ミッション3『渚のパートナー』
第六回

 岩の上から犯人を見下ろしながら、アドは小さな溜息を吐く。捕まったリスティは犯人である男の足元で力なく倒れている。見た目では全く外傷はないようなので、無事と言っても差し支えはないだろう。ただ、意識があるのかないのか分からず、全く微動だにしないのが気掛かりではあったが。
「今この場で謝るってんなら、許してやっても構わねーぜ?」
 右手に愛用の『SOCOM』をチラつかせながら、アドは相手を軽く睨みつける。そんなアドの視線に動揺しながらも、男は平静を装っていた。突然現れたアドに驚いている辺り、何か策があるとも思えなかったが、まだリスティが人質として捕らえられている以上、迂闊な行動は避けなければならない。アドは男を睨みつけるだけで、岩の上から動こうとはしなかった。
「誰が謝るって? それはこっちのセリフだろ。この女の命が惜しくなかったら、そこから降りてきて、その銃をこっちに渡しな」
 アドが銃を向けていない事でまだ余裕だと感じているのか、男は逆にそんな言葉を返してきた。
「……ったく、オレを誰だと思ってんだ」
 しかし、そんな男の言葉にアドは肩をすくめて溜息をつく。そんなアドの態度が気に食わなかったのか、男は手にしたバイオガンの銃口をリスティの首元に押し当てた。
「さぁ、早く言う事を聞いてもらおうか。でなけりゃ、この女をこの場で撃ち殺すぞ!」
 台本通りの言葉を口にしてくれた男は、リスティの首元に銃を押し当てたままアドを睨みつけてくる。だが、アドがこれぐらいのことで言う事を聞くような人物ではない。
「……何度も同じこと言わせんなっての」
 言いながら、アドは左手に隠していたもう一つの愛用の銃である『ルガーP08』を、男が手にしたバイオガンに向って撃ちこんだ。
「なっ!」
 予想もしなかった場所からの射撃にバイオガンを手から落としそうになるが、男は何とかそれを堪えて、リスティの首元からずれた銃口を再び首元へと運ぼうとする。しかし、次の瞬間に、自分の目の前に銃口が向けられていることに気が付き、身体が凍りつく。いつの間にかに、岩の上にいたアドは砂浜に降り、自分の目の前で銃口を向けていたのである。
「も一回言っとく。ここで謝れば許してやんぜ?」
 アドと犯人の男の一騎打ちは、一瞬でかたが付いていた。正直、実力の差がありすぎる。いくら人質が捕られているからと言って、素人に負けるアドではない。そもそも、本気を出しているのであれば、始めから声を掛ける前に犯人を撃っているだろう。その時点で男には勝ち目がなかったのだ。
「くそぅ!」
 しかし、それでも男は諦めていなかった。口から漏れた言葉は謝罪の言葉ではなく、小さな舌打ちだった。それと同時に、男は左手で砂浜の砂を手に握り、アドに向って投げつけてきたのだ。流石のアドもそこまでは読んでいなかったようで、すかさず腕で顔をかばおうとするが、見事に目に砂が入ってしまう。
「なろ!」
 舌打ちしながら目を擦り、すぐさま男を探すが、いつの間に入り江の近くまで走っていた。しかも、左腕にはリスティを抱えてである。とんだ怪力の持ち主だと関心しながら、足場の悪い砂浜を一気に走りぬける。
「逃げてもムダだってのが分かんねーのか!」
 思わぬ油断で失態を見せてしまったアドだったが、もう気を抜くことはないだろう。入り江の岩場に犯人を追い込むと、右手で構えた銃を男につきつける。男は先程のアドの銃撃で右手が痺れているのか、左腕でリスティを抱え、右手には何も持っていない。バイオガンで抵抗するのは無駄だと悟ったのか、バイオガンも途中の砂浜に投げ捨ててあった。完全に、男を追い込んだことになる。
「これでも、まだそんなことが言ってられるかな?」
 銃口を向けられていると言うのに、男は余裕の表情を見せていた。他にもバイオガンを隠し持っている可能性があるため、十分に警戒しながら男との距離を保つアド。いつでも男の左腕を狙えるように銃を構えていると、男はアドが考えもしなかった行動に出たのである。
「さぁ、魚みたいに優雅に泳いで見せろ! はーっはっはっ!」
 次の瞬間に、男は左腕に抱えていたリスティを海に向って投げ捨てたのだ。
「なっ!」
 入り江で波が穏やかとは言え、気を失ったままで放り込まれてしまっては、生命にも関わることである。力なく気を失ったリスティは、大きな水音と共に海の中に落ちていく。
「いちいち面倒なことしてくれんな!」
 恐らく男は、リスティを海に放り込むことだけを考えていたために、バイオガンを途中で捨てて岩場のところまで逃げたのだろう。始めからアドに抵抗するつもりはなかったと言う訳だ。今頃そんなことに気付いたアドは、自分の読みの甘さを恨みつつも、足場の悪い岩場を蹴って一気に男との距離を詰めた。銃を持っていない相手に銃を撃つつもりはなかったアドは、握り拳で男の顔を思い切り殴りつける。その後、腹に1発蹴りをお見舞いすると、男はぐったりと力なくその場に倒れこんでしまった。
「鍛えてんのは腕だけかよ。どーせなら、オレみてーに全部鍛えろっての。それよか、ヤバイな」
 簡単に伸されてしまった男に毒付きながら、アドはリスティが捨てられた海へと視線を投げる。波が穏やかとは言え、かなりの深さがあるようである。早く助けにいかないと、いくらリスティと言えども溺れ死んでしまう可能性が高い。
「折角泳げても、気絶してたら意味がねーっての!」
 いつしか泳ぎが得意と言っていたリスティの言葉を思い出しながら、アドは迷いもなく海に飛び込んだのだった――。


