ミッション6『自然保護区』
第五回

 基本的に、B−Fogに所属している者がバイオガンを使用する事はない。彼等の武器は例外なく、実弾を発射する拳銃を愛用する。もちろん理由は簡単で、そもそもB−Fogがアンチバイオガン同盟なのがそれである。例外として、ウエストのようにバイオの力を研究するラボの息子がB−Fogの一員だったりと言った事も稀にあったりもするのだが、それでもそう言った者はほんの一握りの者に限られている。
 逆の事が、バイオガンを使用する者にも言える。バイオガンを使用する者は、ほとんどが拳銃を使用する事はない。その理由も簡単で、拳銃はバイオガンと違って扱いが難しいし、いちいち新しい弾丸を装填しなければいけない手間や、強力な拳銃ともなれば重量や大きさもそれに比例して大きな数字になってしまう。それに比べてバイオガンは軽量で且つ扱いやすい代物で、極端に言えば女子供でも操作方法さえ分かれば簡単に扱う事が出来てしまう。
 その為、余程の理由がない限りは、バイオガンを使用する者が拳銃を使用する事はないと言う事だ。これは世間一般でも広まっている常識であり、紛れもなくB−Fogや彼の知識の中にも当たり前として認識されていた。
「有り得ない」
 そんな彼が口にした言葉を、オウム返しするように口にしたその男の左手には、一挺の拳銃が握られている。
「確かに、一般的な考え方じゃ、有り得ないだろうけど、こうして実際に目の当たりにすれば、そんな言葉も考え方もなくなると思わないか? そうだろ、だって、自分の目で見たものが世の中の全てなんだからな」
 右肩から大量の出血は気にならないのか、男はゆっくりと彼――ギュゼフの方に歩み寄って来る。
ギュゼフは、右足に受けた二発の銃弾の痛みでその場にうずくまっている。ただし、視線だけは目の前の男から外す事はない。銃撃の衝撃で、右手の拳銃は地面に落としてしまった為、自分の足元に冷たく寝そべっている愛用の拳銃がある。傷口を押さえたところで出血が止まる訳でもないし、ましてや痛みが止まるでもないが、それでも無意識に右手で傷口付近を押さえてしまう。かろうじて、左手に持っている拳銃は握っていられたが、その握る手にも思うように力が入ってくれない。
 自分が油断をしたのか。
否――油断したつもりはない。単に、相手が想定外の行動を起こしたに過ぎない。相手が用意周到だったに過ぎない。相手が――。
「ただのハンターじゃありませんね……」
 そんな自分の言葉に、男の眉が僅かに動いたのをギュゼフは見逃さなかった。少なくても、自分の目の前にいるこの男はただのハンターであるはずがない。裏づけされる事は多々あるのだが、今の言葉で男が反応したのが何よりも証拠になるだろう。
「なに、俺はしがないハンターさ。狩るだけが生きがいの、一端のハンターに過ぎないのさ。この世は所詮、弱肉強食の世界! 強い者が弱い者を押し退けて生きていく! それが! 自然の摂理ってヤツなのさっ!」
 男には苦痛がないのだろうか。叫ぶ度に右肩の出血がひどくなってきている。何もしていなくても撃たれた足が痛いギュゼフとは、何が違うのだろうか。これも、この男が言うように強い者と弱い者の差なのだろうか。これが、自然の摂理なのだろうか。ギュゼフは目の前の男に銃口を向けられて、否応なくそれを意識してしまう。こんな所で自分が――。
いや――こんな所で自分は――。
「負けられませんっ!」
 男がトリガーを引くのとほぼ同時に、ギュゼフは右に跳んでいた。痛みのある右足では踏ん張りが利かない為、仕方なしに左足で地面を蹴り、横に跳んだと言う訳だ。右手は湖の為、いざとなると逃げ場がなくなる可能性が大きかったが、今はそんな事を言ってはいられない。
 まさか、この状況で避けるとは思っていなかったのだろう。男は今までギュゼフがいた場所に数発の射撃を行うだけで、横に跳んだギュゼフに反応出来ていなかった。その一瞬の隙を見て、ギュゼフは左手に携えた拳銃に右手を添えて、出来る限り安定させてからターゲットを捕捉する。狙いは――。
「んのっ、野郎っ!」
