ミッション5 『遊園施設爆破事件』
第四回

「ところで、私達は二人でデートを装う必要があるんでしょうか?」
 隣にいるシャーリーとは微妙な距離を保ちつつ歩くギュゼフは、思っていた疑問を口に出してみた。
エドワードの命により、二人で恋人を装って犯人の捜索活動をする事になったギュゼフとシャーリーは、命令に従うつもりはあるらしい。ただ、命令に従うと言うだけで疑問がない訳ではないし、馬鹿正直に恋人を装うつもりもないのが正直な所ではある。
「それは私も同感だわね。別に、恋人を装わなくても、普通に捜索活動は出来ると思うわ」
 丸眼鏡に手を当てて応えるシャーリーは、ギュゼフとはひと一人分程の距離を置いている。身長差は悠に20センチはあるだろうか。基本的にヒールを履かないシャーリーは、妙に小さく見える。ただ、小さいと言えばリスティの方が余程小さいのだが。
「そもそも、爆弾を設置した場所に犯人が紛れ込んでいるとは思えませんけどね。私だったら、離れた場所から遠目の見学ですよ」
 考えなくとも、ギュゼフの意見は誰でも頭の中で描いている事だろう。彼等B-Fogが遊園施設に設置された全ての爆弾を発見する事が出来なければ、間違いなくこの一帯は大混乱するに違いない。わざわざ、その混乱の渦中に自ら飛び込む必要性は低いと言えよう。ただその逆で、その混乱を近くで見て快感に思う輩も存在すると言えなくはない。
「でも、エドワード班長代理の言うように、犯人を発見する事が出来れば、爆弾の在り処の情報も聞きだせるかもしれないでしょ?」
 こんな時、アサカがいたならば、同じ事を言っていたに違いない。それならば、シャーリーのやるべき事は一つしかない。たとえ僅かな可能性だとしても、自分の信じた事は曲げないのが彼女のポリシーである。
「それもそうですね。何はともあれ、この客の数です。大混乱になる前に解決させなければいけませんね。それにしても、この遊園施設は大きいですね。Hパーとは大違いだ」
 可愛い顔をしているクセに、真面目な事を口にするシャーリーに感心するギュゼフである。そして、周囲を見回しながら、改めてこの遊園施設の大きさを実感しているようだった。彼の出身地であるH地区にも、地元では有名な遊園施設が存在するのだが、規模や施設の管理内容において、全てがこのヘッダーアミューズの方が上回る。
「今、Hパーって言わなかった? もしかして、H地区パークの事?」
 ギュゼフのどうでも良いような独り言に、シャーリーが反応する。意外なところに反応した事に疑問符を浮かべるギュゼフである。
「ええ、そうですよ。H地区は私とカッツの生まれ故郷ですからね。H地区パークには、小さい頃に何度か足を運んだものです」
 ギュゼフとショウの二人は同じ地区の出身であり、ショウの方が年齢は上だが、小さい頃からの幼馴染の関係にある。ショウ曰く腐れ縁なのだそうだが、良くも悪くもお互いの事を知っている関係と言う事だ。
「ちょっと待って。あなた、名前なんて言ったっけ!?」
 不意に、シャーリーが勢い良く顔をギュゼフの方に向ける。丸眼鏡がズレているのにも気にせず、ギュゼフの顔を見つめるシャーリーの表情は真剣そのものだった。流石のギュゼフにも、そんなに真剣に顔を見つめられては照れてしまう。わざと視線を外してから口を開く。
「先程の自己紹介、聞いていなかったんですか? ギュゼフ・バーン。B-Fog L地区支部の特殊技能班兼、機動班所属です」
「やっぱり! あなた、あのチビガキのバーンでしょ! 中学校の時に同じクラスだった、ハウトよ! 覚えてない?」
 一瞬、時が止まる。いや、時が止まったのは自分の周りだけなのかもしれない。道行く客達は普通に歩みを進めているし、目の前を通るトンボも優雅に空を泳いでいる。
 基本的に、彼は落ち着いた性格を装う。それ故に、普段の口調は丁寧語を多用するのが主だ。唯一、友人であるウエストと会話する時だけは丁寧語を使わないのだが、彼以外の人物と会話をする時は、例え相手がリスティであろうと丁寧語を使用する。全ては、子供に見られる事を極端に嫌うが故に付けている仮面。普段は大人しく見える彼は、実は短気である事も知っている者は少ない。それは全て、自分が付けている仮面が見せる表情が真実を隠してくれているからである。
 小さい頃の事は、あまり覚えていない。正確に言うならば、あまり過去を振り返らないようにしている為、過ぎた日の事は語らないのが彼である。だが、何かのキッカケで、昔の自分が顔を出したらどうなるだろうか?