 海のパトロールは自分の生きがいであり、与えられた使命だとラボゥは思っている。若い頃から泳ぎは得意な方で、若者に泳ぎ方のコツなども教えたものである。息が続かない訳ではなかったが、不思議とシュノーケルをつけて潜水をすると落ち着くので、海水に潜る時にはこうしている。
そんなことを考えながら海水から顔を出して、いつものように海上のパトロールを続行するラボゥ。すると、岩場の方で見覚えのある人物が触覚のある男に抱きかかえられて海上に引き上げられている姿を発見する。見た感じ、見覚えのある人物――ポニーテイルの女性は、身体の自由が奪われているようだった。華奢な身体とは言え、力のない人間を一人で海上に上げるのは至難の業と言えよう。だが触覚の生えた男は、難なくそれを成し遂げていた。なかなか頼もしい力の持ち主だと実感する。
だが、ポニーテイルの女性は大量に海水を飲んでしまっているようで、何とかしてそれを吸い出さなければ助かるものも助からないだろう。
「本気でやれるのであれば、頼もしい人物かもしれんな」
 ラボゥは海水から顔だけを覗かせて、岩場にいる触覚の生えた男の背中にそんな言葉を投げ掛けるが、その言葉は男に届くはずもなく。しばらくの間、ラボゥは触覚の生えた男の事を海水から見守っていたのだった――。


「けほっ、けほっ!」
 勢い良く咳き込むと同時に、意識を取り戻した少女はうっすらと瞳を開ける。すると、視線の先には、触角の生えた男がそっぽを向いている姿が映った。
「けほっ……あ、あれ? あたし、どうしちゃったん、だろ……?」
 気のせいか、身体全体がダルいような気がする。意識が朦朧とするし、動くことが億劫に感じてしまう。
「お、気が付いたか。ったく、あん時はどうなるかと思ったぜ」
 少女――リスティが目を覚ました事に気が付いた触角の生えた男――アドは、呆れたような表情でリスティの方に視線を向けてくる。
「??」
 だが、アドの言葉の意味が理解出来ないリスティは、頭に疑問符を浮かべるだけである。そんなリスティの疑問符に応えるかのように、アドは肩をすくめながら説明的な言葉を口にする。
「犯人に捕まったお前は、海に投げ捨てられたんだよ。オレが犯人を追って入り江まで来たら、たまたまお前が岩場のとこにしがみついて気絶してたんだ。さすが、水泳やってるだけのことはあんな。自力で岸に捕まってたみてーだぜ」
 そう言うアドは頭から足までびしょ濡れになっていた。海に落ちたのは自分のはずで、アドは岩場にしがみついている自分を助けただけだと言っている。それが本当ならば、アドがびしょ濡れになっている理由が見つからない。リスティは少しだけ考えるが、どうにも身体がダルくて何かを考えることが出来なかった。
「少し海水を飲んだのかもしんねーな。その辺で吐き出しといた方がいいぜ?」
 アドに言われて腹をさすってみるが、どうやら思ったより海水は飲み込んでいないようだった。少しだけ重い感じがするが、身体がダルいからそう思うだけなのかもしれない。
「んー、何だか分かんないけど、大丈夫……みたい」
 身体全身がダルい中、唇に残った不思議な感覚に、リスティは頭を傾げてみせる。だが、その感覚の理由を確かめる前に、リスティは再び意識をなくしてしまった。
「……さっきのバイオガンの効力が続いてるみてーだな。ま、身体に支障はないだろーから、心配ない、な」
 既に意識をなくしてしまったリスティの前で、一人そんな呟きを漏らすアドであった――。


