ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第八回

 5階までたどり着いたアドたちは、ここまで何事もなく順調に事が運んでいた。だが、生憎とアドたちが上がってきた階段は5階で途切れており、さらに上に進むには違う場所にある階段を使わなければならなかった。そんなワケもあってか、アドたちはその階段を目指して5階の廊下を歩いているところである。ここまで何事もなく上がってこれたのだが、正直、リスティや未知数なウインドと一緒だったために極力戦闘は避けたいと思っていたので、良くも悪くもここまでは自分の思い通りに事が運んでくれているようである。当然、油断は禁物なので今まで通り警戒だけは怠らないように進んではいるのだが。
「それにしても、こんなに敵がいないと詰まらないよな。もっとドシドシ出てくればオレの早撃ちの腕を見せてあげられるのに」
 ウインドがそんなことを言うが、その意見には一部賛成である。アドとしてもこのまま何もないで終わってくれればそれに越したことはないと思うのだが、どうせなら多少のドンパチをやりたいと言うのが本音であることは言うまでもない。リスティは置いておくとして、このウインドの射撃の腕も気になるところである。自分で『神風』などと言う異名をつけているからには、相当な自信があるに違いない。その見事な速射とやらを一度ぐらいは拝んでみたいものである。もちろん、自信イコール実力ではないのだが。
「えー、でも、ムリに強盗さんに会う必要ないと思うな。このままなんにもなくボスと交渉出来ればいいんだけどねー」
 リスティが何かを言ったような気がしたが、アドは何も聞かなかったフリをしてそのまま会話を流してしまう。毎度のことだが、リスティの意見に耳を傾けるつもりなど触覚の先ほどもない。
 正直、ビルの半分まで上がってきて、これだけ何もないと言うのはいくらなんでも不自然すぎる。 いくらショウたちが敵をひきつけたからと言って、これほどまで何もないでここまでやってこれるだろうか。そもそも、アドたちがこの作戦に協力することになった原因を思い出してもらいたい。アサカ率いるI地区支部とU地区支部の共同戦線でこの作戦を行うのが本来の格好であるのだが、思わぬ強盗の抵抗によりその作戦は失敗に終わる。そこでアドたちに救援を求めてきたという話になっている。この情報だけをたよりに考えをまとめれば、誰しもが射撃戦なりなんなりが行われており強盗の抵抗は相当なものを想像することは難くない。
だが、実際に現場にたどり着いたらどうだろうか。銃撃戦どころか、侵入したビルにも強盗の抵抗などないに等しい。ここまで抵抗がないと、自分達が何のために呼ばれたのかが分からなくなってしまう。
「半分でゼロってか。単純に倍にすっと、最上階でもゼロってか。 強盗の抵抗もここまで来るとお手上げだぜ」
 軽い皮肉を込めながらそんなことを言うアドだが、まさにその通りである。お手上げの意味こそ別物だが、ここまできたらどうしようもないと思うのが本音だ。
「そんなに油断していると、後ろからバシュっとやられるかもしれないぞ。その時は、リスティちゃんはオレが守るからな」
 リスティを守ることと自分の速射の腕を披露することしか考えていないウインドだが、もしも純粋にそう思ってくれているのならばリスティはウインドに任せても問題はないだろう。当然、この自信が本物であればの話になるのだが。
「んなこと言ってるうちに、敵さんのお出ましみてーだ」
 まさにシナリオに書いた通りとでも言わんばかりに、5階廊下の曲がり角から2人の強盗が姿を現す。面白いほどにグッドタイミングで現れた的に向かって、アドは罵声とともに強力な弾丸を浴びせてやる。
「的は動く方がおもしれーってな。おっせーぜ!」
 廊下の曲がり角から突然現れたこともあって、一瞬の躊躇を見せた強盗の隙を見逃すアドではない。強盗の2人ともがバイオガンを所持していることを確認してから、手にした大型拳銃でターゲットを射抜く。しかし、そんなアドが射撃するよりも先に的が射抜かれる音がする。その音とともに一人の強盗が廊下に倒れこんだ。それに続いてアドの撃った銃弾が一人の強盗に命中し、その強盗は軽いうめき声を上げてバイオガンを放り投げる。突入前にディリーから殺すなと言われていたために、直接身体は狙わずに腕を狙ったと言うワケだ。利き腕をやられた強盗はバイオガンを持つ力を失い、それをそのまま廊下に落としたと言うワケである。当然、その後の抵抗を考えて両足への射撃もお見舞いしてやることも忘れない。数発の銃撃を受けたその強盗は、廊下に転がりながら苦悶の声をあげる。
「え、なになに?」
 一瞬の出来事だったために、アドたちの援護をするどころか銃を構えることですら出来なかったリスティは、アタフタしながら二人を交互に見やるだけである。アドはそんなリスティには構わずに、とりあえずウインドに軽く目配せしたあとに強盗2人の所持していたバイオガンを引っ手繰る。当然、これ以上抵抗してこないように強盗を縛り挙げることも忘れてはいけない。苦しそうに呻いている強盗を一度失神させてから縛ったために、それほど苦労しないで2人を拘束することに成功する。
「速射に加えて3点バーストとはな。満更口先だけじゃねーってことか・・・んで、どーすんだ、これ?」
 アドは簡単にウインドの射撃の腕を褒めたあとに、手にした2挺のバイオガンをウインドに見せながら処理についての確認をする。うっかりしていたことなのだが、盗まれたバイオガンの回収方法を確認するのを忘れていたことを今更ながら思い出したのである。当然、盗まれた品物なのだからそのまま返すのが筋なのだろうが、一応確認した次第だ。
「え? あ・・・っと。バラバラにしていいと思うけど。盗まれたものだけど、もう回収する必要はないって班長も言ってたから」
 このウインドと言う男、射撃の腕はそれなりにあるようだったがそれ以外のことに関しては頼れることが何もないような気がしたのはアドの勘違いではないのかもしれない。そんなウインドの何とも頼りない返事に多少やる気がなくなったアドだったが、ディリーがそう言っていたのであれば問題はないだろう。
「んじゃ、あとは任せたぜ」
 そう言って、アドは手にしたバイオガンをウインドの方に放り投げながら軽く手を振ってみせると、そのまま曲がり角へと姿を消してしまう。ウインドはそんなアドを不思議そうな顔をしながら見送るが、その疑問をリスティが回答してみせる。
「多分ね、アドのことだから壊す弾がもったいないって言うのよ。あいつ貧乏性だからねー」
 リスティの言葉を聞きながら、ウインドは顔が引きつる思いでバイオガン2挺を闇に葬ってやる。強盗には喜んで銃で撃っているくせして、バイオガンの破壊は銃弾がもったいないと言う理由でそれを実行しないところはアドらしいと言えようか。ショウから弾丸をそれなりに分けてもらったとは言え、それを無駄遣いしたくないと言うのが本音なのだろうが。
「おい、こっちに来てみろよ。気持ち良さそうにお寝んねしてるヤツがいんぜ!」
 ウインドとリスティがそんなことをしていると、曲がり角の奥からアドの声が届く。どうやら、曲がり角の先に何かを発見したらしくそれを報せているようだった。ウインドとリスティは小走りになりながら、アドの元に向かった。

