ミッション6『自然保護区』
第四回

 思ったよりも木々が生い茂っており、それはハイキングコースから離れれば離れる程、そう思えた。獣道の一つもない為に、ハンターどころか動物ですら通った形跡が見られない。本当にこの一体に危険なハンターが狩りを行っているのかと言う疑問すら浮かんでくる。だが、今の彼にはそんな事はどうでも良かった。
「ここまで来りゃ、誰も邪魔しねぇんじゃねぇかい」
 周囲を見回しながら一人呟くのは、全身を黒い衣服で包んだショウである。春夏秋冬、どんな季節であろうと長袖を着用する彼には、ある種のポリシーを感じさせる。いつも羽織った黒いジャケットの下には、いかなる時にも多種多様の弾丸を持ち歩いているが為に付いたあだ名は『歩く弾薬庫』。彼自身、そのあだ名は嫌いではなかった。
「ん〜? 何か言ったー?」
 相手に聞こえないように呟いたつもりだったのだが、どうやら自分で思っていた以上の声量があったようだ。ポニーテイルの少女は疑問符を浮かべながら小首をかしげている。ここまである程度小走りになっていた為に、多少息を切らせて肩で息をしている。元々あまり体力のない彼女を走らせたは、あまり好ましい事ではなかったのかもしれない。
「んやぁ、何でもねぇぜ。リスティの空耳じゃねぇかい?」
 自分ながら苦しい言い回しとは思ったものの、目の前の少女――リスティは何の疑問もなく納得してくれたようである。
「ん〜、そっか。あたしの空耳だね、きっと。それよりも、そろそろ休憩しない? もうあたし、疲れちゃったよー」
 言いながら、周囲を見回して適当に休めるような場所を探してみる。だが、残念ながらこの辺には腰を下ろして休めそうな場所はなかった。一瞬、草が生い茂った地面に視線を向けたが、さすがのリスティもこの湿った地面に座ろうとは思わなかったようだ。
「けっ、そんな事言っても、こんなところじゃ休む場所もねぇじゃねぇかい。いっその事、俺の膝にでも――」
 そこまで言ったショウの言葉が途切れる。折角、ガウェインを巻いてリスティと二人きりになったと思ったのだが、彼の耳に何か嫌な予感が入り込んで来たのだ。その嫌な予感は、紛れもなく銃声だった。聞こえた大きさからしてもそれほど遠くからのものではない。銃声は数発だけ響いた後に鳴り止んだ為、もしかしたら軽い威嚇射撃でもしたのかもしれない。
「けっ、銃声かよ。こんな時に邪魔しねぇでも良いじゃねぇかい」
 聞いた話によれば、ハンター達が所持しているのはバイオガンのみだと言う。そうなると、聞こえてきた銃声はB−Fogの誰かが放ったものと言う事になる。一番可能性が高いのは、自分達とは別行動をしているアド達だ。聞こえてきた銃声は二種類だった為、放ったのはアドとギュゼフの二人の確率が高い。一緒にいるフェリシアだとか言った女性が放った事も考えられるが、彼女を見た目だけで判断するならば、リスティよりも頼りにならなそうな雰囲気だった。
「え、なに? 何か聞こえたの? あたしにはなんにも聞こえなかったけどなー」
 特に周囲に気を使っていなかったリスティには、今の銃声は聞こえていなかったようだ。確かに、注意をしていなければ聞こえないような大きさだったのかもしれない。聞こえたのは、ショウの耳が良い事と彼が弾丸マニアだった事は少なからず無関係ではないだろう。
 なんにしても、意味もなく発砲するはずはない為に、少なくても近くにハンターがいる事は間違いない。それは即ち、この場所の近くにもハンターが潜んでいる事も考えられると言う事だった。正直、実戦となるとリスティの腕はあまり頼りはならないだろう。ここ数ヶ月、ショウが銃の訓練と称してリスティと二人で通っている射撃場でのデートで、以前よりは銃の腕を上げているリスティだったが、それでもまだ実戦で役に立つレベルにまで達しているとは思っていない。
「近くに敵がいるかもしれねぇ。良いか、俺から離れるんじゃねぇぞ」
 ショウはここぞとばかりに真面目な表情でリスティに告げる。それを聞いたリスティは、素直に頷いてショウの近くに待機する。もう数センチで身体が触れてしまうのではないかと思う程の距離からか、芳しい香りがショウの鼻腔をくすぐる。香水マニアでもあるリスティは、いつも違った種類の匂いのものを身につけているが、今回も例外ではなかった。今までにあまり嗅いだ事のない香りは、ショウの理性を容赦なくくすぶっていく。
