ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第十一回

 現場作戦本部であるテントの中で一人、アサカ特佐官は連絡を待っていた。簡易テントと言えども、それなりの設備が整っている。もちろん、始めからそこにあったワケではなく、I地区とU地区がそれぞれ小道具を持ち寄ったからこその話なのだが。
「・・・あれから連絡は一切なし、か」
 アドたちがビルに突入してから、既に50分の時間が経過していた。そして、そのうち報告があったのが4回。 ディリーからの報告が3回とウインドからの報告は1回のみである。GPSの反応は全てあるので、既にやられてしまったと言うことはないだろうが、それでも定期的に連絡をして欲しいものである。当然、向こうからではなくこちらかでも連絡を取ることは可能なのだが、迂闊にこちらからアクセスをしてしまうとそれが戦闘中などであったとしたら致命傷になってしまう可能性がある。そのために、出来る限りこちらからのアクセスはしないようにしているワケなのだが。
「現時点でバイオガンは全部で13挺を破壊済み、か。残りは6挺だが、上手くことが運んでくれればいいのだがな・・・」
 言いながら、アサカはGPS通信機の横に置いてあるアサカ専用のガンケースに目をやる。中には、アサカ愛用の狙撃用ライフル銃――H&K PSG-1――が入っているのだが、これを使わないに越したことはないと言うのが本音である。しかし、いざと言う時には使わざるを得ないと言うこともまた、本音であった。
「何事もなく、全員無事で帰ってきてくれればそれだけで良しとするしかないな・・・。双方とも犠牲が出なければ、もっといいのだがな・・・」
 I地区とU地区のみの共同戦線だったこの仕事に、とんだ失態によりL地区にまで救援を要求せざるを得ない状況を作ってしまったことは、全ての指揮を取る特佐官であるアサカの責任になってしまうことは間違いないだろう。だが、アサカはそんな自分の知名度よりも、部下たちの無事を最優先に考えている。立場上、直接手助けをすることが出来ないことはもどかしいが、今は自分の大切な部下たちのことを信じるしかないのである。


 冷静さを失っていることは自分でも理解していた。理解していると分かっていても、そうせざるを得ないのもまた本能的に分かっていた。先程対面した強盗の持っていた銃は、ショウも言っていた通り間違いなく『デザート・イーグル』である。あの黒光りする巨大な銃を見間違えるはずはない。そして、その銃が元々強盗の持っていたものではないと言うことも間違いないだろう。そう、あの銃の持ち主は間違いない――。
「・・・この奥、か?」
 金属製の非常階段を、音がすることも気にすることなく一気に駆け下りたディリーだったが、すぐ下の階――6階にたどり着くと、その踊り場の扉が開いていることに気付く。恐らく、この奥に先程の強盗が潜んでいるのだろう。もしかしたら待ち構えている可能性もあったが、相手がバイオガンを所持しているのでなければ、それほど恐れることもない。自分と同じ旧時代の銃が武器なのだから、ある程度弾道は読めるのでそれほど脅威に感じることはないだろう。先程牽制して来た時も的には当たらずに地面を撃ったことを考えると、銃を使い慣れていないと言う事が容易に想像出来る。
「生きていろよ、ダニエルのおやっさん・・・」
 つぶやきながら、ディリーは警戒しつつ扉をくぐり6階に侵入する。侵入してから即座に銃を構えるが、良くも悪くも奇襲攻撃はないようである。ゆっくりと歩きながら、上の階と同じ構造だと言うことを確認しつつエレベータ付近まで足を向ける。エレベータは1階にあったらしく、まだ6階にはたどり着いていないようで、ショウたちがここに来るのはもう少ししてからになるだろう。だが、彼らを待つ意味も特になかったために、ディリーはゆっくりと歩みを進める。通路と部屋があるだけの階なので、隠れるような場所は部屋の中以外には考えられない。部屋の中から不意を付いて攻撃を仕掛けてくることが考えられたが、先程逃げたことを考えると、向こうから仕掛けてくる可能性も高いとは言えない。何であれ、警戒だけはしながらゆっくりと歩みを進める。すると、不意に近くの扉が開かれた。それと同時に、一人の男がこちらに銃を向けて飛び出してくる。