 アドの元にたどり着いたリスティとウインドは、アドの目の前でまさに気持ち良さそうに眠っている人物を発見することが出来た。読んで字の如く眠っているのであって、決して死んでいると言う意味ではないようだった。その点に関しては不幸中の幸いと言ったところなのだろうが、よくも殺されなかったものだと感心する以外なかった。
「こいつらが、先に潜入したってヤツらか? GPSの反応が消えた階よか随分上まで来てっけど、さっきのヤツらにやられたんだろーな」
 アドはウインドに確認するように言うと、ゆっくりとしゃがみ込んで未だに眠っている二人のうちの一人の様子を窺う。見た感じには目立った外傷はないが、争ったような――射撃戦でもやったかのような、そんな形跡が窺えることを考えると間違いなく先程の強盗とやり合ったのだろう。息はあるようなので、バイオガンの効力は『睡眠』の効果を持った銃だと推測される。アドもそれほどバイオガンに関して詳しいワケではないのだが、様々な効力のものが存在するらしいので、それの一つと言ったところだろうか。
「間違いない。この二人はU地区の人間だな。オレたちI地区の人間はこんなヘマなんてしないしさ」
 言いながら真剣な眼差しでウインドが頷く。さすがにこんな状況では、いつものような軽い口調を口にはしないのだろうか。心なしか、多少は頼り甲斐があるような雰囲気を与えてくれるようだ。当然、長続きはしないのだろうと言うことはアドにも分かっていることではあるが。
「こっちの人も寝ちゃってるみたいだよー。ケガがないみたいでよかったね」
 もう一人の人物の様子を確認しながらリスティがそんなことを言って来るが、そんなノンキな少女に対してアドは一言文句を言ってやる。
「あんな、一言言っとくけどバイオガンってのは基本的に外傷はねーんだよ。内側の細胞のなんたらを攻撃すっから、見た目だけじゃ重症か軽症かなんて判断出来ねーんだ。覚えとけ」
 外側には全くと言っていいほど傷がなく、内側――即ち、細胞やら内臓やらに障害を与えるのがバイオガンの基本らしい。全く興味のない話なので、アド自身も詳しくは説明出来ないのだが、質の悪い兵器であることには間違いない。だがそんな兵器だろうと、アドにしてみれば当たらなければどうと言うことはない、と言うことらしい。当然、効果は色々あるので避けることですら間々ならぬこともあるのだろうから、多少なりとも性質を知っておく必要は十分にあるのだが、面倒くさいことが嫌いなアドにとっては無用な知識と言うことは間違いない。近年では、『バイオガン感知器』を応用したものが存在して、バイオガンのエネルギー内容をいち早く察知して、その効力を見抜く力を持つ機器も多々出回っているらしいのだが、アドがそれを手にすることは有り得ないだろう。理由は簡単で、アドにはそんなものは必要ないと言うことと、もう一つは・・・購入するための金がないと言うことだった。
「それぐらい、あたしだって知ってるわよ。バカにしないでよね」
 リスティが頬を膨らませながら拗ねてしまったようだが、アドには関係のないことである。いちいちリスティの機嫌をとっていられるほどお人好しではない。そんなことよりも、今はこの二人の安否と今後の対応策について考えなければいけない。
「で、この二人はどうすんだ? ほっといて上に行っても構わねーけど、一応は仲間になんだろ。応急処置ぐれーはしといた方がいいだろ」
 大したことが出来るワケでもないのだろうが、一応は班長代理としての責任は果たさなければならない。他地区の人間とは言え、これぐらいの気遣いはして当たり前の行為であると言えよう。アドが今、班長代理などと言う任についていなければ、間違いなくそのまま放っておいて先を急ぐところなのだろうが。所詮世の中は弱肉強食。やられたのは自分の責任なのだから、そんな相手にいちいち構っていられないと言うのが本音である。冷たいようではあるが、そうでもしなければ世の中生きていけない場面に直面することは数え切れないほどあるだろう。アドたちのような仕事をしていればこその話なのかもしれないが。
