ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第五回

「お前はなんも知らねーみてーだから、念のため言っとく。GPSナビってのはな、車にもついてるカーナビってヤツの携帯版だ。ヤツが言ってたのは、今じゃ主流になってる腕時計型のGPSのことを言ってたみてーだけどな」
 
作戦本部のテント内にてGPSデータの転送を無事に終わらせたアドは、何の知識のないリスティに面倒臭そうに説明をしていた。リスティの所為でとんだ恥をかいてしまったのだが、彼女にはそんな自覚が全くないと言ってもいいだろう。キョトンとした顔でアドの説明を聞いているだけである。
「でも、お前のお陰であの班長の困惑した顔を拝めたんだ。相当常識外だったんだろーぜ」
 
その時のディリーの表情を思い出しながら、アドは苦笑を浮かべてみせる。それほど大きな態度を取っていなかったとは言え、そもそも班長だとか特佐官と言った基幹職の人間は好きになれない。今でこそ自分も班長代理を任されているワケだが、本人にその自覚はゼロと言ってもいいだろう。大体、同じ人間同士なのになぜ当たり前のように命令されなければいけないのだろうか。その組織ではそれなりの実績があるのかもしれないが、所詮それは組織内だけの行いである。人間の価値と言うのは、組織のようにちっぽけな籠の中での行いではなく、人生と言う大きな時間の中でどれぐらいのことをしたかによって決まるのではないかと、アドは考えている。当然、自分とて今までそれ程大した行いをしてきたワケではないのだが、少なくても組織の班長や特佐官もアドと大して変わらない人生しか歩んでいないだろう。そんな立場の人間に、当たり前のように指図されてはたまったものではないと言うのが、素直な気持ちだったりする。とは言え、そんな強情を言っていても何も始まらないので、今は自分の立場をわきまえて目の前にある事件を解決することだけに専念することにしているのだ。
「んじゃ、オレたちも突入するとすんぞ」
 
言いながら、アドは愛用のソーコムMK23を簡単に構えてみせる。ディリーの作戦により二手に分かれることになったアドたちは、ディリー率いるショウ、ギュゼフコンビが先にビル内に突入することになっていた。既に3人はビルに突入しており、あとはアドたちが裏から回りこんで突入するだけである。
「あ、うん。ちょっと待ってよ。ついでにいくつか質問してもいーい?」
 
こんな仕事はとっとと片付けて給料を貰いたいという気持ちのアドを余所に、リスティはいつも通りのマイペースぶりを発揮してくれた。
「さっきも言ったけど、銃の先っちょについてる筒みたいのはなに? あと、弾とかセーフ何とかって言うのもよく意味が分かんないんだけど・・・?」
 
この期に及んでどうしようもない質問を並べてきたリスティに対して、アドは心底面倒臭そうな表情になりながらも、ゆっくりと説明を始めた。
「・・・銃ってのはな、それぞれ違う種類の弾丸を使うんだ。銃の性能に合わせて、それに見合ったものを使わねーとダメなんだ。お前のP08は、一番メジャーな9ミリパラベラム――9パラを使うから、残数はあんま気にしねーでいい。組織が無償で支給してくれるかんな。出来る限り持ってくことを薦めるが、あんま持って行ってもお前じゃ重くて動けなくなっちまうだろ?」
 多少の皮肉を込めながら言うアドだったが、当のリスティには何のことだかさっぱり分かっていないようである。相変わらずキョトンとした顔のまま、軽く頷いてみせるだけだ。だが、そんなリスティには気にせずに、アドは続きを口にする。
「あと、さっきの筒状のヤツは、サイレンサーって言って・・・ようは消音器だ。撃った時に音がなんねーようになってんだ。こう言ったビルの中や、夜には必要なアイテムだ。音がしなきゃ、相手に居場所を悟られる心配が減んだろ?」
 続けざまにリスティの質問に応えるアドだったが、当のリスティは理解しているのかしていないのか――おそらく、後者の可能性が高いか――相変わらず間の抜けた顔でそれを聞いているだけである。いつものリスティだったらこの辺で何か言い返して来そうなものだが、専門用語ばかりを並べられて頭の中がパニくっているのだろうか。せめて、適当な相槌だけでも返してきて欲しいと言うのが素直な気持ちだったのだが、今のリスティにそれを期待するのは酷な話だろう。
「あとはセーフティの説明だけだが・・・お前、実弾撃ったことあんだろ? この後の及んで、ねーとは言わせねーぞ?」
 多少引きつった顔になりながら言うアドの不安を余所に、リスティは小さな胸を反らしながら
慌てて銃を手に構えて見せるが、どうも危なっかしく見えてしまう。 
「一応あるわよん。射撃場で何回か。でもね、全然的に当たんないのよー」
 
