ミッション4 『新任班長』
第一回

「増援部隊として駆けつけたL地区支部の者たちは、皆優秀な人材ばかりで非常に助かった。中でもレオンブルーとカッツの二人は飛び抜けた能力を持っているように思える。そのお陰もあってか、今回の事件を無事に解決出来たのだと、私は思っています」
 台本を棒読みするかのようなつまらない口調で報告をする人物は、B-Fog基幹職専用のジャケットに身を包んでいる女性。だが、自分の目の前にいる人物は、決してその人物の上官ではない。上官ではないのだが、上官なのだ。
 いわゆる、組織上では自分の方が上官扱いされるのだが、今の自分の立場からすると目の前の人物が間違いなく上官にあたることになる。
「但し、犠牲者が二名も出てしまったと言う事は、避けようのない事実と言えます。これは全て、私の判断ミスとして見ていただいて構いません。現場の判断は私がしたことであり、班長及び現場員たちには一切責任はありません」
 そこで彼女の報告は終了したようだった。手にした報告書を目の前の人物に手渡すと、軽く会釈をする。目の前の人物―― I 地区支部のボスは無言でそれを受け取ると、咳払いを一つしてからもったいぶるような口調で話し出した。
「君の報告はいつもこう、捻りがないな。起きたことをストレートに報告することも必要だとは思うが、少しぐらいはゴマかそうとしてもいいのではないか? そこが君の良いところでもあり、悪いところでもあると私は思うがね?」
 ボスが何を言いたいのかが分からず、彼女は整った眉を僅かに動かした。いつもは無表情に近い彼女だったが、いつものボスらしからぬそんな口調に疑問を感じたのだろう。それが思わず表情に出た、そんなところだ。ただ、それも相手にもわからないほど僅かな表情の変化だったのだが。
「偽りの報告をする意味がありません。私は事実をあるがままに伝えたまでです。今回の事件については、私が全て責任を――」
「F地区支部の存在を、君は知っているかね?」
 彼女が全てを言い終わる前に、その言葉をわざと遮るようにボスがそんなことを言って来た。途中で言葉が遮られたことに関しては、特に気にはならなかったが、ボスが口にした言葉が頭の中で変に大きくなっていくのを感じる。
 B-Fogと言うこの組織は、この国にあるA〜Zまでの地区全てに存在するワケではない。まだそれほどまで大きな組織ではないため、各地に点々と存在しているのが現状である。L地区などのように大きな地区には組織を構えているのだが、寂れた地区などには勢力が行っていないのが現状である。
 今、ボスの口から出たF地区と言うのは、国の中でも北の方に位置しており、山に囲まれた小さな地区である。いくつかの民族が集まった集落と言った方が余程適切なのではないかと言うぐらいに、小さな地区であった。その地区に、B−Fogが支部を構えているとは到底思いがたい。彼女自身、F地区支部があるなどと言う話は聞いたことがなかった。
「いえ。存じません」
 彼女は簡単にそう返事をすると、ボスは当然と言わんばかりに軽く頷いた。その後、引き出しから一枚の写真を取り出してから、それを彼女に手渡しながら口を開く。
「当然だろうな。私とて初めて聞く話だ。どうやら最近出来た支部らしいのだが、特殊任務についている部隊らしいのだ。ただ、その部隊にもいくつかの問題点があるらしいのだが――」
 ボスの嫌な言い回しを聞くと同時に、受け取った写真を見た彼女は動揺の色を隠せなかった。

