ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第一回

「廃ビルに立てこもった強盗を捕まえろだぁ?」
 開口一番にそう言ったのは、背はそれ程高くないが体格はそこそこの、それなりな長髪を赤茶に染めた男だった。顔立ちは良いのだが、少し釣り上がった目と、左頬に横一線に銃で撃たれたような傷跡がそれを台無しにしている。その場にいる者たちは、その男に視線を向けながら笑いを堪えているようだ。
「口を慎みたまえ、レオンブルーくん」
 冷静にそう言い返してきたのは、この場にいる者たちは全員が知っている人物。40代半ば頃の、誰がどう見ても典型的な”デブ”。少し薄くなってきた黒髪は無造作に伸ばしてあり、いわゆる”ボサボサ頭”である。本人に言ったら、それはもうゆで上がったタコのように憤怒するであろうことは間違いない。
「ボス、一言言わせてもらうが、オレはんな事するためにこんな辺鄙なとこに配属されたんじゃねーぜ?」
 レオンブルーと呼ばれた男は、それでも尚やる気のなさそうな声でつぶやく。そんな彼に対して、男――ボスは無言で睨みを利かせるだけである。周りにいる者たちは口を開くことでさえもしないらしく、ずっと何も言わない。それどころか、この二人のやりとりを楽しんでるようにでさえ見える。
「ま、落ちこぼれだからこそ、んな仕事しかねーんだろうけど、な」
 レオンブルーと呼ばれた男は軽い皮肉を込めてつぶやくが、ボスは目で訴えるだけで何も言おうとはしない。そんなボスの無言の脅迫――もとい、命令に、レオンブルーと呼ばれた男は強制的とも取れる言葉を吐き出した。
「ま、仕事なんじゃ仕方ねーか・・・。しっかりと班長の言うこと聞いて行動すりゃいーんだろ?」
 言いながら、レオンブルーと呼ばれた男はその場にいる人物の顔を見渡す。
「・・・ところで、班長らしいヤツがいねーんだけどよ? オレは最近ここに来たばっかだから、右も左も分かんねーんだ」
 いちいち皮肉っぽく聞き返すところが彼らしい口の利き方だった。あくまでも、目の前の男が自分のボスであることを自覚していないのだろうか。だが、彼の最もな疑問符に、ボスは呆れたような表情になりながら応えてくる。
「班長は現在、入院中だ。先の事件でケガを負ってしまってな。だから君がここに配属されたと言うことを、聞かされていないのかね?」
 さも当たり前のように応えてくるボスに対して、彼は両手を大きく開きながら肩をすくませてみせる。正直、大袈裟過ぎるぐらいの態度なのだが、これは彼がボスに対してのみに取る行動であることは、その場にいる誰しもが理解していた。
「たった今から、君が班長代理だレオンブルーくん。早速だが、この指示書の現場に行ってくれ」
「ちょ、待ってくれよ! オレは班長代理なんて面倒なことはゴメンだぜ!」
 ボスは、彼の行動など気にも留めていないように、不服にしか感じていない班長代理に薄っぺらい指示書を押し付けた。彼は仕方なく手紙を受け取ると、簡単にそれに目を通す。
「・・・なんだ、この現場の特佐官と協力しろってのはよ?」
 軽く目を通した後に素朴な疑問が生まれたのでそれを口にするが、ボスは一切取り次ごうとはしなかった。代わりに、その場にいる者たちに出動の命令を下す。
「事件は、急を要するんだ。早急に現場に向かい、特佐官の指示に従って動くだけでいい。参加メンバーは、レオンブルー、アンティラス、カッツ、バーンの以上4名だ。では、いい報告を待っている」


