ミッション3『渚のパートナー』
第二回
真夏の海。サンサンと輝く太陽の下、キラキラと反射する水が素晴らしいほどに綺麗だ。濁りのない透き通るような海は、想像を絶するほどの透明感を感じさせてくれる。
そんな海に合わせるように真っ白い砂浜が一面に広がっている。このK地区の名物ともなっているこの海岸は、名前こそ『K地区海岸』と何の洒落っ気もない名称で呼ばれているが、無理に洒落なくとも自然と人が集まってきてくれる。なぜならば、それほどまでにこの海の素晴らしさは人々の心の胸を打つと言うことなのである。

 海の名物と言えば、何よりも海産物ではないだろうか。海の中にはさまざまな海産物が住み着いており、大小色とりどりの生き物が存在する。その中でも、彼は星の形をした生き物が好きだった。あの赤や緑色をしたまさに人の手のような形のあの生き物。あれを浜辺で探すのが彼の生きがいである。
「そ〜ら、そらそら〜。オレの可愛いヒトデっち、出ておいで〜」
 妙なことを言いながら海面近くに顔を近づけて、じっくりと海中を見つめる男。潜らずにこんなことが出来るのは、このK地区の海水がそれほどまで透き通っていると言う証ではないだろうか。特に、彼が今いるK地区のはずれの入り江近くの海水は、海水浴場として設けられている場所に比べても郡を抜いて透き通っている。
「出てこないと〜、こいつで撃ち抜いちゃうぞ〜」
 穏やかな顔で恐ろしいことを言う男の手には、一挺の拳銃が握られていた。今流行のバイオガンではなく、実弾を込めて放つタイプの旧式の銃。それだけを見れば怪しい趣味の持ち主に見えてしまうが、あくまでも
彼の趣味は海産物を集めることである。特に、星の形をした生き物――ヒトデ集めが子供の頃から大好きだった。ただし、ある日を境に彼はヒトデを憎むようになってしまったらしい。愛らしいが故に憎めるのか、憎いがために愛せるのかは分からないが、彼にとってヒトデと言う存在は特別なものらしい。理由こそ、誰にも言えない秘密らしいのだが、彼がヒトデを好きだと言うことは何をしても揺るがないことと言う。
「あんた、まだ探してるの? ホンットに飽きないわね。私なら、そんなつまらないこと、5分もしないで放棄するわよ」
 言いながら、突然彼の前に姿を現したのは、ド派手な上にかなり際どい水着姿の女性だった。彼よりは2、3歳は年上だろうか、心なしか態度から胸まで全てにおいて並み以上のようだ。
「ほっといてくれ。オレの趣味時間の邪魔をしないでくれよ」
 手で追い払うような仕草をしながら、男は際どい水着姿の女性を厄介払いする。女性自身もこれ以上男に構うつもりはないのか、呆れたような顔を浮かべてその場を去ろうとする。だが、数歩離れたあとに一度だけ立ち止まり、男の方を振り返ってから一言だけ言葉を吐き出す。
「つまんないもんなんか集めてないで、私みたいに人生楽しんだら? こんな人っ気のないところにいたって、誰も注目してくれないわよ? 一度きりの人生、もっと注目を浴びることをした方が何倍も楽しいのよ。人に見られている時が、私は一番快感なのよ♪」
 女性は妙に色っぽいポーズで自分のナイスボディをアピールするが、男は一切目もくれていなかった。そもそも、目の前にいる女性は自分の身内。血を分け合った姉なのだ。そんな姉に何かをしでかそうと思う方が可笑しな話である。
何にしても、男は背中を向けて再び歩き出した姉のことは気にせずに、改めて自分の趣味の時間へと気持ちを切り替えようと海水に目を凝らす。すると、先程は気がつかなかったが、海中の岩の陰に真っ赤な大きいヒトデを発見することが出来た。
「ひゅぅ〜♪」
 上機嫌に口笛を吹きながら、彼は慎重に海水へ手を伸ばす。まるでカニか何かを捕まえるように慎重な彼の表情は、先程の姉と会話していた時とは別人のようだ。彼は普段呆けているような性格をしているが、いざとなると人が変わったように真剣な眼差しになる。一体どこにこんな本性が隠れているのかは分からないが、この表情になった時、彼のターゲットになったものは、万に一つ逃れることは出来ないだろう。
