ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第六回

 特に問題なく裏口からビルに侵入することに成功したアドたちは、敵の気配を探りながら辺りを見回す。裏口と言うだけのことはあってか、ロビーのような広い場所は存在せず、そこはいくつかの部屋が存在する廊下のような場所だった。
「こりゃ、隠れるとこがねーから、敵と遭遇したら厄介だな。早いとこ階段を見っけて上の階に行こうぜ」
 真っ直ぐと続く廊下の先を見据えながら、アドが独り言のようにそんなことをつぶやくが、残念ながら誰もアドの言葉には反応しなかった。別に返事を期待していたワケではないにしろ、これでは一人で侵入したのと変わりないような気がしてならない。いや、もしかしたら、一人で侵入するよりも厄介な連中を引き連れてきてしまったのかもしれないが。
「うわぁ、すっごい広いところだねー。こんなに広いとお掃除が大変そーねー」
 リスティがおよそ場違いな言葉を口にするが、この際無視である。元々彼女の性格を知っているために、こうなることは半ば予想をしていたこととは言え、それが的中してしまうことは悲しいことである。
「こっちに階段があるぞ。バビュッと登って強盗を捕まえようぜ!」
 リスティ一人の子守だけでも大変だと言うのに、I地区からのメンバーがこんな間の抜けた人物であることに、自分の運のなさを痛感する。
ウインド・ルーファス。自称『神風のウインド』と言う異名を持つらしいのだが、自称『速射』の名人らしい。口先では何とでも言えることなのでこの男の実力は分からないが、少なくてもリスティよりは役に立ってくれることを願いたいところだ。
「よし、出来る限り気配を消して敵さんにこっちの存在を悟られないように上に行くぞ。正面じゃショウたちが敵さんを引きつけてくれてんだろーから、あんま敵さんがいねーかもしんねーけどな」
 ショウの実力をこの目で拝めないのは残念だったが、あちらはあちらで上手く切り抜けてくれることだろう。自分の腕に自信がない限り、弾丸が6発しかないリボルバーで渦中に飛び込むようなマネはしないはずだからである。
「えー、階段上るのぉー。あたし疲れるからエレベータがいいなー」
 アドが、ウインドの見つけた階段を数段上がったところでリスティがダダをこねるような仕草でアドのやる気を低下させる。突入前から心配していたことなのだが、敵と遭遇する前にこんなことになるとは思いもしなかったと言うのが、正直なところである。
「エレベータなんか使ったら、相手の思うツボだろが。んなことも分かんねーのか、お前は。それに、これから敵さんと命張って戦おうってのに、んな子供みてーなこと言ってんじゃねーよ!」
 あまり大きな声で叫んでしまうと階段から筒抜けで声が通ってしまうために、出来る限り声のトーンを落としての指摘である。だが、小声とは言いがたいアドの怒声は、リスティを捻くれさせるには十分すぎる言葉だったようだ。
「何よそれー。もう少し優しい言葉掛けてくれてもいいと思わない? あたしは、か弱い女の子なのよ。少しは考えてよね。アドみたいな筋肉バカと一緒にしないで欲しいわ」
 口の先を尖らせながらすねる仕草自体はとても可愛らしいのだが、アドからしてみればウザったいことこの上ない。そもそも、事件現場に出撃して建物に侵入することは分かっていたことなのだから、これぐらいの覚悟はしていない方がおかしな話だ。いつも好んで履いているスカートを履かずにズボンを履いていることで、それなりの自覚はあるのかと思っていたのだが、これはアドの考えすぎだったのだろうか。
「じゃあさ、オレがオンブしていってあげるよ。リスティちゃんが困ってる時は、オレ助けてやるって言ったろ?」
 下心見え見えの表情でウインドがそんなことを言うが、当のリスティは真剣に考えているようだった。こう言ったところがリスティの悪いところである。人の真意も分からずに、ヒョイヒョイと相手の言葉に騙されることが多々ある。これは、良くも悪くも昔から変わっていないようだ。直せと何度も言っていることなのだが、本人に自覚がないのだから直しようがないのが事実なのだが。
「ったく・・・。ゆっくり行ってやっから、ゆっくり着いて来い。疲れたら途中で休めばいーだろ? どっから敵が襲い掛かってくっか分かんねーんだ。あんまウインドに負担かけるようなことすんじゃねーよ」
 アドの見え見えな誤魔化しに対しても、リスティは何の疑いもなしに納得したようだった。
「分かったわよ。ホントにゆっくり行ってよね。あたし、階段上るのは苦手なんだからさー。あ、ウインドさんも迷惑かけちゃってゴメンねー。あたしはあたしで頑張るよ」
