ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第九回

「それにしても、妙に静かですね。立てこもった強盗って聞いてたから、もっと抵抗してるイメージがあったんだけど」
 ショウたち正面突破組は、4階で銃撃戦を行ったあとはここまで何事もなく順調に進んでいた。この6階にたどり着いた今現在でも、辺りに敵の気配がないことを確認した上でゆっくりと廊下を歩いている次第だった。静まり返った建物の中で、ギュゼフは何となしに小声でそんなことをつぶやいたようである。だが考えても見れば最もな意見だった。強盗が立てこもっていると聞いて駆けつけたと言うのに、銃撃戦は愚か強盗の気配がほとんどしないビルに突入することになるとは、誰もが思っていなかったことだろう。
「ヤツらはこのビルに立てこもってからは、大した抵抗はしてきていないのが現状だ。だが、そのまま放置しておくワケにはいかないから我々がこうして突入しているワケなんだが、確かにおかしいとは思う」
 ギュゼフの言葉にディリーが小さく頷いてくるが、 どうやら彼も同じことを考えていたらしい。彼の場合、ショウたちよりも先にこの現場に居合わせているのだから、もっと正確な情報を持っているはずだ。その彼がギュゼフと同じ意見を持つということは、現状としては数時間前からあまり変化がないと言うことが分かる。
「ま、オレたちには強盗さんの気持ちなんて分かりっこねぇってことだろ。何だっていいさ。実戦が出来るならよ」
 言いながら、ショウはコルトパイソンを右肩の辺りに構える動作をする。別に敵が襲ってきたワケではないのだが、彼なりの格好のつけ方なのだろう。
「とんだ自信家と組んだってワケか・・・・・・おい、止まれ。静かにしろ」
 ショウの言葉に何かを言いかけたディリーだったが、不意に静止の言葉を発するとゆっくりとした足取りで先頭に踊り出た。サングラス越しで前方を確認しながら銃を構えて、何かに備えているような、そんな素振りを見せる。
「今度はゴキブリかなんかがいるってぇのかい?」
 先程の銃撃の前と同じような展開に、ショウは再び皮肉混じりにそんな言葉を口にするが、ディリーは相変わらず取り次ごうとはしなかった。手にした銃を構えて建物の壁に背をつけながら、ゆっくりとした足取りで前進する。数メートル先には廊下の曲がり角が確認出来るが、その先にも人の気配は感じられない。
「1・・・2・・・ふたりだな。割と小柄なヤツがふたりと言ったところか。まだこっちには気付いたような感じはしない、か・・・」
 一人でそんなことをつぶやくと、ディリーはサングラスに手をやりながらショウたちの方に振り返る。振り返ってショウたちに見せたディリーの表情は妙に固そうな顔をしているが、何かに意識を集中しているようにも思えた。
「おいおい。さっきもそうだったけど、人の気配なんてしねぇんだぜ。あんたの気のせいなんじゃねぇのかい、班長さんよ?」
 ディリーの冗談ではないと分かる表情を見ながらも、ショウは皮肉混じりにそんな言葉を口にする。それに、ディリーが今しがた口にした言葉の意味を考えれば、間違いなくこの曲がり角の先に人の存在があるのは明らかだった。だが、未だに人の気配が全くないことを考えると、ディリーの言葉を疑うしかない。
「ムリに相手に気付かれるような行動をする意味もない。さっきのはとんだ作戦だったが、今度はオレの作戦に従ってもらうからな」
 先程の、正直無謀と言っても差し支えないギュゼフとショウの作戦をまだ根に持っているのか、ディリーはサングラス越しに二人を睨みつけているようだった。
「お前達は、こっちが敵に気付かれた時に限ってオレの援護をしてくれればいい。それ以外は、その場で待機していてくれ」
 ディリーは一方的にそう言うと、ゆっくりと曲がり角の方に歩みを進める。多少頭にくるような言葉を口にする班長だが、特別に言うことをきくのがイヤなワケではなかったので、ショウとギュゼフはその言葉にしっかりと従うことにした。ここは一つ、ディリーの腕前を拝見しようと言ったところだろうか。
「けっ。あれだけの口を叩くんだから、相当な腕前なんだろうぜ。とくと拝見させてもらうじゃねぇかい」
