ミッション4 『新任班長』
第三回

 店内には、店外からは想像の出来ないような部品が複数転がっていた。古びた外見に木製の看板を見た時から、大して期待はしていなかったアドだったが、実際に店内に入ってからは、その期待は少しだけ上向きになっていた。
車独特の油の匂いに加え、普通のカーショップには並んでいない様な部品が平気でそこら中に転がっているのだ。本当の車好きでなければ、決して手にする事はない様な代物である。中には、アドとて判別出来かねないような部品も転がっている。
「んだよ、足の踏み場もねーじゃねーか。オレの部屋だってこんなに散らかってねーっての」
 一人愚痴りながら、部品の山を踏み分けて奥へと進むアド。以前にもリスティに指摘された事があったが、アドの部屋の中は以外と整理整頓されて綺麗だったりする。リスティにも言われたが、確かに部屋にあまり物がないのも事実。だが、同じ男でもショウよりは綺麗好きだと思っている。ショウも、同じ事を思っているかもしれないが。
「っと。にしても、すっげー部品の山だな。これなら期待出来っかもしれねーな」
 予想以上の見た目に、少しだけ期待を膨らませる余り、思わず口に出してしまう。だが、それが幸いしたのか、店内に『客』がやって来た事に気付いた店員が顔を出して来る。
「んを、珍しいなぁ。じいさんの店に客かよ」
 いかにもやる気のなさそうな声と共に、いかにもやる気のなさそうな顔の男がアドの前に姿を現す。年齢はアドよりもだいぶ上に見えるが、まだ若いと言っても差し支えのない年齢。オレンジ色の繋ぎ服を着ているところから、恐らく作業員なのだろうが、営業精神に欠けているとしか思えない。
「まさか……あんたがカール、とか言わねーよな?」
 嫌な予感がアドの背中を走ったが、その不安もすぐに消え去ってくれた。何故ならば、目の前にいる男が、相変わらず面倒くさそうではあるが、返答してくれたからだ。
「んあ、僕ぁこう見えても、カールのじいさんよりも腕は良いんだぜ?」
 その返答からして、恐らくこの男はカール――ギュゼフが紹介してくれた店長の名前だ――の弟子か何かなのだろう。さもなくば、一緒に仕事をしているただの店員か何か、と言ったところか。少なくても、カールと何か関係のある事は間違いなかった。
「自分の腕に自信があるってのは、悪い事じゃねーと思うぜ? でもよ、オレが用なのはそのカールのじいさんなんだ」
 見た事もない相手をじいさん呼ばわりするのはあまり気持ちの良い気はしなかったが、アドの口からは自然とその単語が紡ぎ出ていた。自分よりも年上の相手がじいさん呼ばわりするのだから、間違いなくカールと言う男はそれなりの年齢の人物なのだろう。ギュゼフの知り合いだと聞かされていた為に、目の前のこの男がカールでも良さそうなものなのだが。
「んあぁ、生憎、じいさんはアポなしで仕事を請け負わないことにしてるから、無駄だと思うぜ?」
 ギュゼフは特になにも言っていなかったが、それが事実なのだとしたら困ったものである。だが、ギュゼフが無駄足になるような事を教えるだろうか。ショウと違って、あまり嘘を付くような性格をしていないので、ギュゼフを信用したいところだ。
「そいつは困ったな。知り合いに、超一流の腕の修理屋だって聞いて来てみたんだけどな。無理なら他当たるか」
 言いながら、目の前の男に背中を向けて再び足の踏み場のない店内を一歩踏み出そうとした時だった。いかにも頑固親父と言った風のしゃがれた声の男が物凄い勢いで怒鳴りつけてきたのだ。
「こぉっの、バカモノがぁっ! せぇっかく来たおっきゃく様を、引き返らせるたぁっ! なぁに考えてるんじゃい、このバカモノっ!」
 予想もしていなかったその怒声に、アドは思わず足を踏み外して部品を踏みつけそうになってしまう。バランスを崩したままの格好で、何とか右足だけで崩れたバランスを取り戻そうと、勢いのまま一回転してみる。ちょうど、回転蹴りをするような形で回転したアドは、何とか部品の山にダイビングするのだけは間逃れたようだった。その代わりに、今度は正面から怒声を浴びる事になってしまった。