 既に階段をゆっくりと上っているアドを尻目に、リスティは仕方なしに階段を上がる覚悟を決めたようだった。上る前に、ウインドにもきちんと謝ることを忘れてはいけない。ウインド本人にしてみれば謝られる理由など何一つないのだが、アドの所為で上手い具合にリスティに近づけないのがもどかしくて仕方がないのが正直な気持ちだろう。とは言え、今は作戦中であるために、出来る限り余計な感情は捨てて強盗の気配に集中する必要があることを忘れてはいけない。彼とて、遊びでこの仕事をやっているワケではないのだから、やる時はきちんと仕事をこなすのが彼のポリシーである。
 アドたちが無言で二階に上がりきるとほぼ同時ぐらいに、上の方から何かの音が聞こえたような気がしたので、アドはふと歩みを止める。
「・・・今、何か音が聞こえなかったか? 小さい音だったが、妙に耳障りな音だったような気がすんだが・・・」
 アドもそれほど耳が良い方とは言えないのだが、これだけ静まり返った建物の中では、多少の大きさの音が耳に入ってきても不思議ではない。
「・・・4階辺りから聞こえた来た様な気がするけど? もしかしたら、班長たちがドンパチ始めたのかもしれない!」
 アドの言葉にウインドがきちんと反応してくれたので、アドの空耳ではなかったと言うことが証明される。リスティには何も聞こえなかったらしく、キョトンとした顔で二人の様子を窺っているだけである。ウインドの言う通り、ショウたちが敵と遭遇したのかとも思ったのだが、銃声にしてはおかしな音である。用心しながら再び階段を上がるアド。それに習って、無言でウインドとリスティが付いて来る。アドの手には、黒光りした愛用のSOCOM MK-23がしっかりと握られていた。当然、侵入前に取り付けたサイレンサーの他に、赤外線内臓スコープまでもマウントに取り付けてある。元々大型である上に重量のある銃なのだが、これだけのアクセサリーをつけてしまってはその重量も増してしまうと言うのに、アドはそんな重量をものともせずに振り回してしまうところは、リスティの言う通り筋肉バカなのだろうか。
「・・・この音は確か?」
 アドは、3階まで上りきったところで先程の音に思い当たるフシがあったので、それを口にしようとする。だが、それを口にしたのはアドではなく、思いもよらない人物の口から紡ぎ出された。
「あ、これ『バイオガン感知器』の音じゃない? あたしも持ってるから知ってるよー。バイオガンが近づくとおっきな音が鳴るから、バイオガンを持った痴漢とかには襲われないで済むから便利なんだよね」
 意外なところからの言葉にも驚いたのだが、その発言自体にも驚かざるを得なかった。リスティの言葉を聴くと同時に、アドは階段を一気に下りてリスティの目の前まで近寄り、小柄な少女を壁際まで押しのける。壁に左手をつけながらリスティに迫るアドの後ろ姿は、女の子を痴漢する暴漢そのものと言っても何ら問題はないようなシュチュエーションである。
「な、何よー。あたしを襲おうってワケ? そんなことしたら撃っちゃうわよ」
 リスティは身体を小さくしながらアドを見上げて、手にしたルガーP08のセーフティを解除する。 当然、この近距離からではアドに向けて発砲することは難しいのだが、それでも何らかの抵抗をしなければ自分は目の前の男に襲われるとでも思っているのだろうか。
「撃てんもんなら撃ってみろって。ってか、誰がお前なんか襲うかっての。何でもいーから、『バイオガン感知器』をオレによこせ。んなもん持ってたら、気配を殺してる意味がなくなっちまう」
 口の端を怪しく吊り上げながら言うアドの表情は、とてもではないが『悪の強盗』を捕まえようとしている『正義の組織の人間』の表情ではない。見知らぬ人が見たならば、アドの方が余程強盗犯の顔をしていると思うだろう。だが、そんなアドの表情には慣れっこなのか、リスティはいつも通りのマイペースぶりを発揮する。
「これって、スイッチ押さなきゃ、音なんないんだよ。アドったら、そんなことも知らないのー?」
 決して悪気があって言ったことではないのだろうが、いちいちアドを煽るような言葉を連呼するのが好きなリスティ。そして、アドはアドで大人気なくいちいち反応してしまうのが悲しいところではあったが。
「んなの知ってら。お前のことだ、当然スイッチは入れてあんだろ?」
 それでも決してリスティのペースに引き込まれることなく、アドは目をギラつかせながらリスティを睨みつける。
「あ、なんで? 分かったー?」
 長年付き合っているだけあって、良くも悪くもリスティの考えていることぐらいは分かってしまうと言うもの。彼女の性格を考えれば、当然のように『バイオガン感知器』のスイッチを押してあると言うことぐらい予想がつく。
「しかも、音量も最大にしてんだろ?」
「すっごい。良く分かったね」
