ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第十回

 建設中だったために、電灯どころか窓ガラスですらついていないビルの最上階で、数人の男達が何やら会話を交わしていた。まだ昼間と言うこともあって、外からの光が十分に入ってくるために、電灯などなくても特に問題ないはずなのだが、その場の雰囲気はとてつもなく暗いものであった。
「おい、ついに救援がビルに侵入してきたみたいだぜ」
「ああ、このままじゃ捕まるのも時間の問題なんじゃないのか?」
「早いとこ逃げないと袋のネズミってことだよな」
 数人の男達が口々に言葉を吐き出す。それはとても強盗とは思えないような風貌をしている者たちばかりである。何かに怯えるようなその態度は、あからさまに彼らが下っ端であることを示しているようにも感じられる。
「状況はどうなってんだ!? まだ到着しねぇのか?」
 そんな男達から少し離れた場所で、自分の顔とは不釣合いなぐらい大きな葉巻を口にくわえた男が低い声で近くにいる男に話しかける。手にした、市販のものよりも大き目のバイオガンは、その男が周りの男達とは別格だと言うことを十分に示していた。
「・・・・・・もう少し」
  そんな男――頭領の問いかけに答えた男――右耳に真っ赤なピアスをつけた優男――はつぶやくように一言そう言っただけである。そして、頭領はその言葉を耳にすると同時にその場にいる部下達に最後の命令を下す。
「よし、もう少しの辛抱だ。野郎ども、出来る限りの足止めをして来い!」
 そんな頭領の命令に即座に従うように、今まで怯えていた男達は一斉にその場から立ち去って行った。ほとんど誰もいなくなった、ただだだっ広いだけの最上階は、異様なほど暗い空気が張り詰めていた――。


 5階より上に進むための階段を無事に発見したアドたちは、慎重になりながらゆっくりと階段を上がっていた。ここまで、正直物足りないぐらいに順調に進んでいるアドたちであるが、これも皆ショウたちが正面突破してくれたお陰なのだろうか。だが、いくらなんでもそれだけでこんなにも強盗と遭遇しないと言うのもおかしな話ではある。何かのゲームではあるまいし、強盗たちがそれぞれの階に散らばっていなければいけない理由など全くないワケなので、所詮現実はこんなものと言ったところなのだろうか。
「ところで、そのフィックってヤツはどんな感じのヤツなんだ? 体格は? 服装はどんな感じだ?」
 アドは色々なことを考えながら、不意に階段を上がる足を止めて踊り場で立ち止まる。そして、先程の階で銃だけを置き去りにして行方不明になっているI地区の人間、フィックのことについて聞いてみる。当然、問い掛けている相手は、フィックと同じ支部であるウインドに向けられているものなのだが、当の本人は突然立ち止まったアドの行動に反応出来ず、勢い余ってアドを追い抜かしてしまう。そして、振り向きながら素っ頓狂な声を上げてくる。
「えっ!?」

