ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第二回

 昼間の高速道路を気分良く走らせていると、突然助手席から話しかけてくる人物がいた。
「それにしても、相変わらず狭っちぃ車ねー。未だにこれに乗ってるとは思わなかったわ。一体何年乗ってるワケー?」
 小さな身体で当たり前のように助手席に座っている姿とは反比例して、随分と態度の大きいことを言う少女がそこには座っていた。そんな少女に対して、アドは心外と言わんばかりに言葉を並べる。
「お前にんなこと言われる筋合いねーって。これはオレのお気に入りなんだ。そう簡単に手放してたまるかっての」
 それと、単に買い換える金がねーだけなんだけどな。と心の中で付け加えた自分が何だか惨めに感じたのだが、助手席の少女――リスティには聞こえていないはずである。
「ってかさー、ショウもそうだけど、あんたたちって何で昔の旧文化みたいのにこだわるワケー? 車だって、オートカーの方が断然楽じゃない?」
 シートベルトで身体を固定されているワリには、器用にもリスティは小さい身体で思い切り肩をすくませる格好をする。
「なに言ってんだ。自分でなんもしねーで目的地に着いちまう車なんて、車って言わねーって。オレは、このマニュアルカーが好きなんだ」
 言いながら左足でクラッチを踏み込むと、軽快に左腕を動かしてギアチェンジする。そのまま思い切りアクセルを踏み込むと、アドの運転する車はさらにスピードを増して加速する。
オートカー。この時代のほとんどの割合を占めていて、GPSナビで行き場所を指定すればある程度オートで指定場所まで行ってくれる機能がある車だ。その名の通りオートで運転してくれるために運転者はその間自由にしていられる上、運転する疲れがなくなるという利点を持つ。
一方、アドの好んで乗るマニュアルカーとは、旧時代にも存在していた車と同等のもので、自らがギアをチェンジして、なおかつアクセルを踏んでハンドル操作までしなければいけないと言う、言わば運転に集中しなければならない車のことをそう呼ぶ。
他にもオートマカーと言うものが存在するが、これはマニュアルカーよりは多少簡単な操作になっており、自らがギアチェンジをしなくても勝手にギアがチェンジしてくれる機能を持つ、これも旧時代に存在していた車と同等のものである。
比較しても分かることだが、何もしないで目的地に着いてくれるオートカーの方が断然楽を出来ることは言うまでもない。しかし、アドを始めとした車好きにはかなり邪道な機能であるために、運転することを楽しむものたちにとってはただのおもちゃとしか言えない代物なのである。
「わざわざ自分で運転しようと思う気が知れないわ・・・。でもさー、せめて2ドアじゃなくて、4ドアにしない? これじゃ、狭くてこれ以上人が乗れないじゃなーい」
 アドの意見などには興味ないらしく、リスティは相変わらずグチを並べるだけである。助手席に座っているだけで目的地に着くのだから、とやかく言われる筋合いはないと感じたアドはこれ以上何も言わないことにする。そもそも、いちいちリスティの言うことに言い返していたら疲れるだけだと言うことを、身に染みるほど知っているからでもあるのだが。しばらく無言で車を走らせていると、アドは思い出したように隣にいる口うるさい少女に話しかけた。
「そう言えばお前、ちゃんと武器は持ったんだろーな?」
 これからアドたちが受け持つ仕事内容は、廃ビルに立てこもった強盗を捕まえることにある。恐らく相手はそれなりの抵抗をしてくるだろうし、もしかしたら『銃』を扱う可能性だってないとは言い切れない。少なくても、自分の身を守るような武器を持つことは絶対条件であることは間違いない。リスティとて、こう言った仕事は初めてではないのだろうから、それぐらいの知識は持っていて当然と思っての質問なのだが、リスティの性格を知っているからこそあえて聞いてみたと言うワケだった。
