ミッション1『廃ビルに潜む強盗』
第十二回

 何もない薄暗いだけのだだっ広い部屋の中。部屋と言うよりも、そもそもこの階はこの場所しかないために階層やら空間と呼ぶ方が相応しいのだろうか。そんな空間に、複数の人物たちが蠢いていた。下層から迫り来る危機に身を委ねて、ひたすら待つしか、彼らに出来る術はない。
「くそっタレ! まだ到着しねぇのか・・・。こうなったら、お前になんとしてでも足止めをしてもらうしかねぇみてぇだな」
 自分の顔とは不釣合いなぐらい大きな葉巻を口にくわえた男――強盗の頭領は、数少なくなった仲間たちに視線を送り、自分のすぐ横にいる人物に全てを任せたような言葉を投げかける。そんな頭領に全てを任された人物―― 右耳に真っ赤なピアスをしている優男は口の端を微かに吊り上げながら一言頷く。
「・・・任せろ」
 それだけ言うと、手近にいた男からバイオガンを受け取りテンポよく歩き出した。そんな男の表情は『無』と言っても差し支えのないぐらい冷静な顔をしている。これから一騒動起きることは間違いないと言うのに、この冷静さは感心する以外にないと言えよう。そんな男の背中を見つめながら、頭領は大きな葉巻を手に持って勢い良く煙を吐き出す。
「俺たちがここから脱出出来れば問題はねぇんだ。作戦は成功したようなもんだな・・・」
 頭領の声には先程の男への信頼を誰よりも感じさせるとともに、彼はただの囮でしかないと言うこともまた、その言葉からは読み取れることであった。


 リスティたちと分かれたアドは、ただひたすら上を目指していた。幸い、5階で見つけた階段は最上階まで繋がっているようで、ただひたすら上に進むだけで済むようだった。アドにとっては多少の不満があるものの、何もないで上に行けるのは悪いことではない。無言で階段を上がりながら、正面から先人を切ったショウたちはどこまで進んだのかが気になる。すでに最上階まで進んで、強盗の頭領を片付けていしまっている可能性もないとは言えなかったが、それだけは有り得ないでもらうよう祈るしかない。そんなことを考えながら階段を上がるペースをあげると、不意に大きな壁にぶち当たる。8階より上に進む階段はまだ工事中らしく、足元がもろく今にも崩れてもおかしくないような状態だった。全く以ってお約束過ぎる展開に溜息をつきながら、仕方なく8階を経由して違う手段で上に進むことに決める。
 ここまでほとんど敵と遭遇せずに来れたのは、日頃の行いがいい所為なのだろうか。それとも、日頃の行いが良くないがために、敵と遭遇せずに退屈をせねばならないのだろうか。どちらにしても、アドにとっては好都合と言えようか。ショウから少し分けてもらったとは言え、今自分が持っている銃の弾丸は数が限られている。分けてもらった弾丸は返す必要などないワケなのだから、出来る限り最小限に抑えたいと言うのが素直な気持ちである。たかが強盗を相手に45ACPを使うなど勿体無いとしかいいようがないからだ。
 そんなことを考えていると、正面から人の気配がした。完全にこちらのことに気付いてない様子から察するに、強盗の一人と考えるのが妥当な線だろうか。アドは、相手が曲がり角からこちらにやってくるのを待ち伏せするように壁に背をつけて様子を窺う。
 しばらくしてから、予想通り強盗の一人が曲がり角を無防備な状態でこちらに曲がってくる。だが、相手がバイオガンを携帯していないことを確認したアドは、わざわざ射撃するのが勿体無いと言わんばかりに、腰をかがめながら相手に向かってダッシュをかけた。そして、強盗がアドに気が付くのとほぼ同時ぐらいにアドの手痛い蹴りが腹部に炸裂していた。呻き声とともに床に倒れる強盗。正直、手応えのなさ過ぎる相手だと言うことは言うまでもない。こんなザコを相手に、何をどうやったら殺られるのかが疑問だったが、実際にそうなってしまっている人物を見てしまった後では何とも言えないのが現状だった。
「ったく、あれでエリート組織ってんだから苦労しねーよな」
 アドがそんな独り言を口にしていると、不意に背後に気配が生まれた。今までは全く気配がなかったはずなのに、突然そこに気配が生まれたのだ。アドは舌打ちして、床を数回転しながら気配から遠ざかるように距離を取り、そちらに視線を向ける。すると、目の前にはバイオガンを抱えた一人の男がこちらに銃口を向けているところだった。見た目、それほど素人には見えない感じの男だったが、プロとも言い難い風貌をしている。
「まだこんなところにも狐が残っていたか」