「そ〜ら、そらそらぁっ!」
 掛け声とともに、彼が海中に手を伸ばしたその時だった。
ザバァァンと言う大きな音がしたかと思うと、突然海中からダイバー姿の大男が姿を現したのである。手には鋭くとがったモリを携えている。
「本気で来なぁぁっ!」
 ワケの分からないことを口走ると、大男は手にしたモリの切っ先を男に突きつける。自分の目と鼻の先にモリの切っ先が突然向けられたものだから、男は驚きの余り尻餅をついてしまう。バシャンと言う、先程の大男が現れた時の音よりははるかに小さな音とは言え、男が海水の中に落ちたことには違いない。
「なななな……なにするんだよー! びびび、びっくりしたじゃないかぁっ!」
 男は尻餅をつきながら、冷える尻を気にしつつ大声で叫び返す。目の前の大男に対して、怯えている様子はなく――あくまでも、突然現れてモリの切っ先を向けられたから驚いているワケだ――むしろ強気に出ているようだ。穏やかな彼でも、こんな時ぐらいは怒ると言うことなのだろう。
「悪かったな。驚かせてしまったようだ。なに、気にすることはない。本気で貫こうとしたワケではないからな。はっはっはっ」
 シュノーケルをつけているため、微妙にくぐもって何を言っているのか理解出来なかったが、差して気になることではない。余程、仁王立ちして笑っている理由の方が気になるところだ。2メートル以上ある巨体の前に尻餅をついていると、タダでさえ大きい大男の身体がさらに巨大な貫禄を見せ付けてくれる。
「あーあ。折角捉えたと思ったのに、ヒトデっちに逃げられちゃったじゃないか!」
 先程見つけた真っ赤なヒトデがどこにも見当たらないために、目の前にいる大男に向って文句を垂れる。だが、大男は気にした様子もなく――そもそも、聞こえていないのかもしれない――相変わらず仁王立ちしながら哄笑を続けている。そんな大男を見上げながら、男はゆっくりと立ちあがる。
「ん? お、予定の特急列車が到着するみたいだ。さーて、一体どんなヤツらが来たんだろうなー」
 すると、K地区海岸のすぐ隣を走っている線路に、特急列車が通り過ぎる。海岸から駅までは多少離れているために、今男たちが居る場所を通り過ぎてから列車は止まることになる。一日に何本も特急列車が通るこの海岸に、また渚の海を楽しむためにやってきたカモが到着したのである。


 K地区海岸前駅に到着したリスティとギュゼフは、手にした荷物を抱えながら改札口を通り過ぎた。電車から降りてからも思ったことだが、海の目の前の駅であるために潮の香りが鼻を刺激する。それと同時に、ギュゼフは電車の中でずっと思っていたことをリスティに向けて口にする。
「アンちゃん、今日は海の香りに近い香水つけてない? 電車の中でずっと思っていたんですが」
 そう。この潮の香りは、電車の中でリスティから香る匂いと近いものがある。K地区はリスティの故郷と言うことなのだから、もしかしたら意識してそんな香水をつけているのかもしれない。そんなことを思ったワケである。
「あ、うん。よく分かったねん。あたしの一番のお気に入りの香水『リヴァイアサン』なんだー。このK地区の香りをモチーフにした香水で、この独特の潮の香りと、それでいてべた付きを感じさせないようなサッパリした香り。他にも色々と成分とかあるんだけど、とにかくあたしの大好きな香り!」
 ギュゼフの言葉に、リスティは虚をつかれたような表情で驚いて見せると、次の瞬間には顔を輝かせて香水の説明を簡単に口にする。ギュゼフが自分のつけている香水が、いつもとは違うことに気付いてくれたことが嬉しいようだ。
「そうですか。やっぱり、故郷の香りと言うのは人を安心させるものなんでしょうかね」
 言いながら、ギュゼフは自分とリスティの二人分の荷物を抱えて歩き出す。両手が塞がってしまっているために、ホテルまでの地図はリスティが持っている。その地図を上から覗き込みながら、自分たちの目的地の確認をする。
