ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第三回

「んで、これのどこが廃ビルなんだ?」
 現場の作戦本部であるテントの前までたどり着き、正面に存在する建物を見ながらアドはそんなつぶやきを漏らした。しかし、アドが言うのも無理はない。ボスからの情報によると、廃ビルに立てこもった強盗犯を捕まえると言うことを報されている。指示書にも、ビルのことは明記してあるが廃ビルとは明記してないと言うことに気付いてはいたのだが。たった今自分の正面にある建物は、どこからどう見てもビルと呼べる建物だろう。だが、そのビルの前にはブルドーザーのようなものや、フォークリフトの類が駐車されているではないか。極めつけは、目の前のビルには窓ガラスが一つも張られていなく、足場まで組みつけられていると言った状態だ。これはどう転んでも、廃ビルではなく建設中のビルにしか見えない。
「あれー、おかしいわね。ボスは確かに廃ビルって言ってたのに・・・? あ、でも灰色のビルだよ?」
 アドの横では間の抜けたような感想を口にするリスティがいたが、あえて何も突っ込みを入れないでおく。建設中であるために塗装はしていない上に、コンクリートで出来たビルなために周りは灰色と言うワケだ。確かに『灰色のビル』なのかもしれないが、ボスが『灰ビル』と表現したのではないと願いたいところだ。
「ま、あのボスのことだ。こんなんでいちいち驚いてらんねーよ。それよか、特佐官殿はどこにいんだ? ショウたちも着いてても良さそうなんだけどな・・・?」
 言いながらアドは周囲を見回す。強盗犯が立てこもったと言うワリには、ビルの方は静まり返っているように思えた。少なくても、アドの頭の中では既に銃撃戦になっていて激しい攻防が繰り広げられている光景を描いていたのだ。軽い期待外れに多少のやる気を喪失しつつも、とりあえずは命令通りに現場の特佐官の指示を仰いでから行動することにする。しかし、作戦本部の近くまでやってきたのだが、人の気配を感じ取ることは出来なかった。既に全滅させられてしまったのかと、最悪のパターンを頭に描こうとすると、不意にリスティが声を掛けて来た。
「ねーねー、向こうに誰かいるみたいだよ? 行ってみない?」
 アドを指でつつくような仕草をしながら、作戦本部から少し離れた場所を指差している。言われて、指を差している方に視線を向けようとしたアドだったが、それより先にリスティの姿が目に入った。そんなリスティに変な違和感を感じたアドは、疑問を言葉にして投げかけてみる。
「・・・お前、太ったんじゃねーか? それと、ズボン似合わねーな?」
 突然、しかもマジメな話をしている時にそんなことを言われたものだから、リスティは瞬時に対応しきれずに思わず本音を漏らしてしまう。
「そうなのよー。最近甘いもの食べ過ぎてね・・・・・・って、何言わせるのよっ! これは防弾チョッキ着てるから少し太って見えるだけよ! あんただってそれぐらい着てるでしょーっ! ズボンだって、スカートだと足が汚れるからズボンにしただけなんだから、余計なお世話よ! 」
 だが、流石のリスティも自分が何を言っているのかに気付き、途中で言葉を切り代わりに罵声を浴びせた。本人の言うように、防弾チョッキを着ているために多少太って見えたと言うことはアドにも分かっていたのだが、あえてそんな言葉を投げかけたアドはかなり性格が悪いと言えるだろうか。
「オレは防弾チョッキは着ねー主義なんだ。んなもん着なくても、当たんなきゃどってことねーんだよ」
 現に、アドは防弾チョッキの類は一切身につけていない。出撃前に来ていた迷彩Tシャツの上にジャケットを羽織っただけの格好なのである。当然、銃撃戦を予想していたのだから防弾チョッキぐらいはつけても良さそうなのだが、アドは防弾チョッキをつけることは好んでいない――いや、むしろ嫌っていると言った方が適切なのかもしれない。
 それに比べて、銃の知識がほとんどないワリにリスティはきちんと防弾チョッキを身につけていた。厚手のチョッキを着用しているので、種類についての知識はあまり持ち合わせてないようではあるが。そして、いつも好んで履いているスカート姿ではなくズボンを履いていると言う点を見ても、それなりの認識は持っていてくれているのかもしれない。仮にスカートだったとしても、ストッキングを履けばそれなりに汚れないで済むのではないかと言う疑問があったのだが、アドの記憶の底にはリスティはストッキングをあまり好まないと言うことがほんの少しだけ残っていた。理由は分からないが、スカートを好む彼女がストッキングを履いている姿を見たことはない。二人がそんなやり取りをしていると、不意に声を掛ける人物がいた。
「そこの二人。L地区支部の支援の者か?」
 いかにも凛々しい声音で話し掛けて来たのは、どことなく落ち着いた雰囲気を持った女性だった。黒髪と、キリっとした目元が印象的なその女性は、アドとリスティを物色するように確認してくる。こちらが何も言わなくとも既に分かっているとでも言いたいのだろうか、はたまた今頃支援に来たのかとでも言いたいのだろうか。あまり歓迎されていないような態度で迎えられたアドは、わざとらしく不貞腐れたような反応をしてみる。