「そのスパイク、どこに行くかわかんねーぜ……オレ以外にはな!」
 身長の割には妙に跳躍力のあるスパイクを決めたのは、触覚の生えた中肉中背の男――アドである。見事すぎるぐらいのスパイクを白い砂浜に叩き込んだアドは、パートナーである長身の青年――ギュゼフとハイタッチを交わす。
「なーんだとぉ! このチビ、見た目以上にいースパイクを打つじゃねぇか! ひゃっほ〜、燃えて来たぜぇ〜」
 ネット越しに2人のハイタッチを見て、サングラスの男――ゲーツは一人で闘志を燃やしているようだ。だが、そのパートナーであるケイタスは妙にテンションをダウンさせている。
「いやー、あんなの打たれたら取れないぜ。あの触覚野郎、かなりのジャンプ力があるよ。いやはや参ったよ」
 苦笑いをしながら後ろ頭をたたくケイタスは、完全に対戦相手を称賛しているようだ。今の見事なスパイクで、アドの実力を見切ってしまったのだろうか。ビーチバレー協会会長の息子と言うゲーツはその逆で、強い相手との対戦を楽しんでいるようである。
「僕にとーれないスパイクなんてないね! さぁ、かーかってきなぁ〜っ!」
 言いながらゲーツはレシーブの構えをして、アドたちのサーブに備える。パートナーが妙にやる気を出しているために、ケイタスも諦める訳にはいかずに、仕方がなさそうにレシーブの準備をする。
「さぁ、レオン。手加減は無用です。還付なきまでに叩きのめしちゃって下さい」
 ギュゼフは妙に嬉しそうな笑みを湛えてアドにビーチボールを手渡す。この2人とどんな因縁があるのかは分からなかったが、アドも勝負で手加減をするつもりはない。しっかりとビーチボールを受取って、コートから数歩離れた場所で立ち止まる。
「仕方ねーな。んじゃ、これで終わらせてやんぜ。ま、見てろや」
 言いながら、アドはネット越しにゲーツとケイタスを睨みつけると、ジャンプサーブを放つ。まるで海老のようにしなったアドの身体は、妙に綺麗に見えてしまう。普段から鍛えていると言うだけあって、身体全体の筋肉は男であるギュゼフでも見惚れてしまうほどである。ただ、左腕に巻いてあるピンク色の布がそのイメージを台無しにしているように思えてならない。
「そ〜らそらそら〜! そんなサーブ、オレに任せろ!」
「ひゃっほ〜、僕にとーれないサーブなーんてない!」
 絶妙なコントロールで放ったアドのサーブは、ケイタスとゲーツの真ん中へと襲い掛かっていく。ほぼ同時に反応したケイタスとゲーツの運動神経も中々のものだが、この時既にアドの策にハマったとは思いもよらなかっただろう。
「よっしゃ〜、僕にとーれないサーブなんてなーい、ひゃっほ〜!」
 完全に2人の間を狙ったアドのサーブだったのだが、ゲーツは難なく追いついてしまったようである。上手い具合に捕球体勢に入り、腰を落としてアドのサーブをレシーブしようとした時だった。
「うぉわ〜、ゲーツ、邪魔だぁぁ〜!」
 数秒遅くボールに追いついたケイタスは、宙をダイブしながらボールの捕球を行おうと、ボールに向って飛びこんでくる。当然、腰を落としていつでもレシーブ出来る体勢になっていたために、ゲーツはそれを回避することなど出来るはずもなく。
「ケイタスおーまえ、こっちくーんな〜!」
 次の瞬間、ケイタスはレシーブの構えをしているゲーツに向って派手に飛び込んでいた。ケイタスが飛び込んでくる瞬間に、ゲーツは僅かに直撃を回避するかのように、上体を反らしたことをアドは見逃さなかった。だが、そんなゲーツの瞬発力にも驚かされたが、ケイタスのダイブの滞空時間も中々のものである。結果的に、2人はぶつかりあって砂浜に勢い良くダイブしたのだから、褒めるようなことはないのだが。
「パートナーとの息が合わなければ、ビーチバレーは勝てませんよ。これで私たちの勝利です」
 見事なアドのサーブに、ギュゼフは再びハイタッチを求めてきた。やり過ごす理由もなかったので、アドは素直にそれを受けることにする。アドがこの海岸に到着する前に何があったのか知る由もないが、ギュゼフにとっては相当屈辱的なことがあったのだろう。
「ま、何であれ、パートナーってのは、お互いをフォローし合わなきゃ、意味がねーってな」
 未だに砂浜にうずくまっているゲーツとケイタスに視線を向けて、アドはそんな苦笑を浮かべたのだった。