「え、じゃねーよ。オレの質問に答えろよ。別に、んな驚く質問なんてしてねーだろが」
  相変わらずのウインドのワケの分からない言動を即座に指摘すると、アドは冷たい視線で彼を睨みつけてやる。だが、当の本人にはアドのこの視線は気づいていないらしく、腕組みをしながら考える仕草をした。同じ支部の仲間なのだからそこまで考える意味もないように思えたのだが、とりあえずウインドの返答を待つことにする。難しそうな顔をしながらしばらくの間腕組みをしていたウインドだったが、思い出したように顔を輝かせてアドに訴えてくる。
「えーっと、これって特徴のないイメージだけど第一印象の時も思ったことで、あの腕のタトゥーはどうかと思うな・・・そうそう、丁度そこに倒れてる人みたいなタトゥー・・・?」
 だが、ウインドは最後まで言い終える前に目にした光景に対して、驚きの表情を隠せないようだった。今まさに、頭の中に描いていた人物が目の前で倒れているのだから。階段から落ちたのか、不自然な身体の向きで倒れているその姿はどう見ても休憩しているようには見えない。
「う、うぁーっ! フィックが!」
 ウインドはそんな悲鳴をあげながら腰を抜かしてしまったようである。情けないぐらいにフラフラした足取りで後退しながら、踊り場の壁に背中をぶつけてそのまま床にヘタレ込んでしまった。そんなウインドの驚きに疑問符を浮かべながら、リスティがアドの方を覗き込んでくる。
「なになに? そんなに驚いて何かあったの?」
 器用にも階段から顔だけ覗き込むような格好でリスティがこちらに近づいてくるが、アドは身体でそれを制した。これ以上ややこしいことになって欲しくないと思ったのと、リスティにこの状況を見せるワケにはいかないと判断したからだ。
「んでもねーって。お前はそっち行ってろ」
「何よそれー。ひっどい、あたしだけ仲間はずれにするワケ?」
 それでも尚、リスティはアドを押しのけて今起きている出来事を自分の目で確かめようとしてくる。力ずくで押し返しても良かったのだが、それをするのも面倒だと判断したアドは、リスティを避けるように身体を押し退けた。流石のリスティと言えども、この状況を見ればそれなりの判断をしてくれるだろうと思っての行動なのだが、どうやらそれはアドの過大評価だったようである。当のリスティは、キョトンとした顔で階段の途中で倒れている男――フィックの方を見つめているだけである。
「・・・こんなところで寝てると、風邪引いちゃうのにね?」
 極めつけにこれである。どこの素人が見ても、こんな場所で寝ているのは不自然だと考えるのが当然の判断なのではないだろうか。だがこともあろうか、リスティは彼が寝ていると判断したと言うワケだ。心底リスティの常識外の思考に頭を悩ませるアドであったが、そんなリスティの常識外の考えを逆に利用しようとしてしまうのがアドの悪いところだった。
「おい、ウインドも腰抜かしちまったみてーだし、こいつもんなとこに寝かしとくワケにはいかねー。けど、オレたちは上に行かなきゃなんねー。この意味が分かっか?」
 わざとらしく遠まわしにそんなことを言いながら、アドはリスティに興味を自分に向かせるように仕向ける。曖昧な言い方をしたアドに対して、面白いようにリスティは興味を示す。つい一瞬前まで興味を示していた階段で寝ている人物のことはすっかり頭から抜けてしまったようだった。
「え〜っと・・・アドとあたしで上に行く、とか?」
 予想通りの言葉を返してきたリスティに対し、アドは面白いように胸中で笑うだけである。そんな思いを表に出さないように気をつけながら、アドはゆっくりとリスティの言葉を否定する。
「お前も冷てーな。二人を置いてくってか。よし、こうしようじゃねーか。オレは一人で上に行くから、リスティは二人の看護をしてやってくれ。お前がついてれば、ウインドも安心することだろうしな」
 自分で言っておきながら、なんとも素晴らしい作戦なのだろうかと思ってしまうアドは、自信過剰なのだろうか。だが、これは決して遊びで言っているのではなく、本気でそう思っているからこそ言っていることなのだが、相手がリスティでなければ通用しない言い草であることは間違いない。そんなアドの考えも知らぬリスティは、言われたことに素直に頷いてみせる。
「確かにそうだよね。どうせあたしが行っても足手まといなだけだし、ウインドさんも心配だしね。分かった、あたしここで二人の看護をしてるから、アドは一人で行ってきていいよん」
 胸中でガッツポーズなどを作りながら、アドは冷静に頷いてみせる。ワザとらしく面倒臭そうに肩をすくめながら階段を数段のぼり、フィックの身体を持ち上げる。先程はしっかりと確認したワケではなかったが、改めて持ち上げてみるとフィックが無事ではないと言うことが実感出来た。すでに、フィックの看護など必要ないのだが、腰を抜かしたウインドの近くに誰かがいなければいけないと言うのは間違いない。リスティと二人きりにするのは色々と問題がありそうだったが、この状況でウインドが何かをするようなことはないと願いたいところである。フィックを床に寝かせると、ウインドに一度視線を向けてから溜息をついてみせる。先程よりは気持ちはおさまっているようだったが、今のウインドにきちんとした状況判断が出来るとは思えなかった。
「いいか、ぜってーこっから動くんじゃねーぞ、 分かったか。それと、コレ使って特佐官殿に状況を報告しとけ。オレは一人で上に向かった、ってな」
 言いながら、アドは自分の腕時計型GPSナビをリスティに放り投げる。リスティはそれを慌ててお手玉するように受け取ると、不思議そうにそれを眺める。GPSナビの存在ですら知らないリスティがそれの使い方を知っているとも思えなかったが、これ以上の足止めは食いたくなかったアドは無視してそのまま階段を駆け上ったのである。

 