「けっ、さすがにこんな時に、そんな事考えてる暇はねぇってかい」
 頭を大きく左右に振るショウの行動は、リスティには疑問に思えただろう。だが、今はそんな事を構っている場合ではない。近くにハンターが潜んでいる可能性がある以上、周りに注意を向けなければならない。考えながら、一度指を舐めてから風の向きを確かめたショウは、先程聞こえた銃声の方向におおよその見当をつける。あの銃声の後には他の銃声が聞こえてきていない事から、銃口を向けられた相手はその場から走り去った事が予想される。ただし、バイオガンは発砲した時には銃声が聞こえる事はない為に、銃口を向けられた相手――ハンターが反撃をした可能性はないとは言えない。そして、その発砲によって相手が死傷してしまったが為に、続いて銃声が響かなかった。
「けっ、なんて想像してんのかねぇ、俺はよぉ」
 一つの可能性としては考えられる事だが、まず間違いなくその考えは正しいとは思えない。アドやギュゼフがそんなヘマを踏むはずはないと信じているからこそ、なのだが。
と。ショウが思考を巡らせていると、不意に何かを報せる大きな音が鳴り響いた。それは自分のすぐ後ろにいるリスティから放たれたものであり、それが何を報せる音なのか、ショウには分かっていた。
「けっ、ビンゴってかい! 気をつけろ、近くにハンターがいるはずだ!」
 次の瞬間。ほとんどショウが言い終えるのと同時ぐらいに、近くの木々が揺れて、彼らの少し離れた場所を人が走り抜けて行ったようである。この大きな音――バイオガン感知器の反応は気にしていないのか、バイオガンを持った相手はその場を走り去って行ってしまったようである。
「けっ、俺を無視するたぁ、良い度胸じゃねぇかい。リスティ、後を追うぞっ!」
 言うが早いか、ショウは湿った地面を蹴って走り出したのだった――。

 あまり意識せずに自分のペースで走っていたのだが、その直ぐ後ろを離されずについて来る彼女を気配で感じ取りながら、アドは胸中で独りごちる。
(ボケはリスティ以上だが、体力もリスティ以上みてーだな。ま、そっちの方が都合が良いが)
 これが、一緒について来ているのがリスティだったならば、少なからず自分のペースで走る事は出来なかっただろう。彼女の体力も知っているし、運動神経が鈍いのも理解している。おおよそ、こう言った仕事には向いていない彼女だが、このフェリシアにはそれなりの適応能力があるようだ。少なからず、O地区の中でもただの数合わせとして存在している訳ではなさそうだ。
「もう少しペース上げんぞ。ついて来れっか?」
 チラリと後ろに視線を向ける仕草をして声を掛ける。ギュゼフがハンターを追う為に先行してからそれほど時間が過ぎた訳ではなかったのだが、思った以上に距離を離されてしまっているようだった。これだけ走っても追いつかないのがそれを物語っている。
「えっと、もう少しなら大丈夫ですよー」
「よし、んじゃ、少しだけペース上げっかんな。にしても、さすがはギュゼフだな。オレ達が後を追い易いように、ちゃんと目印を置いて行ってんだかんな」
 先程よりもペースを上げて走りながら、アドは地面に等間隔に落ちている目印に視線を落とす。直ぐに自分の足元から遠ざかっていく目印は、しばらくするとまた直ぐに足元に現れる。先行したギュゼフは、アド達が後を追って来る時に、どちらに行ったのか分からなくならないように、地面に目印を落としてくれていたのだ。こんな場面になる事を予測していた訳でもあるまいし、偶然に過ぎないのだろうが彼が目印にしたものは今回の追跡にはもってこいの物と言えるだろう。こんな草むらを走る時に小さな目印では発見するだけでも一苦労だが、かと言ってあまり大きな物では携帯性に難がある。ギュゼフの改造好きの賜物なのだろうが、アドが追跡している目印はそれだけでは片付けられない物なのかもしれない。
「あのー、さっきから気になってるんですけどー、地面に落ちてるあれー、なんなんですかー?」
 お気楽な声で疑問符を浮かべるフェリシアは、先程よりもペースを上げたと言うのにしっかりと後をついて来ている。もっとペースを上げても後をついて来てくれるのではないかとですら思えた。
