ミッション6『自然保護区』
第六回

 レインボーレイク。いわゆる、七つの湖があるからそう呼ばれるようになったのだが、実際にはそれ以上の数の湖が存在している。もともとこの場所はただの湿地帯だったのだが、発見者がこの湿地帯に複数ある湖に魅せられて観光地に仕立て上げてしまった為に、今ではすっかり観光名所となっているのが現状だ。その複数ある湖のうち七つは特に美しいとされており、その湖を示す為に付けられた名前が、このレインボーレイクだと言うのが一般的に知られている。
「で、ここが例のハンター達のアジトってワケか」
 右手には愛用の黒光りした拳銃を携えて、アドは独りごちる。すぐそこにある湖の名前は知らないが、確かに見る目によっては綺麗に見えるのかもしれない。ただ、アドにとってはただの湿地帯にある湖にしか見えないのだが。
「あぁ、こいつぁ、間違いねぇんじゃねぇかい」
 すぐ隣にいるショウも、アドと同じように愛用の拳銃を右手に携えて頷いてくる。彼もアドと同じく湖にはあまり興味がないのか、視線は洞窟の奥を見つめている。
「ねぇねぇ、そこの湖、なんだかとっても綺麗だよー」
 そんな二人の後ろには呆けたようなリスティの声が聞こえる。だが、二人は彼女の言葉を無視してさらに続けた。
「ってか、これを洞窟って呼べるのかは疑問があんだけどな」
「呼ぼうと思えば、洞窟って感じがしねぇでもねぇんじゃねぇかい?」
 曖昧に頷いてくるショウの言葉には特に反応せずに、アドはゆっくりとその洞窟の中に足を踏み入れた。数歩踏み入れると、直ぐ目の前に壁が見えた。いわゆる、行き止まりである。
「あんな、洞窟ってのは普通、もっと奥行きがあるもんなんじぇねーか?」
「あー、ホントだー。もう行き止まりだね。これって、洞窟って言うよりも動物の棲み処って感じだよね」
 アドが漏らした言葉に反応したのは、予想外の人物――リスティだった。いつの間にかアドの隣にやって来ており、湖を見るのが飽きたのか、二人に無視されたのでこちらに来たのか、何にしてもリスティの言っている事は珍しく正論である。
 要するに、ここは洞窟と呼ぶには疑問符を浮かべざるを得ない場所だった。正直、洞窟と呼ぶよりは洞穴と言った方が正しい、そんな場所だ。その洞窟――もとい、ハンターのアジトの中にはいくつかの動物の死骸が積み重なっている。恐らく、ハンター達が狩った動物なのだろうが、何の目的があって狩ったのかは分からない。
「おいアド、こっちにバイオガンが転がってるぜ」
 ショウもアドと同じようにこのアジトの中を簡単に目を通したのだろう。ちょうど、アドと反対側からショウの声がする。言われてそちらに視線を向けると、バイオガンが一挺だけ、まるで放置されているように転がっている。他にもアジトの中を探索してみるが、怪しそうなところは見当たらない。収獲と言えば、バイオガンが一挺見つかった以外には何もない。
「誰もいないねー」
 敢えて、アドもショウもその事を口にしていなかったのだが、リスティがポツリと呟く。そう。このアジトの中には、誰もいないのだ。バイオガンが見つかった事と、狩られた動物がいる事を踏まえれば、ここがハンターのアジトである事は間違いなさそうなのだが、その肝心のハンターの姿が見当たらない。他に隠れられそうな場所もない為に、どこかに潜んでいると言う事もなさそうだった。
「引越しでもしちゃったのかな」
 可能性としては、この場所以外にも同じような洞穴が存在している事だった。ハンターの数が五人である事を考えれば、このアジトは少しばかり小さい感じがする為、この可能性はないとは言い切れない。
「残りのハンターは二人いるはずで、バイオガンも二挺あるはずだ。ここに一挺バイオガンがあるって事は、残りのハンターは二人で、バイオガンは一挺つー事になんな」
「それが何か意味あるの?」
 簡単に状況を整理したアドは、先程から何度か口を開いているリスティを全く無視してアジトの外へと足を向ける。この場所には、これ以上何もないと判断しての行動である。
「けっ、なぁにクール決め込んでるのかねぇ。リスティ、あんなヤツほっといて、ここは二人で探索と行こうじゃねぇかい。この洞窟のどこかに、隠し部屋かなんかがあるかもしれねぇぜ?」
 いちいちリスティに説明するのが面倒なだけのアドとは対照的に、ショウは自分からリスティに絡んで来る。ショウの場合、隠し部屋の探索以外にも下心がある事は明白だったが、リスティがそれに気づくはずもない。
「えー、でも、あたしこんな暗くてジメジメした場所にいつまでもいたくないなぁ」