「……いや、でも、確かに……生意気な学級委員がそんな名前だったような気がする。金髪で丸眼鏡で……って、マジであのハウト!?」
 ギュゼフが壊れる瞬間と言うのは、一体どんな時なのだろうか。一体どのようになってしまうのだろうか。それが、今この瞬間なのではないだろうか。
「あはは……いや、でも、確かに……今考えてみれば、あの頃の姿をそのまま大人にしたのが、目の前のキミだよ」
 既に、いつものギュゼフの面影は僅かしかない。何とか理性を保とうとしているのだろうが、シャーリーの目の前ではそれが出来ない様子である。しかし、驚いているのはギュゼフだけではない。自分で話題を振っておきながら、シャーリー自身も驚いていた。まさか、本当に自分が知っているバーン少年だったとは思いもよらなかったからだ。
「なんだ、びっくりよ。あの時はあんなにチビだったのに、こんなに大きくなったんだ? しかも、あの時の悪ガキのイメージは……隠してるって感じじゃない?」
 思い掛けない人物を目の前に、ギュゼフの仮面は脆く剥がれていくのだった――。

 思い掛けない場所で思い掛けない相手に会った為、流石のアドも驚きを隠さずにはいられなかった。
「あれ、アドじゃん。なんでこんなとこにいるのよ?」
 目の前で呆けた表情でアドの顔を見つめているのは、茶色い髪をポニーテイルにした女性――リスティである。アドが口にした質問に、質問で返してくるリスティの反応は、どこか的外れのような気がした。
「いや、それを聞きたいのは、オレの方だっての! ってか、あの警察隊のねーちゃんはどこ行った……」
 恐らく、観覧車に乗りこむ前に人にぶつかった時にイリーナの手を離してしまったのだが、その時に再び握り返した手がリスティの物だったのだろう。気付きもしなかったが、順番待ちのところにリスティがいた事になる。そうなると、必然的に誰かと一緒にそこにいた事になるのだが、間違いなくショウではない事は確かだ。ショウもアドと同じように、この敷地内のどこかで爆弾を捜索する作業をしているはずなのだから。
「お前、まさかまだあの班長……って、今はオレが班長だから、元班長か。んな事はどーでも良いか。とにかく、元班長と付き合ってんのか?」
 考えられる相手は、L地区支部の元班長しかなかった。リスティに気があるショウやギュゼフは仕事中の為に、彼女とここにいるはずがない。他にもアドの知らない相手がいるのかもしれないが、元班長と付き合っていたと言う事なのだから、一番妥当な考えだろう。
「えー、何で分かったの? あたし、そんな事一言も言ってないのに。あ、もしかして、あたしの後を付けてきたとか? やめてよねー。それ、ストーカーだよ?」
 アドの質問に対して、今度は素直に返事をしてくる。余計な勘違いまでしているようだったが、今はそんな事はどうでも良い。今のアドは決して、リスティと一緒に観覧車の中で二人だけの時間を楽しむつもりはない。イリーナとリスティを間違えてしまった事は失態だったが、問題なく観覧車に乗りこめたのだから、この際そんな事はどうでも良い事である。
「オレを誰だと思ってんだ。オレがんな事する訳ねーだろ? これも仕事だよ仕事。お前は今日、非番だから関係ねーかもしれねーが、生憎とオレは仕事中なんだ。だから、邪魔しねーで大人しくしてろ。ちょうど良い高さになったから、眺めが良くて最高だぜ?」
 リスティを煙たがるような仕草で追いやりながら、彼女の注意を自分以外の所にやるように仕向ける。生憎と、今日のリスティは非番である為、そんな相手に仕事内容を教えるつもりはない。それに今回の仕事は、一般客には事件内容を報せない事になっているのだ。今のリスティは一般客に該当する為、余計な事を教えるつもりはない。
「何よそれー。あ、でもホントに良い眺めだねー。少しずつ下の人達が小さくなってくよー。ほら、アドも見てみなよー。すっごいよー」
 リスティは、意味もなく観覧車の下の方の人に手を振っている。子供は高いところが好きとは良く言ったものだ。まさに、目の前の少女はそれに該当するのではないだろうか。先程までアドに質問をしていた姿はどこに行ったのやら、観覧車の高さにはしゃいで喜ぶ姿は、まさに子供そのものである。
「よし、あとは設置してある正確な場所だが……やっぱり、頂上が一番怪しいよな」