 ボスの部屋から出た彼女は、出来る限りいつも通りの表情を装いながら部屋の外に待機していた部下に視線を向ける。
「お疲れさまです。いかがいたしましたか? アサカ特佐官……?」
 だが、どうもいつもとは違った雰囲気の上官に気付いた部下――シャーリーは疑問をそのままぶつけることにした。
「何でもない。気にするな」
 だがシャーリーの上官――アサカは無表情のまま、何事もなかったように口を動かす。上官であると同時に、自分の憧れの女性であるアサカがウソを付いているとは思いたくはない。思いたくはないのだが、シャーリーには分かっていた。目の前の上官は、明らかに何かを隠しているのだと言う事を。
「気にならないと言えばウソになりますけど、私はそんなに信頼出来ない部下ですか? やはり、サナダ班長のように信頼される存在でなければいけないのでしょうか?」
 余程気にしているのだろうか。シャーリーは俯き加減で小さな声で言う。声は小さかったが、それでもシャーリーの言葉には力強さが感じられた。そんなシャーリーを見つめながら、アサカは小さな溜息をついてから胸のうちを話すことにした。
「本日付けで、私はF地区支部に転属となった。短い間だったが、今まで世話になったな」
 何の捻りのないアサカの言葉は、ボスに事件の報告をした時と全く同じ表情をしていた。
「な……私も行きいますよ! 特佐官のいない I 地区なんて!」
 それとは対照的に、シャーリーの表情は見る見るうちに驚愕の色へと変化していった。丸眼鏡が落ちてしまうのではないかと言うほど激しく身体を動かしながら抗議する態度は、まさに文字通り必死に意見を訴えているようだ。
「お前は人員が少なくなったこの地区を支えてやってくれ。直に補充もくることだろう」
 しかし、そんなシャーリーに対して、アサカの言葉は冷たいものだった。とは言え、アサカの言う事は正しいことであって、シャーリーは自分の希望だけで地区を異動出来るほどの力を持ち合わせていない。そもそも、B−Fogと言う組織自体、自ら異動を申し込める組織ではないのだろうが。
 未だに納得しない顔をしているシャーリーに構うことなく、アサカはそそくさと自室へと向っていく。今日付けとアサカは言っていたので、早々にこのビルを立ち去らなければいけないことになる。
「そんな。せめて明日の異動にしてもらえないんですか! 今日の今日だなんて話、納得いきません!」
 そそくさと歩くアサカを追い抜くようにシャーリーが足早になって抵抗する。だが、アサカは全く取り次ぐつもりはないらしい。代わりと言っては何だが、話題を他のことに移す。
「ところで、サナダ班長の姿がないようだが?」
 突然の問い掛けではあったが、当然と言えば当然の問い掛けと言えるだろうか。アサカが異動となれば、代わりに特佐官が来ない限りはディリーがこの地区を仕切らなければいけないワケだ。そのディリーに一言、地区の事を任せるよう命じるのがアサカに出来る唯一のことではないだろうか。
「ディリーなら入院しましたよ。やはり、この前の目に負った傷がかなり重症だったようで」
 アサカの問い掛けに対して、つまらなそうな口調で答えるシャーリー。アサカと同じように無視してしまえば良いものの、素直に応えてしまうところはシャーリーらしいと言える。アサカからの問い掛けである限り、無視するワケにはいかないからだ。
「そうか。サナダ班長にも迷惑をかけたからな、挨拶をしたかったのだが……」
 ディリーがこの場にいたならば、間違いなくシャーリーと同じ行動をしていたに違いない。いや、もしかしたらそれ以上の反応をしたかもしれない。ここにいないディリーには悪いが、これが彼女との最後の別れになる可能性になることは致仕方ないことと言えよう。
「……せめて、最後に約束だけはしてください。必ず……必ずここに戻って来て下さい。何年掛かっても構いません。それまで私は……私たちはこの支部で待っていますから」
 ディリーの気持ちを知っているシャーリーは、班長の肩を持つようにそんな言葉を口にする。自分たちにとって憧れである上官がいなくなることはかなりの痛手となるだろう。仕事を進める上でもそうだが、心の支えとして存在している人物がいなくなるとことは、誰にとっても嬉しくないことである。
「……約束出来るかどうかはわからないが、努力はしよう。必ず、お前たちの前にまた姿を現す。もちろん、直々の上官として、な……」
 シャーリーの言葉に、アサカはしっかりとした口調で言い切った。濁りのないその言葉は、恐らく彼女の本心なのだろう。だが、それが簡単に叶うことはないと言うことは、彼女自身が一番分かっていることだった――。


