ミッション3『渚のパートナー』
第四回

 人目を憚るように姿を隠しているギュゼフは、遠目に、黒いタンキニを身に纏った少女を見つめていた。まだ幼い面影が残るその少女は、茶色の長い髪の毛を大きなポニーテイルで後にまとめている。胸元にある赤いリボンは、まるで彼女のためにそこに存在するかのように胸元を強調させていた。真っ白な砂浜と正反対の水着を纏ったその少女は、当てもなくゆっくりと歩いては白い砂浜に小さな足跡を残す。
「あの子、結構可愛いよな〜? 姉さんと違って胸はないけど、それはそれでいいかもな〜」
 そんなギュゼフの横で同じように少女を観察していた人物が、ニヤニヤした顔で笑いかけてくる。確かケイタスとか言った名前で、K地区支部の一員だ。能天気なだけなのか、妙に呆けたような雰囲気はリスティに似たようなイメージを思わせる。
「そ〜ら、そらそら〜、暴漢ちゃん、早く出ておいで〜。出てこないと、こいつの活躍の場がなくなっちゃうだろ〜」
 言いながらケイタスの手に握られているのは、ギュゼフと同じ型式の銃だった。K地区支部とL地区支部では同じ銃が支給されるらしく、ケイタスは組織から支給された銃をそのまま使用しているのだろう。ギュゼフの場合は自ら改造を施してしまっているために、基本性能に多少の違いはあるようだが。
何にしろ、無言でケイタスの横顔を見詰めながら、ギュゼフは記憶を遡らせていた――。

 予想外の言葉を耳にしたギュゼフは、自分の耳を疑いたい気持ちに駆られたが、事実はしっかりと受け止めなければいけないようだった。目の前に、改めて集まったK地区支部のメンバーたちを視線に捉えながら、そんなことを考えていた。
「つまりは、私たちはK地区支部のボスの依頼によって、暴漢を捕まえる仕事の手伝いをしに来た。そう言うことですか?」
 そして、今しがた班長であるフェーサーが説明をした言葉を確認するように聞き返してみる。すると、フェーサーは少しだけ顔を渋らせてからゆっくりと頷く。
「そう言うことだ。何やら聞いていた人数には頭数が足りないが、この人数でも十分作戦を実行することが出来るだろう。作戦の内容だが……」
 表情をあまり変えないで話すあたり、I 地区支部のディリーを思い出させる。B−Fogの班長と言うのは、皆こんなに表情がない上官ばかりなのだろうか。ギュゼフはそんな疑問を抱きながらも、無言でフェーサーの作戦内容を聞くことにする。
「そんなの、私が囮になって犯人を惹き付ければいいんじゃないの?」
 だが、フェーサーの作戦内容を話すのを邪魔する人物がいた。話が中断してしまったことに不満を抱きつつも、ギュゼフはゆっくりと声のした方へと視線を向ける。追う目が止まった視線の先には、信じられないほどの大きなそれがそこにはあった。
「おっきぃ〜」
 その言葉を声に出したのはギュゼフではない。それは、まるで自分のものと比べるかのように見比べている、リスティから発せられた言葉である。何が大きいのかと言えば、胸が大きいのだ。もともとリスティのそれは平均よりも小さい方であるために、比べる方が可笑しな話なのかもしれないが、今目の前にいるその人物の胸は平均以上と一言に片付けられないほどに大きかった。それでいて、形まできちんと整っているのだから女性としては羨ましい限りだろう。
目を見張るのはその胸だけではない。その女性は、スタイルまでもが抜群なのだ。スラっとした肢体はもちろんのこと、出るところは出て、窪んでいるところは窪んでいる。いわば、無駄のない体付きをしている。美しいのは身体だけでなく、その顔までもが美しい。まるでどこかの女優であるかのようだ。
と、そこでギュゼフはふと何かを思い出したように眉間に皺を寄せる。
「どこかで見覚えがある……んですが…………って、思い出しました! あのパンフに載っていた露出狂の水着女優!」
「って、私のどこが露出狂なのよ! 私はいち女優として、この磨き上げられた身体を見せてるだけよ」
