ミッション6『自然保護区』
第三回

 基本的に、自然は嫌いと言う事はなかった。むしろ、都会然としている場所よりは自然の方が自分には合っているのかもしれない。そんな事ですら、思えなくもない。ただそれが、自然が好きだと言う事には繋がらない。なぜならば、嫌いではないイコール好きにはならないからだ。少なくても、彼の考え方はそうだった。
「にしても……何とかなんねーのか、この草むら」
 自分の膝小僧の辺りまで生い茂っている草むらを掻き分けながら、一人愚痴をこぼしたのは言うまでもなくアドである。基本的には観光客が歩く為に作られたハイキングコース以外の場所は、人の手が加わっていない為に草木は好き放題に生茂っている。所属する全員が自然愛好家と言うO地区支部の面々が草木の手入れと称して、ある程度手が加わえている場所も存在するようだが、たった五人で出来る事と言えばそれほど広い範囲ではないのは分かりきっている。実際、今アドが歩いている場所はほとんど手が加わっていないようで、湖の近くの所為か足元が湿っていて不安定である。
「えっと、この辺はあんまり来ない場所なんですよー。ほらー、ハイキングコースからもちょっと外れちゃってるでしょー?」
 アドの独り言ともつかぬ呟きに、背後からのんびりした口調で応えて来る声が耳に入る。決して、耳ざとい声とは言わないが、そののんびり過ぎた口調はリスティのそれの群を抜いていた。
 フェリシア・ターン。B−Fog O地区支部所属の女性である。薄茶色の少し長めの髪の毛は、いわゆるおかっぱに切られており、正直あまり似合っていない。女性の割には服装には無頓着なのか、下は長靴から少しくたびれたジーンズ姿で、上は黄色いTシャツに黒いジーンズを羽織っている格好である。格好だけ見れば活発なイメージが沸いてきそうだが、生憎と彼女の性格はその言葉とはかけ離れていた。
「ようするに、ハイキングコースの周辺しか整備していない、と言う事なんでしょ?」
 そんなフェリシアに呆れた表情でギュゼフが肩を落とす。
アド達は現在三人で行動をしていた。いわゆる一斑と名付けられた彼等のチーム構成は、L地区からはアドとギュゼフ。O地区からは、今泥の地面に足を取られて転びそうなフェリシアの合計三人である。
 扉の外から小屋に現れた怪しいハンター姿の大男の正体は、このO地区支部のメンバーの一人であるガウェイン・テーマだった。外見から見ればハンターにしか見えない彼だったが、それもそのはず、彼はその昔ハンターをしていたと言うハンターOBなのだ。それがどう言う心変わりか、今では自然愛護に尽力していると言うのだから、世の中分からないものである。
 何にしても、L地区支部の面々は、ハイキングのつもりで訪れたこの場所は、既に仕事場になっており、またしてもボスの口車に乗せられてしまった訳である。加えて、人の話をロクに聞かないチュン班長の命により、L地区とO地区で混合の班を編成し、今現在この三人でハンター達の足取りを調べているところなのだった。
「にしても、相手の目的が分かんねー以上、無闇に探したって意味がねーような気がすんぜ」
「いぃえー。そんな事はないですよっ! えっと、ほらー、班長も言ってましたけど、ハンターの目的は、えっと、森をなくす事と動物達の毛皮を収集する事なんですよー。あたし、そんな悪い人を野放しにしといちゃ、絶対にダメだって思うんですよー」
 本人は握りこぶしを作って怒りを表現したいのだろうが、彼女の口から漏れた言葉には迫力が感じられない。これでは、幼稚園児のお遊戯会の演技よりもレベルが低いではないか。そんな彼女を見ていたら尚更やる気がなくなってきたアドである。
(んな理由だけで、ハンターがバイオガンを利用するかっての。言っとくけどな、今じゃバイオガンは一般的には入手は困難なんだ。ほんの数ヶ月前ならまだ、んな幼稚な理由でも納得してたかもしんねーけど、今はんな状況じゃねーんだ。ハンターが持ってるって言うバイオガンの入手経路、少なくてもこれだけでも突き止める必要があんな。それには、一人で良いからハンターをとっ捕まえる。これしかねー)