自信満々に答えてくるリスティの言葉は、間違いなくアドをさらに不安にさせるようなセリフでしかなかった。
「撃った事あんなら、セーフティのことぐらい知ってんだろ? 普段撃たねー時に誤射しねーように銃に備わってる機能・・・安全器ってヤツだ」
 アドの知識の中では、銃を撃ったことがあるのだからセーフティを解除したという常識があるので、それぐらいのことは知っていて当然と言いたいのだろう。そんなアドの説明の中に自分の知っている単語を拾い上げたらしく、リスティは顔を輝かせながら多少グチっぽい口調で答えてきた。
「あ、なーんだ。安全装置のことね。それなら知ってるわ。カッコつけてセーフなんとかなんて言うから分かんないのよー」
 リスティの言葉に余程突っ込みを入れたい気分だったが、これ以上突っ込んだら疲れるだけだと分かっているので、敢えて何も言うようなことはしない。
「・・・いきなり実戦で大丈夫なんかよ・・・?」
 リスティ本人に訊ねているのではなく、すでに独り言の域に達しているアドの言葉には哀れみすら生まれてきそうだった。だが、当のリスティ本人にはそんな自覚は全くなく、さも当たり前のような表情をしながらとんでもない言葉を口にする。
「んー、わかんない。けど、いざって時はアドが守ってくれるんでしょ?」
 小首を傾げながら上目遣いでアドの表情を窺うリスティの仕草は、とても魅力的な仕草であることは間違いなかった。そんなリスティの仕草にもアドは何の感情を持つことはなく、逆に半ば予想していた通りの答えが返ってきたことに対して肩をすくめながら溜息をついてみせる。
「オレは女を守んのは好きじゃねーんだ。自分の身ぐらい、自分で守れっての」
 本音の中の本音と言っても差し支えのないその言葉を発しながら、アドはそそくさと裏口に向かって歩き出した。リスティはそんなアドの冷たい態度に多少腹を立てながら、少しずつ遠ざかっていく背中に向かって短く舌を出してみせる。
「い〜だ! アドの意地悪!」
 
「それだったらさ、シュタタタッ!って、オレがリスティちゃんを守ってあげるよ。この、”神風のウインド”に任せときな!」
 そんなリスティの行為を横で窺っていた人物が、不意にリスティに声をかけてくる。その声に振り向いたリスティの視線の先にいた人物は、アドたちと一緒に突入することになっているI地区支部の一員、ウインド・ルーファスと言う若い男、その人だった。

 