 ギュゼフの声に即答するように言葉を返してくる女性は、水着から胸が零れんばかりにギュゼフに言い寄ってくる。その迫力に思わず固唾を呑むギュゼフだが、視線をそらして咳払いを一つする。偶然その視線の先には、水泳教室の水着を纏ったリスティの姿があった。
「し、失礼。いやでも、こんな大胆な水着を着ている人が実在するとは思いませんでしたよ」
 てっきり広告用の水着だとばかり思っていたギュゼフだったが、世の中は広いのだと実感する。いや、むしろ狭いのかもしれないが。
「姉さん、話の腰を折らないでくれよ〜」
 露出狂の美女に向って、妙に説得力のない声でケイタスがそんなことを言う。どうやら、この二人は姉弟のようである。正直、見た目は全く似ていない。ケイタスのこの言葉がなければ、他人にしか見えなかっただろう。
「あら、私の腰の振りは誰にも負けなくてよ。腰つきがセクシーなレナちゃんって、昔呼ばれたことがあるんだから」
「バカは放っておいて、二人の囮を置いて作戦を開始するぞ」
 ケイタス、露出狂の美女――レナと名乗ったその二人の姉弟を無視するように、フェーサー班長は淡々と言葉を吐く。どうやら、この姉弟はこの地区の問題児のようである。班長であるフェーサーはそのことを始めから知っているからこそ、あえて注意するようなことはせずに無視をしているのだろう。『冷静』と言えば響きが良いが、彼の表情を見ていると『呆れ』と言う表現の方が適していそうだ。
「二人の囮って、この露出狂とあとは誰か囮になるような女性がいるんですか?」
 フェーサーに習うようにギュゼフもこの二人を無視すると、班長との会話に専念することにした。自ら志願したレナを囮にするのは良いとして、あと一人囮に出来そうな美女がギュゼフには浮かばない。すると、フェーサーは何やら怪しげな笑みを浮かべながら口を開いた。
「何を言っている、お前の後ろにいるではないか。そこのポニーテイルの娘ならば囮に適任だろ? 俺とデートする方が良ければ、是非賜るが?」
 何を言っている。それはこちらが言いたいセリフだった。すぐに突っ込みたい衝動に駆られたが、ギュゼフはそこまで短気ではない。とりあえず一呼吸置いてから米神に人差し指を当てて、しばらく考えるような仕草をしてみせる。この行動自体はあまり意味がないのだが、あえてある程度の間が欲しかったのだ。
「自分で言うのも何ですが、私はそれほど耳が悪い方ではないです。でも、今何か口説いているように聞こえたのは気のせいでしょうか?」
「いや、冗談に決まっているだろうが。はっはっは」
 冗談に聞こえなかったから言ったのだ、そう即答したかったが、ギュゼフは抑えた。ここでこんなくだらないことで言い争っても無益であるからだ。この暑さの中、わざわざ無駄な労力を消費する意味はない。照り返す陽光に目を細めて、ギュゼフは班長の言葉を聞き流すことにする。
「では、私とアンちゃん、それに……露出狂の弟のケイタスさんの3人であちらの方で囮作戦を決行するので、あとはよろしく」
 リスティをこんな危険な人物と一緒にする訳にはいかないのは当然として、目の前の露出狂美女と一緒に行動するのは嫌だ。さらに言えば、先ほどのビーチバレーのことを考えると、サングラスの男と組むと何をされるか知れたものではない。消去法につき、ただの馬鹿であるケイタスを選んだ次第だ。少なくても、自分の判断は間違っていなかったと、その時のギュゼフは確信を持てていた――。


 囮作戦を行うにあたって、囮となる人物はただの囮であるのと、囮自身が犯人を捕まえる二つのタイプに分かれる。ギュゼフの視線の先にある黒いタンキニを着用した少女は前者に当たることは言うまでもないが、そうなると、犯人が罠に嵌った時にそれを捕まえる役はこの場に待機している者の分担になる。犯人が何人いるのか分からない以上、正直一人で捕まえるのは困難なことと言えるだろう。そうなると、一緒に協力する人物の動きがキーになる。
ようするに、自分の横でニヤニヤしている男はあまりアテには出来ないと言うことが結論として出てくる訳だ。自分で人選したとは言え、その場だけの判断で決めたことは間違っていたのだろうか?