 男は短く舌打ちして、左手に持った拳銃を地面に落とす。それと同時に、左肩からの出血が衣服に滲んでいくのが分かった。ギュゼフが狙ったのは、男の左肩だった。既に右肩を負傷している男の右腕は使い物にならない為、ここで左肩を負傷させれば両腕が使い物にならなくなる為、少なくても拳銃での反撃をされないで済む。思うように動きが取れなくとも、相手からの反撃が来ないのであれば、まだ勝機はある。
「生憎と、私は相棒と違って諦めが悪い男なんですよ」
 ギュゼフは、全身黒ずくめの相棒の事を思い浮かべながら微苦笑を浮かべる。ただし、相棒は自分のようなミスをするような事はない、と胸中で付け足しておく。
(さて、どうしたものでしょうか。これ以上の長期戦は私にもあまり条件が良いとは言えないですね。それにしてもこいつ、一体どんな体力をしているのですか)
 両腕から出血をしているにも関わらず、平然とした表情の男に胸中で毒づきながら、この戦況をどうにかしようと考えるが、どうにも良い考えが浮かんでこない。これも右足の負傷のせいなのだろう。心なしか、意識まで揺らいでいるように思える。
「拳銃なんてなくても、お前のような小僧相手に!」
 男がいきり立ってギュゼフに歩み寄って来る。だが、次の瞬間には男は目の前で転倒し、地面に這いつくばっていた。そして、その男の上には――。
「レオンっ!」
 右手に愛用の黒光りした拳銃を握って、触覚の生えた男――アドは、ハンターの男を完全に拘束していた。軽く関節を極めているのだろう。男の腕が不自然な方向に曲げられて、出血がさらに酷いものになっている。そんな事にも構わずに、アドは口の端を吊り上げながら皮肉気に呟いてきた。
「ご機嫌そうじゃねーか。オレの分まで残してくれっとはな」
 そう言うアドの表情は、あまり機嫌が良さそうではない。そんなアドに対して、ギュゼフは何とか平静を装いながらゆっくりと呟く。
「もう一人、森の近くにいたはず……です」
 言われて、アドは森の方に視線を向けるが、人が潜んでいるような気配はない。
「いねーみてーだぜ。逃げたのかもしれねーな」
 アドは、自分の下敷きになっているハンターを拘束しながら呟く。どうやら男は既に意識を失っているようで、微動だにしなかった。この出血量からして、もしかしたら絶命している可能性もあるが、見た目だけでは判断出来そうにない。
「にしても、ハンターが拳銃を持ってるとは思わなかったんじゃねーか? って、意外そうな顔してんな。オレを誰だと思ってんだ。あんだけ銃声が聞こえれば、オレじゃなくたって分かるようなもんだぜ」
 大袈裟に肩をすくめながらアド。
「いえ。別に……なんでもありません」
 アドの言葉に何かを言おうと思ったギュゼフだったが、言葉を切る。どうやら、自分はこの辺で限界のようである。出血の所為か、先程よりも意識が揺らいでいく。アドが再度、肩をすくめる姿を見たところで、ギュゼフの意識は完全に途切れてしまった――。

「けっ、一人で旨い汁を飲もうとするから、こんな事になったんじゃねぇかい?」
「ギュゼフ、寝てるだけだよね? 大丈夫なんだよね?」
 数分後。アドの後からついて来たショウとリスティ、そしてフェリシアの三人が、ようやくアドの元に辿り着いていた。気を失ってかなり弱っているとは言え、そのままにしておくのは危険だったハンターを動けないように拘束し、その後にギュゼフの怪我の治療をしたアドの元に辿り着いた三人は、ギュゼフを見るなりそれぞれの反応をする。フェリシアに至っては、驚きで声を失ってしまっているようである。
「応急処置はしといたが、このままじゃマズイな。まずは、右足の弾丸を取り除かねーと」
 常備している携帯用の治療薬で止血はしているが、撃たれた弾丸が右足に残ったままのはずである。早いところ病院に行って弾丸を取り除かないと、ギュゼフの身の安全を保障出来なくなってしまう。
「あ、そ、それならっ、急いで本部に連れて行った方が良さそうですよー! ああ見えて、本部には簡易手術室が設けられてるんですっ! アドルがそう言うの好きだから、勝手に作っちゃっただけなんですけど。あ、一応、アドルって元お医者さんだったらしいんですよー?」