「けっ、向こうのお二人さんは、仲良くやってるんだろうな。こちとら、野郎3人で突入なんて、魅力の欠片もない作戦だけどよ・・・」
 正面玄関を何事もなく突破したショウたち3人は、敵の奇襲攻撃を十分に警戒しながらロビーの端に設置してあるエレベータの前までやってきていた。幸い、1階には敵の気配はなく、2台設けられているエレベータも特に問題なく作動しているようだった。
「レオンはアンちゃんとは組みたくないようなこと言ってたけど、我々としては許しがたいことですからね」
 ショウの意見に同意するかのようにギュゼフが大きく頷いて見せるが、そんな二人の不謹慎な態度にディリーが渇を入れる。
「お前たち、すでに作戦は始まっているんだからもう少しマジメにやったらどうだ? どこに敵が潜んでいるか分からないんだぞ。そんな甘い考えは捨てることだな」
 サングラスをかけているために直接目を見ることは出来なかったが、その瞳には怒りを宿らせているように思えた。どことなく、ショウとギュゼフの二人のことを信用しきっていないと言う考えの表れでもあるのだろうが。突入する前にも二人が言っていたグチなのだが、どうも二人が上手い具合に自分の命令に従ってくれない節があった。特にショウの方はあからさまに不貞腐れたような態度を取り、正面突破にも不満の色を隠さなかったのである。もちろん、いざ突入となれば周囲の気配をきちんと窺いながら隙のない動きでディリーに続いては来たものの、どうも上の空のショウがそこに存在していることには違いない。
「そんなこと言っても、このメンツじゃやる気が半減する気持ちは分かるだろ? あの特佐官殿が一緒だって言うんなら、少しはやる気が出るんだけどよ」
 キツイ性格ではあるが、女性には違いないためにショウの目にはきちんと留まっているアサカである。てっきり一緒に突入と期待していたところを、見知らずの男の指示に従っての仕事となったので、どうにもやる気が出ないと言うのが素直な気持ちだろう。女好きなショウの性格を良く知っているギュゼフならまだしも、何も知らないディリーにそれを理解しろと言う方がムリな話だった。
「ライラック特佐官は、我々の動きを把握しながら的確な判断で敵の居場所などを突き止めてくれる。全員で突入せずに、いざと言う時のために誰かが残ることは作戦としては当然のことだろ? そんな甘い考えでいれば、いつか・・・」
「はいはいはい。しっかりと働けばいいんだろ、班長さんよ。おしゃべりはこの辺にして、とっとと強盗とやらを捕まえに行こうぜ」
 ディリーが相変わらずの言葉を口にしようとしたのだが、ショウがそれを遮るように早口で捲くし立てた。そんなショウの対応に多少眉をひそめながらも、ディリーは細いサングラスを直す仕草をしてからゆっくりと頷いた。
「エレベータは使わない方が無難でしょう。何かあった時は袋のネズミになってしまいますからね」
 エレベータのスイッチを押しながら、ギュゼフが最もな意見を口にする。しかし、そんなギュゼフの行動が気に障ったのか、ディリーは小声で矛盾な行為を行っているギュゼフに指摘をする。
「エレベータのスイッチを押している時点で、敵に動きがバレているだろうが。お前は冷静なのは口だけだな」
 皮肉を浮かべながらディリーがそんなことを言うが、ギュゼフは気にした様子を見せない。いつものように冷静を装いながら、懐から小さな何かを取り出したようだった。そして、懐から取り出したそれを二人に見せながら、何かを思い出すような仕草で口を開く。
「これはフェイズがくれたものなんですが、バイオガン感知器と言うヤツです。まぁ、知ってるとは思うけど、バイオガンがこの装置の半径5メートル以内に近づくと大きな音がするってヤツですね」
 当たり前のことを言うなとでも言わんばかりの表情でディリーが見つめているが、そんな視線はさほど気にはならない。この場にリスティがいたならば、この装置の説明を詳しくしなければならなかったことは間違いないだろうが、皮肉にもこの場にリスティは存在していない。
「こんなもの持っていても、相手にこっちの居場所がバレるだけですからね。こうして・・・っと」
 一人で言いながら、ギュゼフは『バイオガン感知器』のスイッチをオンにし、さらには音量を最大限まで上げる。こうすることで、バイオガンに反応した時にかなり大きな音を発してくれるので、その能力を十分に発揮してくれると言うワケだ。ギュゼフがバイオガン感知器のスイッチを押したとほぼ同時ぐらいに、エレベータが無事に一階にたどり着いたところだった。小さな機械音とともに扉が開くと、ギュゼフは無人のエレベータの中に先程スイッチを入れたバイオガン感知器を設置する。そんなギュゼフの不可思議な行動に対して、パートナーであるショウが疑問の言葉を投げかけてくる。
「お前とはそれなりに長いけど、一体なにがやりたいのかサッパリ分かんねぇぜ」
 両手を広げながら肩をすくませるショウに苦笑しつつも、ギュゼフは細い目をさらに細くして鋭い目つきで二人に告げる。
「後はエレベータを適当な階に送って、我々は階段から上に登るだけです。するとどうでしょう。エレベータに設置してある装置が敵の持ってるバイオガンに反応して、敵の居場所を報せてくれると言うワケです。余計なものを貰っちゃったと思っていたけど、頭の使い方次第ってことですよ」
 言いながら右人差し指で頭を指し示して、乾いた笑みを浮かべるギュゼフである。
「・・・わざわざ敵にこちらの存在を明かしてどうする? これだから甘いと言うんだ」
 ディリーはギュゼフの行為を鼻で笑い飛ばしながら、ゆっくりと階段のある方へと歩みを進めていた。口ではこう言っているものの、多少は彼等の行為はきちんと受け止めているようである。
「けっ・・・そう言うことか。だったら、全力で階段をかけ上るぞ! エレベータよりも先に上の階に行って、敵の注意があの装置の音に引き付けられてる間に抹殺だ」
 言うが早いか、ショウはディリーを追い抜かしてそそくさと階段の方へと走り去っていく。その右手には、既に自分の相棒のコルトパイソン.357マグナムがしっかりと握られていることも忘れてはいけない。
「これで少しはアンちゃんたちの方に敵が行くことはなくなるでしょ? あの音に撹乱してこっちに敵が集まってくるだろうけど・・・ま、こっちの負担が大きくなるって話はこの際気にしない方がいいですね」
 ギュゼフも走りながら誰にともなくそんな言葉を口にするが、間違いなく自分達に余計な負荷をかけているのは事実である。しかし、裏手から忍び込んでいるアドたちが敵に見つかる確率が少しでも減ったことで、リスティの身の危険がそれだけ減ったと言うのは間違いないだろう。その代償として、自分達に危険が伴う可能性が大幅に上昇したことは、止むを得ないことと言うしかないようである。ギュゼフはそんなことを考えながら、階段の前に引かれていたであろう『立入禁止』のテープを飛び越えて、先行しているショウとディリーを追いかけるために一気に階段をかけ上ったのである。

☆用語集☆
『銃関係』・・・サイレンサー
『銃名称』・・・コルトパイソン.357マグナム
『基礎知識関係』・・・バイオガン感知器

      


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