「お前さんもお前さんじゃぁいっ! 一度言われたぐれぇで、諦めてどぉすんじゃい、このバカモノっ! 本気で修理してもらおうと思ったんなら、もうちっと喰らいついてこんかいっ!」
 先ほどの店員らしきオレンジ色の繋ぎ服の男が怒られるのは分かる。客に対してあの態度をとったのだから、店員として褒められた事ではない。だが、まさか客である自分にまで怒声が降りかかってくるとは夢にも思っていなかった。面を食らった顔とは、まさにこの事である。アドの表情は、引きつったままで固まっていた。
「ご、ごめんよ、カールのじいさん。僕ぁ、こう見えても客を見る目はあると思うんだ。だって、この客、いかにも金持ってなさそうな空気してるもんだからさ」
 余計なお世話である。確かに、金はあまり持っていない上に、ギュゼフの紹介の為に割引なりサービスなりしてもらえる気満々だった。だが、そんな自分の考えは撤回するべきだと思わざるを得ないアドであった――。

 見慣れた商店街には、休日だと言うのに心なしか人の足が少ないように思えた。それも皆、この異常な暑さの所為なのだろうか。
リスティは、この暑さを少しでも紛らわせようと手でパタパタと顔を扇ぎながら、今日2軒目になる店を後にした。店内はエアコンが効いている為に、常に快適な温度が保たれているが、外に出た途端にそれは一気に不快な温度へと化けてしまう。何もしなくても、ただ歩いているだけでも身体から汗が滲み出てくるこの暑さは、異常気象と言うほか考えられない。いつまでもこの暑さが続いていては、残暑と呼ぶには程遠い。
「あー、ここにも置いてないかー。やっぱり、どこも売りきれなんだ。新作だけあって、予約とかしておかないとダメだったのかなー」
 言いながら、額に溜まった汗を手さげバッグから取り出したタオルで軽く拭う。リスティは夏に生まれただけあって、基本的に暑さには強いのだが、流石に何もしなくても汗が滲み出てくるこの暑さは何とかしてもらいたい。加えて、お気に入りの香水『リヴァイアサン』の在庫切れの為に、この暑さを紛らわせるには役不足な香水を身に付けている。そもそも、香水で暑さを紛らわせる事など出来るはずもないのだが、要するに気持ちの問題なのだろう。
「こうなったら最終手段かな。いつものお店に行ってみよっと。あそこならもしかしたらまだ在庫があるかもしれないもんね」
 いつもならばこの後に小走りになって店まで向かうところだが、今回それは見送られる。当然、歩いただけでも汗をかくのに、わざわざ走ってさらに汗をかく必要がないからだ。もともとあまり汗をかかないリスティは、加えて常に涼しい格好をしている為に、暑さにやられる事はない。彼女はお気に入りのキャミソールを色違いに毎日着用している。主に赤とピンク系の色を多く所持している為に、今日も淡いピンク色のキャミソールを着用していた。スカートも同じ様に淡いピンク色に揃えているところは、彼女がそれだけこの色が好きだと言う事が窺える。
 暑さでタダでさえない体力が少しずつ奪われる中、彼女はゆっくりとポニーテイルを揺らしながら目的の店に向かっている。今彼女のいる商店街は、L地区の顔である『ヘッダースタジアム』の4方向に伸びているショッピングモールの南側に位置している。それぞれサウス、ウエスト、イースト、ノースの名前で分けられている。そして、今リスティがいるサウスモールは、4つのモールで一番栄えている場所である。それ故に、一番人が集まる場所であり、一番店が並んでいる場所でもある。そのサウスモールにでさえ、いつもに比べて人の数が少ない事は、この暑さの所為としか言いようがない。
「うわっ、涼しいー」
 ゆっくり歩いたつもりでも、結局は汗をかいてしまったリスティだったが、目的の店に入るなり歓喜の声を上げる。店に入った瞬間にこの涼しさを感じるのだから、ずっと店にいたならば寒いと感じてもおかしくないだろう。ましてや、リスティの様に薄着の女性ならば尚の事だ。正直、あまり長居したくはない場所の一つだったが、店内に並ぶ数多の香水を見てしまうと、どうしてもその場に根付いてしまいそうである。だが、今回のリスティの目的は香水を眺める事ではなく、目的の香水を見つける事。基本的に、二つ以上の事を同時に出来ないリスティは、例え目の前に他の情報があったとしても、それに目をくれる事はない。そのまま周りの香水達は無視して、一直線にカウンターまで歩みを進めたリスティは、いつも顔馴染みの店長に声を掛ける。