「奇襲のつもりか、甘いぞ!」
  ディリーは吐き捨てながら銃のターゲットを正面の男に向けて、男が射撃するよりも先にトリガーを引いた。だが、甘いのは自分の方だったようで、的が外れて男の右肩に一発命中するだけに留まり、致命傷を負わせることは出来なかった。肩に被弾したために、男は呻きながら今出てきた部屋の中に逃げ込んでしまった。
「逃がすか!」
 ディリーは即座に走り出すと、躊躇いもなく男が逃げ込んだ部屋の中に飛び込んでいった。
「な・・・っ!」
 だが、既に冷静さをなくしていたディリーは、まさに飛んで火に入る夏の虫状態だった。部屋に入った瞬間、バイオガンを持った二人の男がディリーに照準を当てていたのである。バイオガン感知器内臓のシステムを所持しておきながら、何も考えずに部屋に飛び込んだディリーの失態と言うしかないだろう。そして、二人の男――強盗はディリーを待ってはくれず、二人同時にバイオガンのトリガーを引いていた。思わぬ不意打ちだったためにそれを避けられる余裕はなく、バイオガンの見えない弾丸はディリー目掛けて飛んでくる。それでも、バイオガンの脅威を知っているために直撃するワケにはいかず、身体をムリヤリ翻してそれを避けようとする。それなりの距離もあったためか、それとも強盗の射撃の腕が下手なのだろうか、見えない弾丸は運良くもディリーに直撃することはなく、なんとか避けきれたようだ。身体を翻したディリーの鼻の頭のすぐ目の前を通り抜けると言う形で。
「・・・くぅっ!」
 だが、バイオガンの真の脅威は、決して見えない弾丸と言うことではなく、
紙一重で避けても被弾したと変わらないダメージを受けるということにあった。当然、ディリーもそのことは分かっていたとは言え、みすみす的になるつもりはなかったために反射的に身を翻したワケなのだが。それが災いしてか、ディリーの鼻の頭をすり抜けた見えない弾丸のよって、ディリーのサングラスが音もなく砕け散る。そして、一瞬の間だけ鼻で息をすることが出来なくなっていた。
「くそっ・・・この甘ちゃんがぁぁぁぁっ!!」
 瞬間、ディリーは我を失い手にした銃を目前の強盗に向けて構える。視界がやられてしまったために照準を合わせることは困難だったが、それでも急所のある位置はある程度特定することが出来る。二人の男のうち右側の男の急所に照準を合わせた。あとは引き金を引くだけで弾丸は発射し、目の前の男は地に伏せるだけである。だが・・・ディリーがトリガーを引く前に、不意に彼の頭の中にある人物の言葉がよぎった。
『双方とも犠牲もなく、無事に作戦を行うようにしてくれ。出来る限り・・・相手を殺すようなことはないように』
 それは、自分の上司でもあり密かな想い人でもあるアサカ特佐官のものだった。彼女が常日頃から口にしている言葉。決して死者を出さぬように。その言葉が今まさにディリーの頭によぎったのである。瞬間に、我を忘れていたディリーの意識が戻り、照準は急所から肩口の方へ移る。だが、その一瞬の隙が命取りだったようで、発射された銃弾は強盗には命中はせずにとんでもない方向へ飛んでいってしまった。心なしか、先程よりも視界が悪くなったように感じるのは気のせいなのだろうか。そんな視界の中、目の前の強盗は構わずにディリーへの第2射を撃ち込もうとしているところだった。ディリーが覚悟を決めたその時――。
「映画の主人公は、ホントに美味しい場面を持っていくってか?」