「これはギュゼフが改造した秘密のアイテムだ。多分、バイオガン感知器を改造したんだろーけど、オレ達が持ってる銃に反応してんだ。本来音を発するバイオガン感知器を、発光するように改造したんだろーぜ。ま、そのおかげでそれほど気にしねーで追跡出来んだけどな」
 言いながら、アドは地面で発光している目印に向かってさらにペースを上げる。
「ふーん」
 あまり納得していないようだったが、これ以上説明する意味もないだろう。正直、フェリシアが納得しようとそうでなかろうと、この追跡に何かが影響するとも思えない。
 ペースを上げたせいでもないだろうが、走り続けているアド達の前に人影を発見する。その人影は、残念ながら先行しているギュゼフのものではなかったが、最悪の相手でもなければ、最良の相手でもなかった。
「ショウ、こんなとこで何してんだ?」
「けっ、そいつぁ、こっちのセリフじゃねぇかい? 見りゃ分からねぇかい。俺ぁ、リスティとハンターを追跡してるんじゃねぇかい」
 同じ班のガウェインの姿がないのが気になりはしたが、何かの作戦なのだろうか。
「あ、アドにフェリシアちゃん」
「そいつは大変なこったな。それにしては、全力じゃねーみてーだな。こんなんじゃ、いつハンターに追いつけるか知れたもんなじゃねーな?」
 どう考えても、ショウがリスティを気にして全力で走っていない事は目に見えていたが、そこをあえて指摘してみるアド。
「けっ、たかだがハンターごときに、全力出す必要もねぇじゃねかい? 生憎と、俺は疲れるのは嫌いなもんでねぇ」
 素直ではないショウだが、それは今に越した事ではない。アドは走りながら軽く肩をすくませて見せると、軽く後ろを指してからショウに促す。
「ハンターはオレが追うから、ショウは後ろの二人とあとからついて来てくれ。お前にとっちゃ、そっちの方が好都合じゃねーか?」
 その役割が逆の立場だったら、その役割を自分が全う出来る自信はアドにはない。相手がショウだからこそ、女性との馴れ合いには快く承諾してくれるだろうと見越しての提案なのは言うまでもないが。
「けっ、そいつぁ願ってもねぇ事じゃねぇかい? 仕方がねぇな。今回はハンター退治は班長さんに譲ってやらぁ」
 ショウの本音はどちらか分からないが、少なくてもハンター退治をしたいと言うのは嘘ではないだろう。これが、後にいる二人が男だったならば、迷う事なくハンター退治の方を取っただろうが。
「んじゃ、後は頼んだぜ」
 思ったよりも話がスムーズに進んだ事に満足感を覚えたアドは、軽くショウに合図をしてから大きく地面を蹴った。軽くぬかるんだ地面は走りづらかったが、それでも全力で走る事にそれほど影響は与えないだろう。しばらく走り続けていると、眼前に湖の影が見えて来る。先程から木々ばかりを目にしていた為にすっかり忘れていたが、ここはレインボーレイクだったのだ。大小七つの湖が存在するこの場所の、一番大きな湖が目の前に広がっている。一つ一つの名前までは記憶になかったが、確か一番大きな湖はヘッダースタジアムの三つ分だと言う話を聞いた事があった。
「少なくても、湖を一周しようなんて思うヤツはいねーな」
 言いながら、ギュゼフの目印の間隔が先程よりも広がっている事に気が付く。考えてもみればこの目印だってどこかに携帯していたはずなのだから、それほど多く持っていたとは思えない。走ってきた距離を考えても、そろそろ持ち合わせがなくなっていてもおかしくはない。ならば、ギュゼフとしてもそろそろケリをつけたいと思っているに違いない。
「近いな」
 ホルスターから拳銃を取り出しながら、アドは緊張を高めた――。

 追跡してどれぐらい経っただろうか。周りにある木々と地面のぬかるみの所為もあって、全速での追跡までには及ばなかったが、相手を見失うと言う最大の過ちを犯すには至っていない。後から追跡してくるだろうアドの事も考えて、ここに来るまでの間、目印としてバイオガン感知器を改造した発光装置を地面に落としていくぐらいの余裕はあった。
(それにしても、妙ですね。相手は少なからず、私よりはこの場所には慣れているはずなのに。撒こうと思えばいくらでも撒けるはずなのに)
 胸中で毒づきながら、ギュゼフは湖を右手にして銃を両手に携える。基本的に、逃げている相手は自分に勝機がある確信がない限り、少なからず動揺をするはずである。心理的に、追われる者は追う者よりも気持ち的に追い詰められるものだと言うのは彼の意見だ。