「あたし救護の授業は苦手だったんだよね。試験の時、包帯を絡ませちゃって苦労したなー」
 リスティが何かを言ったような気がしたが、気のせいと言うことにしておく。そもそも、始めからリスティに何かを求めているつもりはないのだから聞く耳持たないのだが。
「って言っても、これと言って手当ての手段なんてねーんだけどな。とりあえず特佐官殿に連絡だけでも入れとっか。ウインド、任せた」
 アドは面倒くさそうに言い放ってからゆっくりと立ち上がると、ウインドの返事も待たずに歩き始める。そして、慎重に辺りの気配を窺うが人間の気配は一切ないようだった。代わりに足元に何かを発見すると、それを拾い手の中で弄ぶようにしてからウインドの方へ視線を向ける。ウインドは楽しそうな顔でリスティと話しながらGPSでデータを転送しているようだったが、すでに先程の真剣な表情はなくなっているようだった。所詮、この男の力量は底が浅いと言わざるを得ないだろう。この状況下で辺りの様子を窺うのではなく、女に鼻の下を伸ばしているような男を信頼できるはずもないのだが。
「おい。この二人と組んでたヤツは、もう一人いんだろ? 6人突入したって言ってたかんな。流石に3グループに分けたとは思えねーしな」
 当然、そのメンバーのことを知っているであろうウインドにそんな問いかけをするが、そんなアドの問いかけに対してウインドはヘラヘラ笑いながら言い返してくる。
「え? ああ、そう言えばそうだよな。この二人とは確か・・・フィックが一緒だったと思うけどどこ行っちゃったんだ?」
 軽く辺りを見回しながらフィックとやらを見つけているようだったが、どう見ても本気で探そうとはしていない仕草である。アドは、そんなやる気のないウインドの方に視線をやりながら軽く溜息をついてみせる。そして、先程拾ったあるものをウインドに向かって放り投げた。その物体は、ある程度の弧を描きながらウインドの方へ真っ直ぐに宙を舞うと、見事にウインドの手の中に納まる。
「何だよ、いきなり。銃は投げるためにあるんじゃないぞ」
 アドの投げた物体――一つの銃を手にしながらウインドは抗議の言葉を発してくるが、そのうちに表情が面白いように変わっていく。
「これって、フィックの銃だよ。シグはI地区支部の支給品なんだけど、間違いない。これはフィックのだ」
 ウインドは驚いたようにその銃、シグ――シグ・ザウエルP228をマジマジと眺めてみせるが、どうやら本気で驚いているらしい。先程までは適当なことを言っていたのに今度は急に驚いてみせたり、何とも忙しいヤツである。
「ってことは、この近くにそいつがいるってことになんな。銃もねーのに、一人で進んだとは思えねーかんな」
 言いながら、アドはこの先にある階段の方に視線を投げてみせる。人の気配は全く感じないのだが、少なくても近くにいることは間違いないはずである。強盗がこの場所にいたことから考えても、逃げ出せたとは思えない。すでにやられている可能性もあるのだが、こればかりは実際に発見してみなければ分からないことだろう。
「とにかく、先に進んでみねーと分かんねーってことだ。そいつらはそのままにしといても、死にはしねーだろうからほっといて上に行くぞ」
 冷たい言い方ではあるが、アドの言う通りいつまでもU地区の人間のことを構ってはいられない。未だに起きてきそうにないが、普通に寝息を立てていることを考えると、大事には至っていないと言う事が分かる。いずれ正式な救援がビルに来るのだろうからその時に彼らを救助してもらうことにして、アドたちは上に向かって進むことにしたのである。

☆用語集☆
『銃関係』・・・3点バースト
『銃名称』・・・シグ・ザウエルP228

      


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