 聞き覚えのある声と共に、2発のマグナム弾が炸裂する音が聞こえる。それとほぼ同時に、今度は2挺の銃の銃声が続けざまに部屋の中に響いた。銃声がなくなった後には、ディリーに照準を合わせていた強盗は二人とも床にひれ伏していたのである。まさに映画の主人公の如く仲間のピンチに駆けつけた英雄――ショウとギュゼフは、一瞬のうちに強盗を片付けてしまった。
「大丈夫ですか? サングラスが割れちゃったみたいですけど」
 ギュゼフは顔を抑えながら片膝を地面に付いているディリーに近づき、心配するように言葉を投げかける。ディリーは顔を下に背けながら小さく頷くが、どうやらそれなりのケガを負っているようだった。バイオガンの攻撃を受けたのだから、タダでいられるはずはないことは分かっていたが。
「心配することねぇみたいだ。こいつ等のバイオガン・・・打撃系のものじゃねぇみたいだぜ。大方、身体がしびれるって感じのものって感じか」
 強盗に数回蹴りを入れつつ、ショウは床に落ちているバイオガンを手に取りその効力を確認したようだった。バイオガンにも色々な効力があり、身体にダメージを与えるものの他に、盲目、催眠、麻痺などの様々な効果を持つものが存在する。今回のこのバイオガンは、幸いなことにダメージを与えるものではなかったようである。とは言え、あんな間近にバイオガンが通り抜けたのである。何もないと言う方がおかしな話ではある。
「・・・オレのことより・・・・・・さっきの男は」
 ディリーは自分のことを気にせずに、先程の銃を持った男の方を気にしているようだった。どう見てもあまり無事には思えない状況だったが、言われてギュゼフは辺りを見回してみる。だが、部屋の中に先程の男の姿はなく・・・代わりに部屋の隅に倒れている男を発見する。
「さっきの男はいないようです。ただ・・・部屋の隅に大男が倒れているみたいだけど?」
 ディリーに問いかけるような言い草だったが、ディリーとて何のことだかサッパリ分かるはずもない。ギュゼフの言葉にショウもそちらに視線を送ると、小走りになりながら大男の方に近づくショウ。近づいて大男の表情を確認するが、どう見ても悪党面としか思えない男だった。恐らく、この男も強盗の一味なのだろう。口の周りに生えた黒ヒゲがそれを思わせる。
「どうやら、強盗のおっさんみたいだぜ。もうやられちまってるみたいだけどよ」
 言いながらショウは肩をすくめて見せる。倒れているのが女性だったならばその態度は急変していたのだろうが、生憎と倒れているのはヒゲ面の親父と来たものだ。ショウの興味をそそるワケがなかった。
「もうこの近くにはいないんじゃねぇかい。そこの窓が開いてるから、もしかすると足場伝いにどっか行っちまったのかもしれないぜ」
 ショウの言う通り、先程ディリーがケガを負わせた男の気配はこの部屋にはなかった。建設工事中のビルだったために、当然足場がたくさん設置されているワケで、それを伝ってどこかに逃げることは可能と言えよう。ディリーとしてはまんまと取り逃したことを後悔しつつ、先程のショウの言葉が気になったので、ゆっくりと立ち上がってそちらに歩みを進めてみることにした。多少ギュゼフが心配そうにそれを見ていたが、普通に歩くのには何ら支障はないようである。
「・・・悪い予感と言うのは、こうも的中するものなんだな」
 ディリーは倒れている大男の顔を確認すると、第一声にそんなことを口にする。鼻の辺りに手のひらを当てながら、ディリーは苦しそうな表情を浮かべる。しかし、その表情は自分の顔が痛むのでなく、目の前に倒れている人物に対しての痛みのようであった。
「知り合い・・・とか?」
 ギュゼフが恐る恐る問いかけてみるが、ディリーのその表情を見れば一目瞭然だった。だが、誰が見ても目の前の男が無事である可能性は極めて低い。そんなことを思っていると、不意に大男の身体がかすかに動き、何かを言いたそうに口を動かしたのだ。それを見たディリーはいつもの冷静さを失い、慌てるように大男に駆け寄る。