 何とも平和そうな会話を口にする二人を見て、ウインドが微妙に羨ましそうな表情でそれを見守っているのだが、当の二人にはそんな自覚は全くないだろう。アドとしては、自分の言ったことが面白いほどに的中してしまっているのが、これ以上となくイヤなことと感じてしまう。逆に、リスティとしてはことごとく自分のしている行動を的中してしまうアドをある意味尊敬してしまっているのだが、本人にそんなことを言ったら何を言われるか知れたものではない。そもそも、リスティ自身も実際にアドを尊敬しているワケではないので、決してそんなことを口にすることはないのだが。
「お前の考えてることぐれー分かるっての。ほら、分かったらとっとと渡せ。お前だって、敵に見つかって死にたかねーだろ?」
 未だに『バイオガン感知器』を渡そうとはしないリスティをウザったく思いながら、アドはリスティに怪しく迫り寄る。そんなアドの迫力に負けてか、リスティは仕方がなさそうな表情をしてから、手にしたルガーP08の標的をアドから外す。
「渡すから、こっちに迫ってくるのやめてくれない? あたしにはそんな気はないんだからね」
 壁に片手を置いてリスティに迫る格好になっているアドの姿は、アド本人からしても微妙な格好ではあった。まさか、目の前の女性を襲うようなマネなど、ショウではあるまいしアドにとっては考えられない行動である。別に妙な気持ちがあってリスティに迫ったのではないと言う自覚はあるのだが、冷静に考えてみるとかなり微妙な格好であることは間違いないのである。微妙に自分にテレながら、アドはそそくさとリスティからの距離を一気に取る。それを確認すると、リスティはどこからともなく『バイオガン感知器』を取り出すと、それをアドに向けて差し出してくる。アドは引っ手繰るようにリスティからそれを奪い取ると、脇についている電源スイッチをオフにする。ついでに、音量も最低にしておくことも忘れない。オフにしておけば反応することはないのだが、念のための配慮であることは言うまでもない。
「あとでちゃんと返してよねー。それ、あたしにとっては貴重なお守りなんだからさ」
 リスティが口を尖らせながらそんなことを言ってくるが、今は取り次ぐつもりは全くない。アドにとってはただの機械の塊でしかない装置を懐に仕舞い込むと、改めて意識を先程の音に集中させるが、いくら耳を澄ましても先程の音は全く聞こえては来なかった。
「どうやら、止まった見てーだな。もしかすっと、どっかのバカが装置持ってて見つかったんじゃねーだろな・・・?」
 先に突入した3人のことを思い浮かべながら、冗談混じりにそんなことを口にするが本気でそんなことを思っているワケではないことは分かりきっている。
「ま、もしもそーなってたら、後で思いっきし笑ってやっか。それよか、オレたちもとっとと上に進むぞ。ここに長居しすぎっと、見つかっちまう可能性もあっからな」
 言い流すように先程の音についてのナゾには、これ以上詮索することをやめてしまうアド。気にならないと言えばウソになってしまうが、いちいちそんなことを気にしていられないし、彼らとてそれなりの経験と実績があるワケなのだから、そんな小さなミスをするとは思っていない。実際にそんなミスをしたのであれば、それこそ後で笑いものにしてやるだけである。
「多分、班長たちが注意を引き付けるためにやった作戦だと思うから、オレたちは今のうちにバッタバッタと敵をなぎ払おうぜ!」
 刀や剣ではあるまいし、そんな表現で敵をなぎ払うと言うのは可笑しな話だが、ウインドの言うことも一理ある。今の音がショウたちのした作戦なのであれば、裏口から侵入したアドたちの存在に気付く者が少ないと言うことは確実。今のうちに上の階に登って、敵の大将を仕留めるだけである。頭を失った強盗など恐るるに足らず。適当に脅せばそのまま屈してくれるに違いない。所詮、強盗などと言う行為は、弱いものや欲があるものがするような愚かな行為と言うことだ。そんな連中が、アドの相手を出来るワケなど有り得るはずないことであって。それと同時に、アドが本気を出すまでもないと言うことも然り。まだ敵を確認したワケではないので全てをそう言いきるのは早いのかもしれないが、この仕事はアドの思っていた以上に簡単な仕事のようだった。なぜ、I地区支部の者がアドたちに救援を求めたのかがいまいち理解出来ないのだが、上に登って敵と遭遇してみればそれが分かるのかもしれない。
「よし、そーと決まればとっとと上の階に行くぞ。もちろん、警戒だけは怠らねーようにな」
 先程ゆっくり階段を登ると言ったことなどすっかり頭から離れていたアドは、軽快な足取りで階段を登っていくのであった。

☆用語集☆
『銃関係』・・・リボルバー、赤外線内臓スコープ

      


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