「にしても、夏も終わりに近いってのに、なんて暑さだ。まさに、これからまた夏が来るみてーだな」
 シャツを腕まくりして、シートに座りハンドルを握りながら、一人愚痴る触覚の生えた男――アド。だが、満更彼の言う事は間違いではなかった。既に8月も終わりに近いと言うのに、暑さは増す一方で、この時期だと言うのに扇風機や冷房機器が馬鹿売れしていると言う専らの噂である。
そんな暑い中、彼のマニュアルカーの窓は全開になっていた。理由は簡単で、以前の仕事の時にあるヘリコプターの爆発の被害を受け、エアコンを始めとした機内の機械が故障してしまったのである。走行には支障がない為に、しばらくの間修理に出さなかったのだが――そもそも、修理する為のお金を持っていないだけなのかもしれないが――今回、ギュゼフの知り合いの自動車修理屋を紹介してもらった為に、修理するに至ったのである。
「っと、この角を右か」
 ギュゼフから貰った地図と紹介状を手にしながら、アドは軽快にハンドルをさばいてみせる。曲がり際に、車内に入ってくる熱風で顔を歪ませながらも、アクセルを踏み込んで一気にスピードを上げる。
「んお、あれだな……」
 すると、正面に派手な看板が視界に入ってくる。派手な看板の前まで辿り着き、アドは窓からその看板を見上げた。
『パーラー桃天使』
そう書かれた派手な看板を見上げ、アドは無言で軽く肩をすくませてみせる。そして、その後姿勢を正してシートに座りなおすと、再びアクセルを踏んで車を発進させる。アドの目的はこの派手な看板でなく、その隣にあるいかにも寂れたような古めかしい店である。派手な看板の店で視界に入りづらいが、始めからそう教えられていれば、嫌でも目に付くような、そんな店である。
「ま、あんま期待してなかったけどな」
 言いながらアドは、ギュゼフに貰った地図を懐にしまいこむ。そして、その寂れた古めかしい店の前に車をとめると、エンジンを切って車から降りる。以外にも車の中よりも外の方が涼しい――暑くはない事に気が付きうんざりする。
『中古車専門店何でもカール』
そう書かれた看板は、ひと目で年期が入っている事を物語った木製の看板。今時木製の看板など世にも珍しい物である事は言うまでもない。アドの住んでいるぼろアパートですら、看板はプラスチック製である。その違いにどれぐらいの価値の差があるかは、甚だ疑問だが。
 何にしても、目的地に辿り着いたアドは、あまり大きな期待をしないように心に訴えながら、木製の扉を潜ったのだった――。