 どのみち、外に出たとしても湿地帯なのだから湿気と言う意味では大差ないだろう。ただ、リスティの言うようにこの場所は陰湿であまり居心地の良い場所ではない事は間違いない。ショウは、一つだけ舌打ちをした後に、外に向かっているリスティの背中を追い掛けたのだった――。

 洞窟――ハンターのアジトから外に出ると、見知った顔がそこにいた。それが初対面だったならば、誰しもがハンターと見間違いそうなその風貌は、さながら大きな熊のようである。その男――ガウェインは、左手に大きなランチャーを携えて、無表情でこちら――アドの方に視線を向けていた。
「ん? やけに早いじぇねーか? んなに、手柄を横取りしてーってのか」
 言いながら、アドはいつものように大袈裟に肩をすくめて見せる。先程、別れる時言っていた言葉は、満更冗談ではなかったのかもしれない。この男も、よそ者であるアド達に事件を解決されるのがあまり好ましいとは思っていないのだろう。
「にしても、あんた一人か? あの班長は、こんな時でも本部でヌクヌクってか?」
 あの変わった口調の班長――チュンの表情を思い出しながら一人苦笑を浮かべるアド。人を見た目で判断するべきではないのだろうが、それでもあのチュンと言う男はおよそ現場には向いていないタイプに思える。確かに、班長だからと言って必ずしも現場へ出る必要がないと言うのも一理あるのかもしれないが。
「いや、本部には戻っていない。お前達が心配だったのでな。途中で引き返して来た」
 アドの冗談にもあまり取り次ぐつもりはないのか、ガウェインはいたって淡々とした口調で応えて来る。ただ、そんなガウェインの話には矛盾点が生じている事に、アドが気づかない訳がない。
「途中で引き返したって、ギュゼフや捕まえたハンターをフェリシア一人に任せたってのか? そりゃ、いくらなんでもマズイだろ?」
 言いながら、アドは半歩分だけ後ろに下がる。次の瞬間、目の前の巨漢から殺気が生まれた。アドは後ろ手にショウに合図すると、ショウはリスティを庇うように少女の前に移動した。アドとショウは、目の前の巨漢に細心の注意を払いながら、警戒を保つ。
「弱肉強食と言う言葉を知っているか? 弱者は強者に食われるのが自然の摂理。私はそれを実行したまでだ!」
 言い終わると同時に、ガウェインは地を蹴っていた。そして、次の瞬間には手にした大きなランチャーの銃口をアドに向けてくる。まだ引き金は引くつもりはないらしく、巨漢を揺らしてアドとの距離を保っているようだった。
「けっ、知ったような口抜かすじゃねぇかい」
 まだ引き金は引かない。アドとショウはそれぞれ愛用の拳銃を握っているが、二人もまた、ガウェインと同じように引き金を引くつもりはない。まだ相手が本当に自分達の敵なのかがはっきりしていない以上、迂闊に仕掛けることが出来ないのが正直なところだった。確信はあるが確証がないと言ったところだろうか。
「まったく。ロクでもない者ばかりの集まりなのだな、この反抗組織は。貴様等も、先程の負傷した男と、邪魔な女のように闇に葬ってやる!」
 言い終える前に、ガウェインは引き金を引いていた。だが、ランチャーから発射したグレネードは、アドやショウのいる場所からはかなり離れた場所で炸裂し、多少大地を揺るがした以外には何の結果も残さなかった。
「やっと正体を現したみてねーだな」
「けっ、ギュゼフともこれで永遠のお別れってかい……。てめぇ、冗談じゃ済まさねぇ!」
 同時に、アドとショウは手にした拳銃でガウェインを牽制する。もともと当てるつもりのなかったため、ガウェインは回避行動すらせずにそのまま突進してくる。左手に携えたランチャーはそのままで、アドに向かって距離を詰めてくる。ガウェインの想像以上の速さに、アドは舌打ちをしながら大きく横に飛び退いて巨漢との距離を取る。湖の近くの所為か、思った以上に地面がぬかるんでいるためにあまり踏ん張りが利かないが、それは相手も同じはず。いや、相手の巨体を考慮すれば、自分よりも不利な状況であろうことは想像に難くない。
「相手はアドだけじゃなく、こっちにもいるって事を忘れないでもらおうじゃねぇかい」