「それはそうと、後でちゃんとあの水着代払ってくれよな〜? でなきゃ、あとでオレがとーちゃんに怒られるんだからさ〜」
 実はと言うと、今リスティが着用している水着は、例の海の家の商品である。このK地区では買い物は電子化されているらしく、カードでのみ買い物が出来るのだと言う。生憎とギュゼフもリスティもカードの類は所有しておらず、特別に代金は後払いと言うことになっている。ちなみに、B−FogのK地区支部では、組織カードがそのままクレジットカードになっているらしい。
「貴方の父さんと言うのはそんなに怖い方なんですか?」
 別にそんなことに興味はなかったが、何となく聞き返してしまったことに後悔する。しかし、既に遅かったようで、ケイタスは顔を歪ませながらも応えてきた。
「いやさ、知っての通りとーちゃんはK地区のボスでさ、これがまたお金に関してはうるさいんだよ。本部そのものがホテルになってるし、それで色々とお金は儲けてるから、そんな細かいことは気にするなって思うんだけどさ〜。って、聞いてる?」
 ギュゼフは聞いていなかった。そもそも、顔を歪ませてまで話すようなことではない気がした。しかし、彼が口にした言葉の全てが無意味な言葉だった訳ではない。
「貴方の父さんってここのボスなんですか? 何となくですが、この子にしてこの親ありってイメージがあるんですが……?」
 正直、二人の姉弟を見たあとでは、そんな考えしか浮かんでこない。ギュゼフの呟きは致し方ないことなのかもしれない。
「いや〜、そんなこと言われるとテレるな〜」
 ギュゼフは褒めていない。決して褒めたつもりはない。しかしケイタスは一人で照れているようである。別に突っ込む理由も見当たらなかったので、そのまま無視をする。そして、すっかり今の自分たちの役割を忘れかけていたギュゼフは、慌てて砂浜を歩いている少女の方へと視線を戻した。
「ふぅ。何事もないようですね。危うく目的を忘れるところでしたよ」
 相変わらず当てもなくその辺りを散歩しているリスティを確認したギュゼフは、胸を撫で下ろす。それとほぼ同時だった。突然けたたましい音が鳴り響いたのは。
「な、何ですか、この音はっ! もしや、暴漢が!?」
 突然の騒音に、流石のギュゼフもいつもの冷静さを保ってはいられず、珍しく取り乱していた。常に冷静でいるように見えるが、それは子供っぽさの残る自分を隠すための仮面に過ぎない。
慌ててリスティの周囲を警戒して辺りの気配を探ってみるが、殺気はおろか人が近づいてくる気配も感じ取れない。そして、隣にいるケイタスがいつもの自分を見ているように冷静な表情でギュゼフを見つめていた。普段の見た目からは想像出来なかったが、この男も流石は組織の一員と言ったところだろうか。
しかし――。
「何慌ててるんだ〜? これ、班長からの通信の音じゃん」
 時が止まった。もしかしたら、体内に流れる血までもが一時止まったかもしれない。それほどに、一気に血の気が引くような感覚にとらわれたのだ。
「あ、はい。こちらケイタスです。はい。あ〜、りょ〜かいです。今からそっちに戻ります!」
 時が止まっているギュゼフに構うことなく、ケイタスは淡々と通信に対応していた。一体何を話しているのか分からないが、班長からの連絡に表情は一つも変えることはなかった。最後に面白いぐらいにはっきりとした声で返事をすると、通信を切ったようだった。
「班長たちが犯人を捕まえたみたいです。さっすがは姉さんの囮だけのことはあるな〜。まさに女優さながらの演技だったんだろうな〜」
 ケイタスが口にしたその言葉に、ギュゼフは身体全体の機能が停止したような錯覚に見舞われたのだった――。

 今までに、これほどまで簡単な仕事があったであろうか。今までに、自分がこれほどに無力に感じたことはあっただろうか。
否――。
「私の名演技の前には、所詮この程度なのよ」
 一体どんな囮作戦だったのかは分からないが、レナは誇らしげに大きな胸をそらせる。何でもケイタスによると、レナはその昔女優を目指したことがあったらしいのだが、どこで道を踏み外したのだろうか。
「ま、俺のナンパテクには劣るがな。何であれ、無事に暴漢を捕まえることが出来たのは幸いなことだ」
 あくまでもレナやケイタスには否定的な態度を示すフェーサー班長である。
無事に二人の暴漢を捕まえることに成功したフェーサー組は、数時間前に揉め事を起こしたビーチバレーコートの前で腕組みしていた。レナが囮になって、暴漢が近づいてきた時にフェーサーが取り押さえたらしいのだが、サングラスの男、ゲーツは何かをしたのだろうか? ビーチボールを持って一人でトスの練習をしている姿を見るからに、何の役には立っていないように思えるのが正直なところだ。