「身体の方は大丈夫なの、リスティ?」
 優しい笑みを湛え、心から心配そうに声を掛けてきたのは、リスティと同じように大きなポニーテイルをした女性。見た目こそ年を重ねてしまっているイメージがするが、少し若くすればリスティと然程変わらなく見えるその女性は、リスティの母親であるミザールだ。若い頃に結婚し、すぐにリスティを出産をしたために、まだ40歳半ばと言う年齢だけのことはある。
「うーん、多分大丈夫だよ! まだちょっとだけ身体が重い感じがするけどねー」
 母親が心配そうに見守る中、リスティは満面の笑みを浮かべて返事をする。リスティが気を使って物事を言うとはあまり考えられないので、恐らく大丈夫なのだろう。いくらバイオガンの威力と言えども、そう長時間も継続される訳でもない。ウエストが所持していた解薬を飲んだこともその理由の一つなのだろうが。さすがL地区ラボの息子だけのことはあり、何かあった時に役に立つものを常備しているようだった。
「まぁったく、ワシはお前をそんな娘に育てた覚えはないぞぇ。自分の身ぐれぇ、自分で守れんでどうすんじゃぃ」
 そんな親子の会話に割って入ってきたのは、既に定年を迎えて10年以上は過ぎているのではないかと言う年齢の老人だった。だが、その人物を老人と呼ぶには似つかわしくないのは、その若々しい考え方と器用な腕の動きの所為と言えようか。
「アッガーおじいちゃん、久しぶりー。元気そうでなによりだねー」
 祖父――アッガーに言われた言葉など耳に入っていないのか、リスティは相変わらずのん気そうに挨拶を交わすだけである。そんな孫娘を見たリスティの祖父は、呆れたような表情を浮かべるだけである。表情は変えながらも、腕だけは清々と動かしていられるのは、職人魂の成せる業なのだろうか。
リスティの実家は花火職人の家であり、この祖父がアンティラス家の先代にあたる。小さい頃から花火が好きで、いつしか自分で作ったものを打ち上げてみたいと言う夢を実現させた努力家でもある。自ら花火職人協会を設立してしまうのだから、相当の花火好きと言えようか。
「元気なのはとっぜんだろうが。ワシを誰だと思ってるんじゃぃ。おお、そう言えば、昼間にあれだ、あれ、彼が来たぞぇ?」
 鼻を鳴らしながら誇らし気に胸をそらすアッガー。素直なところはリスティの祖父らしいと言ってもいいのだろうか。多少ひねくれているところも窺えるが、音は素直な老人なのかもしれない。
「彼ぇ? それって誰?」
 アッガーの言葉に、小首を傾げながら疑問符を浮かべるリスティ。そんなリスティに、昔の自分を見るような眼差しでミザールが口を開いた。
「ほら、昔良く遊びに来てたでしょ。アドなんたらって長い名前の子」
「あー、アドのことか。でも何でアドがあたしの家に来たんだろ? 道に迷っちゃったのかな?」
 アドたちの目的地だったK地区海岸から、リスティの実家のある場所は近かった。車で行けば10分も掛からない場所にある。道に迷ったとは考えにくいが、何か用事があって寄ったとも考えにくいことは確かである。
「なんでぇ、ワシはてっきりプロポーズでもしに来たんかと思ったんじゃがなぁ」
 そんな冗談を飛ばすアッガーに、ミザールは両頬を抑えながら顔を赤くしている。まるで自分の若き日を思い出しているかのような眼差しである。しかし、当のリスティ本人にはそんな気は全くないようで、相変わらず呆けた表情を浮かべる。
「アドがそんなことするはずないよー。きっと、近道しようと思って寄っただけだよ。だって、海岸に来るの遅かったもん」
 顎に右人差し指を当てて、アドが到着した時のことを思い出すようにそうつぶやくリスティであった――。