 ガウェインの注意がアドに向いた事を好機と取ったショウは、泥濘に足をとられかかっている巨漢の背後に回り込み、照準を合わせて引き金を絞り込む。ショウの正確な射撃は、巨漢の左腕に二発の弾丸を撃ち込む事に成功する。その隙に、アドも同じように大きな的に向かって弾丸をお見舞いしてやる。アドの狙いは巨漢の右腕。両腕を塞いでしまえば、あのランチャーを撃つ事が出来なくなる為、戦いが少しは楽になるだろう。いくら相手が巨漢とは言え、あの大きなランチャーを負傷した腕で扱えるはずはない。見ると、左腕に携えていたランチャーを地面に取り落とすガウェインの姿があった。握力低下で握っていられなくなったのか、はたまた役には立たないと判断して邪魔な武器を捨てたのか。どちらにしても、これでガウェインの遠距離からの反撃を封じた事になる。仮に、他に拳銃を隠し持っていたとしても、負傷した腕では照準を合わせる事は困難だろう。
「楽には死なせねぇぜ!」
 加減するつもりはないのか、ショウはさらに背後から三発の弾丸を見舞う。背中から左腕にかけて命中した弾丸は、そのまま巨漢の体躯にめり込んだままだ。
「だから、ぬるいと言うのだよ。分からんのか!」
 ガウェインは吼えると、地面に取り落としたランチャーを右腕に抱え込むと、その体躯からは想像出来ない速さで引き金を引く。これは全く予想していなかったようで、ショウは大きな舌打ちと共に地面を転げて回避行動を取るが、ランチャーから放たれた弾丸は、先程と同じように全く的外れな方向で炸裂して地面を揺るがすだけだった。二度も意味のない射撃をするガウェインに疑問を感じるアドだったが、すぐさま次の行動に移さざるを得ない状況に追い込まれてしまう。ガウェインが、ターゲットをショウからアドに移したからである。先程と同じように、素晴らしい反射神経で振り返るとアドに大きな銃口を向け、引き金に手を掛ける。
「わざと外してるって感じでもなさそうだな。あんた、そのランチャーを扱え切れていないみてーだな」
 回避行動を取らなかったアドだったが、三度、ガウェインのランチャーは見当違いの場所で大地を揺らした。アドの言葉に一瞬だけガウェインの表情に変化があったようだが、次の瞬間には再び無表情へと戻る巨漢に動揺の色はない。いや、違う。動揺の色がないのではなく、それを感じさせないだけで、実際のところはかなり切羽詰った状況なのかもしれない。何か要素があるからこそ、意味もなくランチャーを放って、接近戦に持ち込まないようにしているのではないか。
「残念だが、俺はアドみてぇに甘くない。手を抜くつもりはねぇ。覚悟してもらおうじゃねぇかい!」
 ショウは、愛銃の弾丸をありったけ巨漢の左腕に叩き込む。それだけでは済ませず、即座に薬莢を捨てると素早い動きで新しい弾丸を装填させ、間髪入れず再びありったけの弾丸を撃ち放つ。少々、冷静さを欠いているショウだったが、それでも照準を外さないのはさすがと言ったところだろうか。
「甘いのはそちらだと言っているだろうが。中途半端な覚悟では、命を落とすのはお前だ!」
 ショウの言葉に触発されてか、ガウェインはところ構わずランチャーを放ち始めた。これでは、直接グレネードに当たる事はないだろうが、地面に爆裂した弾みに負傷する可能性がある。アドは一度だけ、木の陰に隠れさせたリスティに視線を向けるが、幸い大人しくその場に留まっているようだ。幸か不幸かアドからの言葉ではなく、ショウからの言葉だったために素直に従っていると言ったところか。
「一時退避だ、ショウ!」
 さすがにこの状況下で応戦するのは危険である為、しばらくの間は木の陰に隠れてやり過ごすのが得策と見て、アドは頭を低くしながら近くの木の陰に退避する。さすがのショウも、ガウェインほど頭に血が上っていないようで、アドの言葉で我に返り、アドと同じように頭を低くして木の陰に退避する。
 十数秒だろうか。大地を揺るがせていた音がなくなったのは。ゆっくりと木の陰から様子を窺うと、弾が尽きたランチャーを地面に捨て、片膝をついて放心状態のガウェインがそこにいた。その瞳の色からは、戦意どころか生気すら見られないようだった。アドが眉根を寄せていると、ちょうどガウェインの背後の方から、数人の人影を確認出来た。どうやら、本部に待機しているはずのチュン班長および、アドル、ウエストのようだった。

 駆けつけたチュン班長達と合流したアド達は、事の次第を説明した。すると、チュン班長達もアドルとウエストによって分析した情報の結果、黒幕がガウェインである事を突き止めたのだと言う。その事をアド達に伝えるべく森へ向かう途中に倒れているギュゼフを発見し、ここの洞窟の事を教えてもらったらしい。その事を聞くと、ショウの表情が少しばかり緩んだのをアドは見逃さなかった。