 表情は硬くなっている割には、いつも通りのマイペースなフェリシアからはあまり緊張感が伝わって来なかったが、彼女なりに真剣になっているのだろう。左右の手をパタパタしながら慌てている仕草が、彼女の心中を表しているのだろう。
「っても、ここは本部からどれぐらい離れてんだ? オレ達、だいぶ走ったかんな。急いで戻った方が良さそうだ」
 アドは、包帯を巻いた右足から再び血が滲んできているのを確認しながら緊張を走らせる。
「けっ、その前にっ! そこっ!」
 言うが早いか、叫んだショウは森の方に銃口を向けてそのままトリガーを引く。銃声と共に一発の弾丸が発射され、それは森の中に消えて行く。ただの威嚇のつもりだった為、手応えがない事は気にせず、ショウは咄嗟にリスティの方に一歩近づいた。瞬間、森の中から現れたハンターがリスティを狙い撃ちして来た。森の中から機会を窺っていたのか、正確な射撃がリスティを襲い掛かる。だが、一瞬のうちに危険を察知していたショウはリスティに抱きつくように彼女に迫る危険から文字通り身をていして護ってみせる。ただし、勢いをつけていた為、そのまま地面に転がってしまいその後の反撃を行う事が出来なかったのは致命的なミスであったと言えるだろう。
「森にいたもう一人か! 逃げたと思ってたら、んなとこに隠れてたか!」
 舌打ちするアドだったが、それと同時に懐のホルスターにしまっていた相棒を取り出している。だが、そんなアドよりも先に動いている人物がいた。
「隠れて人を狙うなんて、卑怯者!」
 そう言って放った彼女――フェリシアの射撃は思った以上に正確で、森から現れたハンターの顔の横をすり抜けて行く。アドと同じぐらいに予想外に思ったのか、森から現れたハンターは今の射撃に一瞬だけ動きを止めていた。だが、その隙を見逃すアドではない。相手の動きが止まったほんの一瞬で、森から現れたハンターとの距離を縮めていた。アドが自分の間合いの範囲にハンターを捉えた頃、ようやく動き出したハンターだったが、時既に遅し。
「奇襲なんてのは、成功率の高い時にしかするもんじゃねーぜ!」
 アドの放った弾丸は、ハンターが手にした拳銃に命中する。その衝撃にたまらず手から拳銃を落としたハンターは、舌打ちをしながら一度だけ右手を押さえて、落とした拳銃を拾おうと身体を曲げる。だが、ハンターがその拳銃を手にする事は叶う事ではなかった。ハンターの意識が完全にアド一人になっていた時点で、彼の負けは決まっている。そもそも、アドが言ったように、本来、奇襲とは成功率が高くなければ意味がない。それを、一人でやろうとしている時点で勝負は決まっていたようなものだ。
「男には、手加減はしない趣味でね。ギュゼフの敵を取らせてもらおうじゃねぇかい」
 ハンターの死角から後ろに回り込んでいたショウの声に振り向いたその男は、その顔面に渾身の一撃をお見舞いされて、文字通り吹き飛ばされる。ハンターの身体が地面に落ちた時、既に男の意識はなくなっていた。
「けっ、鼻血が手についちまったじゃねぇかい」
 右手を閉じたり開いたりするショウは、拳についたハンターの血を見て毒づいてみせる。
「やるじゃないか。見事な手前だったな」
「なっ!」
 毒づくショウの背後に突然生まれた気配に、ショウは反応しきれなかった。完全に不意をついたその行動は、それこそ奇襲と呼べるのではないだろうか。一瞬で防御態勢を取って覚悟を決めたショウだったが、自分の身に危険が迫る気配はなかった。見ると、そこには一人のハンターを背負った大柄な男――ガウェインの姿があった。

 二班に分かれてハンターの足取りを掴もうとしていたアド達は、結局のところ全員が一箇所に集まっていた。途中、二班の中でメンバーチェンジされていたり、単独行動をしていたりと言った問題点もあったが、結果的にはそれぞれがハンターを捕まえているのだから、必ずしもそれが問題点だったとは言いがたいのかもしれないが。
「で、状況を整理すっと、こんな感じか」