「配属されて一番始めの仕事で班長代理ってか・・・。ったく、やってらんねーぜ」
 そうグチりながら口を開いたのは、自分の身体付きをわざと見せしめているように、迷彩柄のTシャツを腕まくりにしている人物。少し長い黒髪を赤茶に染めているのは、その性格の表れなのかもしれない。少し釣り上がった目元が、さらにそれを強調しているようにも思える。
そして額には、ハチマキのように巻いている『迷彩柄』のバンダナ。これは彼が身に付けているモノ中でもお気に入りの一品である。基本的に『迷彩柄』が気に入っているようなのだが、何故か左二の腕辺りに包帯のように巻いているハンカチだけは、ピンク色をしていた。これは、誰がどうみても似合っていない。それどころか、彼に怪しい趣味があるように思わせてしまう代物であるとも言えようか。何か特別な理由があるのだろうが、彼がこのハンカチについて語る日など、世界が崩壊しようが有り得ないことと言っても過言ではないだろう。
「そうヒガまない、ヒガまない。どうせ代理なんだから、今回だけだってー」
 肩をすくめながら、茶色のロングヘアーをポニーテイルにした少女は慰めの言葉を口にする。
赤い大きなリボンで髪の毛を留めているのが、彼女を子供っぽく見せているように思えてしまう。顔立ちこそまだ子供っぽさが残るが、女性としての魅力は十分にある。唯一、タレ目だと言うことだけは本人も気にしている通り、欠点と言ったところか。夏らしい、キャミソール一枚というラフな格好をしているが、それが彼女の活発さを物語っていた。胸元にはきちんとリボンを象った飾りをつけているところが、彼女らしいおしゃれである。
「いいじゃねぇか、リスティの言う通りだぜ? それに、班長代理になったんだから、給料も上がるんだろ? アド班長代理さんよ」
 そんな皮肉をたっぷりと込めながら、リスティと呼ばれた少女に賛成する人物がいた。
茶色い髪の毛を妙に上に逆立てた髪型は、彼のシンボルとも言えると同時に周りの者たちの話題の元でもあった。夏の暑い時期だと言うのに、不思議と彼の服装はいつも長袖と言うのがもっぱらの疑問である。黒が好きなのか、バンダナとシャツは共に同じ色を着用しているようだ。
「・・・そっか。給料上がればアパートの家賃も・・・・・・って、そー言う問題じゃねーだろが!」
 茶髪の男の意見に、迷彩柄の男――アドと呼ばれた班長代理は思い出したように頷くが、即座にそれを否定する。思わず本音が出てしまったようだが、彼にとって深刻な問題はこの際どうでも良いことである。今は、自分の置かれた立場の方が余程問題だった。
「そもそも、現場に直接行って特佐官の指示に従え、ってのが気にくわねーよ! オレを誰だと思ってんだ。オレはあんたの人形じゃねーっての!」
 言いながら、アドはボスのことを思い浮かべて肩をすくめる。
正直、彼がここに配属されてからまだ3日しか経っていない状態なのでボスの全てを分かっているワケではないが、少なくてもアドの嫌いなタイプであることは間違いなかった。いつでも余裕そうな態度をしているワリには言っていることに矛盾を感じるし、相手に命令する時の口調が気に食わない。もちろん、ボスという立場なのだからここの場所では一番偉いことには違いないのだが、自分に当たり前のように命令出来る立場かと言うのが微妙なところである。
3日前に、突然転属命令をされてからここ、B−Fog(ビーフォッグ)・L地区支部に配属されたワケなのだが、アド自身は決して転属などとは思っていない。
 いわゆる、左遷と言うヤツだ。
始めから班長代理をやらされるためにここに転属されたような節があったが、そんなことはアドにとってはどうでもいいことである。上の命令で左遷された挙句、左遷先のボスに班長代理を任命されて、さらには初任務では現地の特佐官の命令を聞け、と。これではまさに組織の犬ではないか。そんな自分に嫌気がさしてしまうのは、仕方がないことなのかもしれない。
「だから、そのことは気にしない気にしない。あたしだって、またアドと仕事しなくちゃいけなくて、もうウンザリなんだからさー」
 ポニーテイルの少女――リスティはアドをなだめる言葉を口にしながらも、軽く肩をすくめながら自分の本音までさらりと言葉に出してしまう。目の前の男に対して、全くの遠慮が窺えない言葉であることは間違いない。そんな少女に対して、アドもさも当たり前のような言葉を返してやる。
「リスティのクセに言ってくれんじゃねーか。オレだってな、またお前と仕事をしなきゃなんねーって思うと、ため息が出んぜ」
 リスティのマネをするかのように肩をすくませながら、いかにもイヤそうな格好を表現してみせる。そんなアドの態度が気に食わなかったのか、リスティは皮肉交じりの言葉で応戦する。
「そんなこと言ってぇ、何でいつもあたしの後を追ってくるワケー? もしかして、気があるとか?」
「お前こそ、オレに会えて嬉しいとか思ってんじゃねーの?」
「冗談言わないでよー。あたし、こう見えても恋愛希望者なんだからね。アドみたいな腐れ縁のヤツは、恋愛対象外なの」