 狐――B-Fogのフォッグは狐じゃなくて、霧の意味だろ?などと胸中で一人突っ込みを入れるアドだが、正直どうでもいいことではある。今は、目の前でこちらに銃口を向けている相手のことを考えるのが先決だ。アドもそれなりに早撃ちの自信はあったが、今の自分の得物がSOCOMだと言う事を踏まえると、さすがに相手よりも先に射撃する自信がなかった。重量感ある銃を右手に携えながら、アドはゆっくりと敵の出方を見ることにする。床を転がったお陰で相手との距離は数メートル開いたので、バイオガンを避けようと思えば避けられない距離ではない。ただ、連射でもされた時には流石のアドでも完全に避けることは不可能と言えるだろう。絶体絶命の大ピンチに、アドは今までの経験をなんとか生かしてこの場を切り抜けようと考える。
「その口ぶりからすっと、侵入したヤツらのほとんどはてめーが殺ったみてーだな」
 他地区の人間が殺られたところでアドの知ったことではなかったが、とりあえず確認と言う意味も含めてここで聞いてみる。答えが返ってくるとも思えなかったが、あとで報告することを考えると聞いておいて損はしないだろう。
「他のヤツらがモタモタしていたからな。私が始末してやったのさ。何、お前もすぐに仲間のヤツのところに逝かせてやる」
 素直にアドの言葉に返答をした強盗は、怪しげな笑いをしながらバイオガンのトリガーを引く。しかし、それより一瞬前にアドは床を蹴っていた。バイオガンを持った相手に間合いがどれほど意味のあるものかは分からなかったが、それでもアドは少しでも間合いをとるように後ろに飛んでいた。それと同時に、強盗の足元を狙って数発射撃を行う。アドの射撃の腕は正確で、狙った通りに強盗の足元を数発の弾丸が命中する。強盗はそれを後ろに飛び退くように避けると、着地と同時に再びアドにバイオガンを突きつける。だが、それを完全に予測していたアドは、強盗がバイオガンを構えるよりも早く射撃を行っていた。迫り来る弾丸を前に、強盗は一瞬の隙を作り動揺の表情がにじみ出る。だが、アドの放った弾丸は、距離が距離であったし元々当てるつもりはなかったので強盗の頬をかすめるに留まる。しかし、強盗にアドの実力を見せつけるのには十分過ぎる行為であったであろう。頬からにじみ出る血をそのままにしながら、強盗はバイオガンを握る手に力を込める。腕の実力的には確かに自分よりもアドの方が上だと言うことは間違いないが、普通の弾丸を放つ銃と見えない弾丸を放つバイオガンとでは、力の差が歴然としている。バイオガンのエネルギーを拡大すれば、避けるヒマも与えずに相手を仕留めることは可能なはずだ。
「ただの狐ではないようだな・・・。だが、これで終わりだ。バイオガンの恐怖をその身に思い知らせてやろう!」
 狐じゃねーっての、などと胸中で言い返しながら、アドは次の相手の行動を予測してみる。恐らく、普通にやりあったのでは自分に勝ち目がないことぐらいは把握できているのだろう。それを考えると、ここは長期戦に持ち込むのは不利と考えるのが妥当な線だろうか。
(そうすっと、バイオガンのエネルギーを最大にして発射するってか)
 胸中で言いながら、さすがのアドもそのことを考えるとゾッとする思いである。いくらバイオガンの銃口を見れば射撃される場所が分かるとは言え、その力を最大限に放出されたのであればひとたまりもない。避ける意味ですらなくなるほど、正面のものを全てなぎ払うことが出来るのだから。アドが再び絶体絶命のピンチに見舞われた時、それは現れた。
「壁を背にして、背後から襲えってか・・・実戦では、卑怯者だのなんだのって言ってるヒマはねぇぜ」
 まるで自分がヒーローの如く現れたのは、言うまでもなくショウだった。わざわざ決めセリフのように格好つけた言葉を口にするのは、ショウらしいと言えよう。何にしても、ショウはそんなセリフとともに2発の銃弾を強盗に向かって射撃をする。それは無防備な強盗の背中に確実に命中し、強盗は悲鳴を上げながら手にしたバイオガンを床に落とす。上手い具合に急所を外しているために絶命こそしないものの 、強盗の戦意は完全に喪失したようだった。苦悶の呻きを発しながら、床を這うようにしてアドに助けを求めてくる。
「ぐぁ・・・くっ・・・たす・・・け」
  助けを請う強盗に対して、アドは全く聞く耳持たずであることは言うまでもない。アドはうるさい虫に対して、わざと顔のギリギリのところを狙って発砲してやる。端から当てるつもりなどなかったアドの弾丸は強盗の目の前の床に埋もれる。だが、てっきり自分に向けて弾丸が放たれたと思ったものだから、強盗はそのまま失神してしまったようである。
「ったく、根性なしばっかだぜ・・・・・おっと、ショウ。恩に着んぜ。今日はお前に礼を言うことばっかだな」
 先程まであれだけ自信満々だった強盗に呆れたようにつぶやくアドだったが、思い出したように命の恩人であるショウに礼を述べておく。
「男に礼を言われてもな。どうせなら、美人なねーちゃんを助けたかったんだけどよ」