 手にした探知機の反応が少しずつ強くなってきている事から、爆弾が設置されているのは頂上である事は間違いなさそうである。ただ、仮に爆弾が頂上に設置してあったとしても、どうやってそれを取り除く作業をするかが問題である。別に高いところが苦手と言う訳ではないのだが、流石に動いている観覧車から乗りだしての作業を簡単に出来るはずがない。
「場所にもよるけど、通信機でオルガンに連絡して観覧車を止めてもらうのが一番だろな。にしても、ウエストの準備したこれが役に立つとは思わなかったな……」
 実はウエストからは、爆弾探知機とは別に渡された物があった。何かあった時に使うように促されたものなのだが、本当に役に立つ場面に出くわすとは、予想もしていなかった。
「よし、もう少しで頂上か。センサーの反応具合からして、確定だな。こっから発見出来っかな?」
 観覧車がゆっくりと頂上に近づいてきた為、探知機の反応に従ってアドは身体を乗り出すように外の様子を窺う。すると、アドが体重を乗せたものだから、観覧車が少しだけ揺れてしまう。頂上が近づいてきた事もあり、風の影響も少しは受けているのだろうと思い、バランスを崩さないように注意をする。そんなアドに、突然背中から震えた声が掛けられた。
「ちょ、ちょっと、アドったら、動かないでよね! 観覧車が揺れるじゃないのよー」
「ん? さっきまでのはしゃぎようはどうした? 頂上が近いから、眺めは最高なんじゃねーか?」
 妙に静かになってしまったリスティに疑問符を浮かべるアド。先程までは身を乗り出して窓から観覧車の下を眺めていたのだが、今はすっかり大人しくなって、両足を揃えて席の真ん中で固まっている。そんなリスティの姿を見たアドは、ある事に気が付く。
「お前、もしかして怖いのか?」
 リスティは何をするにしても分かり易い性格をしている。その為、今の彼女の心情を察知するのは簡単な事。ようするに、高い所まで来て観覧車も揺れ始めて、下を見ていて怖くなったと言ったところだろう。
「だ、だって、人があんなにちっちゃいんだよ? しかもこんなに揺れてるし、観覧車がこんなに怖いなんて聞いてないよー」
 そもそも、そんな質問はしてないだろう。そんな事を胸中で呟きながら、アドは肩をすくませる。色々な意味で、リスティと一緒にいると疲れてしまう。折角これから本番だと言うのに、ここでリスティに邪魔されてしまっては迷惑この上ない。ここは何とかして、リスティを落ち着かせる方法を考える必要がある。意味もなく腕組をして考え込むアドは、ある一つの考えに辿り着いた。
「分かった分かった。そりゃ、人間誰しも高いところは怖いわな。んなら、こうするってのはどうだ? 人間ってのは、恐怖を前にすると大抵目をつぶっちまうもんだ。何でかって言ったら、理由は簡単な事だ。見えなければ怖くなくなるからだ。怖いんだったら、目をつぶっとけ。こん中じゃ、他に危険な事もねーから、心配する必要もねーだろ?」
 本来ならば、恐怖の前に目をつぶったら余計恐怖が増すと、アドは考えている。見えなければ恐怖じゃない? はっきり言ってそれは間違っている。見えないからこそ、恐怖なのだと。
だが、単純なリスティの事だ、目の前でそう諭されれば何の疑いもなしに言葉に従ってくれる事だろう。それが、自分にとって不利益ではない限り。
「あ、そっか。アドのクセに中々良い事言うわね。そうだよね。目つぶっちゃえば、高い所とかなんて関係ないもんね。よーし」
 思った通りの反応をしてくれるリスティは、非常に扱いやすい。普通、観覧車の中で異性と二人きりでいる中、相手の誘導通りに素直に目をつぶる女性はどれぐらいいるだろうか。相手が、自分の好意の寄せている相手ではないと言う条件がつけば、拒否する割合の方が遥かに多いだろう。
「そう。それなら高さも感じねーから、怖い事なんて何もねーよな。怖いのが嫌だったら、下につくまでずっとそうしてろ。下についたらオレが教えてやっからよ」
 これで、アドの思惑通りになった訳だ。正直なところ、この微妙な揺れがある場所で目をつぶってしまったら、恐怖は倍増する事は間違いないのだが、アドの上手い言葉の誘導でリスティの恐怖は今の所ないに等しい。願わくば、本当に下に到着するまでずっと目をつぶっていて欲しいのだが、そうもいかないだろう。さすがのリスティとて、ずっと目をつぶっていれば恐怖が生まれる事に気が付くだろうから、それまでには何としてでも爆弾を解除する作業をしなければならない。彼女が目を開けて、騒がれてしまっては、間違いなく失敗に終わってしまうのは確実なのだから。