 店内には、コーヒー豆の香ばしい匂いが漂っていた。鼻腔をくすぐるこの香りは、何度嗅いでも変わる事のない香り。それは、こだわりがあるからこそ、いつも変わらぬ香りを漂わせ続けられるのだろう。
そんなコーヒーの香りを楽しみながら、ポニーテイルの女性――リスティは、ゆっくりとコーヒーカップを傾ける。口から喉を伝わって、体内に香ばしいコーヒーが流れ込んでいく。店の外は8月の終わりだと言うのに、真夏のような暑さである。だが、店内はエアコンが完備されているために、心地良い空間になっている。そのために、何も気にすることなく熱いコーヒーを楽しむ事が出来た。
「うーん、いつ来てもここのコーヒーは最高だよー。さっすが、ナナミ姉さんって感じだよん」
 ナナミ姉さんと言っても、リスティの本当の姉ではない。彼女はアンティラス家の長女であって、姉はもちろんの事、兄ですら存在しないのだ。リスティが目の前にいる女性を姉さんと呼ぶのは、単に彼女の方が年上だからと言う理由だ。
ナナミ・アッセル。このカフェの店長であり、リスティと同じ趣味を持ち合わせる友人である。彼女は、リスティと同じように鼻が利き、コーヒーの匂いを嗅ぎ分ける特技を持っている。だが、決して匂いを嗅ぎ分けるのがリスティと同じ趣味なのではなく、彼女もリスティと同じ香水愛好家なのである。リスティがB−Fog・L地区支部に転属になって間もない頃、たまたま立ち寄った店がこのナナミが経営するカフェだったのだ。その時にリスティがつけていた香水が、たまたまナナミがつけている香水と同じだった事がキッカケとなっている。
「いやねぇ、リスティちゃんはいつも褒め過ぎよ。こんなの、私が凄いんじゃなくって、コーヒー従来の香りのお陰よ」
 人の良い、優しい笑みで笑うナナミは、近所でも評判の女性でもあった。現に、ナナミの笑顔を目当てに店に訪れる男性客も少なくはない。だが、皆始めはそんな下心を持って店に訪れても、ナナミの煎れるコーヒーの香りを一度嗅いだだけで、このコーヒーの香りに惚れ込んでしまうのだ。そして、気付かぬうちに次回からはコーヒーの香りを目当てに店にやってくる。まるで魔法のような香りを作り出すナナミは、さながら魔法使いである。
「それより、今日のリスティちゃんの香水、いつもと違うんじゃない? もしかして、それってシヴァの香水じゃないかしら?」
 不意にそんな話題へと転換させるナナミ。だが、リスティは話題を即座に切り替える事が出来なかったようで、呆けたような顔をして目を瞬かせる。そして、数秒の間それを繰り返すと、思い出したようにナナミの言葉に反応した。
「あ、うん。そーだよ。良く分かったねー。今日は暑いでしょ。だから、少しでも涼しくなるようにって思ってこれつけて来たのー」
 シヴァと言う香水は、その名の通り氷の精霊の名を文字った香水である。涼しげな香りを漂わせることからその名がつけられたのだが、このような使い方をするのが一番効き目があるのかもしれない。
「涼しくするんだったら、お気に入りのリヴァイアサンをつければいいんじゃないかしら? あれだって、海の香りに近いんだから、涼しくなるんじゃない?」
 リスティの一番のお気に入りの香水は、言わずと知れたリヴァイアサンである。リスティの生まれ故郷であるK地区海岸の香りをモチーフに調合してあると言うこの香水は、女性にも大人気の商品となっていた。だが、そのために店に置かれている数もあまり多くはないと言う難点があるのだが。今回、リスティがお気に入りをつけていない理由がそれであり、生憎とリスティの在庫を切らせているのだった。
「最近、中々お店に置いてないんだよー。それでもお気に入りだからついつけちゃってね。そしたら、昨日なくなっちゃったのよ。だから、今日はこれをつけてるんだよねー」
 小さく舌を出して微笑を浮かべるリスティ。シヴァをつけている本当の理由を知ったナナミは、大きく頷きながら納得したようだった。確かに、ここ最近リヴァイアサンは妙に流行りになってしまい、店に置かれている数量が激減しているのはナナミも感じていた事だ。急に流行り出した理由は簡単で、8月も終わりだと言うのに未だに暑いからであろう。少しでも涼しい気分になるため、女性達はリヴァイアサンを求めていると言う事だった。
「そう言えばね、最近新作の香水が出たの知ってたかしらね? 何て名前だったか忘れちゃったけど、また変わった香りがするって評判らしいわよ」
 だが、それだけ店に置かれている数量も少ないのは、リヴァイアサンと同じ事だろうが。新作となると、誰しも一度は試したくなるのが女性と言うもの。常に自分に合った物を求めるのは、女性だけではないのだろうが。
「あー、知ってるよん。えっとね、確かヴァルガ……なんとかって、難しい名前のやつー。あたし、まだ見た事ないんだよー」
 香水好きなリスティですら、まだ見た事のない程の人気な新作。口ぶりからすると、ナナミもまだ見た事がないのだろう。それだけ人気の商品と言う事なのだろうが、香水好きな二人ならば、いつか手に入れたいと思っているに違いない。それは、二人の目を見れば分かる事。新しい物を求める事は、同じ趣味を持つもの同士考えは同じと言う事だ。
「でも、あとでちょっと買い物ついでに探してこよっと。もしかしたらまだどっかに置いてあるところがあるかもしれないもんね!」
 コーヒーを一気に飲み干したリスティは、笑顔でウインクしてみせる。そのウインクは、二つあったら一つはナナミの分だと言う事を物語っていた。香水収集が趣味なこの二人に競争意識はなく、互いに共通の楽しみを味わうと言う仲間意識があるのだ。そのため、新作が出ると常に二人で同時にその香りを楽しむ事にしているのだ。収集家としては、一人で集めるよりも二人で集められるので、それだけ多くの商品を手に入れる事が出来るのは嬉しい事だ。
「じゃ、ご馳走さま。お代、ここに置いておくねー。じゃ、また来るからー。ばいばーい」
 そう言って手を振るリスティに向かって、ナナミも同じように手を振って彼女を見送る。まるで恋人同士のように仲が良い二人は、良き友人関係だと言う事が、誰から見ても分かる事だった――。

☆用語集☆
『地名関係』……F地区支部

      

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