プロローグ5
 基本的に、朝には弱いと言う実感はなかった。
いつもセットしている目覚まし時計は役立つ事は少なく、大抵はセットした時間より前に目が覚めてしまう。
特に早起きする必要もないと言うのに、大抵は早朝に目が覚めてしまう。
「にしても、あったま痛ぇな。そう言えば……昨日は久々に飲んだんだったな。あんま覚えてねーけど」
 痛む頭に、眉間を指で抑えながら昨夜の事を思い出そうとするが、断片的な記憶しか蘇って来ない。
「んん……」
 確か……久々に仕事が入り、それなりの謝礼を貰った事もあり、久々に少しだけ豪勢な夕食を食べた。そのついでに、酒も少々飲み、満足をして……その後の記憶が、ない。何か他にあったような気がするし、何もなかったような気もする。
「ふぁ……ぁ〜ん、ん〜?」
「……?」
 二日酔いの所為か、どうも耳までも可笑しくなってしまったらしい。部屋には自分しかいないはずなのに、他の誰かがいるような錯覚を覚える。いわゆる、空耳。
「ん〜ん、むにゃぁ〜」
「……って! 気の所為じゃねーだろが!」
 自分の直ぐ近くで聞こえてきた声に、彼は布団から飛び起きる。すると、布団の中には自分以外にも、もう一人存在していた。それは、まるで猫の様に丸まって布団の中で気持ち良さそうな顔をしている。
「なっ! てめー、勝手に人の布団に入ってんじゃねーよ!」
「ん〜。ん? んん? あー、おふぁよぅ。おにぃしゃん」
 彼が大声を出した所為だろうか、布団の中で猫の様に丸まって寝ていたもう一人の存在――女性は眠気眼のままで挨拶をしてくる。まだ思考は夢の中にあるのだろう。欠伸を噛み殺したような声の女性は、再び目を閉じてそのまま寝息を立てて眠りこんでしまう。
「……」
 彼はそんな女性に視線を向けながら、痛む頭で無理矢理思考を働かせる。
確か、昨日の夜は夕食を食べながら酒を飲んで――そうだ。夕食は一人ではなかった。そもそも、仕事をしたのも一人でははない。仕事のパートナーと一緒に、久々の仕事を成功させたのだ。仕事も食事も、パートナーである、目の前に眠りこんでいる女性と共に行ったのだ。
「……いや、ただ、でも……そんだけだ。それ以外は……何もねーよ。あるワケねーじゃんか。オレを誰だと思ってんだ」
 妙に冴えてきた頭で様々な思考を巡らせ、様々な憶測が浮かんでくるが、それを一つずつ消し去って行き――最後に残ったのは、何もなかったと言う事だった。単に、彼自身の記憶にないだけ、とも言うが。
「ってか、んで、てめーがオレの部屋にいんだよ! てめーの部屋はここじゃねーだろが!」
 未だに気持ち良さそうに眠っている女性の胸倉を掴んで、無理矢理起き上がらせる。ちゃっかりと寝巻き姿の女性の襟元が伸びてしまっている事も気にせずに、彼は再度大声を上げる。
「あんな、いい加減にしねーと、マジで切れっぞ!」
 女性の耳元で叫ぶ彼の声は、さながら目覚まし時計のようで。
「んー? ふぁ〜ぁ。ん〜ん? あ、おはよ、お兄さん♪」
 何度か瞬きをした女性は、ようやく目を覚ましたらしく、先程と同じ挨拶を繰り返したのだった――。

「にしても、んで二人分の飯を作らにゃなんねーんだっての。飯ぐらい、自分で作れっての。独り言だけど」
「えー、でも、パートナーの分も一緒に作ってくれるのが、真のパートナーってもんじゃない?」
 彼は、まだ痛む頭を我慢しながら、フライパンを操っていた。自分では独り言のつもりで口走ったのだが、どう考えても独り言には聞こえない。しっかりと声に出しているし、むしろ大声に近いぐらいの彼の声は、隣の家にまで声が届いてしまいそうな勢いである。
「自分の事ぐれー自分で出来ねーで、何がパートナーだっての。飯もろくに作れねーで、パートナー気取ってんじゃねーっての。独り言だけど」
「えー、でも、お兄さんの方があたしよりも料理上手いんだから、そっちの方が良いじゃん」
 いちいちシャクに触る返事をしてくる女性には構わずに、彼はフライパンの中で踊っている野菜達に最後の仕上げをしてやる。今彼が作っているのは、彼が一番得意としている野菜炒めである。野菜炒めなど、誰が作っても同じのような気がしてならないが、以前に一度だけ彼女が作った野菜炒めを食べた時、一週間は腹が下った嫌な記憶がある為、その考えも改めるようになっていた。
「ほら、とっとと食べて、自分の部屋に戻れ。今日は特に仕事はねーから、一人で休んでろ」
 二人分を皿に盛って、その一つを女性が座っているテーブルの前に乱暴に置いてから、彼は無言で自分の前に置かれた野菜炒めを口に運び込む。
「えー、仕事ないんだ? じゃさ、遊びに連れてってよ。遊園地とかどうかな? ジェットコースターとか、観覧車とか乗りたいなぁ」
「わりーな。生憎と、オレは遊園地が大嫌いなんだ。あんな下らねーとこ、行ってたまっかっての。休みの日は、ゆっくり家で休むのがオレのポリシーなんだよ」
 一人で目を輝かせている女性を尻目に、彼は大袈裟に肩を竦めて見せる。何が悲しくて、ただの仕事のパートナーと一緒に遊園地などに行かなければならないのだ。そもそも、彼自身が遊園地が好きではない為に、相手が誰であろうと行くつもりはないのだが。
「そんな事言ってぇ。あ、もしかして、ジェットコースターが怖いとか? 高い所が嫌いとか? あーやだやだ。男のクセにそんなのが怖くて、遊園地にも行けないなんて」
「んだと! 言ってくれんじゃねーか。オレを誰だと思ってんだ! よし、飯食ったら、遊園地行くぞ。ジェットコースターでも観覧車でも何でもかかって来いってんだ。オレがんなもん怖くねーって事、教えてやんぜ」
 そんな彼の言葉に、女性が小さく舌を出した事は言うまでもない――。


   

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