プロローグ4
 ざわめく人ごみをかき分けて、男はひたすら前進する。目的も目標もある訳でもなく、ただひたすら人ごみをかき分けるのだ。いや、目的はあると言えばあるのかもしれない。自分を追い掛けて来る人物を、振り払うと言う目的が。
「ふぅ。こんだけ撒けば、さすがに追って来れねーだろ」
 やっとの思いで人ごみを抜けた男は、肩をすくませながら大きな溜め息を吐く。周囲を見回して見るが、男を追う人物の姿は見当たらない。上手い具合に、撒く事が出来たようだった。
「ったく、やってらんねーぜ。こっちの身にもなってくれっての。さて、どっかで一杯やってくか」
 言いながら、男は今度は周囲の店を見回して、手頃な店を発見するや否、そちらに向かって歩みを進める。適当に人ごみをかき分けた割には、ちょうど良い具合に居酒屋の立ち並ぶ場所に辿り着いていたようだ。目的の店の前まで辿り着き、男は一度だけ足を止める。そして、懐から財布を取り出し中身と相談した後に、その場所から踵を返し、向かいにある古めかしい店の扉を潜ったのだった――。

「一番安い酒、頼むわ」
 店に入るなり、男は店員に向かってそんな注文をする。自分の財布と相談した結果、今の彼にはそれ以外に注文出来るような物がなかったのだ。我ながら悲しくなるが、最近あまり仕事がないのだから収入がないのは仕方がない。そもそも、仕事が入ってこない理由は一つしかなかった。最近、彼に付き纏うようになった、あの少女の所為である。
以前、ひょんな事で酒場で知り合い、命を助けたのをキッカケに、常に付き纏わられるようになり、迷惑を被っている。連れがいたのでは、仕事を依頼して来る人物も少なくなってしまうと言う事だ。
「なぁ、良いじゃねぇか、お姉ちゃんよ。俺と一緒に飲もうぜ」
 テーブルに座り、一人そんな事を考えていると、店の端の方でナンパしている大男が目に入る。相手は、こんな店に来るのには似つかわしくない、中々の美人な女性だ。なる程、大男の目に入ってナンパをされた訳である。だが、女性はそんな大男を迷惑そうに目を背けているが、言葉には出せないらしい。そんな事も知らない大男は、勝手に隣の席に座りこみ、女性の肩に腕を絡ませていた。無理矢理にも程があるその大男の態度に、男は不快な気持ちを隠しきれない。大男は女性の肩に絡ませていた腕を、さらにいやらしい手付きで下の方に移動させて来る。それに見かねた男は我慢の限界に達し、無益と分かっていながらも首を突っ込んでしまった。
「おい、そこのデカイの。お姉さん、嫌がってんだろ」
「ん、何だ、この触覚チビ。俺の邪魔するんじゃねぇ。ここは、お子様の来る場所じゃねぇぜ?」
 大男は、男を見るなりドスを利かせた声で睨み付けてくる。だが、男はそんな大男に動じる事なく、それどころか、小さい身体で大きな態度で言い返して来る。
「あんな、見た目だけで判断してんなら、気持ち改めた方が懸命だぜ? 世の中、弱肉強食って言葉があんだろ?」
 言いながら、男は大男と女性の間に無理矢理割り込んで来る。すると、自然と女性の肩に絡ませていた大男の腕が外される。大男は、自分で手を緩めた記憶はないのに、である。そんな不思議な現象に、大男が眉根を潜めていると、次の瞬間には世界が回転した。
「おわっ!」
 そして、そのまま情けない声をあげて、大男は床に転倒する。大男は、知らぬ間に男に手を解かれ、さらには、自然体のまま床にはたき落とされてしまったようである。男は、大して力を入れていないように思えたのだが、何か不思議な魔法でも使用したのだろうか。
「こ、この触覚チビ、一体何しやがった!」
 床に尻餅をついたまま、大男は男に向かって怒声をあげる。しかし、男は大男の事は無視しているのか、いつの間にか女性の横の椅子に腰掛けて、女性との会話を楽しんでいた。
「ところで姉さん、ひとりでこんなとこ来てっと、あー言う変なヤツと出くわす危険性があんだ。自分の身も守れねー女が、一人で出歩くもんじゃねーぜ?」
 言いながら、男は小さく肩をすくめる。正直、男は目の前の女性にはあまり興味はない。確かに美人だし、タイプとしてはどちらかと言うと自分の好みのタイプである。余程、先日出会った少女よりも、こちらの女性に付き纏われた方がマシと言うものである。だが、好みとは言っても、もともと女性にはあまり興味がない彼にとっては、それもそこまでの話である。これ以上、何かをしようと言うつもりは、触覚の先程もない。