「え? うーん、良く分かんなかったけどこんなの持ってきたわよん♪」
 するとそんなアドの考えを余所に、リスティは何かを考えるような仕草をしながら膝の上で大事そうに抱えていたバックから何かを取り出す。それは、華奢な身体のリスティには似つかわしくない、銀色に光輝く大きな銃だった。それをいかにも重たそうに両手で持ちながら、アドに見せ付けるように構えてみせる。
「って、そりゃーデザートイーグルじゃねーか! しかも、レアなシルバーモデル! んなもん、どこで手に入れたんだよ!」
 運転しながらリスティが手にしたデザートイーグルに釘付けにされたアドは、ハンドル操作だけで見事に車を操っていた。今にも引ったくりたい気持ちになりつつも、気を落ち着かせて車の運転に集中する。
「班長の机の上に置いてあったのを借りてきただけなんだけど・・・? ちょっとおっきくて手が入んないんだけど、カッコいいでしょー?」
 自慢げに言うリスティの言葉は、まるでそれが自分のものだと言わんばかりの勢いだった。わざとアドに見せ付けるような仕草をしながら、重量感たっぷりな銃を手に嬉しそうに喜んでいるようにも見える。
「人のを勝手に持ってきていーのかよ・・・」
 突っ込むところだけはきちんと突っ込みながらも、アドは羨ましそうに再びそれに魅入ってしまう。
「いいじゃない。本人の許可あるもん。『オレの武器を自由に使ってくれ』って、班長が言ったんだからさっ」
 ちょっと捻くれるようにそっぽを向きながら可愛い子ぶる仕草は、アド以外の男だったら特別な感情を持ったかもしれない。しかし、リスティに――いや、女性自身にと言った方が適切だろうか――あまり興味のないアドにとっては、ただウザったいだけの行為に過ぎない。左手でデザートイーグルを引っ手繰るような仕草をしながら、ギアに手を運んで一気に加速をつけるアド。そのアドのわざとらしい仕草に、身体ごと避けるような格好になったリスティの行動は見ていて愉快とすら思えてしまう。
「まぁ、んなことはどーでもいいんだ。はっきり言わせてもらっと、お前にんなもんが扱えるワケねーだろ?」
 リスティの姿に胸中で思い切り苦笑しながら、アドは銃器についての知識が何もないパートナーへ忠告とも取れる言葉を投げかける。溜息を吐きながら言うアドの態度が気に食わなかったのか、はたまたただの強がりなのかは分からないが、リスティは小さく舌を出して『あかんべ』の格好をする。
「何でよー。あたしだって、銃の一つや二つ扱ってみせるわよ!」
 知らないと言うことは罪だとは良く言ったものだ。アドは今日何度目になるか分からない溜息をつきながら、一度リスティの方に視線を投げて――正確にはデザートイーグルを見たのだが――一気に捲くし立てる。
「んな問題じゃねーんだよ。いいか、良く聞けよ? デザートイーグルってのはな、通称『ハンドキャノン』って呼ばれてて、女子供が扱うと腕の骨が外れるぐれーの威力があんだ」
「えーカッコいいのに・・・」
 だがしかし、そんなアドの忠告に対してもリスティの反応はこれである。まるでアドの言うことが信じられないとでも言わんばかりの反応に対して、アドは面倒臭そうに懐から一挺(いっちょう)の銃を取り出す。
「仕方ねーから、オレのを貸してやっからこれ使え」
 取り出した銃をマジマジと見つめながら、どことなく惜しげにリスティに手渡すアドの仕草は、まるで恋人との別れを悲しむような姿にも似ていた。
「何かカッコよくない」
 しかし、素直に受け取ったまでは良かったが、一言めの感想がこれである。
「うっせー! これはオレのお気に入りの逸品なんだ、黙って使えっての!」
 リスティの意見が心底気に食わなかったらしく、アドは睨みつけるように助手席に座っているわがままなパートナーを一喝する。
「・・・・・・なんて名前なの、これ?」