「無事に作戦が完了したことには、素直に喜びましょう。いえね、私はあまり細かいことは気にしないタチなんですけど……」
 腕組みしているフェーサーを正面に窺いながら、ギュゼフは溜息混じりに呟く。そんなギュゼフの言葉にフェーサーが顔を向けてくるが、口は開こうとはしなかった。ギュゼフはそのまま続けた。
「貴方達は普段、どんな仕事をしているのですか? 暴漢の所為で数人の死者が出たと言いますが、その前に何か対処法があったでしょう? 現に、こんなに簡単に犯人を捕まえることが出来たワケですから」
 言いたいことは山ほどあったが、彼等に自分の愚痴をぶつけるつもりはない。それで自分の気持ちがおさまるのならばそうしていたかもしれないが、恐らく簡単に流されてしまうことは想像に難くない。
「ん〜、確かにもっと早く対処してれば、犠牲者が出てなかったかもしれないよな〜。でも、姉さんの腰が重かったからさ〜」
「それに、俺もあまり気が乗らなかったからな。でもこれで俺も頑張った甲斐があるってものだ。リッちゃんもこれで心置きなく俺にホレられるってワケだ」
 言いながら、フェーサーはリスティの肩に右手を添える。その手付きが妙に馴れ馴れしく、何かやましいことを考えているのが見え見えだ。当のリスティは訳が分からず呆けた表情をしているのは幸いなことだが、放っておけば何をされるか知れたものではない。
そう思い、ギュゼフが一歩動き、フェーサーの手を振り払おうとしたその時だった。どこかで聞き覚えのある声が、容赦なくフェーサーの手を払い除けたのである。
「こんなとこで堂々とナンパするなんて、あんま良い趣味とは言えねーな?」
 自分よりも数センチ背の高い相手を前にしても、彼の態度はいつもと変わりなかった。もしかしたら頭の上の触覚を合わせれば同じぐらいの身長になるのかもしれないが。
「あー、アドー。今頃来たのぉ?」
 当のリスティはナンパをされているつもりはないらしく、フェーサーの言葉には興味がなかったのだろう。目の前にアドが現れたことにしか反応を示さなかった。
「何だお前は? 俺の生きがいを邪魔するヤツは、どんなヤツでも容赦はしないぞ、この触覚野郎」
 まるでどこかの誰かと同じような生きがいを持つ男を前に、アドは肩をすくませて小さな溜息を吐く。状況は何も把握出来なかったが、どう見てもリスティやギュゼフと親しい仲には見えない。それに、浜辺に堂々と銃を携帯しているところを見れば尚更である。
「そいつぁこっちのセリフだ。オレたちはこれから夏のバカンスを楽しむんだ。オレの幸せの邪魔をするヤツは、許さねーぜ?」
 思わぬ渋滞のために、K地区海岸に到着するのが大幅に遅れてしまったアドとウエスト。ずっとパソコン顔面を見つめていたウエストは別として、少なくてもアドはいつも以上にむしゃくしゃしていた。この暑さの所為で、頭に血が上る寸前なのである。怒気を剥き出しにして睨みつけるアドの表情がそれを物語っている。
「はっはっは。それは残念だったなぁ? もう仕事は片付いてしまった。お前の出る幕はないってことだ。L地区支部班長代理、アドミニスタァ・レオンブルー」
「って、はぁ? んでオレの名前を……」
 フェーサーを睨みつけていたアドの表情が、その言葉とともに一気に変化した。釣り上がった眉はいつのまにか歪み、眉間に皺までも浮かべている。そんなアドの表情を愉快に思いながら、ギュゼフは胸を撫で下ろしていた。本当ならばリスティにたかる虫を自分で排除したかったのだが、結果的に彼女が無傷だったのだから良しとしよう。
「レオン、残念ですが彼の言う通りだったりします。私たちはバカンスでここに来たワケではなく、仕事をするために派遣されたんですよ。無事に事件も解決してしまいましたけど。まぁ、私は何もしていませんが」
 妙に不服そうなギュゼフの表情が気になったが、そんなことよりも今の状況を整理する方が先決である。アドは自分なりに今の話を整理してみることにする。基本的に頭の中だけで物事を整理するのは苦手分野だったが、一つだけ確実に分かったことがあった。
「んだかしんねーけど、オレたちは夏のバカンスを楽しみめばいーんだろ?」
 ギュゼフの言葉に、アドは平然とした表情で真の目的である夏のバカンスを楽しむ話を持ち掛けたのだった――。


      
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