「あの、助けてくれてありがとうございます。私、こう言うところ初めてで、まさかあんな人が絡んで来るなんて思わなかったんです。貴方のおかげで、本当に助かりました。よろしければ、このあと一緒にどうでしょうか? お礼もしたいですし」
 言って、女性は顔を赤らめながら男の方に視線を向ける。まさに、逆ナンパと言うやつなのだろうか。普通だったならば、大変珍しい事であるし、嬉しい事である。だが、彼にとっては、ただ迷惑なだけだった。やっとの思いで、あの少女を撒いて一人になって、これから仕事を見つけると言う時に、また違う女性に絡まれてしまうとは。これは、女運がないのかあるのか、一体どちらなのだろう。
「わりーな。オレは――」
 女性の好意は迷惑ではあったが、嬉しくもあった。しかし、それを素直に受け入れるつもりはない。女性には申し訳ないが、断りを入れようとしたところで、不意に二人の間に割って入ってくる人物がいた。
「そそ。お兄さんには、あたしって女(ひと)がいるんだから、ね」
 突然、予想外の人物が現れた事によって、男は大袈裟に驚いてみせる。上手く撒いたと思っていたのだが、どうやらそれも彼の思い過ごしだったようである。どうやって嗅ぎ付けて来たのか、いつの間にかに少女――アンナは、男の横に座りこんでいる。
「お前、どう言う――」
「あの、申し訳ありません。恋人さんがいらっしゃったのですね。大変失礼致しました」
 男が少女に抗議の声を上げようと口を開いたが、それを遮る形で女性が口を開いた。女性は、赤くした顔を残念そうに曇らせながら、一礼だけでしてその場から去ってしまった。男としては、もともと女性の誘いに乗るつもりはなかったので、特に問題はなかったのだが、少女の登場には問題がありすぎだ。
「お前、んでこんなとこにいんだ!」
 思わず、そんな事を問い掛けてしまったぐらいである。
「あたしは、お兄さんの恋人なんだから、一緒のところにいるのが当たり前でしょ?」
 言いながら、少女はウインクをしてみるが、所詮少女の戯れである。色気の欠片もない少女にそんな事をされても、何とも思わない。そもそも、男にとって少女は煙たい存在に過ぎないのだが。
「あんな、一言言っとくけどな、オレは一生独身派なんだ。女なんて面倒臭いヤツと一緒にくっついてたまるかっての」
 男は肩をすくめながら悩ましげに首を左右に振ってみせる。だが、少女はそんな男の言葉が耳に入っていないのか、手にしたハンドバッグをあさっている。そして、しばらくあさった後に、探していた物が見つかったらしく、それを男に向かって差し出してみせる。
「……なんのつもりだ? 扱えねーもんなんて、いつまでも持ってんじゃねーっての」
 少女が差し出した物は、1挺の拳銃だった。その独特な形は、マニアには受けそうな代物だが、女性が扱うには少しばかり似つかわしくない。加えて、男の知る知識から出された答えは、それを彼女が扱える可能性は極めて低い。
「失礼しちゃうわ。あたしはハンターだって言ってるでしょ。これはあたしの愛銃なの。おもちゃじゃなくて、正真正銘の本物なんだから」
 そんな事は、見れば一目で分かる。だからこそ、男は忠告じみた言葉を投げているのだ。
「わりーが、ハンターがバッグに銃を隠すなんて事はしねーぜ? あとな、お前と初めて会った時に足に付けてたホルスターは新品だった。格好だけ真似ようなんて思っても、所詮は素人なんだ。似合いもしねーもんを無理矢理持ってる理由が見当たんねー。仮に、本当にハンターだってんなら、よっぽど貧乏生活してんだろーぜ。お前みてーなヤツにつかまるマヌケな連中は、この世界にいやしねーよ」
 口早に捲くし立てると、男は今日何度目になるか分からないが、間違いなく一番大袈裟に肩をすくめてみせた。
「だったら……だったら、お兄さんがあたしに銃の扱い教えてよ! あたし、本物のハンターになりたいの! 自分の身ぐらい自分で守りたいの! あたしだって、こう見えたって大人なんだから! 今日、誕生日で20歳になったんだから、ちゃんとした大人なんだよ!」
 少女は涙ながらに訴えてくる。女性には興味がないが、女性の涙には弱い彼は涙を流した女性を目の前に、その場から立ち去る事が出来なかった。心底、自分の甘さを実感しつつも、仕方なしに女性の依頼を受ける事にした。
「しゃーねーな。それ、依頼って事で引き受けてやんぜで。依頼料は高く付くぜ? 覚えときな」


   

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送