「あぁ? 普通、人のこと聞く前に自分の名前を名乗るもんじゃねーのか?」
 いかにもガラの悪そうな口調で言い返しながらも、目の前の女性を観察することを忘れない。見た瞬間に気付いたことなのだが、この女性が現場の特佐官殿なのだろう。B-Fog基幹職専用のジャケットに身を包んだその姿は、彼女が特佐官だと言うことを嫌味なほどに表していた。全体的に銀色をしたジャケットの襟首の部分には、特佐官の地位を示す黒い星印の刺繍が施されている。ちなみに余談になるが、ボスは赤、班長は青と言った識別色がそれぞれに設けられている。
 そんなアドの言葉に、女性――特佐官は特に気を悪くした様子もなく応えて来た。
「私は、B-Fog・I地区支部所属のアサカ・ライラック特佐官だ。二人は、L地区支部からの支援の者と見受けるが・・・?」
 特佐官――アサカは、アドとリスティの二人を見据えながら冷静な口調で必要最低限のことだけを口にする。そんな態度がさらに気に食わなかったのか、アドは眉根をひそめながらアサカに向かって嫌味を浴びせる。
「あんたが特佐官殿か。女の特佐官殿がいるなんて話、初めて聞いたぜ」
 特佐官と言えばエリートと言っても差し支えのない存在である。そんな特佐官に女性が存在していたことは駆け引きなしに驚いたことなのだが、あえてそれを表に現さないのがアドらしいと言ったところか。アドの嫌味を理解してかしていないのか――恐らく後者だろう――リスティが感心しながらアサカに敬意を表す言葉を口にする。
「いいじゃないのよー。女性特佐官なんてカッコいいと思わない? あたしもいつかはなってみたいなー」
 別にアサカをかばうつもりで言ったワケではないのだが、結果的にはかばっているようにしか見えないのは事実。だが、そんな二人の言葉にも特に気を悪くした様子はなく、アサカはもう一度同じ質問を繰り返した。
「・・・二人は、我々I地区支部の支援に来た者なんだな?」
 訊ねていると言うよりは、確認していると言った方が正しいのだろうか。返事など待たなくとも、アサカ自身は二人がL地区支部の人間だと言うことを理解しているように思えた。あのボスが個人データを送ったなどと気の利いたことをするワケがないので、無関係な人間がこんな場所にわざわざ足を運ぶはずもないと言うことを考慮しての判断と言えよう。
「おいおい。女性の質問にはきちんと応えてやらねぇとダメだぜ?」
 そんなアサカの質問に応えたのはアドでもリスティでもなく、どこからともなく聞こえた男の声だった。だが、わざわざ振り向かなくとも、アドにはその声の主が誰だかは理解できていた。アドは皮肉を込めるように振り向きながら声の主に向かって歓迎の言葉を投げる。
「大統領さまの到着、ってか? 遅っせーじゃねーか。とんだ遅刻魔だな、ショウ」
 声の主――ショウは、アドの皮肉にもなんとも思わずに、一番最初にアサカの前まで歩み寄っていく。アドの言葉に何とも思わなかったのではなく、そもそもアドの存在は無視しているように感じるのは気のせいではないだろう。
「こんなに美しい方を無視するなんてなぁ? B−Fog・L地区支部、特殊機動班所属のショウ・カッツだ。仕事の後、一緒に茶でも飲まねぇか、お姉さんよ?」
 アサカの前までたどり着いたショウは、自己紹介をすると共にそんな誘いを口にしたのである。右手で握手まで求めているところはさすがと言った感じだろうか。だが、アサカはそんなショウの言葉までにも気にした様子も見せずに軽くあしらってしまう。
「私はアサカ・ライラック特佐官だ。仕事をする前から、終わった後の話などしないでもらいたいな。そう言う話は、仕事が終わった後にしてもらえないかな?」
 何とも微妙な返事を返しながら、アサカはショウの握手に応じるつもりはないようだった。そんなアサカの反応に多少ガックリしながらも、ショウはあまり気にした様子を見せない。
「早速いつものをやっちゃって・・・。結果は見えてたって言うのに」
 いつも見慣れている相方の行動に溜息をつきながら、ギュゼフもアドたちの前に姿を現した。
「ショウとギュゼフ! もぅ、大遅刻よー」
 ショウとギュゼフを確認したリスティは、頬を膨らませながら怒って見せるが大して怒っているようには見えない。それどころか、この二人にはこれが当たり前とすら思っているように見える。
「カツの遅刻なんて、今に始まったことじゃないでしょ? お陰で私まで遅刻魔にされちゃってるし」
 言いながらギュゼフは、いつまでたっても遅刻癖が直らない相方に溜息をつくだけである。 アドとリスティとは別々に現地へ向かうことになったショウとギュゼフは、いつもと同じようにショウのバイクでの出撃だった。しかし、ショウの悪い遅刻癖の所為で到着する時間が遅れてしまったと言うワケである。一体何をしていたのかは分からないが、これはいつも見慣れた風景のようで彼らにとっては当たり前の出来事になっているようだった。
「・・・何でもいーけど、特佐官殿がお怒りみてーだぜ?」
 そんな三人の会話を見物していたアドは苦笑を漏らしながら、不機嫌そうな顔をしているアサカをアゴでシャクって示してみる。アドが差す先には、彼の言うように今にも怒鳴り返してきそうなアサカの姿がそこにあったのである。