 ショウは腕組みをしながら吐き捨てるような言葉を口にすると、 壁にもたれかかりながらディリーの方に視線を向けた。ディリーは銃を下に構えながら、いつ敵が襲いかかってきても射撃出来るような格好をしている。敵がふたりいるようなことを口走っていたが、曲がり角からの距離がどれぐらいあるかが勝敗を握る鍵ではないだろうか。ここからでは未だに人の気配を感じ取ることは出来ないので、曲がり角からはそれなりの距離があることは間違いないのだろうが。
 何であれ、ディリーは曲がり角ギリギリのところまで歩み寄り、まるでサングラスを利用して曲がり角の向こう側を確認するような格好でしばらくの間様子を窺っているようだ。流石に、サングラスに曲がり角の向こう側にいる人間の姿など写るはずはないのだろうが、どうしてもそうしているように感じてしまうのはショウの目がおかしいのだろうか。
「何してるんですか、あれは。サングラスの裏がマジックミラーにでもなってて、曲がり角の向こうが見えちゃうとか言うんじゃないでしょ?」
 ギュゼフもショウと同じ事を考えていたらしく、小声でそんなことを言ってくる。壁に寄りかかっているショウとは違って床に座るような格好でしゃがみ込んでいるギュゼフを見下ろしながら、ショウは呆れたような言葉を口にする。
「凡人より目が良いんじゃねぇのかい。サングラスに写る僅かな影で見えない敵が見えるんだぜ、きっと」
「見える、オレにも敵が見える、って?」
 手品ではあるまいし、流石にサングラスに写る僅かな影で敵を確認出来るはずはないのだが、相手に聞こえないことを良いことに言いたい放題である。まぁ、仮に耳がいいのならばこれぐらいの会話は全て聞き取られているのかもしれないが、意識を曲がり角の向こう側に集中させているのだから、流石にこちらの会話にまで耳を傾けられるほど器用なマネは出来ないだろうと言う判断なのだが。そもそも、聞こえていても何ら問題はないが。
 ふたりがそんな会話をしていると、不意にディリーが肩越しに曲がり角の向こう側に銃を構える姿を確認する。そして、見えるはずのない相手に照準を合わせると、一気にトリガーを引く。一回、二回とトリガーを引いて、合計4発の射撃をしたようだった。敵に気付かれないようにしろと言っていたのも満更ではなく、きちんとサイレンサーを取り付けているようだった。あれだけの射撃をしたにも関わらず、全くと言っていいほど銃撃の音がしなかったのである。
「おい、殺ったみたいだな」
「正確には殺ってないんだろうけど」
 ショウの言葉を訂正しながらギュゼフはゆっくりと立ち上がる。自分で殺すなと言っていたのだから実際には殺してはいないのだろうが、そもそもあの状態で相手に銃弾が命中したとは考え難い。そう思ったのもつかの間、
次の瞬間、ディリーは体制を低くしながら曲がり角の向こう側にダッシュを掛けていた。流石に、先程の射撃だけでは相手を仕留められるはずもなく、止めを刺すべく接近戦に持ち込んだとでも言ったところなのだろうか。
「おい、俺たちも行くぜ!」
 ディリーに援護をするなとは言われているものの、何だかんだ言ってディリーのことが気がかりなのだろうか。ショウはそれだけ言うと、ギュゼフの返事も待たずに駆け出していた。そんなショウの背中を追いながら苦笑を浮かべるギュゼフである。それなりの付き合いになるのだが、彼はショウのそんなところが好きだった。捻くれたような性格に見えるのだが、内面的にはとても仲間想いな人間。それがショウなのである。パートナーに持てば、信頼度ナンバーワンと考えるのは、ショウ以外にはその信頼度がないからだと思っている。普段の生活の中での友人はウエストであり、仕事上でのパートナーはショウと言った感じに、良くも悪くも知り合いには恵まれているギュゼフであった。
 何にしろ、曲がり角を曲がった先には当然ディリーが居合わせていた。彼の足元には二人の小柄な強盗が倒れこんでいるが、息はあるようなので殺ってはいないようである。恐らく、最初の射撃は威嚇か何かのつもりで、始めからその後に追い討ちをかけるつもりだったのではないだろうかとショウは考える。
「・・・どうした? そんなに慌てた表情をして・・・?」
 だが、そんなショウの気も知らずにディリーは平然とした口調でそんなことを言ってくる。当然、ショウがそのまま正直に心情など話すはずもなく、そっぽを向きながら舌打ちをするだけである。代わりと言っては何だが、ギュゼフが今しがたのディリーの作戦について問いただしてみる。