「なに、彼なら心配ないアルよ。右足の負傷はかなりのものだったが、意識ははっきりしているし、命に別状はないアル。ただ、問題なのがフェリシアの方アル」
 言いながら、チュン班長の表情に翳りの色が生じる。ガウェインの話をまともに信用するならば、ギュゼフだけでなくフェリシアにも危害を加えており、少なくても無傷であることはありえない。ただ、ギュゼフがそれほど重症ではないと言うのだから、フェリシアにしても生命に関わる危険を伴っているとは思い難い。アド達を動揺させるためのガウェインの挑発だったのではないだろうか。
「あのねぇちゃんがどうかしたってのかい? ギュゼフの野郎が大丈夫だったんだ。ねぇちゃんだってなんともなかったんだろ?」
「いや。今、フェリシアは意識不明の重体だ。だから言ったんだ。天然の三次元女性なんて……」
 ショウの問い掛けに応えるアドルの表情は、口にしている言葉とは裏腹に明らかに彼女の事を心配している顔だ。
「んなことより、一体どう言う事なんだ? あのガウェインが全ての黒幕だったって、それってお前達O地区にとっても問題なんじゃねーか? それに、突然あいつがランチャー撃つのをやめた理由が良くわかんねーし。ただ、気になるのが、あいつは本気を出していたように思えないし、何か焦りみてーのを感じた。本当の事、そろそろ話してもいーんじゃねーか?」
 フェリシアの事が気にならない訳ではないが、今はこの事件の真相について聞き出す事の方が気になるアド。ガウェインとの戦いの中にも疑問に思える事が多々あった。その疑問を、目の前にいるO地区の二人は知っていて隠している、そう思えてならない。
「そうアルね。お前達には話しておくべきアルね。もう気づいているかも知れないアルが、ガウェインは元ハンターだったアルよ。その昔はその道では有名な凄腕のハンターだったアル。ただ、ある事件で右腕を負傷したのをキッカケに義手に換えて左利きへと転向して、結局、その事がヤツのハンターとしての人生に終止符を打つこととなったアル。普段は出来る限り誤魔化しているアルが、握力はかなり低下していて、まともに拳銃を握ることすら出来ないアル。定期的に薬を飲むことで一時的にそれも抑えられるアルが、副作用があって薬が切れると身体のほとんどの機能が停止して、一時的に仮死状態と同じになるアル」
 要するに、先ほどの戦闘中にその状態になったのだろう。恐らく、彼がランチャーを使用していたのは握力低下で拳銃を握る事が出来なくなったから。命中精度の低さも握力低下と関係がある事は間違いなさそうだった。
「確信はなかったんだけどな、今回の事件にはガウェインが一枚絡んでいることは薄々感づいていた。ただ、確証を得られない限り捕らえる訳にもいかないし、何だかんだ言っても仲間だからな。普段のガウェインの行動にそれほど怪しいところがあった訳でもないし、あいつを信用してやりたかったと言うのが本心でもある」
 そう言うのはアドル。恐らく本当に本心なのだろう。彼なりに分析していった結果だが、あくまでもそれはデータ上での事でしかない。確実にそうと分からない限りは無闇に行動に移すのは危険を伴う事になる。その事を十分に理解していたからこそのもどかしさを感じていたに違いない。
「けっ、これでこの仕事は終わりってことかい。なんか後味の悪い仕事だったけど、それなりに楽しめたから良しとしようじゃねぇかい。俺は一足先に帰らせてもらうが良いよな、班長さんよ?」
「別に構わないアルよ。後で報酬はそちらのボスに送っておく。今回、協力をしてもらって感謝するアル。それと、仲間を負傷させてしまいすまない。取り合えず、ギュゼフとフェリシアは病院に送っておいたから、良ければ立ち寄ると良いアル」
 ショウの視線からして、今の言葉はアドに向けられた言葉だったのだろうが、応えたのはチュンだった。彼もO地区の班長なのだし、今回の仕事は彼が仕切っているのだから、チュンの反応は間違ってはいない。
「あんま納得いかねーけど、了解したぜ。オレたちも帰らせてもらうかんな。おいリスティ、ギュゼフとフェリシアの見舞いに行くから着いて来い」
「そだねー。あたし、フェリシアちゃんのことが心配だよー。早く行こ!」
 話の重要さを理解しているのかどうか疑問に思えたが、リスティはアドの言葉に素直に従ってくれたようだった。正直、腑に落ちないことばかりの今回の仕事だったが、とりあえずはひと段落と言う事になりそうだった。

ミッション6 コンプリート

   

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