「それにしても、仕事だったとは言え、結構楽しめましたね。私個人的には、結構満足してますよ」
 言いながら、ギュゼフは夜空に舞い上がる華々しい花火に視線を向ける。
「オレは渋滞の所為で飛んだ目にあっちまったけどな。ま、タダで泊まれてタダでこんなもん見れんだから、言う事はねーけどな」
 そう言うアドも、ギュゼフと同じように夜空を見上げる。いくつもの綺麗な花火が断続的に夜空に舞う光景は、まさに夏の名物と言っても過言ではないだろう。
「あれって、アンちゃんの実家で作っている花火だって話ですよ。レオン知ってましたか?」
 まるで物知り博士とでも言いた気にそんなことを告げるギュゼフ。だが、ギュゼフの言う事は間違いない。この辺りでも花火職人と言えば、アンティラス家の右に出るものはいないと言うぐらい、有名な職人なのである。リスティの祖父でもあり初代であるアッガーを始め、リスティの父のニコラスや弟のアスリまでもが手伝っていると言う。他にも有能な弟子が数人おり、この花火大会に備えて半年以上も前から仕込んでいるのだ。
さすがのギュゼフもそこまでは知らないだろうが、アドはそこまでの情報を持ち合わせている。ある情報を仕入れるために、昼間このK地区海岸に来る前にアンティラス家に立ち寄った時に教えてもらったことである。
「そーらしいな。何かさっきK地区のヤツが言ってたような気がすんな」
 ギュゼフの言葉に、まるで何も知らないような素振りをするのはアド。余計なことを言うつもりはないし、そもそもアンティラス家に立ち寄ったことは誰にも秘密にしておきたい。オートカーに同乗していたウエストは知っているのだが、彼のことだ、バラすような事はしないだろう。
「アンティラス家の花火は大陸一と言っても差し支えんだろう」
 と、突然アドとギュゼフの間に割って入ってくる人物がいた。アドは、近づいてくる気配が全く感じられなかった事に驚きながらそちらに視線を向けてみると、そこには一人の大男が佇んでいた。確か、K地区支部のラボゥだとかそんな名の男だったか。昼間はシュノーケルをつけていたので、まるで別人のように見えてしまう。
「正確に言うと、火薬の仕込みが大陸一ってとこか?」
 そんなラボゥの言葉を訂正するアドだったが、言った後に後悔の念を抱いてしまうが、既に遅かったようである。
「さすがはアドミニスタァ殿だな。アンティラス家のことは何でもお見通しのようで。これならば、お嬢様を託すことが出来よう」
 まるでアドの言葉を待っていたとばかりに、ラボゥがそんなことを口にする。その言葉に、アドとギュゼフがほぼ同時に反応する。
「冗談じゃねーぞ!」
「今なんて言いました!」
 しかし、そんな2人の叫び声をものともせず、ラボゥは無表情のまま続きを告げる。
「命懸けでお嬢様をお守りしようとするお姿、感激致しましたぞ。溺れた時の最善な救命方法も心得ておるようですしな」
 そのラボゥの言葉を聞いた瞬間、アドの身体は硬直した。ギュゼフや他の仲間たちには、リスティは自力で岸にしがみついていたと言ってある。ようするに、溺れたことはアド以外は誰も知らないことのはずなのだ。
「って、アンちゃんが溺れたってどう言う事ですか、レオン! 最善な救命方法って、もしかして……!?」
 溺れた時の救命方法と言えば人工呼吸ぐらいしか思いつかなかったギュゼフは、血相を変えてアドに言い寄ってくる。しかし、硬直したアドは何の反応もしない。まさか、リスティに人工呼吸をしているところを、誰かに見られていようとは思ってもいなかったからである。
「……あ、いや、んな記憶ねーな。オレは知らねーぞ。オレを……オレを誰だと思ってんだ!」
 身体をわななかせながら誤魔化すアドだったが、説得力がないことは誰から見ても明らかだ。
「レーオーンーっ!」
 ギュゼフの鋭い目付きが、まるで獲物を捕らえるような目になった時、アドは全力でその場を逃げ出したのだった――。

ミッション3 コンプリート

  

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