 アドは胸中で考えながら、つい数時間前に遭遇したハンターを取り逃がした事を後悔していた。あの時は、まさかこんな仕事が待ち構えているとは想像もしていなかった為、それほど必死にならなかった。そもそも、仮にもう少し必死になっていたとしても、あのハンターの動きは計算されているような動きだった為、捕まえるのにも一苦労だったろうが。
「そのハンター達には、この森の魅力が分からないのでしょう。人間、そうはなりたくないものですよ」
 ギュゼフが感慨深げに頷いているが、正直アドにもこの森の魅力は分かりかねる。自然が好きだとか嫌いだとかそう言った問題ではなく、こんな湿地帯にある森に何の魅力があるのだろうか。ギュゼフやフェリシアのように自然愛好家ならば、こう言った場所に魅力が詰まっていると感じるのだろうが、アドやショウのように別段、自然に対して思い入れのない人間にとっては魅力を探す方が難しいだろう。恐らく、彼等と敵対しているハンター達はアドやショウよりも自然に対して思い入れがなく、さらには何か憎むような理由があるのだろう。そうでもなければ、無差別に何かを根絶やしにしたいと思っているだけの狂言者と言ったところか。
「んで、そのハンター達の出没しやすい場所ってのは、どの辺なんだ? あの班長が言うには、色々と分析した結果、ある法則性を見つけたって言ってたけどよ」
 皆が揃っているところで詳しい話をしてくれれば良いものを、あの大男――ガウェインが急かすから、詳しい話を聞きそびれてしまった。幸い、O地区の面々はその法則性を把握しているらしいので、このフェリシアに聞けば大体の事は分かるだろう。それを期待して促すアドに対して、フェリシアは小さい口を丸く開いてアドの方を見上げてくる。
「ふぇ? もしかしてー、それあたしに言ってるー?」
 そうでなければ、誰に言っているのだ。言い返そうとしたアドの口の形が一文字目で止まる。刹那、声にならない叫びでフェリシアを自分の方に抱き寄せて、水分を大量に含んだ地面に倒れ込む。
「あぅ、んぐ!」
 フェリシアが何かを言おうとしたところだったが、アドの胸元に顔を埋めている為に声が出せずに呻くだけだった。アドは、全身が泥だらけになってしまった事にも構う事なく、一度フェリシアを自分の胸元から放した後、懐のホルスターから拳銃を取り出し、前方に向かって一発だけ発砲する。それとほぼ同時ぐらいに、直ぐ近くにいたギュゼフが発砲する音が聞こえる。こちらは、アドとは違って数発、発砲したようだったが。
「飛んで火に入るなんとやら、ですね。レオン、ここは私が先に追います!」
 言うが早いか、アドの返事も待たずにギュゼフは駆け出していた。湿地帯の為、足場があまり良くない上にこの草むらだ。さすがのギュゼフも走り難そうではあったが、無駄のない踏み込みで走って行く。
「き、きゃぁ〜、あたし、えっと、いや〜、どうしよう! まだ心の準備がー。そんな、でも急すぎるよー。やっぱり、こう言うのは順序を踏むべきで……」
 フェリシアが泥の上に尻餅つきながら一人騒いでいるが、とりあえず無視をする。咄嗟だったとは言え、やはり抱きかかえるのは不味かったかと後悔するアドだが、今更そんな事を言っても仕方がない。そもそも、あの場で一瞬でも考えを巡らせていたならば、フェリシアの可愛い顔は今頃、血だらけの火傷だらけになっていたに違いない。いや、もしかしたらそんな生易しい事では済まなかったかもしれない。直ぐ近くにある木の幹が大きくえぐれているのを見ながら、アドは胸中でそんな事を考えていた。
 今のは間違いなくバイオガンの一撃である。詳しい効力までは分からないが、少なくても人体に及ぼす影響は計り知れない。失敗すれば、その場でその人物の人生が終わってしまう事だって考えられる。まさか、これ程まで強力なバイオガンを所持しているとは考えもしなかった。もしかしたら、この事件はただの自然保護だけでは済まされないような、嫌な予感が頭をよぎる。