 そんなアドの言葉に身体ごと飛び上がるような仕草をしながら、リスティは恐る恐る銃の名前について質問してみる。自分の扱う銃の名前ぐらいは聞いておきたいと言うのが素直な気持ちなのだろうか。
「ルガーP08って言ってな、愛用の銃だ。今じゃ、滅多に手に入らねーマニアも欲しがるレアなシロモンだ。・・・・・・大事に使えよ。壊したら承知しねーかんな!」
 心配そうにアドが愛用の銃に視線を送るが、それもそのはず。この銃はアド本人が言っているようにかなりレアなもので、裏ルートをもってしても中々手に入らないという逸品だ。旧世紀にはある国の軍用拳銃として採用されたもので、今では幅広く使用されている9ミリパラベラムを使用する銃の代名詞として有名である。その特徴的なドグルの動きは、尺取り虫をイメージさせるような変わった作動方法となっている。
「もっとカッコいいのがいいー。ってかさ、あんたの銃なくなっちゃうじゃん?」
 ダダをこねながらもきちんとアドの心配をしているリスティに関心しつつ、逆にそのリスティの良心を悪用しようとするアドの性格は捻くれているのだろうか。不敵な笑みを浮かべながら、自分の悪知恵に胸中で苦笑を浮かべるアドである。
「そーなんだよな。オレの銃がなくなっちまうんだよなー。・・・・・・仕方ねーから、そのデザートイーグルよこせよ」
 自分で口にしておきながら、今にも噴き出しそうになりつつもそれを表には一切に出さないようにわざとらしく運転に集中するアド。そんなアドの考えを何も知らないリスティは、素直に頷きながらアドにデザートイーグルを手渡す。
「はい。あたしのじゃないんだから、大事に使ってよね? しょうがないから、あたしはあんたのこれ使うわ・・・」
 ルガーP08を膝の上に置いてから、信じられないぐらいの重量差のある『ハンドキャノン』を両手でアドに手渡す。運転しながらそれを横目で見ていたアドは、今にも叫びたくなるぐらいの気持ちを精一杯に抑えてそれを左手で受け取る。受け取ったデザートイーグルを右手に持ち替えると、その重量感たっぷりの銃を嬉しそうに手の中で弄ぶ。自分でも自然と表情がにやけてしまうのが分かったが、正面を向いているためにリスティには気づかれていないようだった。今にも実射したい衝動に駆られるが、流石のアドと言えども運転中に無意味に実射などはしない。
そのまま車のドアポケットにそれをしまいこむ。ルガーP08とはその大きさがあまりにも違うために、懐のホルスターには納まりきらないと言うワケだ。
「・・・何だか妙にニヤニヤしてるけど、大丈夫ー? ついに気でも狂った?」
 リスティが不思議そうな顔で声をかけてくるが、既に聞く耳持たない。代わりに、ギアを一気に6速まで替えるとアクセルを力いっぱい踏み込んだ。
「よし、もう少しで目的地に到着すんぞ!」
 その表情は、獲物を捕らえた獣――いや、誕生日プレゼントを貰った少年のような無邪気な笑顔だった。

 

 現場に到着したアドとリスティは、車から降りてとりあえず作戦本部であろうテントが張られている方へと歩みを進めた。仕事内容が気に食わないと言っていた割には、アドは妙に嬉しそうな表情をしながら完全武装での出撃である。相変わらずお気に入りの迷彩バンダナを額には付けている。基本的に防弾チョッキ類は好まず、ジャケットの下には半そでの迷彩Tシャツのみ。手には、こちらも愛用の黒いフィンガーレスグラブを着用。指の部分が出ているために、銃が握りやすくしているのは彼らしいところだろうか。そして手には、黒光りする大型の拳銃が握られていた。
「あれー、アドなんでそんな銃持ってるのよ? さっきの銀色のヤツは?」
