ミッション6『自然保護区』
第二回

 それは、間違いない事だった。
ただひたすらに、それを否定したいと思ったとしても、現実からは逃れる事は出来ない。目の前にある事実を受け止めろと言われたとしても、それを素直に受け入れる為には何が必要なのだろうか。
金か。宝石か。はたまた高級料理か、希少価値なマニア品か。ただ、そのどれを目の前にチラつかされたとしても、事実を受け止める事は難しいだろう。無理やりに納得しろと言われれば、もしかしたら目の前の餌の誘惑に負けて、納得だけはしてしまうかもしれない。
いや――。
「納得出来ねーっての」
 それは、間違いない事だった。
その場にいる――B−Fog L地区支部の面々の心境を代弁するかのようにつぶやいたのは、言うまでもなく班長であるアドだった。相変わらず、大袈裟に肩をすくませてみせながら、再び周囲を見回す。
 そこは、小屋だった。誰がどう見てもそう見える事であり、お世辞にもログハウスや、ましてはペンションなどには見えない。まぁ、犬小屋にこそ見えなかったものの、どこをどう転んでも小屋としか言いようがない。広さで言えば、ちょうどアドの住んでいるアパートの部屋と同等か、それよりかは幾分か広い程度のものでしかない。その中に、合計で八人が存在していた。その小屋に物が何も置かれていなければ、八人ならば悠々とまではいかないものの、わがままさえ言わなければ問題は起きないだろう。ただ、残念な事にこの部屋の中には彼ら八人の他に、いくつかの物が置かれている。それは、机だったり椅子だったり、冷蔵庫や傘立て、はたまた何に使うのだろうか、バレーボールが置いてあったりもした。
 何はともあれ、ようするにこの小屋は狭いのだ。ただ、彼が納得出来ないのは、そんな些細な事ではない。それはいわゆる――。
「けっ、どこの誰が、こんな小屋を天下のB−Fogの隠れ家だなんて言うってんだ? そんなヤツがいるなら、ここに呼んでもらおうじゃねぇかい」
 未だに大袈裟に肩をすくめた格好のままのアドに続くように、黒い長袖の上着を羽織った男――ショウが吐き捨てる。ショウもアドと同じように、納得出来ないのだ。そもそも、それを納得する以前に、言われた事の意味を理解する方が困難を極める。
「だから、今も言いましたように、ここ、ビーフォッグのオー地区支部の本部よろし。何度も言わせないで欲しいアルよ」
 チュン・フェンリー。確かそう名乗っていたか。鼻の下にちょび髭を生やした30歳半ばのその男は、まるで何か体術でも扱えるかのような身軽さで、一歩だけ軽快にステップしながら後退してみせる。その行動に何が意味あった訳でもないのだろうが、少なくてもアドとショウは再び自分の耳を疑う結果になってしまった。まるで、それが空耳であって欲しいとでも言わんばかりに、わざとらしくチュンから視線を外してみたりもしたが、結局のところ何が変わる訳でもない。
「ま、素直に認めるしかないんじゃないでしょうか? なんて言うか、もうこう言うのにも慣れっこですよ」
 そう言うギュゼフの表情は、言葉通りに開き直ったような顔をしている。以前にも同じような事があったような気がしたが、恐らく気のせいではないだろう。いわゆる、今回のハイキングは決してハイキングだったのではなく、ようするに仕事だったと言う訳である。ただ、このレインボーレイクに来る事を提案したのはリスティであり、ボスから指示されてこの場所に来たのではない。アドたちがこの場所にハイキングをしようと思ったのはただの偶然であるが、必然ではないはずだ。結果的に現実のものになってしまったのだから必然と言うべきなのかもしれないが、それでも都合が良すぎる話である事は間違いない。
「そう言えば、夏にもK地区海岸に遊びに行った時、あれも仕事だったんだよねー。まさか、今回も仕事の場所とおんなじ場所に来るなんて、もしかしてあたしって、予知能力とかあるのかなん♪」
 どこをどうしたらそんな結果に結びつくのか分からなかったが、ポニーテイルの少女――リスティの不思議な発想には理解し難いものがある。
「ようやく納得したよろし? それじゃ、すぐに仕事内容の説明してもいいアルかな?」
 アドは、冗談の一つでも言ってみろと言いたい程の最低限の会話しかしないチュンを軽く睨み付けるが、当の本人には全く気づいている様子はない。この相手は、L地区支部のボスと同じぐらいに、空気を読めない人物なのかもしれない。