「へっ、おめでたいヤツだぜ。これぞ、飛んで火に入るなんとやらっ!」
 先程までギュゼフに背中を見せるだけだったハンターが、不意にこちらを振り向いた。最も悪役に相応しい台詞を口にすると、そのハンターは右手に持ったバイオガンの銃口をギュゼフに向けてくる。だが、ハンターがギュゼフに照準を当てる前に、手にしたバイオガンはハンターの手の中からなくなっていた。自分の的確な射撃により宙を舞うバイオガンには目もくれずに、ギュゼフは地面を蹴った。湖が近いだけあって、先程までの地面よりもさらにぬかるんでいる為、あまり強く地面を蹴ると足を取られかねない。その事を十分に注意しながら、ハンターとの距離を先程よりも縮める。
「丸腰で戦う気力はありますか?」
 右手に持った拳銃でハンターに照準を合わせながら、ギュゼフは相手に問い掛ける。それとほぼ同時に、ハンターが手にしていたバイオガンが彼の数メートル後ろの地面に音もなく落ちた。バイオガンは通常の拳銃と違って軽量な為、誰にでも簡単に扱いやすいと言う利点がある。だが今は、ハンターにとってそれが逆効果になってしまったようだった。軽量が故に、滞空時間が長い為に思った以上に遠くに飛んでいってしまったからだ。
「へっ、あの世に行っても、おめでたい事言ってな!」
 次の瞬間、ギュゼフの左手――即ち、森がある方から殺気が生まれた。森に潜んでいたもう一人のハンターが、ギュゼフに向けてバイオガンを構えているところだった。バイオガンの射撃は実際に弾丸が飛ぶ訳ではない為に、その弾道を読む事は出来ない。言うなれば、隠れた場所からの不意打ちにはもってこいの武器であり、不意打ちを食らった相手は間違いなく、バイオガンの射撃からは逃れる事が出来ない事を意味する。
「くっ……」
 舌打ちするギュゼフだったが、表情には余裕があった。目の前のハンターの怪しい含みから、ある程度何か隠し球を持っている事は予測していたが、もう一人潜んでいる可能性がある事もまた、予想の範疇だった。バイオガンの射撃が無音だったとしても、その撃ち手が無音である事はありえない。加えて、ターゲットを狙う時の殺気は意識しない限りは消せるものではない。ようするに、持っている兵器が戦略を左右したとしても、必ずしもそれが実戦での決め手になるとは限らないと言う事だ。
 右手に持った拳銃をハンターに向けたとほぼ同時に、左手に持った拳銃を森の方に向けていたギュゼフは、目の前のハンターが口を動かすとほぼ同時ぐらいに左手に持った拳銃のトリガーを引いていた。左手に持った拳銃はギュゼフ自慢の改造銃、ベレッタM92F改。弾奏を増やす事はもちろん、握りやすさを含めた扱いやすさ、さらには専用のオプションを付ける事が出来るようにも改造を施してあるのだ。そして、今のベレッタM92F改に取り付けてあるオプションは、バースト機能を持った彼の自信作。通常の3点バースト機能の銃からヒントを得て製作したこのオプションは、4点バースト機能を実現させる事に成功している。トリガーを一度引けば、銃口からは四発の弾丸が発射される仕組みになっており、弾奏を増やしている事により弾切れを少しでも抑える工夫も凝らしている。
「挟み撃ちしそうな事ぐらい、想定内です。私にとっては、1対1でも1対2でも大差ありません。特に、あなた方ハンターなんかには、ね」
 森に潜んでいたハンターが右肩を左手で抑えながら、ゆっくりと姿を現す。殺気だけを頼りに射撃したのだが、上手い事相手に命中してくれたようだった。右肩以外にも数発、身体に命中しているようだったが、致命傷には至っていないらしい。だが、右肩の傷は致命傷のようで、もうバイオガンを握る事は出来ないだろう。
「へっ、おめでたさに、ヘドが出るなぁっ!」
 無傷な目の前のハンターは、ギュゼフを睨み付けながらなおも余裕の笑みを浮かべる。その笑みの理由は、次の瞬間、ギュゼフの身に直接答えを与えたいた。
「なっ、拳銃なんて……あり得ない」
 目の前のハンターは、左手に持った拳銃でギュゼフの右足に二発の弾丸をお見舞いしたのだった――。

      

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