 そんなアドを見ながら、リスティはかなり不思議そうな表情で15センチ近く上にある顔に向かって疑問を投げかける。しかし、当のアドは大して気にした様子を見せずに、銃の先端に何やら長細い筒状のものを取り付ける作業を行っているようだった。そのアドの態度が気に食わなかったのか、リスティは頬を膨らませながら懐から先程アドから借りた銃を構えてみせる。ムダに大きいデザートイーグルとは違って、このルガーP08はリスティの手でもある程度馴染んでくれる握りやすい銃だった。重量もそれほど感じることはなく、満更アドの言うことはウソではなかったと言うことを実感する。
「あたしが話しかけてるんだから、反応しなさいよー! でなきゃ、撃っちゃうわよー!」
 アドの顔面目掛けて銃を構えて脅しつけるが、当のアドは全く気にした様子を見せずに相変わらず筒状のものの取り付け作業を行っている。
そんな態度についに怒りが頂点を達したのか、リスティが引き金に手をかけようとした時だった。 どうやら、筒状のものの取り付け作業が終わったらしく、アドがリスティの方を見下ろして面倒臭そうに口を開いた。
「セーフティ解除しなきゃ、撃てねーぜ?」
 余裕の表情をしながらリスティに言うアドである。そして、たった今取り付け作業を完了して、先端に筒状のものを取り付けたアドの銃をリスティに向けて構えて見せる。
「え、セーフなに? って、危ないじゃないのよー。こっちに向けないでよ!」
 自分では平気でアドに銃を向けておきながら、そんなことを言うリスティである。だが、そんなリスティには構うことなく、アドは照準をリスティ――正確に言うと、リスティの少し頭上なのだが――に合わせる。そして、そのままリスティの頭上を狙ってトリガーに手をかける。パスン、と言う鈍い音を立てながら、銃口からリスティの数センチ頭上目掛けて弾丸が真っ直ぐに飛び出した。まさかのアドの行為に、リスティは身体を縮めながら驚いてみせる。
リスティのそんな当然の行動は、彼女がそれをやるとやたらと可愛らしく感じてしまう。
「って、ホントに撃つなんて信じらんない。あー、あたし死んだかと思ったじゃないの!」
 今にも泣き出しそうな仕草をしながらリスティはアドに向かって怒声を上げる。リスティの言うことは最もな意見で、人間相手に、しかも女の子相手に本当に実射するなど正気の沙汰ではない。とは言え、アドも本当にリスティを狙って撃ったワケではなく、軽い悪戯心あっての行いであることは間違いない。いつも生意気なことを言うリスティに、軽いお仕置きをしたと言ったところだろうか。だが、狙うような格好をしながら頭上スレスレのところを狙って外すなどと言う行為は、自分の射撃の腕に自信がなければ出来ない芸当である。自信過剰なアドだからこそやったことと言えるだろう。
「よし、サイレンサーの調子は良いな。ってか、マジで狙って撃つワケねーだろ」
 先程取り付けた銃の先端の筒状のものを触りながら、一人で頷くアドである。平然とした顔でそんなことを言うアドに対して、リスティは目くじらを立てながらアドに詰め寄る。
「信じらんない・・・。普通、冗談でも女の子に銃口向けないわよ・・・。さいってーね」
 言いながら、小さく舌ベロを出してアドとの距離を数歩分取る。銃を持っている相手にこの距離がどれほど意味のある距離なのかは微妙だったが、そんな子供っぽいリスティの仕草は昔のままである。そんなことを考えながら、アドは溜息を一つ吐くと自分から数歩の距離を置いた少女に向かって言葉を投げかける。
「ほら、モタモタしてねーで、とっとと行くぞ。特佐官殿がお待ちかねだかんな・・・ショウたちも着いてる頃だろうしな」
 アドは言いながら、完成予定8月と書いてある看板を不思議そうに見つめたあとに、作戦本部がある場所へと向かった。

☆用語集☆
『銃関係』・・・挺、9ミリパラベラム、ドグル、ホルスター、セーフティ、トリガー
『銃名称』・・・デザートイーグル、ルガーP08
『基礎知識関係』・・・オートカー、GPSナビ、マニュアルカー、 オートマカー

      


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送