「えっと、あのね。今日の占いに書いてあったんだけど、自分を庇ってくれるような優しい人が現れた時、その人が運命の人かもしれない、って、そう書いてあったのー。もしかして、アドさんがあたしの運命の人なのかもー」
 妙に身体を左右に動かしながら熱っぽく話すフェリシアは、完全に勘違いをしているようである。このまま彼女をここに置き去りにしてギュゼフの後を追いたいところだが、まだこの辺にハンターが潜んでいる事も考えられる。ここに戻って来た時に、彼女が虫の息だったとあっては寝覚めが悪い。アドは一つ大きく溜め息を吐き、大袈裟に肩をすくめてみせる。
「あー、その、何だ。勝手に運命に人にするのは構わねーけど、人生、自分の意思で気持ちを決めるべきだぜ? んな、占いなんかに左右されてどうすんだ。それに、オレを誰だと思ってんだ。本気でオレのパートナーになりたいって思うんなら、自分の身ぐれー自分で護れっての」
 それだけフェリシアに言ってから、ギュゼフが走り去った方向に親指を向けて彼女を立ち上がるよう促す。
「んな事より、例のハンターの後を追うぞ。んなとこに座ってねーで、とっとと立ち上がれ。地面が泥なんだから、ケツまで染みてくんぜ?」
 言われたフェリシアは、思い出したようにその場から飛跳ねる様に立ち上がったのは言うまでもない――。

 やる気がないと言われれば、否定するつもりはない。そもそも、元々自分がやる気を出して仕事をした事があっただろうか。この場に同僚のギュゼフが居たならば、同意してくれていたかもしれないが、良くも悪くもこの場には彼の姿はない。自分の横にいるのはいつもの同僚ではなく、茶色い髪の毛をポニーテイルにした少女――リスティの姿があった。いつもならばスカートを履いている為に彼女の細い素足を拝む事が出来るのだが、残念ながら今の彼女はズボンを履いていた。正直、彼女がズボンを履くのは珍しい事で、数回デートをした事のある自分――ショウは、その姿を最後に目にした記憶は薄れている。
「けっ、どのみち、やる気が出ないのはしょうがねぇんじゃねぇかい?」
 誰にともなく呟く。直ぐ横にいるリスティが顔を向け、不思議そうな表情を浮かべているが何かを言うつもりはないらしい。まるで何かに怯えているような雰囲気のリスティは、文字通り居心地の悪い気持ちでいっぱいだった。
「仕事中に雑談を口にするとは、感心出来んな。今は少しでも早く足を動かして、現場へ行く事が先決だぜ?」
 口早にそう言うと、大男――ガウェインは少しだけ歩くペースをあげる。だが、後を付いて行くショウやリスティはペースを速めるつもりは全くないらしい。そもそも、リスティとしては精一杯歩みを速めているようなので、これ以上早く歩く事が出来ないだけなのかもしれない。
 ショウ達三人は、いわゆる二班と名付けられており、O地区のガウェインをリーダーとして、L地区のショウとリスティの構成で成り立っている。ショウ個人としては、これで邪魔者がいなければハイキングを二人で楽しめる為に、これ以上とない嬉しさが込み上げてくるのだが、この邪魔者の所為で嬉しいどころではない。それどころか、会話の一つも出来ないこの状況に、やる気が微塵も湧いて来ないのが正直なところだった。
「けっ、現場は逃げも隠れもしねぇんじゃねかい? そんなに急いで何か得でもするってのかい」
 ショウにしては珍しく、相手に聞こえないように愚痴を零す。その言葉に、直ぐ隣を必死で付いてきているリスティが、これまた必死に訴えて来た。
「ねぇねぇ、あたしもうこれ以上早く歩けないよー。この辺で少しだけ休もうよー」
 見ると、既に小走りに近い速さでショウの後を付いてきているようだった。大男であるガウェインの一歩と、小柄なリスティの一歩ではかなりの差があるだろう。少し考えるだけでそんな事は分かりそうなものだが、当のガウェインはそんな事は一切お構いなしであるようだ。