「こんにちはー」
 まずは、普通に挨拶をするところはリスティらしい。いくら目的の事しか頭に入っていなくても、挨拶だけは忘れる事はない。そんなリスティの挨拶に気が付いた店長――ホーコ・ススキノは、カウンター越しにお得意さまのところまで歩み寄って来る。
この彼女、元プロボーラーと言う経歴を持っており、結婚をキッカケに引退し、母親の経営していた香水店の店長を受け継いだらしい。
「あら、リスティちゃん。今日は何の用事かしら? 残念ながら、まだリヴァイアサンは入荷していないわよ?」
 先日、リヴァイアサンを求めて顔を見せたばかりだった為に、ホーコは彼女が今一番欲しい香水の種類を知っている。だが、今日のリスティが求めている香水は、残念ながら今一番欲しい香水ではなかった。言葉としては矛盾してしまっているが、現在の目的が今一番欲しい物とは限らないと言う事だ。
「あ、うん。やっぱりまだ入荷してないんだねー。でも、今日はリヴァじゃなくて、新作を探しに来たの。どっこのお店にも置いてなくて、最後にここに来てみたんだよん」
 リヴァイアサンの在庫がない事には顔を横にして残念がりながらも、即座に満面の笑みを浮かべて心中を明かしてみせる。すると、そんなリスティの笑みにホーコも同じ様に微笑みながら小首を傾げて見せた。
「そうね、新作のヴァリガルマンダは人気商品だから、どこも在庫切れみたいね。まだ試作段階に近いから、流通数も少なくて中々手に入らないそうよ」
 そんなホーコの言葉に、リスティは残念そうにうな垂れる。やはり、ここでも在庫切れ状態のようで、それだけ人気商品だと言う事が窺える。試作段階だったと言うのは初めて耳にしたが、流通数は予想通りまだ少ないようだった。その事が分かっただけでも、一つの情報としては役に立ってくれるだろう。目的を果たせないのならば、あまり長居する意味もない為に、リスティは手を振りながら店を後にしようとする。
「やっぱり、そう簡単に見つかんないよねー。リヴァもどこにも売ってないし、最近運勢悪いのかなー」
 あまり運勢などに興味がないリスティは、生憎と朝の星座占いなどの類は一切見る事はない。女性にしては珍しいのかもしれないが、誰しもが占いに関心を持っているとは限らないと言う事だ。
「ふふ、そう言うと思ってね、いつもごひいきにしてくれているリスティちゃんの為に、ほら」
 肩を落としながら店を後にしようとするリスティに、店長は悪戯っぽい笑みを浮かべて一つの香水を差し出して来た。言われて振り向いたリスティが目にした物は、今までに目にした事のないボトルだった。そして、そのボトルに貼られたラベルには、しっかりとこう書かれたいた。
「ヴァルガリマンダーっ!」
 言い難い名前の為に、思わず舌を噛んでしまいそうになりながらも、何とかその名を口にするリスティ。予想外の展開に、その場で小躍りをしてしまいそうな勢いである。首を何度も左右に傾げながら不思議がるリスティをよそに、店長は思いの他さらりと言葉を投げてきた。
「香水好きなリスティちゃんの事だから、絶対にここに来てくれると思ってね。ダメじゃない、一番初めにここに来てくれなきゃ」
 悪戯をした後の子供のような笑みを浮かべたホーコは、今年で30歳になったばかりの1児の母である。まるで子供をあやすような仕草は、母親になったと言う喜びから来ているのだろうか。
「良いのー? あたし、別に意識してここで買ってるワケじゃないんだよ? ここは他のお店に比べて種類が揃ってるから、つい足を運んじゃうだけで」
 特に意識せずにこのお店を選んでいるところは、リスティらしい。どこかを特別にひいきにしていると言う実感がないリスティは、素直で悪意のない性格の持ち主だと言う事が窺える。
