ミッション3『渚のパートナー』
第五回

 話の筋を全て理解しろと言われれば、素直に理解するつもりはなかった。そもそも、今までにボスの言った事を信じてろくな目にあった試しがない。L地区支部に派遣されて数週間しか経っていない訳だが、それでもボスの力量を知るには十分過ぎる時間だったと言えよう。
「んで、こいつらがその犯人っつーワケだな?」
 妙に素人のような雰囲気の犯人を見下ろしながら、アドは一人毒を吐く。
「そもそも、んな素人みてーな犯人のせいで何人の犠牲が出たってんだ。犠牲者が出る前に仕事すんのがB-Fogの役目じゃねーのかよ」
 K地区支部の面々を冷たい眼差しで睨みつけると、アドはさらに毒を吐く。確かにアドの言う通りだとギュゼフは思っていた。こんなにあっさりと犯人を捕まえることが出来るのであれば、もう少し被害を少なく出来たのではないだろうか。同じB-Fogの一員として、彼等の行動の遅さには愛想が尽きそうだった。
「生憎と、俺たちもそれほど暇じゃなくてね。暴漢を捕まえるのは警察隊の仕事だ。俺には、美女と楽しい会話をすると言う大事な仕事があるんだ」
 言いながら、胸を大きく張って自慢気に話をするフェーサー。こんな人間が班長をしているのだから、このK地区支部のレベルも疑ってしまう。他の二人の男を見ても、いかにもやる気のなさそうな雰囲気が伝わってくるし、残りの女性を見てもただの露出狂にしか見えない。
アドは初対面の彼等への信頼はゼロだと言う事を確信する。ギュゼフたちが来たからこそ、その重い腰をあげて犯人捕縛の任務を行ったに過ぎない。このまま彼等がここに来ていなかったならば、もっと多くの犠牲者が出ていたことだろう。アドはそこでようやく、自分たちがここに派遣された理由が分かった気がした。恐らくギュゼフもそのことには気付いているようで、K地区支部の4人を前に呆れた表情を浮かべている。
「ま、何はともあれ、事件が解決したんだからいーんじゃねーか? これで気兼ねなくバカンスを楽しめるってこった」
 最後にアドが出した結論はそれだった。確かに、既に事件が解決してしまっているのであればそうするのが一番だ。本来の目的が果たされた今、夏のバカンスを楽しんで何がいけないと言うのだ。事件解決に携わることは出来なかったアドだが、本来バカンスを楽しむためだけにここへやってきた彼にとっては、そもそも事件などどうでも良いことである。彼にとっては、まさにバカンスを楽しむだけのためにこのK地区海岸に足を運んだと言う事になる。
「ふむふむ。そう言うことですか。と言う事は、今回の結果を踏まえて検索をすると……予想通りの展開になるってことか。これはまさにウエストアワーの極致。アドさんが寄り道してくれたお陰で、データを全て割り出すことに成功したみたいです」
 アドがバカンスを楽しむことを決意したその矢先、彼と一緒にここへやってきたウエストが何やら呟きながら背後から近づいてきたようだ。手には小型のパソコンが携えられており、何やらデータの検索を行っているようである。
アドはいつも通りの独り言だと思い、そのまま無視して透き通るように透明な海水に足をつけようと思った時だった。突然、海水が吹き上がると、大きな水音と共に一人の大男が姿を現した。突然現れた謎の男を前に、アドはすかさず懐につけたホルスターから愛用のSOCOMを取り出す。それと同時に銃は構えており、あとはトリガーを引けば目の前の大男に銃弾が叩き込まれるだけだった。
「やるなら本気できなぁっ! いや、そんなことよりも、また事件が発生したぞ。お前たち、何をこんなところでのんびりしているか!」
 謎の大男は、銃を突きつけられていても物怖じすることなく威勢良く大声をあげてくる。一瞬、本気でトリガーを引いてやろうかと思ったアドだったが、その前にフェーサーが口を開いたために、思いとどまることにする。
「ラボゥじゃないか。一体どうしたって言うんだ?」
 フェーサーの口調からして、目の前の大男もK地区支部の一員なのだろう。海の中から突然現れたり、ダイバーのような姿をしている上に、手にはモリを携えているのだから、フェーサーの一言がなければ怪しい男にしか見えない。余程、縄で拘束されている暴漢犯よりも犯人らしい外見であることは言うまでもない。