「アンちゃん、この辺には詳しいの? この海岸に良く来ていたのなら、それなりに知っているとか?」
 正直、見知らぬ地での方向感覚は全く分からなかったために、ギュゼフは地元人であるリスティに問い掛けてみる。いくら天然のリスティと言えど、地元のことぐらいは把握していると思ったからである。
「う〜ん、K地区海岸は広いからね。あたしがよく遊んでた場所は、ここからちょっと離れた場所だけど、全然知らない場所じゃないよ。でも、昔に比べると変わっちゃったみたいだね。こんなおっきなビル、こんなとこになかったもん」
 リスティは、右人差し指をアゴに当てながら小首をかしげる。確かに、初めて来たギュゼフから見てもこの海岸は相当広いと感じる。端から端まで海岸を歩くとなると、何時間掛かるか知れたものではないだろう。これだけ広ければ、ある程度自分の陣地が決まっていても然程おかしくはないはずである。リスティに道案内を任せようと思ったギュゼフだったが、考えが甘かったようである。
「そうですか。こう言った場所は年々開拓していきますからね。だんだん自然がなくなっていくことは悲しいことですね……」
 自然が好きなギュゼフにとって、都市開拓されていくことはあまり好ましいことではない。ましてや、海岸のそばにこれだけ大きなビルを建てると言うことは、どう考えても金銭目当ての商売をしているに違いない。高額な価格で部屋を提供しているような場所には、彼らには一生無縁と言っても過言ではないだろう。
「とにかく、今は私たちが泊まるホテルを探すのが先決ですね。地図によれば、駅を出て徒歩2分ってなっているんですが……。どう考えても、それらしいホテルはありませんねぇ……」
 流石に海岸の近くともなると、L地区支部のビルにいた時以上の暑さがある。その上、二人分の荷物を抱えているとなると、流石にストレスを感じざるを得ないだろう。そそくさとホテルを見つけて荷物を手放したいと思うのが、ギュゼフの正直な気持ちであろう。
「ねぇ、ギュゼフ。一つだけ聞いてもいい?」
 それらしいホテルを探すために、長身を生かして辺りを見渡して見るが、それらしい場所は全く見つからない。この期に及んで、いつものようにボスのハッタリだったのかと思い始めてきたギュゼフへ、リスティが先程のように小首を傾げながら話掛けてくる。否定する理由がなかったので、軽く促すとリスティは戸惑いながらも口を開いた。
「あのさー、もしかしてあたしたちが探してるホテルって、このおっきいビルなんじゃないかな? ほら、このパンフレットの写真とそっくりだよ」
 何を言い出すのかと思いきや、とんでもないことを言い出すリスティ。暑さの余り、頭でも狂ったのかとも思ったが、とりあえず言われるままに目の前にある高層ビルを見上げてみる。そこで、ギュゼフの視線は完全に固まった。パンフレットはリスティが握っているため実際に見比べたワケではないのだが、ギュゼフの記憶の中にあるパンフレットのホテルと、目の前にあるホテルのシルエットが一致したのだ。答え合わせをしたあと、見事に想像通りだった時のように見事にマッチングしている。
 半ば自分の記憶を疑いながらも、ギュゼフは念のためにリスティが握っているパンフレットを確認する。まるで奪い取るようにリスティから取ったパンフレットをじっくりと見て、その後に目の前にあるホテルに視線を向ける。それを何度か繰り返してみるが、残念ながら自分の記憶違いでもなければ見間違いでもないようだ。
「ふっ……。ま、確かにこのホテルがこのパンフレットのホテルかもしれませんが、本当にここに泊まれるはずがないでしょ? 考えても見てくださいよ。あのL地区支部が――」