 アドの言葉に不貞腐れたように返事をするショウ。口ではそんなことを言っているが、本心ではそうでもないようである。わざわざアドがピンチになるのを陰で見ていたなどと言うのは、口が裂けても言えないことだろうか。
「上手い具合に合流出来た、と言いたいところだが・・・他の二人はどうしたんだ? まさか、殺られたワケではないだろう?」
 アドとショウのやり取りを見ていたディリーが、辺りにアド一人しかいないことに気付きそんな問いかけをしてきた。ディリーがサングラスを掛けていないことが多少気になりはしたが、ここは敢えて聞くようなことはせず素直に班長の言うことに従うアドである。
「ああ、二人なら無事だ。ちょっと足手まといになりそうだったんで、5階の踊り場に置いて来た。端っからオレ一人で十分だったってこった」
 両手を大きく広げてわざとらしく肩をすくめて見せるアド。そんなアドの態度が気に食わなかったのか、ディリーは細い目を鋭くしながらアドを睨みつけてきた。
「あまり自信過剰なことを言っていると、お前も痛い目にあうぞ。この先は、我々で協力して進むんだ。一人で勝手に行動するようなことはしないように。いいか、分かったか」
 そんな偉そうなことを言うディリーだったが、彼の瞳を見るからに冗談を言っている目ではないことはアドでも分かった。何が起きたのかはわからないが、ディリーに何か大きなことが起きたように感じたのはアドの気のせいではないだろう。ここは一つ素直に言う事を聞くことにする。
「よし、了解した。んじゃ、とっとと上に行って強盗の頭領を捕まえに行くとしようぜ」
 アドがそう言って、先に進もうとした時だった。今までずっと黙っていたギュゼフが、珍しく仲間たちを制止する言葉を口にする。
「ちょっと待ってもらえませんか? 出来れば、私はアンちゃんがいるところに行きたいんですが。二人じゃ心配だし、この先は三人がいれば特に問題はないと思いますしね。どうでしょうか?」
 ギュゼフには珍しく、自分から意見を主張してくる。
「おいおい。抜け駆けとは許さないぜ、ギュゼ。オレのいない間にリスティに手を出そうって魂胆だろうが、そうはいかねぇ」
 だが、そんなギュゼフの言葉にも、ショウはあまり信用していない様子である。リスティのところに行きたい、などと言ってしまえば、確かに信用されないでも文句は言えない。ショウを抜け駆けてリスティと仲良くなろうとしていることぐらいお見通しと言うワケである。
「心外だな・・・。私はショウみたいなことしないって。まだビルの中に強盗が潜んでいるかもしれないし、アンちゃんにもしものことがあったら大変でしょう? だから私が行くって言ってるんですよ。それとも、ショウが行く?」
 ギュゼフは最もなことを言いながら、わざとショウをけしかけるようなことを言ってみせる。確かにショウはリスティに気があるようだったが、目の前にいる強盗のボスとの戦闘のことを考えればどちらを選ぶかは一目瞭然。さすがの女好きのショウであっても、銃撃戦に勝るものはないと言うことである。そこまできちんと把握した上でのギュゼフの意見なのだが、ショウがそこまで読めるとは思えなかった。
「けっ・・・分かったよ。リスティのとこにはギュゼが行け。その代わり、絶対に守れよ」
 言いながら手にした銃をギュゼフに向けて構えて見せる。脅迫じみた行為だったが、ギュゼフは決してそうは思っていない。これが彼なりのお願いの仕方なのだと言う事を分かっているからだ。そんなショウの言葉に一つ頷くと、班長であるディリーの最終許可を求めるために、ギュゼフは無言でディリーの方へと視線を向ける。すると、ディリーもそれに関しては賛成のようで、一つだけ頷いて今のやりとりを許可する。それと同時に、ギュゼフは下に降りる階段目指して小走りに駆け出したのである。
「んじゃ、オレたちはとっとと先に進むんだろ?」
 今のやりとりには全く口を挟まなかったアドが、そんなことを言いながら上に向かうための階段がある方へと歩みを進める。リスティのことが心配ではないと言えばウソになるが、仕事中に一々そんなことを考えていられるほどアドは器用ではない。いつも余裕そうな態度を取っているが、何だかんだ言って自分のことを考えるのが精一杯なのかもしれない。
「そうだな。よし、三人で一気に攻めるぞ。抜かるなよ!」
 アドの言葉に頷きながら、ディリーは最後の命令とも付かぬ言葉を下した。その合図と共に、アドとショウは嬉しそうな表情をしながら走り出す。共に実力を知らない同士、その腕を見れるのが嬉しいのだろう。ここに、アドとショウと言う新しいコンビが誕生する。

      


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