「えっと、それじゃー、説明はあたしがしますねー。えーっと、まずはー、そうだなー、あたしの自己紹介でもしよっかなー。あたしはフェリシア・ターンって言います。この虹零区の担当してまーす。それからー、誕生日がー……」
「ちょっとフェリ、説明は僕がします。キミが説明してたら日が暮れちゃうよ、まったくこれだから天然娘は駄目なんだよ。やっぱり女の子は二次元の世界に限るんだよ……」
 チュンに続くように話し出した女性――フェリシアだったが、さらにそんな彼女の言葉を遮る人物がいた。今の会話を聞いただけでも、この支部には変わり者ばかりの集まりのようにしか見えなかったが、考えてもみればB−Fog自体にまともな人間がいないように思えて来た。以前のK地区も然り、しばらく前に二度目の共同戦線をはったI地区支部にも同じような事が言えた。正直、変わり者と言う意味ではアドもあまり人の事を言えた義理ではないのだが、少なくても普段自分が考えている事は間違った方向にいってはいないと思っている。
「お前たち二人に任せたら、いつになっても説明、進まないアルよ。自分が説明するよろし」
 誰が説明しても同じだ。そんな事を思ったのはアドだけではないだろう。
何にしても、ちょび髭の男――チュンは、意味もなく腕組みをすると、一度だけ大きくうなづいた後に説明を始めた。
「キミ達、L地区支部の者にここまで来て貰ったのは、他でもないアル。最近、この地区に突然ハンターが現れた、これが一番の理由アルね。知っての通り、この地区はハイキングでも有名な観光地、よろし。ハイキングコースは、七色をした湖を順番に楽しめて、子供から女性まで楽しく散歩する事が出来るのが魅力のひとつアル」
 言いながら右人差し指を立ててみせるチュン。次いで、中指も立ててブイサインを作りながら説明を続けた。
「でも、最大の魅力は湖の周囲に生い茂っている緑アルね。なんて言うかもう、この樹木の中でならこのままあの世に行っても良いかなー、なんて時々思うぐらい、緑好きアルよ。むしろ、ハイキングコースじゃなくて、全部緑に埋め尽くしても良いかなーなんて、たまに思う事、あるアルよ。なんかもう、緑万歳って感じアルね」
「ってか、どんだけ緑好きなんだよ、お前は!」
 アドの突っ込みもむなしく、チュンは一人で妄想の世界に入ってしまっているようだった。先程のブイサインの格好のまま、一人でにやけた表情になっている。そんな表情を見ると、拳の一つでもお見舞いしてやりたい気分だったが、アドがその行動に出る前に一人の人物が一歩前に踏み出した。
「ま、物事、行き過ぎと言うのも考えものですが、緑が好きと言うその想いはヒシヒシと伝わってきましたよ。実は私も、緑が大好きで自然愛護の会に入っているんですよ。はっきり言って、自然を護る為に今の仕事をしているって言っても過言ではありません」
 初めて聞く話だった。チュンの言葉に大きく頷いたのは言うまでもなくギュゼフだったが、緑が好きと言うのは以前から知っている為、その事が初めて聞く話と言うのではない。初めて聞く話と言うのは他でもなく、自然を護る為に仕事をしていると言うのが、初めて聞いた話なのだ。ただ、アドにとってそれが初耳と言うだけで、他のメンバー――リスティやギュゼフにはそうではないのかもしれないが。考えてもみれば、残りの三人は各々ギュゼフとは大きな関係を築いている事に気づくアド。
 リスティにしてみれば、その気持ちにですら気づいていなそうだったが、ギュゼフがリスティに気があるのは誰が見ても一目瞭然。ショウに至っては、ギュゼフとは同郷でありルームメイトと言うだけあって、旧知の仲と言った感が伝わってくる。ウエストにしたって同じ様な事が言える。そう思うと、自分だけがそれほど大きな関係がないように思えてしまう。別に、大きな関係を築きたい訳でもないのだが、一人だけ取り残された感は否めない。
「あなたにしゃべらせておくと、話がなかなか進みそうにないのでこちらから思った事だけをまとめさせて頂きますが、ようはその最近現れたハンターが森林伐採をしている、そう言った感じなんでしょう? そこで、自然を愛して止まないあなたは、自分と同じ気持ちを持っている私が所属するL地区に協力依頼をしてきた。ここまで頼りにされてしまっては、大人しい私も人肌脱ごうじゃないですか」