「ふん、お前たちがこんなところで遊んでいるから、向こうでまた犠牲者が出た。幸い、身体が痺れる程度の外傷しかないがな!」
 ただ事を報告するだけのために、海水から出てきた理由が見当たらなかったが、とりあえず大男――ラボゥと呼ばれていたか――の言っている内容は把握することが出来た。信じる信じないは別として。
「僕は車の中でずっと、ボスたちの情報を元に犯人の詳細を調査していました。そこで、犯人は複数犯だと言う事実が証明されました」
 パソコンのバッテリーはどれぐらい持つのだろうと言う初歩的な疑問を浮かべつつも、アドはウエストに視線を向ける。アドだけではなく、その場にいたほとんどの者がウエストの方に視線を向けたようである。
「フェイズ、もしかして始めからこれは仕事だって言う事を知っていたとか?」
 眉間に皺を寄せながら言うギュゼフの問い掛けに、ウエストは不思議そうな表情を浮かべる。その表情を見れば、ウエストの応えは言わずともわかっていた。
「そんなの当たり前じゃないですか。そうでもなければ、L地区支部がこんな場所へ旅行なんて出来るはずないですよ? だからショウさんだって辞退したんじゃないですか」
 まさか、ショウがそこまで考えてこの話に乗らなかったなどと、今まで考えもしなかった。確かに、ショウは勘が鋭いところがあるが、まさかここまで先の事を読んでいたとは、友人であるギュゼフでも思いもしなかったことだった。
「流石はフェイズィ・ラボの息子なだけはあるな。聞いていた以上の情報を持ち合わせているようだ。で、そこまでの情報を既に入手しているんだ、犯人の情報も既に検索済みなんだろ?」
 フェーサーは班長だけのことはあって、今回のL地区支部応援の話は既に知っていたのだろう。突然現れたアドやウエストのことに何の疑問も持ってないことから、それが窺える。見た目はただの女好きにしか見えないが、さすが班長だけのことはある。
「えぇ、それなんですが、これから僕が考えた作戦を実行してもらいます。なに、大丈夫ですよ。検索した情報を実行するのが、真のウエストアワーの始まりなんですから」
 そう言うウエストの表情は、これ以上ないほど自信に満ち溢れた表情を浮かべていたのである――。


「一つ聞いてもいいですか?」
 ウエストに言われた作戦通りに、岩陰に隠れて待機していたギュゼフは、誰にともなく呟いていた。すると、たまたますぐ横にいたケイタスが疑問符を投げてくる。
「ん? オレに言ってる?」
 特に名前を特定した訳ではなかったが、反応したのがケイタスだったのは好都合だったのかもしれない。ギュゼフは溜息混じりに続けた。
「私たちは今回の事件の再現をしているんでしょうか?」
「え? これってそう言う企画だったの?」
 ギュゼフの言葉に、ケイタスは素直に驚いてみせる。そんな反応を気にした様子もなく、ギュゼフは再び溜息をつく。そして、数時間前の同じような展開を思い出しながら、岩の隙間から見える砂浜へと視線を投げてみる。すると、そこには数時間前と変わらぬタンキニ姿のリスティが立っていた。その少し離れた場所――岩を隔てた海岸には、相変わらず大胆な水着を着たレナが優雅に立っている。
「あいつが囮になる理由がみつかんねーけど、これで犯人捕まえられんなら、問題ねーんじゃねーか?」
 ギュゼフの溜息に反応するかのように、すぐ隣にいたアドがそんな言葉を漏らす。数時間前と違う事は、ギュゼフとケイタスの二人きりではないことぐらいか。それ以外は、人が増えただけで同じ事をしているのだから。
 ウエストの作戦により、アドたちは囮作戦を決行していた。リスティとレナの女性陣を囮にして、残った男達は岩陰で待機と言う、どこかで聞いたような作戦に、ギュゼフは不満を隠せないでいる。今までの事件から分析してウエストが考案した作戦なのだが、どこが分析した結果なのかが今一分からない。こんな単純な作戦に、犯人が引っかかるとは到底思えなかった。
「ん? リスティちゃんが――」
「アンちゃんがどうしました?」