 ギュゼフは冷や汗を掻きながらも、何とか平静を装っているようだが、どう見ても焦っているようにしか見えない。だが、そんなギュゼフをさらに焦りの境地に陥らせることが起きたのだ。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。L地区支部のギュゼフ様とリスティ様ですね。すでに連絡は来ております。どうぞ中へお入り下さい」
 突然ホテルの入り口から姿を現した女性は、二人の方へ一直線に向ってくると、律儀にお辞儀をしながら二人を招き入れる。ここまではっきり自分たちのことを指名されてしまっては、否定せざるを得ないことは分かっている。だが、にわか信じられない出来事に、ギュゼフの心は崩壊しそうな勢いだ。
「すっごいねー。ホントにこのホテルに泊まれるんだー」
 横にいるリスティは、女性の言葉を全て受け入れたようで、飛び跳ねながらはしゃいでそそくさとホテルへと歩みを進める。
「ほらー、ギュゼフも早くー」
 ギュゼフがいつまでも歩き出さないことに気付いたリスティは、妙に嬉しそうに振り向きながら大きく手招きをする。そんなリスティの笑顔を見たギュゼフは、この際自分たちが泊まるホテルがどんなものでも、どうでも良くなって来た。ここまで来たならば、何もかも捨ててバカンスを楽しむことにした――。


 L地区からK地区に行くには、基本的に高速道路を使用するのが一般的だ。一般道を通っても行けないことはないのだが、一つ山を越えなければいけないことと、必ず渋滞することもあって、高速道路を使用する方法が一番早くたどり着ける方法である。だが、そんな高速道路にも必ず欠点があるもので、無償で提供してくれないと言うこと。便利であることは間違いないのだが、何が悲しくて道路を走るだけでわざわざ通行料金を支払わなければいけないのだろう。
「んなろ! 最初に気付くべきだったぜ。どこのどいつも、考えることは同じっつーことか!」
 本来常に握っていなければいけないはずのハンドルから手を離し、完全に手放しの状態で誰にともなく愚痴をこぼす人物は、言わずと知れたアドである。見事に長蛇の列を作っている鉄の塊は、照り返す日の光を自ら浴びて日焼けを楽しんでいるようだ。その身体を触ったならば、間違いなく軽いヤケドをするのではないかと言うほど熱くなっていることだろう。だが、そんな車の身体よりも暑くなっているのがアドの車の中であり、彼自身の頭の中もそれと同等ぐらいに熱くなっていた。
「大体、海に行こうなんて、誰が言ったんだ! オレは地区内のプールで十分だっての」
 相変わらず、ハンドルを握る必要性がないために手は頭の後で組んでいる状態だ。窓は全開のために、風さえあればそれなりに入ってくるのだろうが、残念ながらこの一帯は風が全くないことで有名だった。L地区とK地区を結ぶこの山々は、昔から不思議と風が吹かない場所として知られている。大陸の怪奇の一つとして挙げられることもあるが、未だにその謎は解明されていない。アドにとって、今まではどうでもいいことであったが、今になってその怪奇とやらの謎を突き詰めたいと言う気持ちにならざるを得ない。
「いっそのこと、オレが怪奇を明かしたろかっての……。にしても、全く動かねーのはどうしたもんだ……」
 独り言のように言いながら、ふと気付いてちらりと助手席に視線を送ってみる。すると、L地区支部のビルから出た時と変わらず、そこにはウエストの姿がある。相も変わらず端末に向ってなにやら色々と手を動かしているようだが。恐らく、この青年にはこの渋滞は全く苦痛になっていないだろう。そもそも、渋滞になっていることですら気付いていないのかもしれない。この暑ささえも、彼にとっては無意味なこととさえ感じられる。
「ま、気にしねーのが一番ってな……」
 言いながら、アドは一つ欠伸をすると相変わらず動かない鉄の塊を見て溜息をついたのだった――。

☆用語集☆
『関係』・・・K地区海岸、KL峠

   

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送