 どうやらギュゼフは、自分が興味持った事になると妙に熱くなるタイプらしい。多少、話にギュゼフなりのアレンジがなされている気もしたが、話の筋は間違っていないだろう。そして、アドの考えが間違っていないとすれば、先程ハイキングコースの途中で遭遇した怪しい男がそのハンターと言う事になる。ここに来るまでの間、ずっと頭の中で引っかかっていた事があったのだが、自分達以外に人と出会わなかったのはどう考えても不自然な話だ。観光地で有名なこのレインボーレイクのハイキングコースで、誰とも遭遇しないと言うのは間違いなくおかしい。だが、その原因がこのハンターが現れた事にあるだろう事は想像に難くない。
「まったく、これだから最近の素人は駄目なんだよ。別に、僕達はキミたちを頼りにしてる訳でもないんだよ。まぁ、言っちゃえば人数あわせって感じかな。そう、頭数を揃えるのには必要だったんだよ。言うなれば、人数指定のミッションって感じかな。人数が足りないとイベントが発生しない事って、良くあるだろ?」
 眼鏡のフレームに手を当てて妙に自信過剰に言うのは、先程フェリシアに突っ掛かっていた青年だった。どことなくオタクっぽい雰囲気を醸し出しているその青年は、少なくてもアドたちL地区支部のメンバーを快いとは思っていないようである。同じB−Fogと言っても、地区毎に方針も違うだろうし、そもそも一個人としての考え方を持っていても何も不思議ではない。それどころか、一個人としての考え方を持たない方が不自然である。
「アドル。お前は黙ってるよろし。今は、自分がしゃべってるアルよ」
 眼鏡の青年――アドルを一度だけ睨み付けてから、軽快に一歩前に踏み出したチュンは、なにやら両腕を腰にあてて仁王立ちの格好をしてみせる。これが彼なりの仕切り直しの方法なのだろうか、通常ならば咳払いをするようなタイミングでその格好をしたチュンは、不意に話の流れを変えてきた。いや、決して話の流れを変えたのではないのかもしれない。そもそも、始めから話の筋が余計な方向に向いてしまっただけなのだから。
「とにかく、緑を護る為に自分たちは日夜努力してるアルよ。それを、あのハンター達は事もあろうに、大事な樹木を切り刻んだりそこに住む小動物に危害を与えてるアルよ。このままでは、この素晴らしい自分の命とも言える緑が泣いてるアル。緑にだって訴える権利があるアルよ。分かってるよろし?」
 恐らく――いや、間違いなく、この地区の人間は人に説明をするのが苦手なのだろう。このチュンにしても先程のフェリシアにしても、どうにも話の内容に筋が通っていないような気がしてならない。目の前にいるちょび髭事チュンがこの地区の班長らしいのだが、一番の原因は彼の統率力の欠落がこの地区の現状を悪化させている原因なのではないだろうか。
「ようは、そのハンター達ってのを捕まえればいーんだろ? 幸い、オレたちにも心当たりがあるみてーだし、どのみちバイオガンを所持してる連中を野放しにしとけねーよ」
 わざとらしく、大袈裟に肩をすくめるアドの態度は、言葉とは裏腹にあまりやる気が感じられなかった。それも皆、このO地区支部のいい加減さにウンザリしているのが原因である。これだけ緑を――自然を好きな気持ちを言葉に出来ていると言うのに、それを実行に移す事が出来ていないのが腹立たしい。
「そうと決まれば話は早いぜ」
 そんなアドの意見に賛同して来たのは――どうやらこの小屋の中にはいなかった。小屋の中を見回しても、賛同したらしい人物は見当たらない。一瞬、ショウ辺りが賛同してきたのかとも思ったのだが、どうやら違うようである。心なしか、声はこの部屋の外から聞こえてきたような、くぐもった声だったような気がしないでもない。アドは疑問符を浮かべながら眉根をひそめると、再度、先程の声が聞こえてきた。
「そうと決まれば話が早いぜ。早々に扉を開けて、外に出て現場へ向かう必要がありそうだぜ?」
 先程と全く同じ言葉を口にしたあと、なにやら問い掛けてきているような語尾で言葉を終わらせる。今度は、小屋の中を見回す事もなく、声の人物が小屋の外にいる事がはっきりと分かる。さらに言うならば、その人物は恐らく扉の前にいるのだろう。まるでアドに扉を開けさせたいような、そんな風に聞こえたのだが、彼の思い過ごしなのだろうか。
「けっ、何だか知らねぇけど、扉開けてみたらどうだい?」