 そんなことを考えていると、不意にケイタスが囮の一人の名前を口にする。その名前に反応したのは、言うまでもなくギュゼフである。大袈裟と言っても過言ではないギュゼフの反応に苦笑しながら、アドもリスティの方へと視線を向ける。すると、3人のガラの悪い男がリスティを囲むようにして声を掛けていた。妙に怪しい3人組のために、一瞬暴漢犯人かと思い、ギュゼフが岩陰から飛び出そうとした時、それをアドが制止する。
「待て、あれはほんもんのナンパ野郎だ。んなことより、あの少し後を見てみろ。あそこにいる2人組が手にしてんのは何だと思う?」
 いつも冷静を装っているギュゼフも、所詮まだ完全に大人になりきっていない青年である。それがリスティのこととなると、尚更のことである。逆に、いつもそれほど冷静に感じさせないアドはこんな時には妙に冷静だった。
「あ、あれはバイオガン! ってことは、あいつらが犯人ってことか! そ〜らそらそら〜、今捕まえちゃうよ〜!」
 言うが早いか、ケイタスは岩陰から飛び出して、リスティをナンパしている3人の男を突き飛ばしながら犯人らしき2人組の前に躍り出る。その後に、一足出遅れたギュゼフがケイタスの横に辿り着く。そして、ギュゼフは辿り着くと同時にバイオガンを手にした2人の男を睨みつける。
「よくもノコノコと姿を現した物ですね。さぁ、堪忍して捕まってもらいましょうか」
 しかし、そう言われて素直に捕まる人間などいるはずもなく。目の前の2人が自分達の敵だと察した犯人らしき2人組は、すかさずその場から逃走を図ろうとする。バイオガンを持っているのだから刃向かってくると思っていたのだが、悲鳴をあげて逃げ出す姿はまるで素人のそれである。
「逃がさないよ〜」
 言いながら、ケイタスは2人の犯人を追い掛ける。それとほぼ同時にギュゼフも犯人を追い掛けて行く。
「ったく、ナンパ野郎に先越されてどうすんだっての。んとに、あんなヤツらが事件起こしてんのか?」
 逃げた犯人らしき2人組はギュゼフとケイタスに任せれば無事に捕まることだろう。そう踏んだアドは、呟きながらゆっくりとリスティの前に姿を現す。単に、わざわざ追い掛けるのが面倒なだけなのかもしれないが。
「あれ〜アド〜。出てきちゃっていいの? あたしが囮で犯人捕まえるんじゃなかったの?」
「あんな、ほんもんのナンパ野郎どもにナンパされてんじゃねーよ」
 先ほどまでは3人の男にナンパされていたリスティだったが、アドを見るなりそんな言葉を漏らす。どうやら、すぐ傍に犯人が潜んでいたことには一切気付いていないようだ。そもそも、リスティがそれに気付くとは、欠片も思っていなかったアドではあるが。
「え〜、あたしナンパなんかされてないよ? さっきの人たちは、あたしに道訊いてただけだもん?」
 それがナンパだっての。アドは胸中で毒を吐きながら、周囲の気配を探っていた。思わず勢いで姿を見せてしまったのだが、もしかしたら他にも犯人が潜んでいる可能性は十分にありえる。
ウエストの解析によると、犯人は複数犯であり、さらにいくつかのグループに分かれての犯行であると言う。さらに言うならば、そのいくつかのグループは、それぞれに敵対意識を持っており、いわゆる競争心で女性を襲っていると言う質の悪い連中のようだった。ただの愉快犯と言ってしまえばそれまでなのだが、死傷者が出てしまっている以上、既に愉快犯では済まされないことは事実だ。
「きゃーっ!」
 アドがそんなことを考えていると、すぐ近くから女性の悲鳴が聞こえてくる。どこかで聞き覚えのある声だとは思いながら、悲鳴のした方に小走りになり近づいてみる。大きな岩を隔てたその向こう側には、大胆な水着を纏ったレナの姿があった。それを囲むように3人の男がレナにバイオガンを向けていた――と言うのはアドの予想に過ぎないことで、実際には囮であるレナ自身とフェーサー、ゲーツの3人に取り押さえられている3人の男がそこにいた。
「ウエストの分析もたいしたもんだな。こんなに的中すんなんて、流石に思いもしなかったぜ。なぁ、リスティ?」
 自分の後を付いて来ているリスティにそんな振りをするが、当の本人からの言葉は何も返って来ない。不思議に思い、後を振り向いてみるが、そこにはいるはずの少女の姿がどこにもない。それとほぼ同時に、アドの背中に嫌な悪寒が走った。
「いやぁぁ〜っ!」