「流石・・・とでも言っておけばいいんでしょうけど、一体どうやったんですか? どうも私には壁際からの射撃は無意味に感じちゃうんですが」
 ギュゼフは、思ったことをそのまま何の捻りもなく口にする。皮肉の一つでも込めてやればいいのだが、今はそんなことよりもディリーのした行動の方が余程興味深いとでも言った感じだった。ギュゼフは腕を組みながら、 ディリーの方を見つめるだけである。すると、ディリーはしゃがみ込み、強盗のバイオガンを奪いながら苦笑混じりに言葉を返してきた。
「なに、簡単なことだ。自分の特技とこのサングラスの能力、そしてこの銃のオプションの力を最大限に生かしただけのことだ。この、バイオガン感知器内臓レーザーサイトをな」
  言いながら、ディリーは立ち上がり一挺のバイオガンをギュゼフに手渡す。ギュゼフは細い目をさらに細くしながらバイオガンを受け取る。どうもディリーの言っていることが理解出来なかったので聞き返そうとすると、それよりも先にディリーが続きを口にした。
「このレーザーサイトにはバイオガン感知器が内臓されていて、それにセンサーが反応をする。すると、そのバイオガンに向かって赤外線レーザーが一直線に伸びる仕組みだ。だから、その先を撃てばバイオガン・・・即ち強盗がいるってワケだ。オレは、最初の射撃でバイオガンの機能を停止させて、その後に抵抗の出来ない強盗を仕留めた。相手の正確な動きは耳を使ってある程度の予測がつけられるから、上手く隙を突いた。それだけのことだ」
 それだけ言うと、ディリーは再びしゃがみこんで二人の強盗を縄で縛る。バイオガンがなくとも、抵抗してくる可能性があるので当然の行為と言えるだろうか。
「サングラスの能力と言うのが引っかかりますが、まさかマジックミラーになってるとか?」
 ディリーの説明を真剣に聞いていたギュゼフは、その疑問だけが頭から離れなかったので思わず問いただしてみる。先程ショウと冗談混じりで話していたことをそのまま口にする辺り、多少の皮肉を込めているのだろうが。
「少し違うが・・・まぁ、そんなところだ。最先端技術を駆使した道具はたくさん開発されているからな。このサングラスもその仲間と言うことだ」
 冗談半分で言ったことが、まさか本当にビンゴだったとは思わなかったギュゼフは自分の顔が引きつるのが面白いほどに分かる。マジックミラーではないのだろうが、近からず遠からずと言った能力が内臓されているのだろう。今度その道具についてウエストに調べてもらおうと心に誓うギュゼフである。
「けっ・・・そんな便利なものがあるんなら、最初っからそれ使えばいいじゃねぇのかい? オレたちは、そのセンサーよりも使えないってことかい」
 ギュゼフの話は特に気にしていないようだったが、何だかんだ言ってディリーの話をきちんと聞いていたのか、先程までそっぽを向いていたショウがそんなグチをこぼす。だが、そんなショウの気持ちは分からないでもない。援護は無用と言うことは、それらの道具さえあればショウたちの存在など必要ないと言う意味になるのだから。
「そうは言っていないだろう? こんな狭い場所でお前達に暴れられたらとんでもないことになりそうだったからな。こう言う作戦もあるってことを教えてやっただけだ。それとも、オレの考えが甘いか? 実戦で見せても理解出来ない頭と言うワケでもないだろう?」
 苦笑を浮かべながら言うディリーの表情は柔らかいものだった。当然、皮肉を込めて言っているのだが本気で言っているワケでもなさそうだった。その表情はまるで、分からず屋の生徒に物事を教える師のようである。だが、そんな言い方をされたのでは、ショウが素直に返事をするはずもなく。尚更すねてしまったようである。ディリーとは顔を合わせようとはせずに、そそくさと廊下を歩き出してしまった。
「ああ言う性格なんですよ、彼はね。 ともかく、我々も先に進みましょうか」
 ギュゼフは言いながら、まるでショウを追いかけるようにそそくさと歩みを進める。そんなコンビの背中を見つめながら、ディリーが小さな笑みを浮かべたのだが、それを目撃するものはこの場には居合わせなかった。

☆用語集☆
『銃関係』・・・レーザーサイト

      


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