 合流したガウェインを含めた計六人を前に、アドはこめかみ辺りのバンダナに指を当てながら考えるようにゆっくりと呟いた。まずは、仲間のうち負傷者が一名――ギュゼフが――出てしまった事。幸い命に別状はないが、右足に入り込んでしまっている弾丸を取り除かなければ、彼の今後の人生に関わってくる。運が良かったのか悪い事はこの一点のみで、他は全て彼等に有利な状況まで事が運んでいた。
 ハンターを三名捕縛する事に成功し、それぞれのハンターが所持していたバイオガン二挺と拳銃二挺を回収。このレインボーレイクを荒らしていると言うハンターの人数が全部で五名で、バイオガンの所持数は四挺と言うデータが出ているらしいので、残りのハンターは二名で、バイオガンも残り二挺と言う事になる。ただし拳銃の所持数は不明で、今回捕まえたハンター達も所持していた事を考えると、残りの二人も拳銃を所持している可能性は高い。
「後は、俺がこのハンターから聞きだした、こいつらのアジトはこの湖のホトリにあると言う事だ。あとは、アジトに乗り込んでハンター二人とバイオガン二挺を回収するだけだな。それだけならば、お前達L地区の者だけでもこなせるだろう。俺とフェリシアは一旦、負傷した彼を連れて本部に戻る事にした方が良いだろうな」
 言いながら、ガウェインはみんなの返事を待たずに捕まえたハンター三人を背負い、さらには負傷したギュゼフまでもを担いで森の方に歩みを進める。
「ちょっ、待てって。ってか、あんた一人でんな人数を担いで……化けもんかよ!」
「けっ、こいつぁ、とんだ力自慢だったって訳じゃねぇかい」
 そんなガウェインに、アドとショウが目を丸くしてしまう。確かに、ガウェインの体格はまるで山男のように大きいが、さすがに人間一人の力で四人の大人を持ち上げられてしまうとは、常識では考えられない。ましてや、四人のそれぞれが中肉中背以上の体格の持ち主にも関わらず、難なく担いでしまっているのは、目の前で見てもにわかには信じがたい事実である。
「あ、ガウェインさんの右手はー、こう見えても義手なんですよー。だから、こんなに力持ちなんですよー。すっごいでしょー」
 まるで自分の事のように話をするフェリシアは無視して、アドは小さく溜め息をついてみせる。
「出来れば、こいつよかそっちのヤツの方が役に立ちそうだから、交代してくんねーか?」
 この数回の戦闘を見た限りでは、リスティとフェリシアとではどちらが役に立つのかは一目瞭然だ。少なくても、リスティが来るよりはフェリシアに来てもらった方が、戦闘の手助けにはなるだろう。ただ、本音を言わせてもらえば、ここは自分とショウだけの方がミッションの成功率は高い事は間違いない。
「なんでぇ、チーム組んでるうちに、そっちのねーちゃんを好きになっちまったってかい?」
 ショウが後ろから冷やかしを言って来るが、ここは無視をしておく。そんなショウの言葉にフェリシアが両手を頬に当てて顔を赤くしているが、これも無視をしておく。
「俺に意見をするとは、お前も中々のものじゃないか。だがな、ここは俺の指示に従ってもらう。ここはO地区であって、俺の管轄だ。人の庭で自分の思うように行動出来ると思わない事だな。分かったならば、早急にハンターのアジトに向かってくれ。俺は、彼の手当てをする為に、フェリシアと一緒に本部へ戻る。なに、お前達がもたもたしていれば、後から俺が合流して手柄を横取りしてやるさ」
 ガウェインの言葉は少しばかり癪に障ったが、それでも納得出来ない言葉ではない。彼の言い分も分かる話で、今のアド達は手助けとしてこのO地区のミッションに加わっているのだ。いくらアドがL地区の班長だからと言って、このミッションに口出し出来る権限など持っていない、と言う事だ。
「分かったよ。ったく、オレを誰だと思ってんだ。あんたが合流する前に、とっととハンターを捕まえに行くとすっか。ショウ、リスティ、遅れんじゃねーぞ」
 一度だけわざとらしく大きく肩をすくませたアドは、仕方がなさそうにガウェインの言う通りに従う事にする。最後に、一言だけ加えて、アドは湖のホトリの方に向かったのだった。
「ギュゼフの事、よろしく頼むぜ」
 と。

      

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