 アドの悪寒が形となり、嫌な声が耳に入り込んでくる。次の瞬間にアドは真っ白な砂を蹴って走っていた。考えてもみれば、リスティが事件に反応して自分の後を付いて来くるはずはなかった。事件に反応してその場を離れたアドは、結果的にはリスティを一人置き去りにしてしまったことになったのだ。その隙を上手くつき、どこかに潜んでいたもう一つの犯人グループがリスティを襲ったと言う訳である。
「んなろ。オレが悪いってのかよ!」
 思わぬ自分の失態に毒を吐くアド。大きな岩を曲がったところで、先ほどまで黒いタンキニを纏った少女がいた場所には、複数の足跡が残っているだけだった。すでに辺りには気配はなく、残った足跡を頼りに、アドはリスティを捕まえた犯人の跡を追い掛けた。

「いや〜、離してよ〜っ!」
 ターゲットを狙うためには、早ければ良いと言うものではない。結果的にターゲットを捕らえれば良い訳で、様子見と言う行動もまたターゲットを確実に捕らえる方法の一つである。とは言え、それは運任せのところもあり、タイミングを逃せばターゲットを先を越されてしまうリスクは高い。
「うるさい女だ。でも、可愛いから許してやるぜ。これならば殺り甲斐があるってもんだぜ」
 次々と飛び出しては捕まっていく同業者たちを岩陰で窺っていた彼は、思わぬ機会に恵まれたのである。ターゲットである女性を置き去りにして、触覚の生えた男が姿を消したのだ。触覚の生えた男が去る中、少女は呆けた表情でその背中を目で追い掛けるだけで、その場で立ち尽くしていた。周りに障害がいなくなった時、男は闇ルートから入手したバイオガンを手に、一人取り残された女性に襲い掛かったのである。
「くそぅ、うるさいヤツはこうだ!」
 いくら華奢な身体付きのリスティと言えども、それを片手で抱きながら走るのは至難の業だろう。だが、この男は簡単にそれを成し遂げていた。普段から鍛え上げた身体がこんな時に役に立つとは思いもしなかった。
「な、なぁに……そ、れぇ……」
 男は手にしたバイオガンをリスティの首元に撃ち込む。すると、リスティは突然大人しくなり、力なくグッタリとしてしまった。入手した時に、どんな効果があるのか分からなかったため好奇心で自分にそれを撃ち込んだ彼は、このバイオガンの絶大な効果は身をもって体験している。いわゆる『衰弱』の効果を持ち合わせており、撃たれた者は外傷こそないに等しいものの、身体全体の力が抜けて身体にダルさを訴えると言う代物である。
 暴れて走り辛かったのが嘘かのように、突然軽快に走ることが出来た。生まれてこの方、女性運が全くなかった彼はいつしか女性を恨むようになっていた。気付いた時には裏ルートから入手したバイオガンで女性に悪戯をしていた自分がいる。初めはほんの少し懲らしめてやろうと言う気持ちで始めたことだったのだが、面白いように女性たちが自分に刃向かわなくなるのが楽しくなり、その行為は次第に激しさを増していく。今となっては、女性に暴漢をするのが生きがいにさえなっていた。
「どいつもこいつもオレをバカにしやがって。この世に女なんていなけりゃいいんだ!」
 走っているうちに、入り江の近くまでやってきていたことに気付いた男は、その場で立ち止まった。ここは彼が根城としている場所で、バイオガンで身体を弱らせた女性は全てここまで連れてきてからいたぶっていた。今捕まえたこの少女にも、同じ仕打ちをしようと言うのである。
「ふふふ、今度はどんな風に殺ってやろうか」
 衰弱効果しか持たないバイオガンだが、それを何発も身体に撃たれれば、身体にも相当な負担が掛かるはずである。まさに、もがき苦しむ姿を目の前で堪能出来る素晴らしいウェポンを手に入れたのだ。
「あんま、良い趣味とは言えねーな」
 どこからともなく聞こえたその声によって、至福の時間を迎えようとしていた男の楽しみは中断させられていた。
「おまえは……さっきの触覚野郎!」
 周囲を探す男は、やっとの思いで声の主の姿を発見することに成功する。触覚の生えた男――アドは、片手に黒光りする銃を携え、岩場の上から男を見下ろしていたのである――。

     

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