何であれ、今日の目的であった香水を、ホーコの機転により無事に入手する事に成功したリスティであった。もしかしたら、今日の運勢は後半から上向きになる占いだったのかもしれない。
「ホントにありがとー。またここに来るねん♪」
 一本だけ在庫で保管しておいてくれたボトルをしっかりと受け取ったあと、定価よりも割引してくれた金額を支払い、さらに得した気分で店を後にしたリスティだった――。

 『中古車専門店何でもカール』の店主は、言わずと知れたカールと言う老人である。どの様にして彼とギュゼフが知り合ったのかは不明だが、このカールと言う男の腕は確かのようだ。ギュゼフの相棒であるショウの愛車の修理もここで行っているらしく、武器の改造を始めとした機械の修理は自分でやってしまうギュゼフが、わざわざ紹介してくれるのだから間違いない。
「で、どうなんだ? すぐに直りそうなのか?」
 ボンネットを開けられて、自分の愛車の内部を覗かれている様は、まるで自分の身体の中を見られているかの様なむず痒さを感じるアド。今回、主に修理をしてもらいたい部分は『エアコン』設備に関する事である。だいぶ前に故障してエアコンが使えなくなっており、このまま夏を越す予定だったのだが、ここ最近の暑さについに耐え切れなくなったアドは、修理をする事に決めたのだ。ギュゼフがこの店を紹介してくれると言ってくれた事が、一番の引き金だったと言えば否定は出来ない。
「んあぁ、今じいさんが見てるんだから、邪魔すんなよ!」
 自分の愛車の心配をするのは、決して悪い事ではない。それどころか、心配しない人間などそうそういないだろう。アドは、愛車の持ち主として当たり前の反応をしたに過ぎない。
「あんな――」
「おめーらは、だぁまってろっつってんだろ!」
 そんなアドが口を開こうと思った瞬間に、カールの怒鳴り声がそれを遮る。カールの言葉は、恐らく彼と同じオレンジ色の繋ぎ服を来た若い男――ベック・ブーストに向かって怒鳴ったのだろう。だが、アドの開口は実にタイミングが悪く、彼まで一緒に怒鳴られてしまった感覚に陥ってしまう。普段はこれぐらいの事では引かないアドなのだが、今回だけは素直に引き下がっておくことにする。余計な事をして、カールの気を損ねてしまったら、直す物も直してもらえないかもしれないからだ。
「あー。若いの。これは、ちっといじれば簡単に直るぞ。ただ、ちっと試したい事があっから、それまでは、あれだ」
 カールは一気にそこまで一気に捲くし立てると、息切れがしたのか数回呼吸をしてから後を続けた。
「あー、あれだ。ほれ、そこの机に優待券があっから、しばらくそこで暇つぶししててくれ。その間に直しておくぞ」
 言いながら、明後日の方向を指差してみせるが、どうみてもその方向には机は存在していなかった。一瞬、部品の山に埋もれてしまっているのかもしれないと思ったのだが、それにしても机らしい形は見当たらない。疑問符を身体で表現しようと、肩をすくませようと思ったアドの前に、ベックが咳払いをしながら一枚の紙を差し出してきた。
「ううん、じいさんが言ってるのはこれだよ。まったく、向こうの方角に机なんてある訳ないだろ」
 差し出された一枚の紙を受け取りながら、アドは一人溜め息をついた。オートカーの修理がなければ、この二人とは今後あまり付き合いたくない。それがアドの本心だったが、今回だけはギュゼフの顔に免じて我慢しておく事にする。
「スポーツジムの優待券、か。ま、悪くねーな」
 ベックから受け取った紙に書いてある文字を確認したアドは、それがスポーツジムの特別優待券である事を知る。アドにとっては、暇つぶしにはもってこいの場所である。
「んじゃ、オレはここで暇潰してっかんな。適当に時間見てもどってくっから、あとはよろしくな」
 アドは二人の返事も待たずに、受け取った優待券をしっかりと握り締めて、愛車の前から去ったのだった――。

      

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