(さて、とっとと爆弾の場所を見つけねーとな。センサーの反応具合だと、ちょうどこの辺にあるはずなんだけどな……)
出来る限り観覧車を揺らさないように注意しながら、頂上のどこかに設置してあるだろう爆弾を発見しなければいけない。だがこんな時に、自分の視力が人並み外れて良かった事に感謝したアドである。ちょうど頂上に辿り着く少し前に、観覧車の主柱に設置してある爆弾を発見したからである。
(あれ、か。あんなに分かり易い場所に設置するヤツがあっかよ。ま、設置した場所には敬服するけどな)
 予め爆弾が設置してある事さえ分かっていれば、見つけるのは非常に簡単な場所に爆弾は設置されていた。まるで、始めから隠すつもりはないとでも言わんばかりに、堂々と主柱に設置してあるのだ。だが、どうあがいてもこの観覧車からでは主柱には飛び乗れない為に、敵ながら設置した場所に敬意を示したいところだ。そもそも、設置した本人がどのようにしたのかは、直接本人に聞きたいところだが、それは叶わぬ願いだろう。
「あ、オレだ。誰だって? オレを誰だと思ってんだ。アドだよ、アド! んな事はどうでも良いんだ、わりーけどこれからオレが言う通りに行動して欲しい。一度しか言わねーから、良く聞いておけよ」
 時間は決して多い訳ではない。限られた時間の中で、確実にこなさなければならない。アドは、通信機で下にいるオルガンと連絡をとっている。こんな時には、相手がいつも慣れている相手ではない事に腹立たしく思ってしまうが、あまり苛立っている時間はない。手短かに事を成す必要がある。
「例の物は、やっぱ観覧車の頂上にあった。これからその回収作業に入るんだが、10分間だけで構わないから観覧車を緊急停止させてもらいてー。適当な事言って、緊急停止ぐれー出来んだろ? あぁ、そうだよ。1回しか言わねーって言ってんだろが。そんなん、イリーナの警察手帳見せれば何とかなるだろ。自分で考えろ!」
 必要な事しか口にしない割には、妙に突っ掛かってくるオルガンに腹を立てながら、何とか作戦の内容を報せる。目の前にはリスティがいる為に、なるべく大きな声で話さない様にしている為、オルガンも聞き取り難いところもあったのだろう。何度か同じ事を確認するように聞き返して来たが、適当に振り払う事で対処した。
 観覧車が緊急停止さえすれば、後は何とかなる。この、ウエストからもらった”バイオワイヤー”を使用すれば、観覧車から主柱までを繋ぐ事が出来る。目的の場所まで繋ぐ事が出来れば、後はワイヤーを伝って主柱まで滑るのみ。正直、命綱でもつけなければ危険極まりない事なのだが、今はそんな事を言っている余裕はない。いちいち失敗した時の事を考えていたら命がいくつあっても足りない経験をこなしてきたアドにとって、朝飯前の事なのだから。
「朝飯前……でもねーよな、実際のとこ」
 オルガンが上手い具合にやったのか、観覧車がその回転を止めてその場で停止させる。停止した瞬間に、しばらくの間観覧車が小さく揺れ動いた為に、リスティが怯えた声を発してきた。
「きゃ、な、なになに? 揺れてない? 目、開けても良いかな? 薄目ぐらい良いよね?」
 まるで子供のような事を言うリスティに、子供を諭すような言い方で返事をするアド。
「お前は子供か。さっき言った事もう忘れちまったのか。目を開けたらまた怖いんだぜ?」
 怖いと言う言葉を出せば、それを体験したくない気持ちの方が強い為に、目を開ける事はないだろう。冷静に考えれば少し目を開けたぐらいでは恐怖など生まれないのだが、リスティがそこまで考えられるはずがなかった。
「うーん。分かったよ」
 アドの言葉に、素直に頷いて目をつぶったまま大人しくなったのだった。
「さて、こっからはワイヤーアクションの始まり、ってな」
 これで準備は整った。制限時間10分と言う、危険な作業の幕開けだった――。

☆用語集☆
『基礎知識関係』……バイオワイヤー

      

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