「けっ、それもそうだよな。考えてもみれば、無理にこんなヤツの後を付いて行く必要なんてねぇじゃねぇかい。いっその事、このまま二人でとんずらでもするか?」
 顎に手を当てながら悪巧みを口にするショウの目は本気だった。こんな時のショウの行動はいつも以上に素早くなる。思ったが早いか、親指で自分の横の方向を指差すと、誘うような口調でリスティに促す。
「どうだい。ちっと向こうで休もうとしようじゃねぇかい。なぁに、リーダーなら一人でも問題ねぇだろ。この沼地はヤツの庭みたいなもんだろうからな」
 そんなショウの言葉に、リスティは目を輝かせる。下心丸見えのショウの言葉には、何の不信感も持っていない事が伺える。リスティらしいと言えばそれまでだが、アドの言葉を借りれば、もう少し人を疑うような事を覚えるべきなのではないだろうか。例え相手が、見知った相手であったとしでも、である。
「うん! ショウもたまには優しい事言ってくれるんだねん」
「けっ、たまにはは余計じゃねぇかい。まぁ、いいさ」
 予想以上の彼女の反応に満足そうに頷いたショウは、二人の事を全く気遣っていないのか、かなり先まで一人で進んでしまっているガウェインの背中に一度だけさよならのジェスチャーをしてから、そそくさと横道へとそれて行ったのだった――。

 自分が寡黙だと思った事は一度もない。かと言って、おしゃべりだと思った事も一度もない。さらに言うならば、他人からそう言われた事も、一度もない。
雑談が嫌いな訳でもない。むしろ、雑談は好きな方に分類されるかもしれない。ただ、その雑談の所為で物事の行動が遅くなり、他の行動が疎かになるのは好きではなかった。過去に、それが原因で仕事を失敗した事があったのだが、それがトラウマになってしまったと言えば、否定せざるを得ない。
「念の為、ハンターの情報をまとめておく事にしておくぜ? だが、このまま現場に急ぐ事だけは忘れぬようにしなければならんぞ?」
 確認するように口を開くが、返事が来る前に次の言葉を口にする。そもそも、返事を待つつもりはないし、返事を期待していた訳でもないのだが。
「ハンターの出没しやすい場所の分析は、我が地区の分析班であるアドルが全て一人で行ったんだぜ。その結果、ある法則性を発見してだな、比較的ハイキングコースの近郊に姿を見せる事が分かったんだぜ。そして、不思議な事に観光客を襲う事はなく、今までの被害者はゼロと言った結果が出ているんだ。ただし! ここが重要だぜ? この虹零区に住んでいる動植物に甚大ならざる被害が出ている。これは大人しい俺だって、このまま黙っている訳にはいかないんだぜ?」
 一人で熱血するガウェインは、背後から人の気配がしない事は大して気にはしていなかった。握りこぶしを作りながら続ける。
「相手のハンターの情報としては、有力なものは正直あまり収集出来ていないんだぜ? 一つ言える事は、相手は最低でも四人はいる組織であり、バイオガンを所持していると言う事。ただし、そのバイオガンの所持数と効果はまだ不明のままだ。一つだけ、爆撃の効果を持つバイオガンを所持している事は確認済みだ。こいつの所為で、あの巨体で知られるハックルベアーが一撃で仕留められてしまったのだから、驚きだぜ?」
 言いながら、ここで初めてガウェインは背後に気配がない事を気にした。頭に疑問符を浮かべるよりも先に、その場で後ろを振り向いて見る。器用にも、そのまま後ろ歩きで前進する事だけは忘れない。
「何だ? いないのか? まったく、ついてこれないのならば、始めからついてこないで欲しいものだぜ? あれだけ、急いで現場に行った方が良いと言っているのが、聞こえなかったのではあるまい」
 そして、再び前を向いてから先程よりも走るペースを上げるガウェイン。どうやら、元々ショウとリスティは居ても居なくても構わないらしい。後ろについてきていない事は大して気になっていないらしく、ひとりで現場に向けて走り続けるのだった――。

      

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