「けっ、もう少しで最上階だってぇのにな・・・」
 言いながら、ショウはコルトパイソンを懐のホルスターに仕舞い込む。いつもの如く、格好をつけて指で銃を回転させることは忘れない。
「ここまで来たら、運が悪いと言うしかないんでしょうね。どうしてこうも敵が多いんだろ・・・」
 開き直ったようにグチりながら、ギュゼフもショウと同じような表情を浮かべた。こちらは、両腰につけたホルスターに銃を仕舞い込むが、その仕草が旧時代の西部劇に出てきそうなガンマンさながらの行為である。
「言うな。たまたまに決まっている。それとも、この中に疫病神か何かがいるって言うんなら話は別だがな」
 個々にグチを垂れるショウとギュゼフを一喝しながら、ディリー自身もうなだれているようである。一時は全く強盗と遭遇することはなかったかと思ったら、7階にたどり着いた瞬間、急激に強盗の数が増したのである。だが、その全てがバイオガンを携帯しているワケではなく、中には鉄パイプやら何やらを手にした強盗の姿も見かけていた。正直、銃を持つ相手に接近戦用の武器がどれほど役に立つのかは知れたものではないが、それでも強盗は数に物を言わせて襲い掛かってきた。一体どこからこれほどまでの人数が湧いてくるのかは分からないが、悠に7人は倒しただろうか。うち、バイオガンを所持していたのはたったの2人。これでは手際が悪くて仕方がない。
「って、おい! まだ一人残っていやがるじゃねぇか!」
 人の気配がなくなったと思って安心していた彼らだったが、不意に壁の向こうから射撃してくる人物がいたのである。ショウは再び懐に手を忍ばせて相棒を取り出そうとするが、ディリーがそれを遮った。
「待て。こいつが所持しているのはバイオガンじゃないぞ! この銃声・・・オレたちと同じ旧式の銃だ!」
 今のディリーの言葉がなければ、間違いなくショウはトリガーを引いていただろう。このビルに突入した時点で、自分達以外のものは全て敵だと認識したショウにとって、目の前に現れたものはターゲット以外の何者でもないのだから。
「けっ・・・待ちやがれ!」
 ショウが射撃するのをやめたと同時に、彼らと同じ旧式の銃を持つ人物は2発ほど牽制するように発砲してから、壁の向こう――曲がり角の方へと姿を消してしまった。それを見たショウは、舌打ちとともに駆け出そうとする。だが、ターゲットを追うよりも先に、ショウの瞳は違うものを映していた。それは、今しがた旧式の銃を持った男が放った弾丸だった。狙いが定まっていなかった所為か、弾丸はショウたちには当たらずに床に突き刺さっている。その弾丸を床から引き抜きながら、ショウはつぶやくように口の端を吊り上げる。
「けっ・・・こいつぁ、50AEじゃねぇかい。今の銃声とこの弾丸だけで判断すると、敵はデザートイーグルを所持してるってか」
 まだ敵とは決まったワケではないのだが、ショウはそんなことをつぶやきながら嬉しそうに肩を震わせる。そんな背中を見ながら、ディリーが指摘するように呟きをもらす。
「強盗が旧式の銃を所持していると言う情報は全く流れていない。もしかすると、こちらの銃を奪った可能性があるな」
  こちらと言うのはもちろん先に突入したU地区とI地区の誰かのことを指しているのだが、そうなると既にやられている可能性が高いだろう。そうでもしなければ強盗が旧式の銃を所持しているはずがないのだから。一般でも市販されているバイオガンならまだしも、裏ルートですら入手が困難な旧式の銃を、高々強盗が持ち合わせているとは考えにくい。
「デザートイーグル、か・・・。最悪のことになっていなければいいんだがな。まぁ、そんな甘いことも言っていられないか。よし、とにかく今のヤツを追うぞ!」
 言われなくともそうするとでも言わんばかりに、ディリーの言葉とほぼ同時にギュゼフが駆け出していた。行動の早いパートナーを珍しく思いながらも、ショウもその後に続くように地面を蹴る。
 曲がり角を曲がりエレベータ付近までやってきたショウたちは、辺りには既に人の気配がないことを確認する。何とも逃げ足の速いヤツなのだろうと思ったのだが、そもそも逃げる理由が見当たらない。
「・・・けっ。逃がしちまったってか」
「こっちの階段から逃げたようです! 扉が開いてるから間違いないでしょう」
 舌打ちするショウに向かって、ギュゼフが声を張り上げる。見ると、非常階段へと繋がる扉が開いたままになっていた。何らかのワナの可能性もないとは言えなかったが、その辺に潜んでいるとも思えなかったので間違いなく階段を使って逃げたのだろう。そんなことを考えていると、突然ディリーがショウとギュゼフを押し退けて非常階段へと顔をのぞかせる。上、下と順番に確認するように階段を見ると、即座に判断を下してそれを言葉にする。
「お前たちはエレベータで6階に行け。オレはこっちから追う!」
 何をそこまで執拗に追う必要があるのかは分からなかったが、それを確認する前にディリーは非常階段を駆け下りていってしまった。そんなディリーに疑問符を浮かべつつも、ショウとギュゼフは目の前にあるエレベータを使って6階へと降りたのである。

☆用語集☆
『銃関係』・・・50AE
(50アクションエクスプレス)

      


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