「おい、おやっさん! ダニエル・マディソン、大丈夫か!」
 そんなこと聞かなくとも分かっているようなものの、言わないと気がすまないのだろう。ディリーは必死になって大男――ダニエルに返事を促す。すると、ダニエルは微かにヒゲを動かしながら軽く微笑んだようだ。
「へっ・・・ざまぁねぇな、ディリー。だから・・・・・・お前は。甘ちゃん・・・・・・だって・・・・・・・・・んだよ」
 途切れ途切れに、何とか声を絞り出すようにダニエルが話し始めた。こんな状況でも、自分のことよりも目の前にいるディリーのことを考えられるこの男の意思の強さは感心出来ると言えようか。普通ならば、こんな時は自分のことを考えるのが精一杯なのではないだろうか。
「オレは・・・もう甘ちゃんじゃない。おやっさんにそんなこと言わせやしない。そんなことより・・・」
 ダニエルの顔を抱きかかえようとしたディリーだったが、それよりも先にダニエルが何かを言ったためにその行為は遮断された。
「そうだった・・・な。これを・・・妻に・・・・・・あいつに渡してくれ」
 言いながら、ダニエルは右手にしっかりと握ったペンダントをディリーの方に突き出した。
「何言ってるんだ。オレはそんなことを聞いているんじゃない! たまにはオレの言う事もちゃんと・・・」
「特佐官殿に・・・迷惑かけ・・・」

 ディリーが何かを言いかけたが、ダニエルの言葉がそれを遮った。決して、ディリーの声を遮れるような大きな声ではないのだが、ディリーを黙らせるには十分なぐらい、ダニエルの力強さが感じられた。しかし、その力強さも最後の足掻きだったようで、右手を上に突き出したままの状態でダニエルの生命は尽きたようだった。
「冗談・・・だろ」
 ディリーが問いかけるが、ダニエルからの返事は当然返っては来ない。そんな二人のやり取りを後ろから見届けていたギュゼフは、何ともやるせない気持ちになってしまった。全くの赤の他人であるどころか初対面の人間なのだが、人間の最期と言うものは誰のものでも悲しいものである。仕事がら、ギュゼフも若いながら何度かこう言う事は経験しているとは言え、何度見てもイヤな場面である。
「・・・・・・」
 しばらくの間、ディリーはダニエルの手を握ったまま何も言わず黙り込んでしまった。想像でしかないが、ディリーとダニエルの関係は、ただの仕事仲間以上の関係だったのだろう。そうでもなければ、死に際にあんな会話を交わせるはずがない。ギュゼフにとっては、パートナーであるショウを失うような感覚なのだろうと思うと、ディリーの気持ちが痛いほど伝わってきてしまう。
「今の俺たちに出来ることは、とっとと強盗を捕まえてミッション完了を特佐官殿に報告することなんじゃねぇかい?」
 ディリーに背中を向けながら、ショウが最もなことを言う。だが、その言葉は悲しみを背負っている相手に対しては、苦しい言葉であると言えよう。ディリーの反応は待たずに、ショウは部屋の出口に向かって歩みを進め始めていた。言葉を口にするだけで、決してディリーたちの方に視線を向けようとしないショウの表情は、一体どんなものだったのだろう。
「・・・言ってくれるじゃないか。・・・・・・・・・オレたちの失敗はアサカ特佐官の失敗でもある。だが、オレたちの成功はオレたちだけでなく、仲間全員の協力があってこその成功だ。このミッション、何が何でも成功させるぞ!」
 ショウの言葉に力強く答えたディリーの声は、既に目の前の悲しみへの感情はなくなっていた。いや、なくなったのではなく、悲しみを糧に飛躍する自分を見つけた言葉なのかもしれない。

☆用語集☆
『銃名称』・・・
H&K PSG-1

      


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