 何か引っ掛かる事がないとは言えないが、ショウの言う事も分からないでもない。扉の向こう側にいる人物の事が気にならない訳ではなかったが、そもそも、なぜ自分が扉を開けなければならないのだろうか。扉を開けるだけならば、小屋の外にいる声のした人物が扉を開ければ良いのではないだろうか。そんな疑問は拭いきれない。
「早々に扉を開けて、外に出て現場へ向かう必要がありそうだぜ?」
 再度、先程と同じ言葉。今度は後半の言葉のみである。先程と同じように語尾は問い掛けているような感じがする。そう。それは、今扉の前にいるアドに向けられている言葉のようなのである。
「何だか知らねーけど、何が起きてもオレは責任とらねーかんな!」
 半ばヤケクソ気味に、一気に扉を開け放つアド。木で出来た扉は、蝶番の軋んだ音を小屋の中に響かせながら勢い良く開け放たれた。瞬間に、外の空気が小屋の中に入ってきて、草木の緑の匂いが鼻腔をくすぐる。深呼吸をすれば、大自然の綺麗な空気が楽しめそうな、そんな感じを思わせる匂いである。だが、次の瞬間には、アドの顔からは表情が消え去っていた。扉を開けたその先には、一人の大男が立っていたのである。上下が迷彩色のつなぎに、黒いジャケットを羽織っており、何やら左腕には赤いタオルが巻きつけられていた。そして、その左腕には大きな皮袋を肩から提げており、右手には小型のグレネードが握られている。要するに、両手が塞がっていた為に、自分で扉を開ける事が出来なかったのだろう。だから、アドに扉を開けるように促したと言う事だ。
 いや、そもそも、そうではない。目の前にいる大男は、どこからどうみてもハンターにしか見えず、この相手が彼らB−Fogの標的である事は明らかであって。そう思った瞬間には、アドは銃を構えていた。お気に入りの一張羅であるジャケットの下にいつもつけているホルスターには、愛用のSOCOM Mk-23が納められている。その黒光りする少し大きめの拳銃のトリガーに指を添えて、いつでも弾丸を撃てる格好になる。
「動かねー方が身の為だぜ? あんたがグレネードを構えるよか、オレがトリガーを引く方がどう考えても早い」
 照準は相手の右肩。小型のグレネードを握っている方の腕である。本気で相手を殺すつもりがあるのだったら、脳天か心臓に照準を当てるのが効果的だが、勿論アドにそんなつもりはない。相手を殺す必要がないのが一番の理由。それ以外にもいくつか理由はあったが、今はそこまでの理由を挙げる必要はない。右腕に照準を当てた理由は簡単で、相手が得物を使えなくさせる為だ。得物がなくとも抵抗してくる事も考えられるが、銃がなければ対応策はいくらでもある。ようするに、一番危険な攻撃手段を封じる為の策と言う事だ。
「早々に、外に出て現場へ向かう必要がありそうだぜ?」
 男は、予想外の言葉を発して来た。いや、予想はしていなかったが、突拍子のない言葉ではない。男が発した言葉は、アドが扉を開く前に発した言葉とは、さほど変わりない言葉なのだから。
「おお、ガウェイン、戻ったアルか」
「いつも言ってる事だが、早々に外に出て現場へ向かう必要があるんじゃないか? チュン、お前は班長なんだから、もう少し班員をまとめるように自覚を持って行動をしてくれよ。そうじゃなきゃ、俺にも考えがあるんだぜ?」
 繋ぎ服の男へ銃口を向けているアドに構う事なく、O地区の班長――チュンは、その男に親しげに話し掛ける。そしてその男――ガウェインは、これも先程と同じ言葉を繰り返した後、チュンに対して鋭い指摘をしてみせる。それは、アドがそのまま口にしたい言葉とほぼ一致しており、ある意味自分の言葉を代弁してくれたような感覚である。
 いや、そうではない。そもそも、目の前にいる繋ぎ服の男はハンターであって――いや、そうではない。目の前にいる繋ぎ服の男――ガウェインは、決してハンターなどではない。ようするに、ガウェインもまた、O地区支部のメンバーの一人と言う事だった。どこからどう見てもハンターにしか見えない大男は、アドと同じB-Fogの一員なのだと、そう言う事だった。
「おっと、悪いな。俺はガウェイン・テーマ。このO地区担当で、主に自然愛護に日々尽力している。まぁ、そんな訳だから、早々に外に出て現場へ向かおうじゃないか」
 気楽に話し掛けてくるガウェインは、未だに銃口を向けているアドに対して、警戒心は一切持ち合わせていないようだった。

      

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