室暮らしになることだろう。このまま放っておいても構わないのだが、何か引っ掛かることがあるため、しばらくの間は少女の様子を見に来ることにする。
「夢は寝てから見ろっての。今日はもう帰る。また明日話を聞かせてもらうかんな」
 男はそれだけ言うと、少女の返事も待たずに病室を後にしたのだった――。

   

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