「こっちこそ、リスティに愛されるなんて願い下げだぜ」
 まるで台本を読んでいるかのごとく、マシンガントークを交わす二人である。アドとリスティ、こう見えても10年来の付き合いらしく、元々互いを知っている仲であるためにこうも反発しあえるのだろうか。アドがここに配属されたのは3日前のことだが、リスティはそれ以前にここに所属していた。こうして再び会うのは何年ぶりかなのだが、アドがあとから配属されたために、まるでリスティの尻を追い掛け回してきたように思えてしまうのは皮肉だろうか。
何年か前には一緒の職場で仕事をしていたことがあるのだが、ひょんなことをキッカケにリスティが職場を離れたのである。 『おめでた』退職などと言うシャレた理由ではないにしろ、リスティはアドの前から姿を消すことになる。偶然とも言える感動の再会にも、両者はこれと言った感動は持っていない。なぜならば、二人が共に腐れ縁だと思っているからなのだろう。
「けっ。仲がおよろしいことで。俺なんか、またこいつとパートナーだ」
 そんな二人のやりとりを横目で見ていた若い男――先程アドに絡んだ、黒いバンダナをつけている男だ――が、抗議の声ともつかぬ意見を口にする。男だと言うのに、身体中にシルバーアクセサリーを付けている姿は、アドにとっては変人以外の何者でもない。
「しっかり聞こえちゃってますが?」
 そんな黒いバンダナの男の言葉に即座に反応したのは、前髪を下ろした黒髪のおとなしそうな雰囲気の青年。キレのいい細い目元が、彼の冷静さを物語っているようにも思えた。常に落ち着いて大人っぽく装っているのだが、どうもそれを十分にコントロール出来ていないらしく、子供っぽいところがチラホラしている。
「あ? 聞こえるように言ったつもりだけどな。こいつと組むと、俺の相棒がスネるんだ」
 言いながら、黒いバンダナの男は懐から相棒――愛用のリボルバー、コルトパイソンを取り出してルーレットを回す。
「怒っていいですか?」
 青年は細い目をさらに細くして――鋭い目つきで黒いバンダナの男を睨み付けるが、本気ではないらしい。彼とはパートナーを組むことがたまにあるのだが、性格上あまり馬が合わないようだ。
「・・・ま、私は、デスクワークをやらされてるフェイズよりはマシだと思うけどね」
 本音としてはそうなのだろうが、それでも不服そうな態度をとっていることに違いはない。常に冷静を装っているようなのだが、感情を隠しきれていないところがまだまだ子供というべきなのか。
「ほらほらー、二人ともグチらないグチらない。ショウとギュゼフが組んだら最強コンビだって前に言ってたじゃなーい。期待してるわよん♪」
 今もなお不満そうな声を上げている二人に向かって、リスティがなだめるように言葉を投げる。小さく華奢な身体で膝を曲げて身体を傾ける仕草が、とても可愛らしかった。そんなリスティの姿を見た二人――ショウとギュゼフは苦笑を浮かべながらうなづく。
「けっ。あんなくだらねぇ命令なんかに付き合ってられねぇよ。ど素人相手にオレの相棒を使うなんて、勿体無いったらありゃしねぇぜ・・・射撃はギュゼに任せた」
 言いながら、黒いバンダナの男――ショウは相棒を懐にしまいこむ。だが、このショウの言葉はパートナーであるギュゼフの銃の腕前を信用しているからこその発言であることは間違いない。そんな素直ではないパートナーに応えるかのように、青年――ギュゼフは自信満々に言ってきた。
「しょうがない。アンちゃんも言ってることだし、私の射撃の腕を披露しちゃいましょうかね」
 言いながら両手でターゲットを打ち抜く仕草をするが、彼の言葉は満更ハッタリではないことをショウは理解していた。
「盛り上がってっとこわりーけど、指示を下すのは班長代理のオレの役目だぜ? そこんとこ、よろしくな」
 既にやる気満々なショウとギュゼフを尻目に、アドはうんざりした口調でそんなことを言う。口から出た言葉とは裏腹に、態度では物凄くやる気のなさそうな雰囲気が伝わってくる。
「それなら、早く現場に行った方がいいんじゃねぇのかい? 特佐官殿がお待ちかねだぜ・・・はっはっはっ」
 ショウは、この場には居合わせない現場の特佐官とやらにこれ以上とない皮肉を浮かべながら、班長代理であるアドに出撃の命令をするように促す。アドの一言で、いつでも出撃する準備は整っているとでも言いたいのだろう。このアドとショウ、まだ知り合って間もないどころかお互いの実力を知りもしないのに、共に相手を理解しているように思える。馬が合うとは、まさにこのことだった。
「しゃーねーな。んじゃ、特佐官殿の顔でも拝みに行ってくっとすっか」
 アドの合図とともに、B−Fog・L地区支部のメンバーたちは現場である廃ビルへと向かうのだった。

☆用語集☆
『基礎知識関係』・・・地区
『地名関係』・・・L地区

      


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