 

「見ての通り、オレたちはB−Fog・L地区支部所属の特殊機動班だ。オレはアドミニスタァ・レオンブルー。一応班長代理をやらされてる。・・・ちなみに、なっげー名前だからアドって呼んでくれて構わねーぜ?」
 
自己紹介をしながらアド――本名はアドミニスタァと言う。非常に長い名前のために、自らアドを名乗っているワケだ――は自分達の素性を紹介する。当然、アサカ自身もアドたちのことを分かっていたようだったが、送られてくるメンバーのことまでは聞かされていなかったらしい。そんなワケもあって、自己紹介を含めた作戦会議を行っているところだった。
「あたしはリスティ・アンティラス。今回、アド・・・班長代理とパートナーを組むことになっています」
 
流石に上官相手には、リスティはいつもの話し口調を使うことはないようである。組織の上下関係上当然と言えば当然の行いなのだが、アドやショウを見てしまえばそれが妙に丁寧に話しているように見えてしまうのは何とも言えない。
「オレはショウだ。さっき名前言ったから、もちろん覚えてもらえたと思うけどよ。茶ぁ、楽しみにしてるぜ?」
 
懲りずに再び握手を求めるが、アサカはまたしてもそれには応じないようだった。ショウの性格を読んでいるのか、それとも単に握手までする必要はないと判断したのか――恐らく前者である可能性が高いか――アサカはそっけなく見ているだけである。
「けっ・・・」
 釣れない相手に対して、ショウの口癖でもある言葉を発してそっぽを向いてしまう。別にいじけているワケではないのだろうが、ショウのしていることはとても仕事中にやるような行動ではないのだから自業自得と言われても文句は言えないだろう。
「私はギュゼフ・バーンです。本来私は特殊機動班じゃないんですけど・・・まぁ、以後お見知りおきを」
 
言いながら最後を締めくくったのはギュゼフである。彼の言うように、ギュゼフの正式な所属は特殊機動班ではなく、特殊技能班なのである。直接現場に出るような仕事も受け持つが、本来特殊技能班のやるべきことは文字通りに技能――いわゆる銃の改造やメンテなどの技術を要する仕事をすることが本来の目的。だが、ギュゼフは特殊機動班のメンバーも兼ねているために、こうして直接現場に赴いて作戦に参加することがある――と言うよりは、そちらの方が断然に多かったりするのだ。本人は、出来れば少しでも身体を動かしていた方が好きなタイプなので、こうして現場に出られることは嬉しいと思っている。彼と仲の良いウエスト・フェイズィと言う青年がいるのだが、彼は常にデスクワークをするのが任務だった。ギュゼフには考えられないが、ウエストはそんなデスクワークに命を懸けていると言っても過言ではないほど、コンピュータ関係の仕事が好きな人物らしい。一体どんなところで話が合うのかはわからないが、ギュゼフとウエストは相当仲が良いらしい。
「んなワケで、オレたちは『廃ビル』に立てこもった強盗を捕まえろって、ボスに命令されてここまで来たワケなんだが・・・。わりーけど、状況説明してくんねーか? 何だか、聞いてる話と随分違うみてーだかんな?」
 
一通り自己紹介を終えたアドたちは、一応の班長代理のアドが自ら仕事内容についての確認を行う。アサカはアドの意外な発言に、キレのいい眉をひそめながらゆっくりと状況の説明をしだしたのだった。

☆用語集☆
『地名関係』・・・I地区
『組織関連』・・・特佐官、ボス、班長

      


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